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【15】

現在に戻ってきます。
















 アンリエットの話を聞き終えたエクトルは、神妙な表情になった。彼女は、弟のようにかわいがった男を殺すために、アニエスの中に現れたと言うのだ。


「お前は……そんなことをアニエスにさせようと言うのか。お前の弟弟子を殺せと?」

「やるのは彼女ではなく私だ、と言っても、言い訳にもならないね」


 アンリエットは素直に認めた。いくら「アニエスではない」と叫んでも、体はアニエスなのだ。誰も中身は違うなどと思わない。

「だが、誓約なんだ。レイリは、私に『リオネルを倒せ』と言って術をかけた。だから、あれを倒さない限り、私は何度でも現れる」

「……初めてじゃないのか。生まれなおすのは」

「これだけ意識がはっきりしているのは初めてだ」

 これまでも何度か生まれなおしたことはあるはずだが、ここまではっきりと個として確立しているのは、今回が初めてなのだそうだ。

「というか、さすがに『旧き友ウィタ・アミカス』とはいえ、あと百年もすれば自然に寿命を迎えるのでは……」

「そうだな……そこが分からなくはある。通常、『旧き友』の寿命は、長くて三百年程度だけど、あの子は『ファウストの禁書録』を使用していた。あの魔術書がどう影響を及ぼしているのか、わからないんだ」

「……もしかしたら、ずっと長く生きるかもしれないと」

「まあ、そう言うことだな」

 なんとなく歯切れの悪い返答だったが、ここで詳しく説明されてもエクトルに理解できるとは思えないので、深くは突っ込まないことにする。アンリエット自身も、確証があるわけではないだろう。


「それで、大体の事情は話したと思うが、解剖結果を聞いてもいいか」

「あ、ああ。そうだな」


 そういえば、そう言う話だった。エクトルは立ち上がり、アンリエットに向かって手を差し出す。


「では、俺と一緒に来てもらおうか。『アルカンシエル』本部、エクレール城へ」


 そう言うと、アンリエットは少し驚いたようだった。話の中に出てきた、彼女の二つ名と同じだった。

「……そうだな。もう、『嫌だ』などと言っている次元の問題ではないな」

 アンリエットは素直にエクトルの手を取り、立ち上がった。アニエスに入れ替わる気はないようだが、まあ、『アルカンシエル』の検視官たちも気づかないだろう。それほど、アニエスと交流がない。

 人目を避けるように、エクレール城は存在した。王都郊外の森の中。突然現れた城に、アンリエットは感心した。

「見事な城だね。私が生きていたころに、こんな城あったかな……」

「築城されてから百年もたっていないから、なかったかもな。というか、さすがに発言には気をつけろよ……」

 エクトルは彼女がアンリエットだとわかっているが、見た目はアニエスなのだ。年よりじみた発言は控えてもらわないと、さすがに見とがめられる。アンリエットも気づいたようで、「それもそうだな」とうなずいた。

「こんにちは、殿下。……今日は婚約者様がご一緒ですか……」

 見とがめた職員が声をかけてきた。みんな遠巻きにしているが、声をかけてきたこいつは心が強い。図太いともいう。

「ああ。フィルマンは解剖室か?」

「ええ、そうですね。今日もいい感じに狂ってます」

 そう言って笑う彼もなかなかの変人であるが、そもそも変人に囲まれて育ったアンリエットは気にしないようだった。おそらく、アニエスであっても気にしないだろう。そう言うところは似ている。

「よくできた城だね。宮殿と言うより、城塞だ」

「わかるのか、そういうこと」

「私は詳しくないけど、師が詳しかったんだ」

 エクレール城を見て感心したように言うアンリエットに尋ねると、そんな返答が返ってきた。師、というと、『ファウストの禁書録』を保管していたサクのことか。


 話を聞く限り、アンリエット、というより、彼女の前世リルは戦争などに参加したことはないだろう。詳しくなくても当然だ。正直に言うと、エクトルもよくわからないし。

 アニエスを連れて解剖室に行くと、そこに詰めていた職員たちが引いた顔になった。

「ええ……婚約者様を連れてくるだけならともかく、解剖室に入れた挙句に、フィルマンに会わせるんですか……」

 彼にはエクトルがどんな鬼畜に見えているのだろう。少し気になった。


「ようこそ! 解剖室へ! 殿下、本当に連れてきたんだ」


 半笑いでフィルマンにも言われた。事前に連れてくる、とは言ってあったのだが、本当に連れてくるとは思わなかったらしい。

「連れてくると言っただろう。それで、解剖結果は」

「ああ、はいはい」

 促すと、フィルマンも仕事モードに切り替わったようだ。アンリエットは下手に口を開くと疑われると思っているのか、エクトルの隣で静かにしている。

「言われた通り、脳をよく調べてみました」

 と、さすがに解剖した本物ではなく、検案書の方を見せてくれた。エクトルが受け取ったので、隣からアンリエットが覗き込んでくる。

「まず、脳の一部が肥大化していました。魔法による影響を受けたと思われます」

 思わずアンリエットを見る。脳を調べるように言ったのは彼女だ。残念ながら、表情からは何を考えているかわからなかった。まだそれほどお互いを知らない。

「魔法の影響を受けていると言うことで、魔術的にも調べてみたんですが……どうやら、脳をいじられて使役されてたみたいですねぇ」

 くいっとフィルマンは眼鏡を押し上げて言った。使役、使役か。アンリエットの言う通り、宮殿に入り込んでいたのだろうか。

「魔術的な所見は、僕にはわからないですけど、まあ、好意的なものではないでしょうね」

「……そりゃ、そうだな」

 それについてはエクトルもうなずくしかない。フィルマンからあらかたの説明を受け、エクトルとアンリエットは解剖室を出た。というか、よく考えたら場所も解剖室でなくてもよかったのでは。

「何かわかったか?」

「弟弟子の仕業だと、確証が持てたな」

 さくっと無表情で言われて、エクトルは眉をひそめた。それはつまり。

「じゃあ、お前は戦うのか」

「……そう言う誓約の魔法なんだ。違えれば、跳ね返ってくる」

 何が、とは聞かなくてもなんとなくわかった。アンリエットの師の連れ合いだと言う魔女が使用した魔法は、そう簡単に使えるものではないだろう。おそらく、厳しい条件があるのだと、魔術をかじっただけのエクトルにも分かる。


 魔法が跳ね返ってきた結果、彼女がどうなるのかは聞けなかった。わかり切っていた。エクトルも彼女が戦うしかないことがわかる。

「……その時は、俺も連れていけ」

「は?」

 こういう表情はアニエスはしないな、とエクトルは思った。何言ってんだお前、としか言いようのない表情がエクトルを見上げている。

「……連れて行くはずがないだろう」

 呆れたように言われた。しかし、エクトルも反論は用意してある。

「だが、『アルカンシエル』の任務と矛盾しないし、俺はお前じゃなく、アニエスについていく」

「アニエスも守られるほど弱くはない」

「わかっている」

 アンリエットも、アニエスを気遣っている。だから、これはエクトルのわがままだ。

「話だけさせて、放っておけるわけねぇだろ。俺がいれば、『アルカンシエル』の情報だって入手できる」

 どうする? と尋ねると、アンリエットは鋭いまなざしでエクトルを見上げた。












ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


現在軸に戻ってこられてよかったです…。


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