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第十七話 告発

 翌朝、ゴリゴリと骨が響く音を聞きながら身体を起こした。


 昨夜、事件の犯人がわかった事もあり、姫さんとシャルウィルには部屋で眠りについてもらった。二人とも床に入ったのは、既に深夜四時を回っていた頃だっただろう。


 俺はといえば、元々ゆっくり休める部屋があてがわれてもおらず、また、しっかりとした寝床が準備されていた訳でもなかったので、姫さん達の部屋の前で座り込んで眠りについた。

 まあ、実際にはどう犯人を告発するかを考えていたから、ほとんど眠ってはいなかったが……。


 ただ、少しでも目を瞑って座り込んだ事で、脳の活動もいくらか活性化したように思える。

 決して良質な睡眠とは言えないが、身体を休める事ぐらいにはなっていたのだろう。

 身体をバキバキと鳴らしながら、この事件で何度も見返してきた時計に目をやる。


 今の時刻は六時。

 空気が冷たいこの時期では、まだ白々とした空が広がっている時間だ。

 だが、もう関係者は起きていてもおかしくはないだろう。

 俺の告発が自分たちに関係なければ、そのまま新作魔法の発表会に参加する心積もりの人間ばかりだろうからな。お粧しする為に早起きしている筈だ。

 勿論、犯人には発表会を楽しむなんて事を許すつもりはないが。


「おはようございます。……何をしてるんですか?」


「おう、おはよう。いや、少しストレッチをしとかないとな。座ってばかりじゃ身体も錆び付いちまう」


 ゴキリ、と腰を入れてシャルウィルの方を向けば、少しやつれた顔をしている。

 事件が解明したと伝えても、それが真実である保証は何処にもない。ただでさえ眠れる時間は短かったが、不安もあってろくに休む事もできなかったんだろう。


「……大丈夫か?」


「何の事ですか? それより、何か言伝てがあるのでしょう? 早く教えてください」


 シャルウィルを気遣った言葉だったが、あっけらかんとした表情で流されてしまった。

 身体はしんどいだろうに、大したヤツだよ。


「ああ、言伝てな。まずフィンレーに七時に全員を広間へ集めると伝えてくれ」


 リミットの八時までには時間があるが、犯人を告発する時間を含めて、少し早めに集合してもらうように頼んだ。一時間もあれば充分な筈だ。


「まず、と言うことは他にもあるんですか?」


「ああ。それとこの階の全員に、俺と会ったときに使っていた、あるいは持っていた物を持ってくるように頼んでほしい」


「……なんですか、その変な依頼は」


 シャルウィルの疑問ももっともだとは思う。

 だが、大切な事なのだ。


「不思議に思うかもしれないが、くれぐれも持ってくるように頼んで欲しい。犯人を断定するのに重要な事なんだ」


「まあ、頼んでみますけど……。相手がわからなかったらどうするんですか?」


 その可能性は考えてなかったな。

 どうするか……。まあ、重要な時に間に合えば充分か。


「あー……。そしたら、もし持ってきていない人間がいたら、告発を始める前に一走りしてくれるか?」


「二度手間ですね。素直に持ってきて欲しいものを伝えたらどうです?」


「いや……。すり替えて持ってこられても困るからな。事前情報は少なくしておきたい」


 何しろ、大事な証拠になるだろう品だからな。

 犯人が勘づいて変に小細工をされても不味い。


「……わかりました。では、行って参ります」


「ああ。あ、姫さんの様子はどうだ?」


「アレクシア様はゆっくりとお休みになられています。……たぶん、目が覚めてもお話になられる事は難しいかと」


 やはり、鎧は直っていないってことか。

 まあ、いい。何度もシミュレートしたからな。上手く話せる筈だろう。


「そうか。わかった。引き留めて悪かったな」


「いえ。では、今度こそ行って参ります」


 そう言って駆けていくシャルウィルを見送ってから、俺は犯人を告発する流れを再び頭の中でなぞり始めた。


 大丈夫だ。

 きっと、上手くいく。

 密室を解く鍵となる道具を握りしめると、俺の決意を引き締めるように冷たい感触が手に残った。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 時刻は七時。

 ぞろぞろと関係者達が広間へと集まってきた。

 俺の目論見通り、その手にはちゃんと持ってきて欲しい物を抱えている。

 始めから広間に居たフィンレーは、代名詞とも言えるオリハルコンの鎧を着ていた。まあ、着替える訳もないだろうし当然だ。

 続いて広間に入ってきた順に、ユルゲン医師はカルテ、エリス夫人とハンナ嬢は自作だという革の鞄、イヴァン班長夫妻はチェスの駒を持ってきている。班長夫妻に連れてこられる形になったカール副班長は、言伝ての際にシャルウィルから渡してもらった『異端審問官』の面とマントを手にしていた。

 少し抵抗されたそうだが、俺からのお願いと言う事と、班長夫妻の説得もあって受け取ってくれたらしい。

 班長夫妻達から少し遅れて入ってきたリオは、イミテーションだというアクセサリーを、バタバタと時間ぎりぎりに入ってきたクインは、昨日の格好通り、金色の鎧を身に纏っている。


 近くに立っていたシャルウィルに、問題なさそうだと目配せをすると、彼女もわかったように大きく頷いた。


「……集まったか」


 関係者が全員集まったのを見て、フィンレーが口を開いた。その言葉に、全員が背筋を伸ばしたのが見えた。


「レイアード卿は昨晩襲われたそうでな。代わりにそこの騎士モドキが話をするそうだ」


 騎士モドキとは随分な言葉だが……。

 そこに目くじらを立てていても仕方あるまい。

 仮採用なのは事実なのだし。それに、ここで上手くやれば正式に騎士として雇われる筈だからな。


「……さて、朝早い時間に集まってもらって申し訳なかった。フィンレーが言う通り、姫さんは昨日ある人物に教われてな。今は部屋で安静にしてもらっている」


 そう全員に伝えると、昨晩既に事件を知っていた面々以外は驚いた顔を見せた。

 また別に事件が起こっていたと知ったのなら、その反応は当然だろう。


「そ、それで、その襲ってきた犯人は捕まえたの!?」


 驚きながら質問してきたのは商人の娘、ハンナだ。その質問に俺は首を縦に振って答えた。


「ああ。襲ってきたのはカール副班長だった。その手にしている『異端審問官』の面とマントを見られると思って、不意打ちをしかけたらしい」


「そ、それなら犯人はカール副班長……?」


 そう呟いたのは殺されたダンカン班長の妻、エリス夫人だった。俺は、それには首を横に振って答える。


「いや……。カール副班長を『異端審問官』と断定するには、証拠が少なすぎた。ただ、『異端審問官』の道具を持っていただけで、殺人犯にしてしまうのは、俺がケイト副班長の部屋の鍵を持っていたから犯人だとしているのと、何ら変わらない事になってしまう」


「じゃあどうするんだよ!? お前、本当に犯人がわかってるのか!?」


 一々声を荒らげるのはクインだ。本当にコイツはやかましい。


「無論、犯人の特定も出来ているし、その証拠もある。だが、一度順序だって事件を整理するから、まずは俺の話を聞いてみて欲しい」


「……良かろう。話せ。特定に至らなければ犯人は貴様だ」


 俺の提案をまとめたのはフィンレーだ。

 こういった有事の際は、王と同等の権力があると言っただけあって、その胆力は重苦しいものがある。

 それでも、今の俺は姫さんの代わりにここに立っている。

 ならば、少し演技くさいぐらいで丁度良い筈だ。


「なら……。まずは事件の始まりだが、この古城に『異端審問官』をなのる人物から脅迫状が送られてきた事が発端だな」


「そんなに遡るのですか?」


 少し困惑した様子でユルゲン医師は声を出した。

 それに対して、さも当然といった風に俺は大きく頷く。


「ああ。ある狙いがあって、犯人はこの脅迫状を送ってきたんだ」


「狙い……?」


 イヴァン班長の戸惑った声に、もう一度頷いて答える。


「そうだ。詳しくは順を追ってまた話すが、この脅迫状が送られてきた事にこそ、重大な鍵が握られていると俺は考えている」


 そう告げると、全員が口を閉じてしまった。

 犯人以外は、どういう意味なのか考えているのだろう。その答えを待たずに、俺は事件の整理を進める。


「そして、この古城で発覚した始めの事件は、ダンカン班長の殺人事件だ。エリス夫人の悲鳴が、この古城の東側――便宜上、東棟とするが、東棟の面々へと響き渡った」


 そう告げると、ユルゲン医師、ハンナ嬢、イヴァン班長夫妻の四人が一斉に頷いた。


「ダンカン班長の部屋には『防音魔法』が使われていて、西側――西棟の人間には悲鳴が届かなかった」


 今度はリオ、カール、シャルウィル、そして渋々と言った感じでクインが頷く。


「中央の広間に居たフィンレーはどうだ? 悲鳴は聞こえたか?」


「……いや。ここまで悲鳴は届いていなかったな。俺が現場に向かったのは、そこのイヴァンが俺を呼びに来たからだ」


「そう。イヴァン班長はこの事件をフィンレーに伝えに行った。その時、西棟の面々にも事件の事を伝えたんだな?」


「あ、ああ。フィンレー様が犯人はこの広間から出ていっていない、と言ったからな。全員がダンカンの部屋に集まるように指示を出した」


 話を振られると思っていなかったのか、イヴァン班長は少し驚いた声で反応した。別に驚く所ではないのだが……。だが大切な事は言ってくれた。


「さて、フィンレー。何故、犯人は広間から出ていってないとわかったのか?」


「戯れ言を。事件が起きる前から、俺がずっと階段を見ていたからに決まっているだろう」


「あの距離から、本当に見えていたと?」


「当然だ」


 自信満々に答えるフィンレーの言葉は、蟻の子一匹逃す筈がないと言っているようだ。

 だが俺が欲しかったのはその絶対の自信だ。


「わかった。そうするとこの古城に秘密の抜け穴があるとか、秘密裏に『転移魔法』でも使わない限り、犯人はこの城から出られていない。つまり『異端審問官』は絶対にこの中にいる誰かって事になるな」


「そうなるな。勿論、秘密の抜け穴なんてものはないし、『転移魔法』も『転移魔術』も使われた形跡はない。貴様も捜査でそれは確かめただろう?」


 そう。

 転移を冠する魔法や魔術は、何かしらの印が必要になる。そう姫さんが教えてくれた。

 フィンレーが言う通り、そんな抜け道や印は見つける事は出来なかった。

 俺は彼の言葉に短く、ああ、と答えて話を続ける。


「犯人である『異端審問官』を含めて、ダンカン班長の部屋に集まった皆は、やがて集まるべき人間が足りない事に気づいた。……そう、ケイト副班長だ。本来なら真っ先に駆けつけるべき騎士団の副班長がいない事に、違和感を覚えたのにはそう時間はかからなかった筈だ」


「そうですね。あの時、誰が言い出したかは忘れましたが……。ケイト副班長の姿がないことを口に出していたと思います。貴方の姿がない事には、広間に集まる直前まで誰も触れていませんでしたが」


 シャルウィルから合いの手が入る。

 誰も俺の事に触れていなかったという悲しい事実は置いておいて、妙な態度が犯人に向かないよう、まだ姫さんにも彼女にも、事件の全容は伝えていない。

 もっとも、コイツは昨日の証拠品で誰が犯人だか薄々勘づいていそうだが。


「俺の事はともかく、ケイト副班長の部屋へと皆は向かったんだろう? そして鍵のかかった扉を抉じ開けて、変わり果てた姿の彼女を発見した……。ここまで、何か間違っているか?」


 そう締め括ると、全員から特に異論は入らなかった。

 ハンナ嬢とイヴァン班長から聞いた話をまとめただけだが、特に間違ってはいなかったようだ。


「では、次は死体の状況だ。同じ犯人が行ったと思われる二つの殺人だが、その死体には大きく異なる点がある。なんだかわかるか?」


 全員にそう問いかけるも、返答はない。特にケイト副班長の死体は、凄惨なあまり注視した人間も少なかったのだろう。

 やがて、おずおずとユルゲン医師が手を挙げた。


「その……。答えられたから犯人と言われたりはしないのですな?」


「当然だ。犯人にしかわからないような事を口走りでもしない限り、ここで話す事で犯人と断定したりはしない」


 そう伝えると、ホッとしたようにユルゲン医師は話し始めた。


「ならば……。死体の損壊具合がかなり違いましたな。ダンカン班長は急所を一突きされて終わっていたのに対して、ケイト副班長は切りつけられた後に、何度も串刺しにされておりました」


 そう告げた彼の言葉に、何人かがウッと息を飲む。あの死体を思い出したのだろう。


「そうだ。加えて言えばもう一つ。凶器の存在だ」


「凶器だと?」


 意外そうに目を開いたフィンレーに、小さく頷く。

 今まで泰然としていた男だったが、案外気が付かない事には驚く素振りを見せるらしい。


「ああ。ダンカン班長の死体には凶器がそのまま残されていたが……。ケイト副班長を切りつけたと思われる凶器はどこにも残っていなかった」


「その凶器がありゃあ、犯人が特定出来るってわけか!!」


 水を得た魚のように弾ける声を出したのはイヴァン班長だ。俺の事も含めて、班員の無実が証明できると思ったのかいつも以上に元気がいい。


「一つだけじゃ断定は出来ないだろうが、手がかりにはなるだろうな。……ところで、どうして皆はこの事件が同一犯だと思ったんだ?」


 その問いかけに、暫しの沈黙が流れた。

 皆、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。


「お、お前バカなのか? どう考えればこの二つの殺人が別の事件だって考えられるんだよ! 二人の死体の側に、犯行声明ともとれる紙が残されていたじゃないか!!」


 そういきり立ったのはクインだ。まるで鬼の首をとったかのように捲し立ててきた。

 それには反論せず、あくまで大袈裟に腕を広げて答える。オーバーに、演技立てて。


「そう! その犯行声明こそ、死体状況の共通項だ! それがあったからこそ、犯人は同一であるとの考えをより強固にした! すなわち、ダンカン班長はその『強欲』を、ケイト副班長はその『色欲』を。それぞれ『異端審問官』に咎められて殺されたと考えた筈だ!」


 強く言い切った俺の言葉を、怪訝そうにフィンレーは眉をしかめて答えた。


「……話が見えんな。そんな事が重要とは思えん。事件を整理して、犯人を特定するのではなかったのか? ただ煙に巻いているだけに聞こえるが……。貴様、本当に犯人がわかっているのだろうな?」



 確かに今の話だけを切り取れば、何を今更話しているのか、と言われても仕方のない事だが……。

 ここからの推理には、最重要と言ってもいい確認事項だ。


「当然わかっている。俺がここまでで確認したかったのは、事件の概要だ。今までの所で、何か異論がある箇所はあっただろうか?」


 再三の問いかけは、やはり沈黙で答えられた。

 ここまで、特別間違った事は言っていないからな。当然の答えでもある。


「よし。残るわからない事は、ケイト副班長の部屋の密室。そして、同じくケイト副班長を切りつけ消えた凶器の行方。最後に、肝心の犯人が誰なのか。この三点と言っても差し支えないだろう?」


「……その三点が明確になるのならば、事件は解決したと言っても良いだろう」


 そう答えたフィンレーに、俺はニヤリと笑い言い放つ。


「なら事件は解決だ」


「お、お前本当にわかったのか!? 犯人だけじゃなく、密室も凶器の行方も!?」


 慌てるクインに自信たっぷりに答えてやる。

 きっと姫さんならこうする筈だ。


「ああ。事件は解明した。と言っても、俺もまだるっこしいのは嫌いだからな。最初に犯人を教えてやる」


 全員の表情が強ばった。

 この中で一人だけ。そうアイツは特に気が気でないだろう。

 だが、俺は容赦なくそいつに指を突きつけてやった。


「この事件の犯人……。『異端審問官』はアンタだ!!」

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