第十二話 整理
「……俺が集めてきた情報はだいたいこんな所だな」
ユルゲン医師からエリス夫人にハンナ嬢、そして班長夫妻へと聞いて回った話を伝えるのに、そう長い時間は有さなかった。事細かに伝えていたらそれだけで時間はあっという間になくなってしまう。そのため簡潔に、必要と思われる情報だけを抜いて伝えたからだ。
「……そうですか。では、纏めてみるとこれでよろしいでしょうか?」
そう言ってシャルウィルは書き留めていたメモを俺に渡した。
どれどれ……。
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・死亡推定時刻
ダンカン班長、ケイト副班長、いずれも午後六時から七時の間
・死因
ダンカン班長は刺殺。
ケイト副班長は斬殺。
・アリバイの有無
イヴァン班長夫妻はアリバイがありそう。ただし、夫婦が共謀している場合は不鮮明。
ユルゲン医師、エリス夫人、ハンナ嬢はアリバイ無し。
・ダンカン班長を恨んでいた人間
ユルゲン医師、ハンナ嬢? イヴァン班長
・ケイト副班長を恨んでいた人間
カール副班長?
不特定多数のボーイフレンドがいたらしい。
・犯人の姿について
容姿は男?
『異端審問官』の面を付けて行動していた。
・ケイト副班長の鎧について
ある程度熟練した『身体強化魔法』が使える人間ならば破壊し殺害できる。
該当者はダンカン班長、イヴァン班長、フィンレー、アレクシア様。
・ダンカン班長とケイト副班長の共通点
ケイト副班長の鎧が実用性に乏しい事を知っている。
第三騎士団の資金を横抜きしていた?
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綺麗にまとまったもんだな。頭の中で整理するよりよっぽど分かりやすいわ。
「大丈夫そうだ。よく聞きながらこんだけ書けるもんだな」
素直にそう褒めると、シャルウィルは意外そうに目を見開き数秒固まった。
「……別に大したことではありませんよ。それと、こちらも見てもらえますか?」
そう言って、シャルウィルは何でもない風にもう一枚のメモを差し出してきた。が、よく見れば彼女の耳は紅く染まっている。
コイツ、褒められて照れてるのか? 案外可愛らしい所もあるんだな。まあ、ここは茶化さずに乗っておいてあげよう。俺は大人だからな。
「あの……。早く見てくれます?」
「おお。悪い、悪い」
差し出したメモを受け取らずにいたら、すぐにいつもの目付きの悪い顔になって睨まれた。
別に喧嘩したい訳じゃないからな。さっさと確認しよう。
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・ダンカン班長の殺人について
発見場所は本人の部屋の浴室。
発見時はエリス夫人の悲鳴で東側に割り振られた人間の全員が集まった。
イヴァン班長の連絡で、ジールを除く全員がダンカン班長の部屋に集合した。
既に扉の鍵は開けられており、密室ではなかった。
部屋の中は荒らされていなかった。
ダンカン班長は下着一枚で殺されていた。
傷は首筋と心臓の二つ。
首も心臓も背中側から刺されていた。
――気配を消す事の出来る人物、あるいはダンカン班長と親しい人間の犯行?
凶器は背中に残された短剣と思われる。
短剣は一般的な物で、街の雑貨屋等でごく普通に取引されている物だった。
犯行声明として、異端審問官から羊皮紙が残されていた。
『その『強欲』なる男は確かに断罪した。我が審問にかかる人間は未だ潰えず。異端審問官』
・ケイト副班長の殺人について
発見場所は本人の自室。
発見時はジールを除く全員が行動を共にしていた。
部屋の入り口には鍵がかけられていて、その鍵はケイト副班長の死体の傍らにあった。
――部屋に入る為に扉を抉じ開けた。
――『転移魔法』の痕跡はなく、扉から出入りしている物と思われる。
――部屋は元々幽閉部屋で、鉄格子から中の様子を伺う事ができた。
――鉄格子の間から鍵を中に投げ入れる事は不可能。
部屋中に無数の傷が付けられていた。
――どうやら偽装のようだ。何のために?
ケイト副班長の死体は傷だらけで頭部は原型を留めていなかった。
――装備品から死体がケイト副班長である事はまず間違いないようだ。
――直接の死因は前側から斬りつけられた事。凶器はまだ見つかっていない。
死体の左手には死体を傷だらけにした物と思われる『異端者のフォーク』が刺さっていた。
ダンカン班長の時と同じく、犯行声明として異端審問官から羊皮紙が残されていた。
『その『色欲』に狂った女は確かに断罪した。我が審問はこれで果たされり。異端審問官』
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「…………なるほどね。これは詰問に行く前の、死体現場を見に行った時のまとめってわけか」
「ええ。何処かおかしな点はありますか?」
正直、俺はシャルウィルを舐めていた。
姫さんの従者と言っても、ただの子供だろうと。
どうやらその考えは覆さないといけないな。
「……いや。この短期間でよく纏められてる。これなら捜査も捗りそうだ」
「そうですか。なら、このメモを基にしながら推理していきましょう」
「そうだな。……と言っても、何処から手を付けたもんかな……」
一番ネックになりそうなのは、やはり密室の件か。これだけ綺麗に纏められたメモを見ても、解決の糸口が見えない。姫さんも一緒になって考えてもらった方が良いだろう。そうすると……。
「シャルウィルは誰がケイト副班長を殺したと思う?」
「……消去法で言えばイヴァン班長でしょうか。次点で貴方と言うこともありえますが」
さらっとぶっこんで来るなコイツ……。まだ姫さん呼びが気に食わないのだろうか。
「とりあえず俺じゃないとして……。そうなんだよな。一番犯人から外せなさそうなのは、イヴァン班長なんだ」
ケイト副班長を殺せる人間の中で、エリス夫人が見た証言の通り男性、そしてダンカン班長が裸を見せても気にしない人物となると、イヴァン班長位しか該当しなくなる。
いくら傲慢なダンカン班長と言っても、上司にあたるフィンレーを待たせてまで風呂に入る筈も無いだろうし……。
それにイヴァン班長のアリバイは鉄壁とは言えない。奥さんが嘘をついていれば簡単に崩れるものだ。
「考えれば考える程イヴァン班長が怪しく見えてくるな……」
「ですがケイト副班長を殺す理由がありませんね。騎士団の予算を横取りされたとして、その犯人のダンカン班長を殺すだけでは足りなかったのでしょうか?」
「そうなんだよな。横取りした予算を、一緒に使い込んだであろうケイト副班長も同罪として見たのか?」
「それにあの犯行声明もよくわかりません。ケイト副班長が色欲にまみれていた事と、イヴァン班長にどんな関係が有るのでしょうか?」
うーむ。
たまたま何か見られちゃ不味い物を見られた?
いや、それにしちゃ手が混みすぎている。
わざわざ密室まで作っているんだ。最初からケイト副班長はターゲットだったと見て良いだろう。
「死体の状況の違いも気になります。何故ケイト副班長だけあんなに無惨な殺され方をされたのでしょう?」
「それは……。恨みがあったからだろう?」
「そうすると、ダンカン班長よりもケイト副班長の方が恨まれていた事になりません?」
そう言われればそうだな。
俺だったら、憎い相手ほど惨く殺してやりたいと思う。
「なら犯人が一番殺したかった相手はケイト副班長って事か?」
「そうかもしれませんね。ケイト副班長の人間関係はよくわかっていませんが……。貴方の班のカール副班長は、ケイト副班長と付き合っていたんでしょう?」
「そうらしいな。だけど、カール副班長にはケイト副班長を殺すほどの剣の技量はないって話だぞ?」
「実戦では、でしょう? 不意を付いて斬りかかるぐらいなら出来るのでは?」
そう言われると俺も黙ってしまう。
恋人がいきなり豹変して斬りかかってきたら……。対応出来るだろうか?
「例えば別れ話が縺れて殺してしまった、とか。動機としては有り得そうじゃないですか?」
「まあ、ありふれた話ではあるな。ダンカン班長は誰に恨まれていてもおかしくないし、動機だけで見れば……」
カール副班長か。姫さん達に何も話さなかった事も怪しい。やはり一度きちんと話を聞いた方が良さそうだな。
「もう一つ気になるのは、凶器ですね。ケイト副班長を斬った武具は何処にあるのでしょう?」
俺がカール副班長に詰問する決意を固めた一方で、シャルウィルはそんな事を言い出した。
「そりゃ犯人が持ってったんじゃないか?」
「では何故ダンカン班長の背中には短剣が残されていたのでしょう? それに、『異端者のフォーク』も現場には残されていました。何故、最初の一太刀に使った凶器は残さなかったのでしょうか……」
「それは……犯人が特定できるような物だった、とか?」
「そこらで取り扱っているような量産品ではなく、受注生産の一品物ですか。なるほど。それは残していけませんね……」
シャルウィルは納得した様だが、自分で言っておいてわからなくなってきた。そんな業物を持つ人間なんて限られている。ここで言えばフィンレーと姫さんぐらいのものだろう。もしかしたらハンナ嬢も商品として持っているかもしれないが……。
「だからと言って、一品物の武具を持っているから犯人とは言えませんしね」
「ああ、そうだな。……いやいや、ちょっと待てよ! あのケイト副班長が殺された部屋は壁が傷だらけだったな?」
「そうですね。それが何か?」
何を今更、と言った風に俺を見返すシャルウィル。
だけど、それは大事な事だろう。だって……。
「仮に凶器で傷を付けていたなら、刃が欠けたりしていてもおかしくないんじゃないか?」
「ありえますが……。それでは証拠として弱いでしょう。以前から欠けていて修繕していなかった、とでも言われれば何も言えません」
「そ、それもそうか……」
大発見だと思ったが、そうでもなかった。
「まあ容疑者を絞っただけでも、少しは前進したと考えましょうか。後は凶器の発見、それに密室の謎ですね」
「そうだなぁ……。あの密室、何か魔法でも使ったとしか思えないんだけどなぁ」
そう呟くと、シャルウィルはその吊り上がった瞳を細め懐疑的な表情を浮かべた。何だ、その反応?
「何故、そう思うのです?」
「いや、鍵が中に有るのに外から施錠されたってだけでおかしいだろ? 例えば……『複製魔法』とかで合鍵を作ったとかさ」
「それなら単純ですが……。指名手配されるような大盗賊でもなければ、そんな一瞬で合鍵は作れませんよ? 『複製魔法』と簡単に言いますけど、高度な魔力操作を必要とする魔法ですし……。超一流の使い手でもなければ、その場ですぐに合鍵を作るのは出来ないでしょう」
うーん……。そういうものなのか。言われてみれば、街の鍵師に合鍵の作成を頼んでも何日か待つもんな。
「何か、仕掛けがあると思うのです。外から鍵をかけて、中に鍵を移す。……そんな魔法みたいな仕掛けが」
仕掛け、ねぇ……。
思い付くのは『転移魔法』だが、そのルールには適してないようだし。何か特別な魔法でもあるのだろうか?
と、そう言えば密室の事は姫さんも交えて考えようとしていたんだったが……。姫さん、遅いな?
「……なあ。姫さんの探し物って、こんなに時間のかかるものなのか?」
「確かに時間がかかっていますね。いつものアレクシア様ならすぐに戻ってこられるのですが……」
シャルウィルが言葉を切るか否かのタイミングで、ガン!! と大きな音が響いた。
今夜、この城でこうもあからさまな物音がすると、事件とすぐに結びつけてしまうのは自然な事だろう。
「シャルウィル!!」
「わかっています!!」
俺達は一言だけ言葉を交わすと、物音のした方へ部屋を駆け出して行った。




