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第一話 余燼

 俺の名はジール。王立騎士団の騎士だ。


 ただし、頭にしみったれた、とか、燻ってる、とかの枕詞が付く。


 なんでそんな事になってるかって?

 そりゃこっちが教えて欲しいくらいだ。


 絵本に出てくるような騎士ってのは、きらびやかな鎧を身に纏い、弱きを助け強きを挫く正義の存在だろう?


 その過程で出会った見目麗しい令嬢――たいていはどっかのお姫様だよな――と恋に落ちて、物語の最後には結ばれるんだ。


 そんな夢物語に憧れて騎士になる奴がいたって悪くないよな?


 自分の原点を思い出しながら、胸元でくすんでくたびれた鎧を見返す。


「はぁ……」


 どうみても、ボロい。

 というか、まともに攻撃を受けようものなら、それだけで致命傷になるんじゃないだろうか。


 俺が憧れた騎士の鎧とは程遠い。


 そもそも、俺が憧れた騎士はもっと華のある世界で生きていた。そりゃ切った張ったの修羅場もあったろうが、それでもこんなオンボロの鎧に身を任せてはいなかった筈だ。


 誰にだって下積みの時期はある。今の俺がそうだ。


 そんな楽観的な考えは、騎士団に入って三日で吹き飛んだ。


 魔法が人々の生活を楽にしてくれるようになっても、騎士団への入団希望者は結構な数がいる。


 魔法使いは、たいていは自分の研究に熱中している、いわゆる変人が多い。新弟子がイモリとヤモリを間違えてどやされるってのは有名な話だ。


 そんなよく分からないお使いに精を出すよりも、安定して給金が出る王立の騎士になろうって奴が一定数いるってことだ。


 全員が騎士になれる訳じゃないが、それでも毎年騎士になる人数は、百人は優に越えている。騎士団全員で見れば、騎士の総数は千人はくだらないだろう。


 当然、そんな大所帯を一度に動かす筈もなく、各自配属先の仕事をこなす訳だが……。問題はその配属先だ。


 今の俺の所属は、王立騎士団第三部隊十七班。字面だけ見れば立派に見えるが、実際はそうじゃない。


 第一部隊が特別な功績を挙げた優秀な人間の集まりなら、第二部隊は貴族の集まりだ。つまり、第三はそのどちらでもない、みそっかすの集まりって事だ。


 察しがいい人ならわかるだろう?


 俺らみたいな庶民の手柄は、御貴族様がみんな持っていっちまう。俺が騎士になって三日目で初めて立てた武勲は、気付けば全部第二の連中の手柄になってたよ。


 俺の憧れた、華やかな世界で生きる騎士ってやつは、超エリートな第一部隊か、御貴族様の御務めって訳だ。


 どうしてこんな集団になっちまってるんだ……。もっとこう、実力主義な世界だと思っていたのに……。


 だけど、まだ望みがない訳じゃなかった。

 明日の新作魔法の御披露目会。その準備の最中に脅迫状が届いたそうだ。


 詳細は下っ端の俺には知らされなかったが、新作魔法の御披露目会と言えば、王様が直々に表に立つ舞台でもある。そんな一大イベントに、穏当でない物が届いたのだから、当然王立騎士団も警備を手厚くした。


 普段はこういう場に来る事のない第三部隊にも、御鉢が回ってきたわけだ。


 非常に不謹慎ながら、チャンスだと思った。


 もし、この場で脅迫状を出した犯人を捕まえられれば……。王の目の前で武勲をあげることが出来たなら……。誰にも掠め取られる事なく俺の手柄になる。もしかしたら第一部隊への昇進も夢ではないかもしれない。


 そう息巻いてこの古城にやってきたのが三時間程前だ。不意に、手元でチャリ、と金属音が鳴る。


「はぁ…………」


 本日何度目になるかわからない溜め息が零れ落ちた。


 今俺が手に持っているのは、使い古されて穂先がグズグズになった槍と、この古城の各部屋の鍵束だ。鍵束は古城に着いて早々に班長から渡された。


 古城と言えど、元は権力のある人間が住んでいた場所だ。鍵のかかる部屋だってあれば、当然宝物庫や牢屋みたいな場所も設置されている。困ったことに、俺は班長からこの元宝物庫の衛兵を任されたのだ。


 まあ宝物庫と言っても、鍵のかかる鉄扉があるだけの簡易なものだ。宝物庫の扉につながる部屋で番をするだけの簡単な仕事ではあるんだが……。


 そもそも古城に着いた時には、宝物庫の中には何もなかった。もう使われなくなって随分経つらしい城だから、そういった宝物なんてのは既に回収されていたか、あるいは野盗なんかに持っていかれてしまったんだろう。


 だというのに、今は御披露目会で王族が使うらしい衣服なんかがしまわれている。俺はその番兵という訳だ。


 はじめは王族の物だとわからなかったので、替えの服を持ってくるのはわかるが、どうして宝物庫にしまうのか。自分の部屋に置いておけばいいだろうに。そう班長に言ったら、それを王様に言えるか? と返されてしまった。


 ただの貴族ならまだしも、王様の命令じゃしょうがない。何も反論することはできず、明日の会が終わるまでこの場で番をすることになった。


 一応、トイレだとか食事だとかの休憩はもらえるらしいが、他の騎士が見回りに来たほんの僅かの時間だ。つまり、俺が自由に動き回って脅迫状の犯人を探し出す事は、まず無理だと言うことだ。


 実質昇進の目がなくなった事で、なんか全てどうでもよく思えてきた。こんな貴族優遇の社会が騎士団の実態だと言うなら、さっさと辞めてしまおうかな。他に働くアテがないのが辛いところだが。


 だいたい、あの班長も貴族に弱い。俺の手柄を諦めるように諭したのは、他でもない班長だ。手柄を回すだけで上手くやれる、とか訳のわからない事を言いやがって。


「おやぁ~? そこに居るのはジィ~ルじゃないか」


 現実逃避から班長の愚痴に頭がシフトしてきた所で、今一番聞きたくない奴の声が聞こえてきた。


「おいおい、無視すんなよジィ~ル。わざわざこの僕が話しかけてやってるんだぞ?」


「わざわざ話しかけられても俺はお前に用事がない。暇潰しなら他を当たるんだな」


 こいつはクイン。俺と同じ騎士で、いけしゃあしゃあと俺から手柄を掠め取った奴でもある。そんな奴の顔も見たくないし、わざときつく言ってやった。


 とっとと消えるかと思ったが、クインは一瞬だけムッとした表情を見せたものの、何を思ったのかすぐにニチャァと気持ち悪く顔を歪ませた。


「おいおい! 僕にそんな口を利いていいのかい? 今の僕は『班長筆頭補佐』なんだよ?」


「知るか。だいたい十七班(ウチ)とは全く関係ないだろうが」


「やれやれ、ジィ~ル君はわかってないなぁ」


 そう言ってクインは肩をすくめ、大仰に頭を振った。いちいち腹の立つ仕草をする野郎だ。


「いいかい? 僕がキミの所の班長に『キミがサボっていた』って報告するだけで、キミの仕事は無くなるんだよ。それくらい、筆頭って役職は信頼されるのさ!」


「そうかい。そんで、そんな事を言うためにわざわざ来たのか?」


 コイツが何をしようとしているのかよくわからんが、生憎と俺はこっちから辞めてやろうか、とも思っていた所だ。別にそのくらいでは何とも思わない。


「お、お前、失職するんだぞ!? いいのか!?」


「俺が職を失おうが、それこそお前に関係ないだろう。用がないならさっさと帰れ」


 クインは苦虫を潰したようにぐぬぬ、と唸っていたが、一向に踵を返そうとしない。本当に、何がしたいんだコイツ?


 そういえば他の騎士たちは城の警備に見回っている筈だ。仮に休憩時間だとしても、俺に嫌味を言うためだけに、わざわざここまで来るだろうか。


 不思議に思い、改めてクインを観察する。


 肥えて溜まった脂は顔にまで及び、決して美丈夫とは言えない。憤怒に染まっているその顔は、むしろ醜悪と言っても良いだろう。


 成金趣味の御貴族様だけあって、その鎧は見事に金色に輝いている。頭の金髪と揃えているのか、いや、これは只の傲慢だな。筆頭補佐官とはいえ、こんな派手な鎧が班長の目に付かない筈がない。

 それをお咎め無しにされているのは、単にコイツの親の権力か。そういえば俺の手柄を奪った時も親の名前を語っていたな。おそらく、幼い頃から気に入ったものはそうして手にしてきたんだろう。


 派手好きで傲慢、自分の欲しい物は何でも手に入れる男。


 そんなコイツがわざわざここに来る理由。思い当たるものが一つだけあった。


「…………お前、王族の服をくすねる気か」


 その一言に、クインは一瞬ビクッと身体を震わせた。どうやらビンゴらしい。


「お前……それはいくら親が大貴族様でも看過出来ないんじゃないか?」


「う、うるさいっ! だいたい僕はそんな事言ってないだろう!!」


「じゃあ何しに来たのか言ってみろよ」


 そう言うとクインは押し黙った。


 この反応、間違いなくコイツは黒だな、と考えていると、再びクインの顔がニチャァと醜く釣り上がった。


「な、なんだよ?」


 気味が悪いので疑問を口にしたが、意に介さず何やら小声で呟いている。

 もはやこんなのホラーだろ。


「……そうだ、そうだよ。僕は貴族で、コイツは庶民。何も問題はないじゃないか」


 クインの呟きがはっきりと聞こえた瞬間、奴は自らの剣に手をかけた。コイツ……本気か?


「庶民が何を言っても、僕の言うことの方が信じられるに決まってるじゃないか。最初から、こうした方が早かった」


「お前、何を言って……」


「やっぱり馬鹿だなぁ、ジィ~ルは。こんなのすぐわかるだろう? 君が此処で切られて、凶悪犯は王族の服を盗み逃亡。それだけで筋書きとしては十分じゃないか」


 クインはそう言うと一歩、また一歩と距離を詰めてくる。


「おい、その辺にしとけよ。それ以上は俺もお前の相手をしなきゃならない」


 クインの動作を見逃さないよう注意しながら、手にした槍を握り直す。頼りない相棒だが、今はこんな物しかない。


「誰が相手をするって? キミが? 僕の? フフっ……」


 俺の言葉に一笑して、クインの動きは止まった。ギリギリ、間合いの外だ。今ならまだ冗談で済ませてもいい距離だ。


「ありえないよ、ありえない! そんなボロボロの装備で、僕の相手になるとでも!? ホントに君は、そう言う所がイラつくんだよ!!」


 そう言い切って、クインは剣を抜いて俺に襲いかかってきた。

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