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【14】

















 すぐにでもリオネルを追わねばならなかった。しかし、丁寧に埋葬したジネットの墓の前に放心して居続けるマチアスも放っておけない。どうすればいいの。

「……マチアス、家に戻ろう」

 帰ろう、と声をかける。だが。

「ジネットのいない家に、帰りたくありません……」

「マチアス……」

 リルがつぶやいた時だ。『急報!』と叫びながら使い魔の小鳥が飛んできた。サクの魔法だ。


『急報! 『影の人オンブル』が『仮想クオード・レ・ウェラ』を襲撃! 『閃光エクレール』は直ちに参集せよ!』

「な……!」


 動きが早すぎる。そして、リルが気を取られている間に、もう一つ事件は起きた。

「ジネット、今行く。待っててくれ」

 マチアスが自宅から持ち出したであろうナイフで、自分の首を切り裂いた。

「! マチアス!」

 慌てて傷を押さえたが、リルは治癒術が使えない。圧迫止血するが、思ったより傷が深い。ただの人間であるマチアスは、この傷で失血死してしまう。


「も……いいんです……リルさん」


 ありがとう。とつぶやき、マチアスの眼から光が消えた。


「マチアス、マチアス!」


 肩を叩いて呼びかける。血の流れが止まる。彼は、妻の墓の目の前でその命を終えた。自分で、終わらせた。


 目の前で妻を奪われて、どれほどの絶望だっただろう。どれほど苦しかっただろう。どれほど自分を責めただろう。その仇は、リオネルが討った。

 だが、リルはそのリオネルを倒さねばならない。ここまでしたのなら、盟約と誓約に基づき、殺さねばならないだろう。

 リルはマチアスのことも埋葬すると、伝達の小鳥が示す場所へ移動する。今日、一度転移魔法を使っているので、もう使用できるほどの魔力が残っていない。

 おそらく、サクはレイリにも連絡を入れているだろう。彼女は転移魔法が使えないが、場所によっては早くつくだろう。リオネルはリルやレイリよりは弱いが、サクよりは強いだろう。正確には、サクより対魔法使い戦に役立つ能力を持っている。


 結局、リルがサクの元へたどり着いたのは、レイリとほぼ同時だった。リオネルはすでに去っていて、『ファウストの禁書録』が持ち去られていた。

「レイリ姉さん」

「おいで。サクが呼んでるわ」

 膝にサクを抱き上げたレイリが言った。遅かった。サクはリオネルに襲撃され、大けがを負った後だった。治癒術の使えるレイリだが、もう遅い、と首を左右に振る。


「師匠」


 血を吐いて血まみれでも、サクは憎らしいほど整った顔をしていた。

「遅い……馬鹿者」

 死にかけでも罵倒するのか。本当に口が悪い。そう思うのに、さすがに口には出なかった。

「リル……『禁書録』を取り返してくれ。そして、燃やしてしまえ、あんなもの……」

 割とはっきりした口調でサクは言ったが、失血量が多すぎる。ずっと彼を抱えているレイリはサクと同じくらい血まみれだった。

「あれを育てた、私の責任だ……押し付けて、すまない」

「……いいや。あの子を止められなかった、私の責任でもある……」

 リルがうなだれて言うと、サクは血を吐きながらリルの手をつかんだ。

「いいか。聞け」

「は、はい」

「お前に、私の力を渡す。必ず、『禁書録』を処分しろ。……酷なことをさせる。許せ」

 サクが呼んだのは、愛称ではなく、本名の方だった。リルが教えたのはずっと昔のことだが、覚えていたのだな、と思う。

「わかった。必ず、リオネルを倒して『禁書録』をこの世から抹消する」

「……頼んだ」

 ふっ、とサクは表情を和らげると、つかんだリルの手から己の魔法を流し込む。こうして、『旧き友』は魔法をつないでいく。


 ぐら、と脳が大量の情報を受け止め、体が揺らぐ。床に手をつき、めまいを振り払うと、リルは再びサクの顔を覗き込んだ。

「……旅立ってしまったわ」

 レイリが悲しそうに言った。まだうっすら開いている瞼を閉じてやる。リルは自分を拾ってくれた師の手を握り、必ず約束を守る、と誓った。


 サクを埋葬し、リルが出立しようとすると、レイリが言った。

「私も行くわ」

「姉さん」

 立ち上がったレイリを見上げ、リルは顔をゆがめる。彼女だって、リオネルを可愛がっていたはずだ。だが、レイリは笑って言う。

「ふふっ。あの人に初めて愛してる、って言われたわ」

 一緒になったときだって言ったことないわよ、そんなこと、とレイリは笑う。

「……姉さん」

「死にに行くわけじゃないわ。少なくとも、そのつもりじゃないわよ。大丈夫。でも、あなたはまだ、仲間を手にかけたことはないでしょう」

「……まあ」

 リルはサクの方針で、戦争に関わらずに生きてきた。リオネルもそうだ。それもあり、仲間を手にかけたことは、まだない。

 レイリは、あるのだろう。寂しそうに微笑んだ。

「行きましょう。どこに行ったか、わかる?」

「ええっと……」

 そういえば、リルもレイリも、探査系が苦手だ。だが、リオネルを追うことはできるだろう。

「師匠が『禁書録』に印をつけてる。それを追っていけば……いいはず」


 おそらく。


 果たして、二人はリオネルに追いついた。


「リオネル!」

「姉さんか」

 リルとレイリがリオネルに追いついたのは、海に近い小さな村だった。漁村だったのだと思われる。

「レイリさんも、久しぶり」

 そう言って、彼は笑った。ここまで、彼の足跡を追ってきた。ここに至るまでの街の有力者や貴族が軒並み殺されていた。

 あんなに戦争を嫌っていたのに。怖がっていたのに。人が死ぬのを見て泣いてしまうような優しい子が、こんなことをするなんて。それほど、ショックだったのだ。

「お前の気持ちが分からないではない。けど、私たちはお前を止めないといけない」

「……姉さんはいつだって正しいな」

 不意にリオネルが言った。剣を鞘から抜いたリルとレイリを見て、リオネルは言葉をつづけた。


「けど、正しいことが納得できることだとは限らないんだ!」


 魔法が飛んできた。レイリがリオネルの魔法を切り裂き、リルがリオネルに肉薄する。雷魔法は影に吸収された。魔法戦でも負けるとは思わないが、リオネルの能力は厄介だ。


「姉さんは、心から人を好きになったことはあるか。その人が幸せであるならそれでいいと思えるほど、人を愛したことはあるか」


 リオネルの暗い声の問いかけに、リルは返す言葉がない。そもそも、彼女が魔術の修行を始めたのだって、流されてだ。彼ほど強い感情を持ったことがあるかと言われると、ないと思う、としか言いようがない。

「姉さん。俺は姉さんのことも好きだ。だけど、今、姉さんに殺されたくない!」

「リル! よけなさい!」

 リルはその場にしゃがみこんだ。レイリの魔法が頭上を通り抜ける。彼女には、攻撃魔法の素養がない。だからこれは攻撃魔法ではなく。


 リオネルの周囲に花が舞った。レイリの調律魔法だ。リオネルの影の魔力は、レイリの生命の魔力と相性が悪いはずだった。だが。

 レイリの周囲の草花が枯れ始める。レイリの魔力が反転しているのだ。リルは思わず攻撃の手を止める。が。


「構わないで!」


 レイリに促され、リルはリオネルに向かって剣を振りかぶった。その剣は軌道をそれ、リオネルには当たらず。リルは下から剣を突き上げた。その切っ先は、リオネルが大切に持っていた包みごと、彼の手を貫いた。同時に、リルにも背後から衝撃が襲う。ついで、焼けるような痛みが腹部を襲った。見ると、影に形を与えたような黒い槍が彼女の腹部を貫いていた。

「……姉さん」

 リオネルの愕然とした声が頭上から聞こえ、リルは自分が倒れていることに気が付いた。彼女の右手がかすかに動き、小さく上から下に振られた。雷鳴が響き、リオネルに向けて雷が落ちた。


「ぎゃぁあっ!」


 悲鳴が上がった。彼はやけどした腕を押さえ、手に持っていた本を取り落とした。『ファウストの禁書録』だ。強力な魔導書は、通常、そう簡単には燃えないが、今はリルとレイリの二人分の魔力を流し込んでいる。リルは、自分の命と引き換えにしてでも、『本』を処分することを選んだ。

 気づくと、リオネルの姿はなかった。逃げたのだ。直撃はしなかっただろうが、あれだけの魔法の雷を受けて無事にいられるとは思えない。『旧き友』とはいえ、修復に時間がかかるだろう。

 だが、リルもここで終わりだ。あまり生死に執着しなかった報いがここで来た。『禁書録』だけではなく、リオネルも……。


「……リル」


 顔を上げるのも億劫で、リルは目だけをあげて近くまで這ってきたレイリを見た。レイリは、動けるのが不思議なありさまだった。半身を血で染めていて、左腕が肩からごっそりない。リオネルの攻撃魔法のどれかが直撃したのだろうと思われた。

「ねえさん……」

 レイリは紫の瞳をまっすぐにリルに向けた。

「リル、私はもうすぐ死ぬ。だから、魔法を受け継いでほしい」

 確かに、意識ははっきりしているようだが、レイリのこの出血量では、いくら『旧き友』とはいえ、死は免れないだろう。そしてそれは、リルも同じことだ。

「わたしも……もうそれほど持たない……」

 むしろ、生命に関する力を持ったレイリよりも先に、リルの方が息絶える可能性が高かった。だが、レイリは「そうね」とうなずいた後に言った。


「リル、あなたはリオネルを討たなければならない。いつになるかわからないけど、あなたは必ず、彼を討つために生まれなおす」

「ねえさん……?」


 いやに真剣なレイリの様子に、リルは恐怖を覚えた。失血のせいで何も感じないのに、死の恐怖よりもこれからレイリが口にすることへの恐怖が勝る。


「この術は、自分自身にはかけられない。いつか必ず、生まれなおす転生の魔術。禁忌に触れる一歩手前のもの。だけど、それくらいしなければ、リオネルを止められない……」


 本当なら、レイリがリオネルを討つ方が可能性がある。だが、レイリが術をかける以上、彼女自身を転生させることはできないと言うことか。レイリの言い分もわかる。リオネルは明らかに、『禁書録』の禁忌魔術を使用していた。

 げほ、とレイリが血を吐いた。時間がない。彼女はリルの同意を得ることなく、術式を組み立て始めた。


「お願いね、リル。ごめんね。愛しているわ」


 レイリのその言葉を最後に、リルの意識は途絶えた。たぶん、死んだのだと思う。













ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


9~14話まで、過去編でした。


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