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【12】















 リルが家に帰ってくると、玄関で最近弟子に取った少女と背の高い男が向かい合っていた。弟子の方はあれこれ聞いているが、男の方は反応がない。変なところまで師匠に似る必要はないんだぞ。


「リオネルじゃないか。久しぶり……というほどでもないかな」

「姉さん……」

「あ、師匠! お帰りなさい。本当に弟さんだったんだ……ごめんなさい」


 弟子がぺこりと頭を下げる。いや、とリオネルが首を左右に振るが、なぜ弟だと名乗っただろう。弟弟子を名乗ればよかったのでは。

「変なところが不器用だねぇ。そんなところ、師匠に似なくてもいいんじゃないの」

「……そうなんだが」

 困ったようにリオネルは苦笑した。家の中に入った彼はちょこまかと動く少女を見て言った。

「弟子を取ったんだな」

「そう。拾ったんだ」

「……姉さんも、そう言うところは師匠のまねしなくてもいいんじゃないの」

「確かに」

 笑ってリルはうなずいたが、正確にはリルはこの少女を人身売買組織から買い上げていた。

「どうぞ」

 弟子がお茶と茶菓子を出す。リルはリオネルに向かって言った。

「ジネットだ。ジネット、これは私の弟弟子でリオネル」

「初めまして。ジネットです」

「リオネルだ」

 ひとまず自己紹介は終わったのでお茶の時間だ。リルがジネットにも座るように言うと、少女は喜んでリルの隣に座った。

「リオネルはこのあたりに何か用だったの?」

「……少し、姉さんの顔を見て落ち着きたかった」

 そう言うリオネルは少し気落ちしているように見受けられた。リルは何でもないように言う。

「じゃあ、今日は泊っていく?」

「……そうさせてもらおうと思っていたんだが、いいのか?」

 ケーキをほおばるジネットを彼は見やる。一応、気を使ってくれているらしい。


「あんたが私を倒してこの子に何かできると思っているなら、遠慮しなさい」

「……世話になる……」


 魔術師としてリオネルよりリルの方が強い。経験値の差だけではない差が、そこにはある。おそらく、リルは魔力だけなら師匠である策よりも強いだろう。レイリより強いかは……わからない。彼女にもしばらく会っていない。

「師匠ってそんなに強いんですか?」

「攻撃だけに専念させたら、誰も防げないだろうな」

 ジネットの質問に、リオネルが答えた。これまでリルの実力を知る昔馴染みに会ったことがなかったので、ここぞとばかりに聞いてみたらしい。

「そうなんですねぇ。師匠、そう言う話あんまりしてくれないんです」

「だろうな。俺だとしてもしない」

 なんとなく話がかみ合っているので、リルは微笑ましく弟弟子と弟子を眺めていた。リオネルが「落ち着きたかった」と言ってやってきたのだから、おそらく、何かあったのだと思う。話すことで落ち着いたのならよかった。


 ジネットをお使いに出し、リルはリオネルと向き合った。お使いに出たジネットを見送り、リオネルは懐かしそうに言った。

「俺が姉さんと初めて会ったときも、姉さんは俺を買い物に出したな」

「聞かれたくない話をしていたからね」

 あの時はぐらかされたリオネルも、すでに師サクが『ファウストの禁書録』と守っていると知っているだろう。

「……今も?」

「そうだね。夕飯の買い出しが必要だったのも本当だけど」

 あの時はサクが聞かれたくないのだろうと思ったし、今はリオネルが若い娘に聞かれたくないのではと思ったのだ。

「……いろんなところを、見て回った。平和なところも、優しい人も、助けられなかった人もいた。……戦争にも遭遇した」

「……」

「姉さんは見たことある? あっけなく人が死んでいくんだ……敵も、味方も」

「……そうだね。私も見たことがあるよ」

 リオネルがサクに引き取られた時、アルビオンから引き揚げた。その作業に一度訪れたとき、すでにかの国は内乱中だった。

「師匠が戦場を避けていたからね。師匠も戦争にいい思い出はないから」

 もうかなり風化した記憶かもしれないが、サクは実際に参戦したことがあるのだ。それがあるから、彼は戦場に近づかないし、関わろうとしない。連れ合いのレイリはたまに野戦病院のようなものを開いているらしいが、彼女も戦うこと自体は避けているように見える。


「よしよし。一人で、頑張ったね」


 うつむいたリオネルの背中を撫でると、彼は押し殺した声で泣き始めた。優しいこの子には、つらい旅路だっただろう。それでも、知らずにはいられないあたりが真面目な彼らしい。

「大丈夫。しばらく休んで、元気になったらまた世界を見に行けばいいさ」

「……うん」

 というわけで、リオネルはしばらく一緒に暮らすことになった。戻ってきたジネットに伝えると、彼女は笑って「そんな気がしていました」と答えた。


「お父さんとお母さんができたみたいで嬉しいです」


 という孤児のジネットに、さすがのリルも笑って「せいぜいお母さんと叔父だね」と答えた。



















 共同生活というのは結構難しいものだが、リオネルとジネットは結構気が合ったようだ。

「リオネルさんは砂漠って見たことあります?」

「ああ、ある。本当にどこまでも砂浜が続いてるんだ。めちゃくちゃ暑かった」

「へ~!」

 ジネットはリオネルの旅の話を好んだ。リルもかつて旅をしたものだが、そのころとは変わっていることもある。

「気がついたら統治者が変わってることなんてざらだよねぇ。私はガリアの出身だけど、生きてる間に二回王朝代わってるんだよ」

「え、師匠、今いくつですか?」

「数えてないけど、百をいくらか過ぎたくらいじゃないかな」

「その間に二回変わってるってのもすごいですね……」

 確かに短いスパンであるが、そう言うこともあるだろう。

「確か、今の王朝の前に玉座を乗っ取った男が十年くらいしか持たなかったんだよな」

「そ。皇帝を名乗って攻め込まれたからね」

 そんな話をしながら、三人で暮らした。リルは幼いリオネルと過ごした日々を思い出してちょっと懐かしい。

 リオネルは半年ほどともに暮らして、それから出て行った。またおいで、というと、彼は笑ってうなずいた。それから三か月ほどしてまたやってきたのにはちょっと面食らったけど。


「師匠はリオネルさんが好きなんですか?」


 そんなことをジネットに訪ねられたのは、リオネルが頻繁にやってくるようになってから三年ほどが経過したころだった。リルに外見上の変化はほぼないが、ジネットはぐっと大人びていた。出会ったころのジネットは推定十三歳前後だった。だから、今は十七歳くらいだろうか。決して美人ではないが、ヘイゼルの瞳が印象的な愛嬌のある少女だった。

 突然変な質問をしてきた弟子に、リルは驚いたが、からかったりはしなかった。

「好きかと言われれば好きだけど、弟みたいな感じかな。大事な家族だと思ってるよ」

「そっか……」

 あからさまにほっとした様子のジネットに、リルは微笑んだ。

「ジネットはリオネルが好きなんだ」

「……リオネルさんが、あたしのことなんて何とも思ってないって、わかってるんですけど」

「さあ、どうだろうね」

 リルから見れば脈ありのような気もするが、実際のところはわからない。ジネットは魔術師だが、普通の人間であるので、寿命の違いの問題もある。確実にジネットはリオネルを置いて行ってしまうだろう。彼女がためらっているのはそう言う理由もある。

 だから、『旧き友』は『旧き友』同士で所帯を持つか、結婚などしない者がほとんどだった。まあ、統計がとれるほどの人数もいないのだが。


 とりあえず、リルは下手に口を挟まないことにした。下手に口をはさむと、こじれる気がした。……結局、口を挟まなくてもこじれたのだが。













ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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