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第十五話 天啓

 リオが語った犯人の部屋は本当にすぐだ。走らなくても、ほんの数秒歩けば辿り着く距離。なんなら、振り返ればシャルウィルの姿だってはっきりと見えるほどにしか離れていない。その部屋の前に立ち、扉を開けようとするリオに俺は声をかけた。

 一つ、確認しておきたい事があった。


「なあ」


「なぁに? ここまで来て怖じ気づいたのかしら?」


「いや、そうじゃない。……どうしてコイツが犯人だってわかったんだ?」


 そう。リオが言うことに流されるように、彼女が犯人と言い張る人間と相対する事になったが、その根拠は全く聞いていない。これで勘とか言われたら、俺が犯人扱いされていたのと同じレベルの言いがかりだ。それは、姫さんも望む所じゃないだろう。


「あぁ、言ってなかったっけ? 見たのよ、アタシ。彼が()()()を持ってこの部屋に入るところ」


()()()って……。それ、大丈夫なのか?」


「当然よ。ま、その後アナタの声が聞こえたからすぐにそっちに向かったのだけれど」


 治療している間も部屋からは誰も出てこなかったわ、と付け加えてリオは扉に手をかけた。早い所犯人を拘束したいのだろう。


 しかし、やけに自信満々だが大丈夫だろうか。リオの言う()()()っていうのは、凶器とか犯人を特定できるだけの力があるのか。

 それが何なのかはどうも教える気がないらしい。まあ、蓋を開けてみるしかないか。もはや躊躇う段階でもないだろう。


 俺はリオに小さく頷くと、彼女は部屋の扉をゆっくりと開いた。


「だ、誰だ!?」


 部屋の主は、いきなり扉が開かれた事に驚いたようで、大きな声をあげた。

 それには意も介さず、部屋の中央に陣取る大柄な男の様子を伺う。何か物を片付けていた最中だった様だ。辺りには荷物が散乱しているし、手元には俺達騎士団が遠征時に使う鞄が映った。


 どうやら、ビンゴだったらしい。


「き、君達! ここは僕の部屋だ! 早く出ていってくれ!!」


 俺達を追い出そうと近付いてくる男を、俺は手を掲げて制した。


「悪いが、俺も今後の人生がかかってる。はい、そうですね、と退散するわけには行かないな」


「ジール……」


「さっきも質問されたと思うが、どうも歯切れの悪い返答だったみたいだからな。アンタをよく知る俺も来たんだ。同じ班だった俺になら話しやすいだろ? 違うかい、カール副班長」


 そう言って、カール副班長の部屋の中へと更に歩みを進める。カール副班長は一瞬たじろぐ素振りを見せたが、すぐに立ち直り半身になって構えた。


 どうかかってこられても対応できるように牽制しているようだ。


 だが、それには気にも留めずに足を進めた。カール副班長の事はよく知ってる。カール副班長も俺の事をわかってる筈だが……。一応、釘を刺しておく。


「やめといた方が良いんじゃないか? 今のアンタは弓を持っていない。遠距離からの『身体強化魔法』を伴った射撃なら、俺もこんなに無防備に近付けないが……。この距離はもう俺の間合いだ」


「それでも……。今、この部屋に君達を入れる訳にはいかないっ!」


 俺の忠告も耳に入らず、カール副班長は構えた拳をしっかりと握り直した。


 本気で、やり合おうというらしい。


「世界に(あまね)し火水風土の精霊よ! 僕に力を貸し与えん!! 『身体強化魔法』!」


 カール副班長の身体を淡い光が包み込んでいく。戦いになれば、当然その魔法を使うよな。


「ジール! これが最後だ! 僕の部屋から出ていけ!」


「俺の答えは変わらないぜ、カール副班長。アンタから明確な答えを貰うまでは、この部屋を出るつもりはない」


「くっ! 恨むなよ!」


 カール副班長はそう言いながら、一息に俺へと飛びかかり拳を繰り出してきた。


 と言っても、これはフェイントだ。


 普段は弓での遠距離攻撃を行うカール副班長は、こと徒手での格闘戦においても、遠間からの攻撃を好む傾向にある。


 すなわち、本命はより射程の長い足技。それもこの勢いを利用した前蹴りだっ!


 予想通り拳の軌道は伸びてこず、代わりに蹴りの動作へと身体の軸がぶれていく。


 なら、あとは()()に合わせてやるだけでいい。


「っ!?」


 ダンッ、と激しい音を鳴らして、カールはもんどり打って倒れた。そのまま呻き声を上げるばかりで起き上がる素振りもないし、うまい具合に脳震盪でも起こしてくれたみたいだな。


 カールが後ろに倒れる直前、ほんの一瞬だけ俺を捉えた瞳は驚愕に染まっていた。おそらく何が起こったのかもよくわかっていなかっただろう。


 久々に使う技だったが、うまく決まって良かった。


「えっ!? ちょ、ちょっと……。どうして飛びかかってきたこの人が倒れてるのよ……」


 横に逃がしていたリオも、何が起きたのかよくわかっていなかったようだ。顔にはありありと疑問の色が浮かんでいる。

 まあ無理もない。本業は新聞記者で、戦いなんて門外漢――この場合、門外女なのか?――なのだから。


「とりあえず、今の内にカールを拘束しておこう。何か持ってないか?」


「え……えぇと、って! そんなの持ってる訳ないじゃない!!」


「それもそうか。じゃ緊急手段だ。文句言うなよ?」


 俺はまだ呻いているカールの腹を一踏み。

 カールはピクリと反応したが、それ以上に暴れる事もないようだ。

 だいぶ効いているらしい。では、お構い無く。


「ちょ、ちょっと!!」


「他に無いんだから仕方ないだろう」


 カールのズボンを留めているベルトに手をかけると、リオは慌てて止めに入ってきた。


 が、もう遅い。


 既にベルトでカールを後ろ手に拘束してしまっている。


「案外とベルトってのは千切れないもんだからな」


「……絵面だけ見れば完全に変態よ。それより、どうしてこの人が倒れたの? ジールに飛びかかる所までしか見えてなかったんだけど。魔法は人に使えないし、ジールも実は魔術士なの?」


 心外だから変態というのは取り消してほしい。まあ、リオはそんな事よりもカールが倒れた理由の方が気になっているようだから、訂正させなくても良いか。

 カールの頭が働くようになるまで、もうしばらくかかりそうだし、少し解説しておこう。


「俺は魔法も魔術も使っていない。ただカールの蹴りに、俺の手を合わせただけだ」


「合わせた? それも蹴りに? パンチじゃなくて?」


 ちょっと言葉足らず過ぎたか。リオの頭の上には沢山の疑問符が浮いているようだ。


「そうだ。もっと簡単に言えば、カールが蹴り込んできた。俺はカールの足の長さギリギリで躱した。伸びきった足を俺の手で上に押し上げた。蹴りの勢いと、俺が押した勢いが合わさって、激しく後ろに倒れた。オーケーか?」


 一つ一つの動作に手振りを交えて説明すると、リオは納得したように頷いた。


「それ、簡単に言ってるけど……。相当難しくないかしら?」


「まあ、簡単ではないわな。俺もカールが相手だから一発で出来たようなもんだし」


「どういう事?」


「同じ班でよく訓練してたからな。どのくらいの間合いがあって、どういう攻撃をしてくるのか。そういうのがわかってないと、こうまで綺麗には決まらないと思う」


「ふーん……」


 しっかり解説したのにあまり興味なさそうな返事だな。一応、『三式環闘術』の大事な理念にも関わってくるんだが。まあ、門下生でもないリオに説いても仕方ない事か。


「ま、簡単に言えばそういう事だ。それでいいだろ? カールに話を聞くとしよう」


 適当に話を終わらせてカールに目をやると、まだ少し呆けてはいるが、話せる位には回復していそうだ。拘束された事で諦めたのか、今は縛られた時の体勢のままおとなしく床に座りこんでいる。


「さて。色々と聞きたい事があるんだが……。何から聞いたもんかな」


「……何を聞かれても、僕に答える義務はないよ」


「まあ、そう邪険にしなくてもいいだろ。同じ班員の義理だ。少しくらい教えてくれよ」


「…………」


 だんまりか。真面目な人は頑固な一面もあるって言うからな。これは骨が折れそうだ。


「別に聞かなくても、彼が隠そうとしていた荷物を調べれば良いんじゃない?」


「なっ!? や、やめろ!!」


 この慌てよう、何かあるんだろうな。

 リオはカールに返事もせずに鞄の方へと近付いていった。カールは立ち上がろうしたのか、バタバタと足を振り回して叫んでいるが、これ以上暴れられても面倒だ。後ろからがっしりと肩を掴んで座らせておいた。

 俺がカールを押さえる様子を見て、リオは悠々と鞄の中身を物色し始める。ゴソゴソと中身を出していくと、何やら遠征に使うには見慣れない物が飛び出してきた。


「あら、これは……。マントに……お面かしら?」


「面……? それが隠したかった物か?」


 相変わらず返事はない。が、リオはその面を見て思う所があったらしい。何やら悪そうな笑みを浮かべている。


「わかっちゃったわ、アタシ。これ、異端審問官が付ける面でしょ。こんなの持ってるってバレたら、そりゃ犯人にされてもおかしくないわよねぇ」


「ち、違う! それは僕の物じゃない!」


「ならどうしてあなたの鞄から出てきたのかしらぁ? 偶々拾った、なんて信じられる訳ないでしょう?」


「そ、それは……」


 リオに追及され、カールは再び押し黙ってしまった。しかし、何故黙る必要があるのか。自分の物でないならどこでそれを手に入れたのか言えば良いのに。そうできないだけの理由でもあるのか?

 だとしたら、それは……。隠しておきたい秘密、って事だな。何か思い当たりそうなものは……。あったな。


「カール副班長」


 俺の問いかけにも相変わらず返事はない。もしかしたら、これを伝える事でより強固に口を閉ざしてしまう可能性もある。しかし思い付いてしまったものはもう止められない。


「それを手に入れたのは、ケイト副班長が関係してるんじゃないのか?」


 そう告げた時のカールの顔はどうだったのだろうか。後ろから押さえつけていたからよくわからない。だがリオのあの驚いた様子を見るに、カールの表情に何らかの変化はあったのだろう。

 事実、カールは一度天を仰ぐと、観念したかの様にぽつりぽつりと語り始めた。


「そうだ。それは部屋に残されていた手紙に従って、物置部屋に行ったら見つけた。僕も異端審問官の面は知っていたからね。持っていてはいけない物だと、すぐにわかったよ」


「なら何で持ってるのよ? 放っておけば良かったじゃない」


 カールはリオの質問には答えず、黙って部家の机を顎でしゃくる。


「何よ、もう!」


 そう愚痴りながらリオは机に向かうと、一枚の紙を手に取った。


「三枚目……って事かしら。『ケイトとの蜜月をばらされたくなければ、物置部屋にある面とマントを回収して隠せ』ですって」


 リオは戸惑いなく書いてある文字をすらすらと読み上げた。

 どうやらこれがカールの隠したかった事のようだが……。何か変だな。二人が付き合ってた事は、そんなに秘密な事だったのか?


「さっきのジールとフィンレー様とのやり取りの後で、この部屋に戻ってきたらその手紙が入れられていたんだ。わかっていたと思うけど、それが僕の向こう脛さ。そんな事を言いふらされたら、僕はもうやっていけない」


「よくわからないな。ケイト副班長と付き合っていたんじゃなかったのか?」


「付き合う!? あの女と!? ありえないよ、ありえない!!」


 カールはぐるりと首を回し、今にも噛みつかんとする勢いで否定した。

 口の端には泡が浮かんでいる。こちらに唾が飛んできそうだ。

 ここまで嫌がるってのは、本当に付き合ってなかったのか?

 俺とカールの様子を見て、不思議そうにリオが口を開いた。


「ねえ、ジール。カール副班長とケイト副班長が付き合ってるなんて話はどこから出たのかしら?」


「どこって……。イヴァン班長が言ってたぞ?」


 話の出所がそんなに大事な事なのか?


「あの班長……。どこでそんな話を……」


 小声でぼそりとカールが呟いたのが聞こえた。どうやら、あまり知られていない話だったようだ。


「カール副班長は王都の東、アイホーの村の出身よ。村では弓の名手で通っていて、その腕を買われて騎士団に入団した」


 唐突にリオがカール副班長の経歴を語りだしたが……。俺が以前に聞いた話と寸分違わない。


「よく知ってるな!?」


「そりゃ警備にあたる人間の、それも班長格の人ぐらいは調べておくわよ。どんなスクープが待っているかわからないもの」


 そういうもんなのか。新聞記者って。

 感嘆していると、リオは更に続けた。


「そして、出身の村には婚約者が居て、今も帰りを待っている……。そうよね?」


 なんだその話!?

 カールに婚約者が居たなんて初めて聞いたぞ!?


「よく調べていますね。その通りです」


 リオの突然の紹介に、カールは驚いていたようだったが、かえってそれで落ち着けたのかもしれない。一つ息を落とすと、穏やかな口調で返事があった。


「婚約者が居るのに浮気をしていた、ってこと?」


「ですから、僕はケイト副班長とは付き合っていません。班長会と呼ばれる会合で一緒になって、気付いたらケイト副班長に嵌められていたんです」


「嵌められた?」


 何やら不穏な単語が出てきたな。どういう事だ?


「そうです。会合の終わりに相談したい事があると言われて、彼女の行きつけの酒場に行きました。そこで何を話したかは覚えていません。軽く一杯、本当に一杯だけ酒を煽ったら嘘みたいに眠くなって……。気付いたら彼女と同じベッドに寝ていました」


「それは……。浮気と何が違うのかしら?」


 リオの額に青筋が浮かんで見える。

 同じ女性として、酒の勢いで関係が始まったのは許せないのだろう。『魅了魔法』を使うお前が言うのか、とも思うけどな。


「その……。裸で眠る僕とケイト副班長の姿が『描写魔法』で描かれていたんです」


「『描写魔法』?」


 また知らない魔法だな。普段使う魔法ではなさそうだが。


「まあ、目の前の景色をありのままに写す魔法ね。アタシなんかは新聞の挿し絵としてよく使う魔法だけど……。そういう使い方は好きじゃないわ」


 ピンとこない俺にリオが解説してくれた。

 解説を聞いても日常生活ではあまり便利そうとは思えないが……。まあ、新聞記者には大事な物かもしれないな。


「たぶん最初からその気だったんでしょう。ケイト副班長はその描画を使って僕をゆすってきたんです」


「「え?」」


 突拍子もない話に、リオと声がハモった。

 殺されたケイト副班長が、そんな事を……?


「この描画を村にばら蒔かれたくなければ、毎月決まった金を持ってこいってね。言われるがままにしましたよ。僕は何もしてない筈なのに、どうしてこんな事になったのかもわからないままね」


 それは……。終わりのない航路だったんじゃないだろうか。一度払ってしまえば、延々と要求されるだろうに。


「なら、ケイト副班長を恨んでいたでしょう?」


 その問いかけにカールは口調を荒らげて答えた。


「当然さ! でもそれは僕だけじゃない筈ですよ! ダンカン班長にも色目を使っていたようでしたからね!」


「ダンカン班長にも? それってつまり……」


「そう、不倫ですよ」


 はぁ!?

 殺された二人の間にとんでもない関係性が出てきてるじゃないか!


「動機だけで捕らえるなら、僕だけじゃなくダンカン班長の奥さんだって怪しいですよね? 奥さんから見れば、憎い泥棒猫なんですから」


 そりゃまあ、そうかもしれないが……。奥さんにダンカン班長を殺す動機がないんだよなぁ……。

 あ、不倫がバレて憎さ百倍って事だろうか。

 しかし、奥さんにはケイト副班長を殺せはしないだろうし。まあそれを言ったらカールもそうなってしまうか。


「……それで、隠したかったのはその事なのかしら?」


「そうですよ。後はお二人もわかっているでしょう。アレクシア様達の面会をやり過ごした後で、物置部屋で面とマントを回収しました。ですが、物置部屋を出たらアレクシア様が向かって来ているのが見えたので、不意をついて突き飛ばして逃げました。ここで荷物を隠せば、シラを切れると思ったんですけどね」


 先程は何を問われてもひたすら黙っていたのが、別人かのようにカールはすらすらと喋る。淀みなく答えるその様は、嘘をついているようには思えなかった。


「わからないわね……」


「わからない? 何がですか?」


「何で今まで黙っていたのか、よ。そこまではっきり否定できるなら、最初からそう言えばよかったじゃない。どうして、アレクシア様達にまで黙っていたの?」


「さっきも言った通り、ケイト副班長と僕の関係性は誰にも知られたくなかったんですよ。それに僕はさっきのジールとフィンレー様のやり取りを見てたからね。貴族を相手にして、何を言っても犯人にされると思ったのさ。だけど、相手がジールなら。そう、同じ犯人に思われたジールならわかってくれるかも、と思い直したんだ」


 そう言って、カールは俺の目を真っ直ぐと見つめてきた。

 フィンレーと俺だったら、どっちが話を聞くかってなれば……。まあ、なぁ。

 ふと目をやれば、リオも俺の反応を待っているようだ。彼女なりに、納得できる話ではあったんだろう。


「……とりあえず、カール副班長の言い分はわかった。アンタが二人を殺したんじゃなさそうってのも、何となくそんな気はする。でも、何となくじゃダメだ。二人が殺された時間のアリバイはあるのか?」


「いや……。その時間帯は一人で警備に回っていたから……。証明できる人間はいないね」


 カールは溜め息をついて、がっくりと肩を落とした。

 殺してない事を証明できないんじゃなぁ……。まあ逆説的に言えば、殺せる証明もできてないんだが。


「少なくとも、今わかっているのは姫さんを襲った事だけか」


「どうして? この人ならアリバイもないし、二人を殺せるでしょ?」


 一人で結論付けていると、リオから待ったがかかった。

 ああ、そうか。彼女はケイト副班長を殺せる人物像がわかっていなかったのか。


「たぶん、副班長になるぐらいだからケイト副班長の剣の腕は俺と同じくらいか……。もしかしたらそれより上だと思う。俺が簡単に制圧できるカールに、鎧を断ち切って殺す剣の腕があるとは思えないんだ」


 そう説明すると、リオは眼を見開いて固まった。

 たぶん、そういう所までは考えてなかったんだろう。


「そっか……。彼が犯人なら、密室の謎も解けたと思ったんだけどねぇ……」


「密室も?」


「ええ。騎士団にその腕を買われる程の弓の名手なら、あの鉄格子の隙間から鍵を矢の代わりにして射る事も出来ると思ったのよ」


 それは……。可能なのか?

 鍵は小さいし、それを射るとなればかなり特殊な弓が必要になりそうだが……。


「カール副班長」


 こういうのは直接聞いた方が早いな。


「弓使いとして、今のリオの話はあり得る事なのか?」


 カールは暫く黙って眼を瞑ると、頭を捻って考え始めた。現場を思い出しているんだろう。

 やがて、ゆっくりとその口を開いた。


「あまり詳細に覚えていませんが……。確か鍵は手の近く、身体と手の間に落ちていましたよね? 仮に弓を準備して射ったとしても、おそらくそんな風には落ちないでしょう」


「何でだ?」


「ただ部屋に入れるだけなら、鍵を通した後にそっと投げ入れればいいと思います。わざわざ弓を持ち歩くのは目立ちますからね。ですが、それを身体と手の間に落とすために弓を使うのでしょう? そうなるとケイト副班長の身体が邪魔になる。もしあの場所を直接狙えば、身体に当たって何処へ跳ぶかわからなくなるでしょうね。可能なのは、上からポトリと落とす様に射る事ですが……。この城の天井では高さが足りません」


 うーむ。流石は弓の名手といったところか。

 放物線を描く軌道では身体の内側に射る事は不可能、ね。

 直線を描く軌道なら出来ても、身体に当たってそう上手くは設置できない筈、か。

 偶々上手くいった可能性もあるが……。ここまで計画的な犯人がそうするとも思えないな。


「もうっ! 凄い閃きだと思ったのに!!」


 リオは悔しそうに地団駄を踏んでいる。

 実際、閃きと言うには違いないんだろうな。

 外から弓で射るなんて発想、俺にはなかった。


 ん!?

 待てよ?


 矢の軌道は直線と放物線……。


 外から射る……。


 そうか。そうすれば犯人は密室を作り上げられるのか!!


「どうしたのよ?」


 黙った俺を不思議そうにリオが見つめている。

 一瞬、降りてきた天啓を伝えようかとも考えたが、まだ彼女に伝える段階ではないと思いやめた。

 何しろ、犯人はまだ誰だかわかっていないのだから。


「いや、とりあえずカール副班長はイヴァン班長に引き渡そうと思う。姫さんを怪我させたのは事実だからな。その後は、もう一度姫さん達と合流しようと思うが……。リオはどうする?」


「うーん……。アタシはとりあえず部屋に戻るわ。閃きが外れたと思うと、どっと疲れてきた」


 時刻を見れば夜の二時に差し掛かろうとしている。普通は寝ている時間だろう。この城まで移動してきて疲れも出ているだろうし、当然っちゃ当然だな。

 まあ、俺の方からすればタイムリミットが迫ってきている。ここで休むわけにはいかない。


「わかった。カール副班長は悪いがこのまま拘束させてもらう。……俺も先輩が殺人犯だったなんて思いたくないからな。アンタの分まで、必死で犯人探しさせてもらうぜ」


「ああ……。頼むよ」


 カール副班長を引き渡したら、閃いた細工を姫さん達に聞いて貰うとしよう。

 たぶん、俺の考え通りなら肝となる密室の鍵は開いた。後は、犯人を断定するだけだ。

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