【11】
サクは、戦いに関わりたくないのだろうと思う。精神に作用する彼の能力は、戦争でも有効だ。もう利用されたくないと思うのは仕方のない話だろう。
その彼が、禁書録の保管を請け負ったのが、不思議と言えば不思議だ。
あれ以降、リルはサクとリオネルと共に暮らしている。アルビオンへは、一度家を引き払いに行ったが、それ以外はほとんど二人と一緒にいる。
誰かと暮らすのは楽しいものだ。リルはまだ自分が一人前だとは思えないので、弟子を取ったことはない。サクにとっても、リオネルが二人目の弟子なのだそうだ。まあ、彼の性格上、そうそう簡単に弟子を取らないだろうとは思う。
「リル姉ちゃんはどうして魔女になったの?」
一緒に暮らし始めて、三か月ほどが経過していた。リオネルはリルと過ごす時間が圧倒的に多い。今は二人でパンを焼いていた。
「どうして。どうしてねぇ……死にたくなかったからかなぁ」
いくら『旧き友』とはいえ、食べなければ餓死するし、病気で死ぬこともなくはない。というか、いくら不老長寿で体が丈夫とはいえ、それはちゃんと魔法の教育を受けていた場合だ。そうでなければ、人よりちょっと長生き、くらいで亡くなることもあると言う。
リルはたまたまサクに拾われて、魔術師として教育を受けた。あのまま放置されていれば、いくら『旧き友』のリルでも死んでいたはずだ。
「魔女になりたかったわけじゃないの?」
「自分が魔法を使えることすら知らなかったな」
「ふーん……そうなんだ」
自分で魔法使いになりたい、とサクのところに飛び込んできたリオネルにはちょっとわからないか。リルも彼に尋ねた。
「リオネルは自分でサクの弟子になったそうだけど、どうして魔法使いになりたかったの?」
「俺の母ちゃん、俺が生まれたころに病気で死んでるんだ。俺は父ちゃんと姉ちゃんと暮らしてたけど、父ちゃんが借金作って姉ちゃんを売っちゃった」
「……」
言わないが、リオネルの姉ならばさぞかし美人だろう。高く売れたのではないだろうか。
「そのあとすぐに父ちゃんも階段から落ちて死んで。姉ちゃんを探したけど、見つからなかった」
「……王都の方にいるのかもね」
「俺もそう思った。子供が一人で王都になんて行けないだろ。普通の職業じゃ、姉ちゃんを探して助けられない。だから魔法使いになれば、って思ったんだ」
魔法使いになれば、母ちゃんみたいな人を助けられるかもしれないし。そう言うリオネルのどこに、リルは危うさを抱いたのだろう。この心優しい少年の思いは、一つ間違えば禁忌の方へ向く。後から考えれば、そう言うことだったのだ。
禁書録を狙う追っ手から逃げるために、二年間住んだ海沿いの家を離れた。こういう時のために、サクはリルを引き留めたのだろうな、と思う。
とはいえ、リオネルも十三歳になっている。リルが拾われたころと同じ年だが、彼は魔法を学んでいる。禁書録に関しては関わらせていないが、自分の身を守ることくらいはできる。なので、サクとリルは追っ手に気を払うことができた。
「追い付いてくるな。サク、リオネル。先に行ってくれ。足止めしてみる」
「頼む。リオネル、行くぞ」
サクがためらわずにリルに後背を任せた。リオネルが「姉さんが」と戸惑うが、サクは彼を引っ張って先に進んだ。うまく転移したところで、リルは追っ手の魔術師とその使い魔に向き直った。
「さて」
すらりと剣を抜いた。
結果として、追っ手を殲滅したリルであるが、さすがに無傷とはいかなかった。死ににくい『旧き友』でなければ死んでいたと思う。サクとリオネルを見つけられなかったため、リルは国をいくつかまたいだレイリの元を目指した。
「……増えてる」
「増えちゃったのよ……」
レイリの弟子が増えていた。最後に見たとき、二人だった気がしたのだが、気づけば四人になっている。
「ちょっと面倒見が良すぎやしない?」
「全員が『旧き友』なわけじゃないけどね。というかリル、サクに似てきたわね」
「!」
普通にショックだった。あの気難しい師匠と一緒にされたら困る。
その師匠と弟子だが、レイリのところには来ていなかったし、連絡も来ていなかった。どこに行ったのだろう。まあ、サクがいるので大丈夫だと思うが。リルが心配しているのはリオネルのことだった。
使い魔を飛ばし、探し探して北の国でサクとリオネルを見つけたころには、すでに三か月が経過していた。
「まっすぐこっちに来たの?」
「いや。一度海を渡った。アルビオンは絶賛戦争中だったが」
「だろうね」
二年たっても、王位継承戦争が収まる気配がないのだ。
それからさらに二年ほど、共に暮らした。十五になったリオネルはそれなりの魔術師になり、十六歳になる前に姉を探しに行くのだ、と独り立ちしていった。リルもサクと別れる。
「じゃあサク。また」
「ああ」
「たまにはレイリ姉さんのとこに帰ってあげなよ」
「そうだな……」
もしかしたら、これからサクはレイリの元へ行くかもしれない。それでいいと思う。たまには一緒に暮らせばいいのだ。
偶然、ガリアの地方都市でリオネルと再会したとき、最後に分かれてから半世紀以上が経過していた。
「リル姉さん」
声をかけられたが、一瞬誰かわからず、二十代半ばほどに見えるその青年の顔にリオネルの面影を見つけて驚いたものだ。
「リオネルか! 大きくなったなぁ。かっこいいよ」
「ありがとう。姉さんは全然変わらないね……」
リルの外見年齢も、二十代半ばほどで止まっている。この年代で止まる『旧き友』が一番多いようだ。リルはリオネルと初めて会ったときすでに成長が止まっていたため、彼がそう言うのも無理はない話だった。
「姉さんは今ここに住んでるの?」
「そ。三年たったくらいかな。リオネルは? 師匠から旅をしているようだって聞いたけど」
「うん……」
オープンテラスのカフェに入り、コーヒーを飲みながらリルは尋ねた。リオネルは表情を曇らせてうなずく。
「いろんなところを見て回ってる……」
「そう。私も昔は、サクといろんなところを見て回ったものだよ」
リルの教育は旅をしながら行われた。その行程で、彼女は様々なものを目にした。
「姉さんは弟子取った?」
「ああ、一人。十年くらい前かなぁ」
その子らもすでに巣立っている。その子も、リルと同じく捨てられた子だった。
「リオネルはまだ早いかな」
「そうだなぁ……」
それからしばらく話をした後に二人は別れた。その時に、リルはリオネルに向かってこう言った。
「私はしばらくここにいるつもりだから、何かあったらまた訪ねてきなよ」
「ああ……うん。ありがとう」
旅をしていても、たまにゆっくり休む場所が必要だ。そう思って声をかけたのだ。それから何度かリオネルはリルの元を訪ねてきたが、彼がその少女にあったのは、リルと再会してから三年後のことだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
時の流れが速すぎて年齢が計算できませんが、この時点でリルは100歳前後……のはず。設定上では死んだとき120歳くらいなので、越えてるのかしら。リオネルは20歳くらい年下。ここまで来たら、大して変わらない気がする(笑)




