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第十六話 理想

 カールをイヴァン班長の元へ連れていく道中、カールはただの一度も暴れたりしなかった。

 ベルトで手を拘束しただけなら、足を使って抵抗する事も出来た筈なのに。

 たぶん、犯人を捕まえると言った俺を信じてくれたんだとは思うが……。

 これで犯人がわからなかったら、カールと一緒に牢獄行きだな。もっとも、俺の方が刑期は長いだろうが。


「お前らはホントに班長泣かせだなぁ」


 イヴァン班長はそう言って俺からカールを引き取った。

 深夜にも関わらず、一度のノックですぐに扉を開けてくれたあたり、おそらく夜通し捜査する俺を気遣っていたのだろう。

 何か、俺では対処できない事にぶち当たった時に手助け出来るように。

 こうして実際に、カールの身柄を押さえて貰うなんて事があったんだから、班長には感謝しかないが。


 イヴァン班長に会ったついでに、何処からカールとケイト副班長の関係を知ったのか尋ねてみたが、


「ダンカンだよ。嬉しそうに言ってたぞ?」


 と、またしても不可解な返答だった。


 カールの言うとおり、ダンカン班長とケイト副班長が不倫関係にあったならば、そんな事を嬉々として話すだろうか?

 普通、愛人を取られたと恨むものじゃないのか?

 俺の知るダンカン班長は、他人の手柄を自分の物にする様な自己顕示欲の強い人間だ。それこそ、あの脅迫状のように『強欲』な人間と言ってもいい。


 それが、愛人とその恋人を祝福する?


 あり得ない。何か理由があると思うが……。


 そんな事を考えながら歩いていると、すぐに姫さん達の部屋が見えてきた。


 姫さんを守る、と部屋の前に立っていたシャルウィルには、カールをイヴァン班長の所へ連れて行く時に、姫さんを襲った犯人は捕まえた、と教えたが……。

 それでもまだ彼女は律儀に扉の前で佇んでいた。

 俺を待つなら部屋の中でも良かった筈だが、姫さんには知られずに何か伝えたい事でもあるのだろうか。


「遅くなって悪かった」


「いえ、然程はかかっていません。……あの女記者は?」


 女記者……?

 ああ、リオの事か。


「さっき別れた所を見ただろ? 疲れたから諦めて寝るってよ」


 そう伝えると、シャルウィルは何故かホッとしたように小さく肩を落とした。


「また後で合流されたらどうしようかと考えていたので……。正直、安堵しました」


「彼女が一緒だと、何か不味い事でもあるのか?」


「そうですね……。これから見知りする事は、誰にも伝えずに墓場まで持っていって下さい。絶対に」


 そう強く言い切って、シャルウィルは扉を開き俺を部屋へと招き入れた。



 部屋に入ってから、何が待ち受けているのかと注意深く辺りを見渡したが、先程と何ら変わらない景色が待っていた。

 姫さんは相変わらず横になったままだし、追い出される直前に気にかけていたあの鎧も、変わりなく机に鎮座されている。


 何を黙っていれば良いのかよく分からないが、とりあえず報告をしよう。


「姫さんを襲った犯人はカールで間違いなかった。さっき拘束して、イヴァン班長に引き渡してきた所だ。ただ、二人を殺した犯人はどうも別にいるような気がする。カールを『異端審問官』と断定するには、ちょっと捜査不足だった」


 そう伝えると姫さんは、一瞬、はにかんだ様に口角を上げたが、すぐに眉を寄せてしかめた顔を見せた。

 事件が万事解決とはいかなかったからだろう。まあ、まだ報告する事はある。


「ただ、密室の謎はおそらく解けた。後は犯人を絞りこむだけなんだが……。どうもこんがらがってしまってわからなくなってきた。少し、一緒に考えてくれないか?」


 姫さんは驚いた顔を見せたが、何故かすぐに寝返りを打って背中を向けられてしまった。


 こ、これは……。怒られてるのか?

 それとも嫌われた?

 顔も見せたくないとか、そう言うことなのか?


「アレクシア様は……」


 戸惑っていると背後からおずおずとした声が届いた。今、この部屋に居るのはシャルウィルしかいない。何だっていうんだ、一体?


「今のアレクシア様は、口がきけません」


 は?

 え?


 どういうことだ?


 もしかして、さっきの奇襲で何か問題が起きてるのか?


「は、早くユルゲンさんを呼んでこなきゃ……」


「無駄です」


 後遺症を心配して、医者を呼びに行こうとする俺を、シャルウィルはピシャリと止めた。


「む、無駄ってどういう事だ? 怪我が影響を与えてるなら、医者を呼んでくるのが一番だろう?」


「ですから、怪我の影響ではないのです。こうなる前から、今のアレクシア様は口がきけませんでしたから」


 俺の混乱を余所に、シャルウィルは冷静に言い放った。今の、ってどういう事だ。さっき一度起きて声を出した時と、何が違う?


「アレクシア様は……極度の()()()()なのです」


 尚も戸惑う俺に、シャルウィルは正解を告げてくれた。が。


 何、それ。

 あがり症??


「アレクシア様は怪我をされる前からこうでした。いかに『(くれない)の姫君』と羨望を向けられるような人であっても、いざあの鎧を脱げば、極めて親しい人としか話せないのです」


 えぇ……。嘘だろ……?


 姫さんの方を見れば、相変わらず視線も合わせようともせずに布団を被ってしまっている。


「でも……。さっきは話せたじゃないか?」


 そう。起きて暫くの間は普通に話していた。急にそんな風にはならないと思うのだが。


「鎧を着ていると勘違いなさったのです。気付いてからは、何とかあたしを呼び出す声を絞り出しましたが……」


 そこで言葉を切ったシャルウィルは、悔しそうに唇を歯噛みしていた。


 俺はと言えば、あぁ、それで鎧を注視していたのか。そう言えば、口調も何処か演技がかってたもんなぁ。なんて、間抜けな感想しか出てこない。


「だったら、鎧を着れば済む話だろう?」


 至極当然に浮かんだ疑問を口にすると、シャルウィルは大きく首を振って顔を落とした。


「それが……。鎧に填められていた『不乱』を込めた魔晶が壊れてしまっていたのです」


「『不乱』を込めた魔晶?」


 何だそれ。


「魔晶は魔法を込める事のできる石です。込められる魔法は限られていますが……。今回の場合は、心を落ち着かせる効果のある『不乱』の魔法が込められていました」


「なるほど。それで鎧を着ていれば、あがらずに話せたと」


「えぇ。ですが、今はこの通り……」


 そう言ってシャルウィルは俺に鎧を手渡した。どこにも傷がないと思ったが、胸甲部の内側にひび割れた傷が見えた。傷一つないと思っていたが、ちょうど身体と密着する内側で見過ごしてしまっていたようだ。


「幸い、アレク様の鎧には壊れてしまっても元に戻すという魔法の『不壊』が込められた魔晶も使われていますから、幾日かすれば『不乱』の魔晶も直るでしょう。ですが……。明日の犯人を暴くまでに直るとは思えません」


 むぅ……。

 つまり、姫さん抜きで犯人を断定しないとならないのか。


「正直、あたしはもう無理だと思います」


「は?」


 コイツ今何て言った?


「だってそうでしょう? あの男が殺人犯でなかった以上、貴方にはもう本物の殺人犯を捕まえられるとは思えません」


「何でだよ?」


「この時間帯になっても、犯人の目星もついて無いじゃないですかっ! 今更、どうこう出来る筈なんて無いですよっ!!」


 突然語気を強めたシャルウィルに面食らってしまう。俺のその様子に、シャルウィルは尚も厳しく言葉を投げつけてきた。


「そもそも犯人は貴方だったんじゃないですかっ!? 貴方が否定しなければ、こんな事には……」


「シャル!!」


 シャルウィルの言葉を咎めるように、姫さんの声が部屋に響いた。


 復活したかと思い振り返ったが、その後に続く言葉は出てこない。シャルウィルを手招きして、耳元で何かを伝えている。

 ほんとに、親しい人としか話せないんだな。


「……姫さんは、何て?」


「……貴女がそんな事を言うべきではない。それをしてしまえば、私達の理想からは遠くかけ離れていってしまう、と」


「理想?」


 そう言えば、姫さん達ってどうしてここまで事件に首を突っ込んできたんだ?

 大多数の貴族なら、平民の一人、冤罪で裁かれようと気にも留めない筈だ。

 それが自身の進退を賭けてまで、事件の解決に肩入れするだろうか?


 もしや、ただ事件を解決する事だけでなく、何か別の目的があったのでは……。


「理想は……理想ですよ。貴方に聞かせるようなものではありません」


 先程の勢いは何処へやら、すっかり消沈した様子でシャルウィルは答えた。

 そう言われても、俺の浮かんだ疑問はもう消せない。


「話せよ」


「は?」


「だから、理想だよ。あるんだろ?」


「いや、聞いてました? 貴方に話すような内容では……」


 再三の問いかけに尚も渋るシャルウィルを、俺はゆっくりと手を挙げて制した。


「そこがまず間違ってる。俺達はチームだろ? 犯人を捕まえる為に、考えを統一しないとならない。なのにお前達の理想も知らなけりゃ、同じ方向を向いて団結できるとは思えない。だいたい、時間はまだあるのに諦めてるのが気に食わねえ。それとも何だ? 理想ってのは犯人を一夜の内に捕まえる事なのか?」


「そ、そんな低俗なものではありませんっ!!」


「だったら、聞かせろよ。その理想ってやつをよ」


「そ、それは……」


 ちょっときつい言い方になってしまったが、嘘偽りない俺の本心だ。

 その言葉がシャルウィルに届いたのか、彼女は悩みながらも口を開こうとしては閉じてを繰り返している。

 仕方ない、もう一押しするか。


「俺の理想は、羨望の的になるような騎士だ」


 突然の告白にシャルウィルは目を見開いている。いきなり何を言い出したのか、と顔が語っているが構うものか。


「俺の故郷は小さな村でな。子供の頃に一度だけ騎士が訪れた事があった。純白に輝く鎧を着て、大人が困っていた害獣を瞬く間に処理してくれたんだ。正直……強烈に憧れたよ。格好いい、俺もあんな風になりたい! ってな」


「……それが貴方の理想、ですか?」


「そうだ。お前達の理想からすれば随分とみみっちい話だろう? 子供の絵空事だと笑っても構わない。事実、そうなんだからな」


 自嘲気味に鼻を鳴らしたが、特別笑い声は起きなかった。

 何か感じるものがあったのか、シャルウィルは小さく、笑えませんよ、と呟いた。

 そのまま暫くの沈黙が流れたが、やがて意を決したようにシャルウィルが口を開いた。


「……貴方はこの国で冤罪被害がどの程度あるか知っていますか?」


「冤罪? さあなあ? 数えた事もないが……」


 今度は俺の目が丸くなっているだろう。

 いきなり何を言い出すのか。冤罪の数なんて、そもそも罪で裁かれる人間の数さえ把握していないが。


「では、貴族が何かしらの罪で裁かれた件数は知っていますか?」


「……いや、知らないな。そもそも、貴族が裁かれた事すらあまりないんじゃないか?」


 頭の中を隅まで洗ったが、俺の知る事件に犯人が貴族のものは見当たらなかった。


「ええ。貴族が犯人とされる事件は、今までほとんどありません。貴族同士の密告で明らかになった事件も、大半は別の人間に罪を被せて貴族はのうのうと暮らしています」


「それ、本当か……?」


 シャルウィルの言葉が本当なら、罪人が裁かれずに町に蔓延っている事になる。それどころか無実の人を裁いていた訳で……。


「本当ですよ。貴方だって、その寸前だったでしょう? それに、あたしの両親もそうやって冤罪の中で死んでいきましたから」


 そう返されてハッとなる。言われてみれば、確かに俺がまさに冤罪被害にあう直前だった。それも、まだ完全に容疑を拭いきれていない。

 言ってみれば、今まさに冤罪被害にあう人間に、俺はもっとも近しい男となっているかもしれない。


「両親は今回の事件と同じように、ある殺人事件の犯人にされて死罪となりました。ですが、絶対に犯人である筈がなかったんです。『身体強化魔法』も使えない全くの素人が、戦闘訓練を積んだ歴戦の騎士と戦って勝てると思いますか?」


「いや……。無理だろう」


「ですが、両親はその騎士殺しの犯人という汚名をきせられたんです! 現場にはその騎士と別人の誰か、二人分の『身体強化魔法』を使った残滓があったのに! 誰もあたしの言うことを信じてくれなかった……!!」


 少しずつ強くなっていく口調に、彼女の惜閔の思いが感じられる。

 両親を冤罪で亡くしたとなれば、それは当然だろう。


「つまり……。お前の理想は冤罪のない社会を創りたい、ってことか?」


 その問いかけに、シャルウィルはコクリと頷いた。


 冤罪のない社会。

 罪を犯した者がきちんと裁かれる。ただそれだけの事だが、この身にも降りかかった事を考えれば、冤罪というものは余程多く存在していたのだろう。そう考えると……。なるほど、たしかに理想的な社会と思える。


「その為に、姫さんの立場が必要だったのか? 辺境伯ともなれば、ある程度の自治権も認められるから……」


「それもありますが……。それだけでは冤罪被害はなくならないでしょう。もっと根本の、証拠を集める捜査が発展しない限りは」


 姫さんが治める地で冤罪をなくしていこうというものと思ったが、どうもそれだけではないらしい。


「……魔法や魔術が犯罪に使われた場合、どう証明するかわかりますか?」


「は? いや、それは……。証明しようと全て推測の域を出ないものだろう? どう探そうと、直接使った現場を見ないとそれはわからない筈だ」


 急に話の内容が魔法に変わり声が上ずってしまったが、魔法を使った証明なんて普通は出来ない。物理的な証拠がほとんど残らないからだ。


 例えばここで俺が『火魔法』を使い、壁を焦がしたとして、それが『火魔法』によるものなのか、何か火打石のような物で火をつけたのか、それはわからない。

 その場に残った痕跡、例えば火打石の欠片が落ちていたとか、そう言った状況から魔法なのかどうか推測するしか出来ない筈だ。


「そうですね。魔法を見る事でしか、魔法が使われたと完全に言いきる事はできません。逆に言えば、完全に事象の痕跡を見つけられなければ、魔法を使ったと見なされているのが現状です」


 人は痕跡を完全に消す事はできない。

 そう考えられるからこそ、元々痕跡が残らない魔法が使われたって理屈だな。


「ですが……。魔法を使われなかったことにしてしまえば、罪を人に被せる事も容易になると思いませんか?」


「む、それは……」


 魔法で証拠が残らない殺し方をして、あからさまに残った証拠が犯人を指し示す物だったとすれば。それも真犯人とは別な、身代わりとなるべく用意された人間の物だったとしたら。


 捕まえる方は意図的ではないにしろ、冤罪で裁かれるリスクは高くなるな。


「しかし、そうなるとまずは魔法が使われたか否かの証明が必要だろう? そんな事は出来ないと言ったばかりじゃないか」


 話が堂々巡りしている気がする。

 結局、魔法が使われた事の証明には、その他一切の痕跡が残らないことが必要だと言いたいのか?

 いや、待てよ。さっきのシャルウィルの両親の話で、コイツは何か気にかかる事を言っていたな。この事が答えに関わってくるのか?

 わからないが、とりあえず聞いてみるか。



「何で二人分の『身体強化魔法』が使われたって分かったんだ? 魔力の残滓なんて、残っていたとしても混じりあってしまってわからないだろ?」


「普通はわかりませんが、それを見分けるのがあたしの『解析魔術』です。どんな魔法がどれだけ使われたか、あるいはどんな魔術が使われたのかを明らかにする魔術です」


「そんな魔術が……。そうか、それで魔力の残滓があるのもわかったのか」


「ええ。ですが、今はまだ魔法とする事に至っていません。それに、きちんと形式だった捜査方法も構築出来ていません。この『解析魔術』を魔法へと昇華して、捜査に『解析魔法』を上手く利用する事で、誰もが魔法や魔術による冤罪を失くす事があたしの理想です」


 シャルウィルはそう告げると、ゆっくりと瞳を閉じた。話すべき事は伝えたという事か。


 しかし……。冤罪の件も、魔術の件も、どちらもが衝撃的な内容だったが、それを語るシャルウィルの瞳も真剣そのものだった。おそらく、全て本当の事なんだろう。


「そんな理想を持つお前が、どうしてさっき簡単に諦めたんだ?」


「どうしてって……。あたしはアレク様以外に他に頼れる人はいません。それに、あたしの『解析魔術』を活かせるのはアレク様だけです。なのにこんな状態になってしまっては……。どうやっても犯人を断定出来ないでしょうし、一晩で鎧が直る訳もありません。()()()症が治る見込みもありませんし……。どうやっても逃げられない。詰み(チェックメイト)ですよ」


 そう言ってシャルウィルは両手を挙げた。


 詰み(チェックメイト)ねぇ……。そう考えるには早いと思うが。まだ指せる手はあるだろうに。

 そう言えば、イヴァン班長と奥さんもチェスをやってたっけか。

 あの時は確か、両取りをかけられた班長が騎士で取り返して……。そのあとすぐにその騎士を女王に取られてやめてたんだったか。続けてたら詰んでたのかね。


 そんな風に考えた時、頭の中を稲妻が走ったかのような衝撃が駆け巡った。


 騎士が、女王に取られた?


 そんな事、実際に有り得るのか?


 いや、しかし……。そう考えれば色々と辻褄が合う事になりそうだ。


「シャルウィル」


「……なんですか?」


 もううんざり、といった顔で返事をしてきたが、それは姫さんだけを信頼してきたお前には仕方のない事だったんだろう。


 だが、今のお前には、もう一人仲間がいる。

 姫さん抜きでも、この事件を解決に導ける可能性はまだある。


「その『解析魔術』ってのは、今回も使ってたんだろう?」


「ええ。使っていましたよ。ダンカン班長の現場で使われていたのは、『清潔魔法』と『防音魔法』の二つ。それと、ケイト副班長の現場ではやはり『防音魔法』と、それに『身体強化魔法』が使われていました。いずれも、使った人間は一人です」


 やはり、そうなのか。


 丁寧に作り上げられた組み木細工が、ガッシリと噛み合ったような感覚を覚えた。


 問題は、証拠だ。証明するためには、何が必要だ?

 シャルウィルの魔術なら、証明できるのか?


「その『解析魔術』は、どのくらい前の魔法や魔術を解析できるんだ?」


「そうですね……。込める魔力量にもよりますが、半日から最大でだいたい一日ぐらい前までは解析できると思います」


 半日から一日か。今は既に夜中の三時を回っている。それでも、八時までの制限時間までには時間は充分ありそうだな。


「もう一つ教えてくれ。その解析の結果は、シャルウィル以外の人――俺達にも結果が見られるのか?」


「は? えぇ、まあ。捜査の証拠にしようとしていたぐらいですから、見えるようにすることぐらいは出来ますが……」


「本当か? なら()()()()を使った時はどう見えるんだ?」


「あの魔法?」


 不思議がるシャルウィルの耳元に、小さく呟く。怪訝な顔をした彼女から出された答えは、俺の考えを支持するのに充分なものだった。そして、シャルウィルに足りないものをも浮かび上がらせてくれた。


「いったい、それが何になるって言うんですか? そんな事で犯人がわかるなんて……」


 どうやら『解析魔術』で事件の重要な事柄が判明できる事に気付いていないらしく、未だに諦めの境地にいるシャルウィルを俺は手で制した。


「事件の解明に関係大アリだ。もっと早く聞いていたら、こんなに悩まずに済んだかもしれないぐらいだ」


「ど、どういう事ですかっ!?」


 わかりやすく伝えてやると、動揺したようにシャルウィルが表情を崩した。

 唐突に事件の解明に『解析魔術』が重要なんて言われれば、焦る気持ちもわかるがな。


「お前、部屋の細部まで見てなかっただろ? 今から俺が言うところを『解析魔術』で見てきてくれないか?」


「それで、犯人がわかるんですか?」


「俺の想像通りの結果ならな」


 そう答え現場のある場所を示すと、シャルウィルは姫さんに一度目配せした。行って良いかの確認だろう。

 姫さんは何も言わずにコクリと頷き、シャルウィルは弾かれたように部屋を駆け出して行った。


 これで後数分もすれば、シャルウィルが証拠を持ってきてくれる筈だ。

 その数分、姫さんと会話をしないのも不自然だが……。()()()症の彼女と会話になるだろうか?


「……ジール、さん」


 どう声をかけようかと悩んでいると、今にも消え入りそうな、か細い声が俺の耳に届いた。

 驚き姫さんの顔を見れば、形の良い耳まで真っ赤にして話しかけてくれている。


「あなたは……。抗う、のですか? 最後、まで」


 ()()()症だと言う彼女が、どれ程の努力でもって声をかけてくれたのか。

 別に話すことに困難を感じない俺にはわからない。

 ただ、方向性が違うだけで、困難に立ち向かっていくその労力を貶めてはなるまい。


「当然だ。俺の……。いや、違うな」


「な、にが?」


 戸惑う姫さんに、俺なりの飛びっきりの笑みを見せて親指を立てた。

 貴族の振る舞いなんか知らんが、憧れたあの騎士がやっていた事だ。無礼には当たるまい。


「俺達の理想を叶えるため、死力を尽くさんとするのが騎士だろう?」


「で、すが……」


 飛びっきりの笑みを見せたと言うのに、姫さんは食い下がらない。


 ああ、シャルウィルの描く理想と姫さんの描く理想とでは、また違うものなのかもしれないな。だが。


「理想とは幾千の傷を越えて辿り着く境地だろう? この程度の傷で、立ち止まる様な()()な鍛え方はしていないさ。それに……」


 言うべきか少し逡巡する。これで姫さんの励ましになるだろうか。

 それでも、伝えておかずにはいられない。

 たとえ鎧がなければろくに話せない女性だったとしても、俺は仲間で在り続けることを。


「……それに幾千、幾万の災禍が降り注ごうと、貴女の盾になると誓った言葉を違えるつもりはない」


 そう言葉を紡ぐと、暫くの沈黙の後に姫さんはクスッと笑った。


 え。なんか、笑われるような事やっちゃったか!?

 ただ励ましになればと思ったんだが、もしかしてクサすぎたか!?


「ごめん、なさい。別に、変な事を言っている、訳では、ないのですけれど」


 焦る俺の様子を見て、姫さんは慌てて弁明している。

 だとしても、では何故笑われたのか。


「ジール、さんの、言った言葉は、ミルザの言葉でしょう?」


「……知ってたのか?」


「それは、もう。『騎士物語』の有名な台詞です、もの」


 あぁ、なんだ。単純に、励ました言葉の出所がわかって笑っていただけか。

 というか、『騎士物語』を知っていたのか。お伽噺の類いだし、子供の頃に聞いた事はあってもそこまで覚えていないと思ったのに。


 出典がお伽噺だとバレると思わなかった分、今度は俺が恥ずかしい。

 この歳にもなってお伽噺を覚えているとか、絶対バカにされる!!


「なら、今度は、わたしが強く、ならなければ、なりませんね」


「え?」


 何やら意外な事を言い出しているが、正直恥ずかしくて気が気ではない。

 火照る顔を手で扇いでいると、姫さんは、だって、と続けた。


「『騎士物語』のお姫様は、ただ、守られるだけの、存在ではなかった、筈ですから」


 その言葉に、目が点になった。


 今までも他人に『騎士物語』が好きだって話をした事はある。

 その多くの反応は、俺をどこか小馬鹿にしたような嘲るものが多かった。

 だから、理想を語る時だって実際に俺が見聞きしたように話したんだ。


 それが、彼女は馬鹿にもせずに話に付き合ってくれた。

 それだけの事だが、絶対に主君として守りたいと改めて思えた瞬間だった。


「姫さん……」


「あった! あったわ!!」


 改めて主に誓いを立てようとした瞬間、部屋の扉が勢いよく開き、シャルウィルが飛び込んできた。

 先程までの敬語はなく、年相応の興奮した口調だ。


「ジールの言った通り、()()。凄い反応があった!」


 何とも間の悪い事だが、別にシャルウィルに悪気はない。

 それどころか、事件の解明の為に証拠品を押さえてきてくれたのだ。

 決して怒鳴ってはいけない。


 が、心の中で愚痴を言うぐらい許されるだろう?

 空気読んでくれよ……。


「……助かったぞシャルウィル。これで犯人の告発に必要な物が一つ手に入った」


「ええ! これで、解決できるのよね?」


 愚痴は胸の奥にしまって、労いの言葉をかける。事実、事件の解決に欠かせないピースの一つを持ってきてくれた。彼女がいなければ、迷宮入りしていた可能性だってある。

 さっきまでの諦観の表情を消したシャルウィルは、嬉しそうに証拠品を胸に抱いていた。

 後は残りの証拠の確保だが……。今度もシャルウィルを使うのが良いかもしれないな。見た目は幼い少女だ。伝令した時に、相手も何も考えずに従ってくれそうだ。


「悪いがもう一つ、証拠品があるんだ。だが、今それは犯人が持っていると思われる。だから、翌朝の集まりの前に全員に言伝てを頼めるか?」


「言伝て? 良いわよ! そのくらいで犯人が捕まえられるなら、いくらでもするわっ!!」


 すっかり口調も変わっているが、これがたぶん素のシャルウィルなんだろう。

 妙な敬語を使われるよりずっといい。


「ジール、さん」


 話がまとまった俺たちに、姫さんは声をかけてきた。

 おそらく、姫さんはこの言葉を期待しているんだろう。

 なら、従者としてその期待には応えねばなるまいっ!


「犯人も誰だかわかった。事件は、これで解決だっ!」

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