【7】
晴れ渡ったその日、宮殿でガーデンパーティーが開かれていた。未婚の若い男女が参加するもので、エクトルの兄と妹たちも参加している。エクトル自身も、アニエスを連れて参加していた。外で行われるパーティーなので、みんな比較的軽装だ。アニエスも涼し気な空色のドレスがよく似合っていた。
「そのドレス、似合うな」
半分降ろされた長い髪に触れながら言った。褒められた彼女はびくっと肩を震わせた。光の当たり具合によって銀にも黒にも見える髪は、太陽の下では銀髪に見えた。切れ長気味の目を見開いて何度か瞬きし、おっとりと口を開いた。
「あ、ありがとうございます……」
それからゆっくりと微笑む。
「殿下も、いつも格好いいです」
不意打ちの誉め言葉に、エクトルは顔を覆った。顔面が崩れる。おっとりしたアニエスもさすがに焦ったように「殿下」と声をかけてくる。
「いや……大丈夫だ」
柄にもなく照れただけだ。ほかでもないアニエスに言われたことがうれしい。顔をあげてアニエスの頬に触れる。彼女は相変わらずおっとりとした様子で目をしばたたかせていたが、やがてうれし気にほほ笑む。可愛い。
「仲良くしているようだな」
声をかけられそちらを見ると、アニエスがおっとりとスカートをつまんで礼をとった。彼女のゆっくりした動作は上品に見える。
「……まあ、最近は、そうだな」
「ああ。いいことだ」
朗らかに話しかけてきたのは兄であり王太子のジルベールだった。エクトルより二歳年上になる。年が近いので、比較的仲が良い兄弟だった。そして、父親が同じ唯一の兄弟でもある。
「で、実際のところは何があったんだ?」
はぐらかそうとしたがそう簡単にはぐらかされるジルベールではなかった。肩を組んでくるジルベールにも婚約者はいるが、隣国の王女なのでこの場にはいない。要するに一人で参加なので暇なのだ。楽し気なジルベールと、いやそうな顔をしているエクトルを、アニエスはきょとんとして見守っていた。
「個人的事情だ。構うな」
王子が二人絡んでいるので注目を集めている。必然、エクトルの隣にいるアニエスにも注目が集まっているが、彼女は気づいていないのか気にしていないのか、おっとりと首をかしげている。
「注目を集めている。ジルはほかの参加者を構え」
「そっけなくするなよ。可愛い弟を心配してたんだぜ」
「寄るな。うるさい。余計なお世話だ」
ふふっと笑う声がする。兄弟の視線がアニエスに向いた。彼女が声をあげて笑っていたのだ。視線を向けられて、アニエスは首を傾ける。
「仲良しですね」
「違う」
「だろう?」
否定したエクトルと肯定したジルベールが視線を合わせる。エクトルがふいっとそらした。アニエスは
やはり笑っている。
「ジルお兄様!」
妹に呼ばれ、ジルベールは妹のもとに向かった。ローランがシスコンだのと言っているが、エクトルとジルベールもシスコンの自覚はある。
ジルベールが離れたら離れたで、パーティーの参加者たちに話しかけられる。そうなると、おっとりしているアニエスには対応が難しい。一応話そうとはするのだが、声に出す前に話題が次に移っている。
「すみません……」
しょんぼりとアニエスがうつむいた。思わずため息をついたエクトルは、「落ち込む必要はない」と顔をあげさせた。
「人には向き不向きがあるからな」
確かに一人で対応させられて疲れたが、アニエスも何もしなかったわけではない。タイミングを見計らって、うまく相手の話を切り上げさせたりしていたし、隣で笑ってくれているだけでもかなり会話がスムーズになる。主に、エクトルがイラついていないからだが。アニエスと接することで、彼も忍耐というものを覚えていた。
「だが、貴族であるのなら多少は社交ができないとまずいぞ」
「はい……」
本人もわかっているらしい。しょんぼりしてうなずいた。向き不向きはあっても、多少はできないとだめだろう。思考は追い付いているようなのだから、後は口が回るかどうかである。後で確認すると、会話にはついていけているようなのだ。口に出せないだけで。
だが、このおっとりしたところもなんだか可愛らしいと思ってしまう。自分の心の代わりぶりにため息をついた。それを見とがめたアニエスが口を開く前に、鋭い悲鳴が上がった。ぱっとそちらに駆け出したエクトルに続くように、アニエスもそちらに向かった。
「どうした!」
「殿下……」
貴族の子弟の一人が白いクロスをかけられたテーブルを示した。エクトルは目を見開く。さほど大きくないテーブルの上には、鳥が血まみれで死んでいた。
「なんだ……?」
つぶやいたのが自分なのか、わからない。ただ、隣で息をのむ音が聞こえた。アニエスが追い付てきたのだ。ざっと現場を見て震える声でつぶやいた。
「見つけた……」
その瞬間、いつの間にかアニエスからアンリエットに切り替わっていることを察した。では、これをしたのは彼女が探している『旧き友』だと言うことだろうか。
彼女は身をひるがえして周囲の顔を見た。これは絶対にアンリエットだ。見渡した後、彼女は急に駆け出した。
「待て! アン……アニエス!」
ファントムでもなく、アニエスが呼んでいる呼び名で呼びそうになり、慌てて言いなおした。そのままかけていくアニエスを追いかける。
「エクトル!?」
名を呼ばれたが、無視してアニエスを追いかけた。ドレスを着ている上に華奢なハイヒールを履いているとは思えない俊足で、人が多いこともあって見失うかと思った。息が苦しくなって彼女が立ち止らなければ追い付けなかったかもしれない。
「アンリエット」
周囲に人がいないことを確認して、肩を押さえるように手を置く。
「大丈夫か」
「ごめん。取り乱した」
頭が冷えたのかそんなことを言う彼女に、エクトルは「そうだな」とうなずいた。背後から肩を押さえているエクトルを見上げ、彼女は真剣な表情で言った。
「あとで、あの魔法陣を見分させてくれ。頼む」
どうやら、彼女は探し物の手掛かりを見つけたらしい。エクトルは一瞬間をおいてからうなずいた。
「わかった。取り計らおう」
「ありがとう」
少し表情を緩めた彼女に、エクトルは言った。
「ただし、条件がある」
「何?」
「お前の事情をすべて話せ」
アンリエットはためらったように見えた。はぐらかして、話してこなかった部分だ。だが、背に腹は代えられないと思ったのだろう。
「わかった……仕方がないね」
よし。言質はとった。どれだけ長い話になろうとも、聞いてやろうと言う意気込みが、今のエクトルにはある。実際に持つかわからないけど。
とにかく、今はアンリエットの要望に応えるべく、現場を保存しなければならない。焦るが、いつの間にか切り替わっているアニエスを連れて、ガーデンパーティーの会場に戻った。
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