【13】
「引っ越すのなら、一報くれ」
そう言いながらリオネルはリルに土産の菓子の籠を渡した。リルは悪びれなく「ごめんねぇ」と苦笑した。
「近所の人に、黒い魔女じゃないかって告発されてさ」
それで、慌てて引っ越したわけだ。黒い魔女とは、黒魔術を使う魔女のことだ。『旧き友』は姿が変わらないために、黒い魔法使いと間違われることがままあるのである。
「まあ、十年以上住んでたしね。仕方がない」
とりあえず、ジネットがいる間はひとところに常駐していたのだ。
「それは理解できなくもないが……おかげで、俺は新婚のジネットのところにまで姉さんの行方を聞きに行ったんだぞ」
「おや、それはお疲れ様」
リルが行き先を告げたのは、結婚して隣町に暮らすようになったジネットだけだ。リオネルがそれを知っていたはずないが、近くに住んでいた彼女なら何かしら知っていると思ったのだろう。
「他人事みたいに言うな。まあ、結婚祝いも渡したかったし、訪ねるつもりではあったが」
姉さんと行こうと思っていた、とリオネルは憮然として言った。そんな彼の様子にリルは笑う。
「ごめんごめん。それより、もう来ないと思っていたよ」
リオネルはジネットに会いに来ていると思っていたのだ。リオネルは眉を顰め、「心外だ」と眉を顰める。
「姉さんのことは本当に姉のように思っている」
「おや、そうだったの。ありがとう」
結局、リオネルは実の姉を見つけられなかった。あの時生きていたとしても、もう死んでいるだろう。その姉と、リルを重ねていたのかもしれない。話を聞く限りリルとリオネルの姉は似ても似つかないが。
「どうしても、師匠ではなく姉さんを頼ってしまう」
「まあ、サクは父親って感じがしないし、一年の半分くらいは行方不明だもんね」
「今どこにいるんだ?」
「さあ……半年前にレイリ姉さんのところにはいなかったけど」
レイリはサクほど頻繁に住居を変えないし、移動するときはリルにも連絡をくれる。彼女の中では、すっかりリルも娘状態なのだ。
そのサクは長年の連れ合いのところにいることもあるし、訪ねればレイリが行先を知っていることもある。しかし、半年前は完全に行方不明だった。
「よく捜索願の出る師匠だな」
呆れたようにリオネルが言った。今回はリルも捜索願が出たわけだが。
「またしばらくいる?」
「……いてもいいか」
「いいよ」
いつも、いい、と言われる前提で来るくせに、と思いながらも、リルはこの弟弟子が可愛くて仕方がないのだ。結局のところ。
リオネルは一晩泊って出て行くこともあれば、ひと月ほど逗留していくこともある。今回も少々長居をするつもりのようで、彼がきてからすでに十日が経過していた。旅をしていれば、たまに落ち着いてしたいこともあるので、リルは何も言わないことにしていた。
そんなある日だった。ジネットの夫が、リルの元へ駈け込んできた。ジネットの夫はマチアスと言った。優し気な青年である。リルはたまたま不在にしていて、リオネルが応対に出た。たぶん、これが間違いだった。
「リルさん!」
リルが帰宅すると、隣町に住んでいるはずの弟子の旦那に縋りつかれ、さすがにうろたえた。
「え、何?」
「リルさん、ジネットが……!」
マチアスが言うには、ジネットが町の有力者に見初められたというのだ。その有力者とやらが貴族の流れを組むそうだ。それはかなり厄介である。
おそらく、ジネットが見初められたというのは、彼女が魔術師だからだ。話を聞く限り、その有力者とやらはその魔術が狙いだ。魔術という便利な道具を持ったジネットを取り込むために、『見初めた』と言ったのだろう。ちょっと地位のある男が言いよれば、町娘などころりと落ちると思っていたのだろう。世の中、そんな簡単ではない。
「リオネルさんも、飛び出して行ってしまって……」
マチアスに言われて、気づいた。そういえばリオネルがいない。
「は? あの子、どこに行ったの?」
百歳近いリオネルを『あの子』扱いするリルに引きつつ、マチアスは言った。
「話を聞いて、飛び出して行ってしまって……」
追い付けなくて、とマチアスはおろおろする。十中八九、リオネルは連れていかれたジネットを助けに行ったはずだ。
「マチアス、行こう」
「え? あ、はい!」
今度は連れて行ってもらえるのだと察したマチアスが勢い良くうなずいた。
マチアスの手をつかみ、転移する。転移魔法は、多量の魔力を消費する上に向き不向きがあり、リルは苦手だった。そもそも、師匠であるサクが苦手としていて、リルもリオネルもちゃんと覚えられなかった、というのもある。ちなみに、レイリは全く使えないらしい。
転移先は、リルが座標を知っている必要があるので、ジネットとマチアスが暮らしている家だ。魔力の使い過ぎでくらりとした。マチアスが心配そうに呼びかけるのを手をあげて制する。それよりも、リオネルとジネットを探すのが先だ。
「ジネットが連れていかれたのはそいつの屋敷か?」
「た、たぶん……」
マチアスに案内させて町の有力者とやらの家に向かう。家と言うか、屋敷だが。門が開いていたので、勝手に中に入ることにする。
「リ、リルさん……」
マチアスは恐る恐るリルについてくる。玄関には誰もいない。誰もいないことが、まずおかしい。索敵能力の弱いリルだが、魔力の感じるほうへ進む。
やがて、ギャラリーと思われるところに出た。扉に手をかけて押し開く。
扉が閉まっていてもわかる血の匂い。扉を開けると、鼻を刺すほどだ。
「マチアスは待っていろ」
「一緒に行きます」
青い顔で、それでもマチアスはそう言った。リルが扉を開くと、そこは血まみれの応接室だった。使用人らしき男女が三人。すべてこと切れていた。一人、よい服を着ていたであろう男が惨殺されている。こいつが町の有力者だろう。
「ジネット!」
一人だけ、ソファに丁寧に寝かされている娘がいた。ジネットだ。顔に痣があり、殴られたのだろうとわかる。魔術師ではあるが、彼女は肉体的には普通の女性だ。殴り殺された、のだろうか。リルも駆け寄って脈を確かめるが、すでに冷たくなっていた。
ジネットに縋って泣いているマチアスの背中をさすり、周囲を見渡す。ではこれは、たどり着いたリオネルがやったのだろうか。そうに違いない。
おそらく、ここにたどり着いたリオネルは、すでにこと切れたジネットを見たのではないだろうか。そして、逆上して使用人たちも含めて皆殺しにした……と言ったところか。
彼の身上はともかく、リオネルがやったのに間違いない。彼の魔術の痕跡がある。
だとしたら、リルはリオネルを討たねばならない。
『旧き友』には古からの誓約と盟約がある。彼らは常に中立で、人々を守らねばならない。もちろん、完全にそれを守ることは難しい。だが、これは明らかにやりすぎだ。『旧き友』は丈夫で魔術に長け、長寿だ。それ故に、自らが自らを律する。身内の不始末は身内がつける。『旧き友』を普通の人間が討つのは難しい。
リルはリオネルが人を殺したことを知ってしまった。リルが始末をつけなければならない。
「……マチアス。ジネットを弔ってやろう……」
泣き叫んでいるマチアスの肩に手を置き、リルは静かに言った。リルを見上げたマチアスは、リルにしがみついた。
「ま、魔法で! 魔法で治すことはできませんか!? 本当に、ジネットは死んでしまったのですか!」
「無理だ。魔法は万能ではない……少なくとも、同じ存在に戻すことはできない」
黒魔術に分類されるが、反魂法はある。だが、それは生前の人物に戻すことはできない。似て非なる存在に作り替えられる。そんな邪法なのだ。
これらの魔術は、『ファウストの禁書録』に収められていると言う。リルも、存在を知っているだけで方法は知らない。
「そんなぁ……! 幸せにするって、幸せになろうって約束したのに……」
かける言葉が見つからなくて、リルはマチアスの背中を撫でることしかできない。
リルはまだ、本当に大切な人を失ったことがなかった。
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