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第十四話 誘惑

 犯人がわかったって……。いきなりこの女記者は何を言っているのだろう。そんなに状況見聞もしていないだろうに、何故そんな事が可能なのか。


「あら、アタシと一緒じゃダメなのかしら?」


 返事の出来ない俺に、リオは唇を尖らせて応えを求めてくる。薄く引かれた口紅が艶めかしく映えてみえた。


「ほら、早く行きましょ」


 そう言うとリオは俺の手を取り身体を寄せてきた。自然と、柔らかい感触が腕に伝わってくる。


「よ、よせ……」


「強がらないの。アタシと一緒に行けば犯人もわかるんだし、イイコトしかないじゃない?」


 どうにか振りほどこうと声をあげるが、彼女はお構い無しに身体をさらに密着させて押し込んできた。


 こ、このままでは理性がががが………。


「お待たせしました……って、何をしているんですか?」


 もうじき抑制を解放してしまう、と寸での所で扉が開き、相変わらずの目付きの悪い視線でシャルウィルに睨まれた。


「あら、残念……。もう少しだったのに」


 シャルウィルの視線を受けて、リオは何かの香水だろう甘い林檎の様な香りを残し、するりと俺の身体から離れていく。


 た、助かった……。

 女性に免疫のない俺に、ここまで直接的なアプローチは刺激が強すぎる。


「…………それで、何をしているんですか?」


「何って、御願いよ。こんなにか弱いアタシが、一人で犯人と対峙するなんて危険でしょう?」


「もう少し上品な頼み方を知らないんですか?」


「あらあら。御子様にはわからない頼み方だったかしら。こうやって御願いすると、男の人は喜んで引き受けてくれるものなのよ?」


 リオは腕を組んで俺にウインクをしてみせた。彼女の胸が強調される形になり、先程の柔らかい感触を思い出してたじろいでしまう。


「ほら、嬉しそうじゃない」


 俺の様子を見てリオは妖艶に口角をあげる。その様はおとぎ話のサキュバスのようだ。もはや伝聞レベルの悪魔を前に、シャルウィルは対照的にさらに眉を寄せて返した。


「……少しは見直そうと思いましたが、やはり駄犬でしたか。躾直す必要がありますかね」


「あら怖い。でも鞭ばかりじゃ芸は覚えないわよ?」


「飴ばかり与えていたらアレクシア様の品格を問われますからね」


「お、おい! 誰が駄犬だ、誰が!」


 二人の会話にどうにか口を挟むが、シャルウィルの視線は冷たいままだ。

 こいつ本気で去勢しようとか考えてそうだな。


「まあ、本当に誰にでも発情する駄犬なら、きっちりと去勢でも何でもするつもりでしたが……。貴女が相手では同情の余地はありますかね」


 やっぱり去勢を考えていたんだな、なんて感じると共に、シャルウィルの突然の変わり身に妙なものを感じる。


「あらあら! 褒めてくれてるのかしら?」


「まさか。貴女の魅力そのものを言ってるわけじゃありませんよ」


 どういう事だ?

 リオの魅力ではない、俺を骨抜きにするような物があったのだろうか?


「貴女、『魔術』を使いましたね? さしずめ『魅了魔術』と言った所でしょうか」


「はあ? 『魔術』だ? そんな気配は微塵も……」


「そりゃあ『魔術』ですから。余程気を張ってないと魔力の発動には気付けませんよ」


 突拍子もない発言に驚いたが、もし『魅了魔術』なんて物が本当にあるのなら仕方がない……のか?

 そんなもの使われていなくても魅了されていたかもしれないが……。


「あらぁ? 何の事かしら?」


「惚けても無駄ですよ。あたしもある『魔術』を使えますから。そうやって魔力を巧妙に隠す事が出来るのはわかっています」


 シャルウィルはそう言い切ると、飄々とした態度を崩さないリオをきつく睨んだ。


「ふーん……。そこまでわかってるなら仕方ない、か。そうよ。アタシは『魅了魔術』を彼に使ったわ。ま、完全にかかる前に貴女が邪魔しちゃったけどね」


 リオは今まですっとぼけていたのが何だったのかと思う程、あっけらかんとそう認めた。

 というか、本当に魔術士がいたのか。どうもシャルウィルもなんらかの『魔術』が使えるようだし。まさかそうぽんぽん出てくるものじゃないと思っていたのだが。


「わからないのは動機です。そんな真似をして、一体貴女になんの得が……」


 突然の魔術士の出現に困惑している俺を余所に、シャルウィルは更に疑問を投げ掛ける。尋ねられたリオはあくまで余裕の表情を崩さずに答えた。


「さっき言ったでしょう? あ、貴女は居なかったのか。アタシ、犯人がわかっちゃったのよ。けど犯人を捕まえるのに、アタシ一人じゃねぇ……」


「素直にそう言えば良かったのでは? 別に『魔術』を使う必要もなさそうですが」


 そこまで言われて、初めてリオの顔がばつの悪そうに歪んだ。


「まあ打算的な部分もあったわ。だって彼が犯人でなければ、伯爵様お抱えの騎士様になる訳でしょ。ここで恩を売って、ついでに上手く懐柔できれば、今後伯爵家の情報には困らないじゃない」


 いやいや……。

 さらっと言ってるが結構な問題発言だぞ?

 俺を『魅了魔術』で懐柔して、姫さんの家の守りの薄い所を教えろ、なんて言われたら、立派な反逆行為として捉えられるだろうに。


「あ、一応言っておくけど、アタシの『魅了魔術』は何でも言う事を聞くようになる訳じゃないからね? 対象者が少しアタシの言う事をきいてくれるくらいで、元々の倫理観とかは変えられないんだから」


「この駄犬には、実に効果的な『魔術』かもしれませんね」


「おい!」


 まだ駄犬扱いするか!

 抗議の念を込めて叫ぶが、シャルウィルは小さく首を振るとリオへ追撃する。


「残念ですが貴女の企みは防ぎましたよ。どうするんですか?」


「そうねぇ……。まあ犯人がわかったのは本当の事だし、告発したいとは思うけど。正直に言えば、貴女達に犯人を捕まえて貰った方が得なのよ」


「俺達に? 新聞記者が犯人を捕まえて、その事を記事にしたらバカ売れじゃないのか?」


「そりゃその新聞は売れるでしょうよ。でも、継続的にネタを掴んで長期的に売れ続けた方が良いに決まってるでしょう? だから、伯爵様に恩を売っておきたいわけ」


 そして伯爵家が持つ情報を流してほしい、と。まあ、犯人を捕まえられずにいたら伯爵の爵位を得られない可能性もあるし、そんなに悪くない取引だと思うが……。いかんせん心象が悪すぎる。あの『魅了魔術』は悪手すぎただろう。


「良いですよ」


「は?」


 どう相手の情報だけを探ろうかと画策していると、シャルウィルは唐突に許可を出した。


 いやいや。お前もそりゃ中々の悪手だろ。

 このままじゃ悪手連発の泥試合になると思っていたら、シャルウィルは予想外に筋道だった言葉を続けた。


「貴女の言い分はわかりました。どちらにせよ、アレクシア様は貴女に感謝していますから、流せる情報は渡したでしょうし。犯人を捕らえられるのであれば、彼を連れて行ってもらって構いませんよ」


「あら、ホント?」


「ええ。……ですが、もし『魅了魔術』を彼に使ったとしたら、確実に見抜きますからね。それがわかった時点で、今回の交渉は無しです」


「そう……ね。まあ、良いわ。魔術を使わずに彼を骨抜きにすればいいんだし」


 さらりととんでもない事を言うな。

 心しないと、こりゃマジでヤバいかもわからん。


「貴方、もう駄犬と言われないようにしっかりとしておいてくださいよ? それとも、先に去勢を済ませておきますか?」


 相変わらずの冷えた視線でシャルウィルに睨まれる。いい加減しつこい、と言いたいが、今回は素直に聞き入れておこう。


「去勢は不要だ。俺には騎士の誓いがある。それを蔑ろにして、色に溺れるような事はしない」


「だと良いんですけどね」


 あからさまに溜め息を吐くシャルウィルだが、俺からもコイツに言っておかないとならない言葉がある。


「お前の方こそ、さっきみたいな不様な真似はもう勘弁してくれよ?」


「あっ、あれは……!!」


「動揺してたんだか何だか知らないが、今の姫さんは手負いなんだ。不審者を近付けさせない事が出来るんだろうな?」


 反論しようとするシャルウィルに釘をさす。

 事実、コイツが姫さんを守れないようなら、俺はリオに付いて行く訳にはいかない。犯人がもう一度姫さんを狙ってくる可能性だってあるからな。


「あ、それは大丈夫だと思うわよ」


「大丈夫って、何がだ?」


 再度の襲撃を予測して備えておく事は重要だろうに、リオは先程同様、飄々と口を挟んできた。


「だって、犯人の部屋はここから見えるもの。もし共犯者がいたとしても、すぐに駆けつけられるでしょう?」


 そう言いながらリオは一つの部屋へ向けて手を伸ばした。あの部屋は……。そうか、あいつが犯人なのか。


「ジール」


 部屋にいるであろう犯人をどう捕らえるか夢想していると、シャルウィルが短く俺を呼んだ。


 何だ? 何か違和感がある。


 あぁ。そうか。考えてみると、コイツが俺をちゃんと名前で呼んだのは初めてかもしれないな。


「どうした?」


「この身に賭けて、貴方が駆けつけるまでの時間は確保しましょう。ですから、どうぞ行ってきてください」


 シャルウィルはそう強く言い切ると、扉の前に腕を組んで立ち尽くした。


 たぶん、コイツの腕っぷしは大したことないんだろう。背丈も低いし、この幼さでは仕方のないことだ。


 だけど、その弱いコイツなりに、この扉を守るという強い意思を感じる。

 この意思の強さなら、俺が駆けつける位の間は扉を開かせる事はないだろう。


「わかった。だがお前も俺を信頼してくれ。姫さんを守ろうとする意思は、お前だけのものじゃない」


「ええ。……駄犬と呼ばれないよう、精々お気をつけて」


 最後まで口の減らない奴だ。

 まあ、コイツなりに励ましているのかもしれないな。


「じゃ、もう良いかしら?」


「ああ。待たせたな。犯人、捕まえに行こうじゃないか」


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