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【3】

今回は、後半がアニエスの視点。












 驚いたエクトルだが、冷静に考えてみれば当然だった。アニエスがファントムと入れ替わるためには、どうしても二人で状況のすり合わせをして、アリバイを作らなければならない。ファントム一人で証拠隠滅するのは難しいので、アニエスも協力しているはずなのだ。

 ということは、先ほど問い詰めたときに答えがあってもよさそうだが、おびえさせたのは確かなのでぐっとこらえる。


「アンリエット、というのはファントムのことか」

「あ、はい……昨日、お会いしました」


 やはり、アニエスにもファントムにも、お互いにお互いであるときの記憶があるのだ。ならしゃきっと答えろよ、と思うのをなんとかこらえ、エクトルは確認するように尋ねた。

「お前はファントムをアンリエットと呼んでいるんだな。そう名乗ったのか?」

「いえ……。自分と彼女を区別するのに、呼び名が必要だったので」

 だろうな、と思った。アニエスの本名は、アニエス・アンリエット・ニクローだ。そこからとったのだろう。


「ファントム……アンリエットは何故、モンスター狩りをしているんだ」


 協力者たるアニエスなら知っているだろうと踏んで、エクトルは尋ねた。のんびりとした彼女にいら立つが、ここで怒鳴ったらアニエスは答えてくれないだろう。

「……モンスターを狩ることが、主目的であるわけではないのだと思います」

「はっきりと言え」

「すみません……知りません」

 エクトルは目を見開いた。


「知らないのに、協力していたのか!?」


 怒鳴らないようにしようと思っていたのに、結局やってしまった。アニエスがびくっと肩を震わせた。首をすくませて、心なしか身を引いた。エクトルはため息をついた。

「……すまん。だが、お前の体なんだぞ。大事にしろよ」

「あ……はい。体が死ねばアンリエットもさすがに活動できないので、その辺は彼女もわきまえていると思います」

 おっとりとはしているが、結構はっきりものを言う。今のも、おびえたのではなく、驚いただけのようだ。案外心が強い。だからと言って、暴言を吐いていい理由にはならないが。

「そう言う問題じゃねぇだろ……」

「?」

 思わずツッコミを入れたエクトルだが、アニエスはわからない、というように首をかしげている。確かに彼女が死ねばアンリエットも活動できなくなるが、そう言うことではなく、勝手に使われた体が傷つくかもしれない、と言っているのだ。モンスターを相手取っているようだから、転んだくらいの怪我では済まない。


 エクトルにしては根気強く会話をつなげたと思う。アニエスは返答までに一拍間があるので、いつもその間にキレていたものだが、こちらが我慢すれば案外会話が続くのだと発覚した。そしてそれが案外悪くない。ツッコミは入れたくなるが。

 アニエスは見送りにも出てきてくれた。エクトルはがっつり執事と侍女ににらまれていたが、訪問時の振る舞いを考えれば当然のことだ。甘んじて受け入れる。


「突然訪ねてきてすまなかった」


 そういえばアニエスには言っていないと思い、エクトルがそう言うと、彼女はふるふると首を左右に振った。

「いえ。私も要領を得ずに、すみませんでした」

 彼女が謝ることではない。おそらく、普通に聞けば、彼女は普通に答えたのではないだろうか、と今は思う。頭をあげさせて、そのまま顎をつかんで顔を見つめる。

 きょとんとしたようなその表情は、アンリエットのどこか勝気な態度とは全く違う。アニエスの涼やかな目元は、アンリエットの性格の方が見合っている気がする。これが妹が言っていたギャップ萌えというやつだろうか。(違う)

「……」

 執事と侍女の視線が痛いので、エクトルはアニエスから手を放した。

「では……あまり無理はするな」

 相変わらずアニエスはきょとんとしたような表情をしていて。何度か瞬きした後、不意に表情を緩めた。おっとりしている彼女は、あまり表情が動かない。というか、動く前に次の話が進んでいるという感じだが、エクトルは心から微笑んだ彼女を初めて見た。

 もともと顔かたちの整った少女だ。微笑んだ時の威力たるや、エクトルに衝撃を与えるほどである。


 何とか馬車に乗り込み、落ち着いたところで自分がアニエスを「可愛い」と思っていたことに気づいた。

 アニエスは十人が見れば九人が「美人だ」と評する少女だ。かわいらしい系ではなく、きれい系である。それを「可愛い」と思った。エクトルは馬車の中で頭を抱える。

 これはもしかすると、もしかするのだろうか。少なくとも、以前よりは好意を抱いていることは確かだった。
















 エクトルを見送った後、アニエスは自分の部屋に戻った。化粧台の大きな姿見を眺める。

「アンリエット」

 鏡に触れてもう一度呼びかける。

「アンリエット」

 すると、その呼びかけに反応するように鏡の中のアニエスが、実体の彼女とは別の動きをした。

『怒っている? けど、君が引っ込んでしまったせいだよ?』

「わかってるわ」

 鏡越しに、アニエスはアンリエットと会話しているのだ。会話をする方法はこれだけではないが、これが一番会話しやすくはある。

 彼女が自分の中にもう一つ人格があることに気づいたのは、かなり早い段階だった。物心つく頃には、もうアニエスとアンリエットは共存していたと思う。アンリエットが説明した通り、同一存在であるのだから問題なかろうと言うのがアニエスの意見だ。

 しかし、一つの体に二つ人格があるという異常性はわかっていた。昨年嫁いだ姉には、むやみに人に話さないように、と小さいころに約束させられたものだ。

 アニエスはアンリエットであり、アンリエットはアニエスである。しかし、お互いにすべてを把握しているわけではない。アニエスは、アンリエットが何をしようとしているのか、詳しいことは知らなかった。


 アンリエットが本格的に活動を始めたのは、今から三年前、アニエスが十五歳になったころだ。それまでは、彼女の体がまだ成長しきっていないために見送られていた。

 夜、街に出てモンスターを狩りつつ何かを探している。アニエス自身の身体能力が高いためにアンリエットが剣を扱うのに問題はなかった。一つ問題があるとすれば、アニエスが風魔法に適しているのに対し、アンリエットは雷魔法を得意としていたことか。しかし、系統的に同じなので、アンリエットにとっては問題にならないらしい。

 かなり早い段階で存在を知覚し、共存している二人であるが、アニエスはアンリエットのことを詳しく知っているわけではない。いくらか彼女と話した中で、彼女が魔術師、しかもかなり優秀な魔女であったこと。百数十年前に、使命を果たせずに殺されたこと、戦争に身を投じたことがあることが分かっていた。アニエスも詳しく聞こうとしなかったので、これ以上のことはわからない。

 ただ、こうして現れるくらいなのだから、きっと大事なことなのだろうな、と思っている。同じ体を共有する仲だが、アンリエットはおおむねアニエスに対して気を使ってくれていた。

 家族に気づかれないようにアリバイ工作はしたし、決して無茶はしなかった。そう言う見極めができているということだ。結局、姉にはばれているし、兄や両親も気づいているのかもしれない、と思うことはある。


 十六歳の時、第二王子のエクトルと婚約することになり、活動に支障が出るかと思ったが、そうでもなかった。エクトルはアニエスに興味がないようだし、社交も最低限だった。王子なので、もっと連れまわされるかと思った。興味がないと言うか、好かれてはいないことはわかっている。しかし、女王の命令なので仕方なく付き合っている、というところだろうか。

 二年間、うまくやってきたわけだが、昨日、ついにばれた。やはり変装の手を抜くとだめだと言うことか。戻ってから体を改めると、耳に夜会の時と同じイヤリングをつけたままだった。珍しい意匠なので、エクトルはこれで気づいたのだと思われた。アニエスのことになど興味がないと思ったのに、意外とよく見ているものだ。


「……よく考えたら、そんなに問題ない気がしてきたわ」


 エクトルに咎められようと、誰も二重人格なんて信じないだろう。憑依されているわけでもないので、除霊などされても変化はないし。そもそも、エクトルはアニエスに興味はない。アンリエットにはあるかもしれないが。うん。問題ない。アンリエットがふるまいに気を付けるなら。

『そうだね。ま、いい機会だから婚約者と仲良くしてみなよ』

「無理だと思うわ……」

 おっとりとアニエスがそう返すころには、アンリエットは彼女の奥深くに沈んでいた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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