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【10】















 リルが独り立ちしてから、四半世紀が経過していた。実年齢では四十半ばの彼女も、見た目は二十歳すぎにしか見えない。どうやら、リルの外見的成長このあたりで打ち止めのようだった。

 かつてレイリが言っていたように、外見が変わらないのは奇異に見られる。成長しきってしまえば十年ほどは一定の場所に定住できるが、逆にいればそれ以上になるといぶかしがられる。レイリもサクも、拠点を何度か移した、と報告がきていた。


 サクが今拠点としているのは、リルの故国であるガリア王国だった。この国から逃げ出そうとしてリルは途中で捨てられたのだ。体が弱く、小さな子だった。家は貴族だったが、貧乏だった。古い貴族である、ということだけが取り柄の、見栄っ張りな家族だった。身の丈に合わぬ生活をして、結局、巨額の借金をこさえて夜逃げした。サクに拾われたのは、夜逃げの途中だった。

 リルの体が弱かったのは、魔力の大きさに小さな体が追い付いていなかったからだろう、と言われた。実際、サクと旅をするようになり、よく食べよく動くようになると、体調を崩すようなことはなくなった。

 旅を続けていたサクが定住するのに選んだのは、都会というほどではないがそれなりに発展しているガリアの街だった。港町である。魔力の性質上、リルは水と相性がいいのでよい場所だ、と思った。リルがアルビオンで住んでいたのは、森の中だった。


 住所を確認し、ノッカーを叩く。中から「はぁい」と声が聞こえた。この時点で、「ん?」と思った。サクはノックが聞こえても返事などしないし、ドアを開けたりもしない。ドアが内側から開いた。


「どなたですか?」


 くりんとした目の、かわいらしい男の子と目が合った。


 これが、リルと、のちにガリア中の『旧き友ウィタ・アミカス』を殺害する魔法使いリオネルとの初めての出会いだった。



















 最近サクに弟子入りしたのだ、というリオネルは十一歳だそうだ。自ら弟子入りを志願したらしく、気難しい師匠によく教わろうとしたものだ、と思う。明るい金髪に紫の瞳。レイリに似た色合いだが、血縁はないだろう。顔が全く似ていない。


「リルさんも『旧き友』?」

「そうだよ。サクの弟子だ。久々に会いに来てみれば、こんなに可愛らしい弟子をとってるとはねぇ」


 まだ寝ている、というサクを待つ間、リルはリオネルとおしゃべりをしていた。のちに凶悪な魔法使いとなる彼も、子供の間はかわいらしいばかりの少年だった。

 リルが旅で目にしてきたことを話して聞かせていると、サクがようやく起きてきた。

「おはようございます、師匠!」

「おはよう。お邪魔してるよ」

 ぼんやりとした青い瞳がリルを写す。

「……お前、何してる」

「人を呼びつけておいて、ご挨拶だね」

 リルがサクを尋ねてきたのは、彼に呼び出されたからだ。十年ぶりに連絡があったと思ったら、呼びつける内容だけだった。顔を合わせたら殴ってやろうかと思っていたのだが、リオネルが可愛かったので許す。

「ああ……」

 リルに突っ込まれたことで、サクは自分が手元を離れた弟子を呼びつけたのを思い出したらしい。ひとつうなずいた。

「そうだったな」

「師匠、食事は?」

 リオネルが尋ねる。小さな子供の方がしっかりしている。

「いらない。リオネル、ちょっと外に出ていろ。私はこの女と話がある」

「師匠、それはないよ。リオネル、買い物に行ってきてくれる? 夕食は私が作るから、このメモに書いたもの……ああ、字は読める?」

 読める、と言われたので紙の切れ端に食材を書いてお金も渡し、買い物に行かせた。

「おつりで好きなものを買ってもいいよ」

 リオネルは目をしばたたかせた後、笑顔でうん、とうなずいた。可愛い。


「……お前、リオネルには親切だな」


 小さい己の弟子を見送り、サクはおもむろに言った。リルは笑って「レイリ姉さんの真似だけどね」と肩をすくめた。

「師匠が放任すぎるんだよ。姉さんにも怒られたでしょ」

「そうだったか」

 本当に自分の興味がないことは頭に残らない人だな。記憶力が悪いわけでもないのに。むしろ、百年以上の時を生きてきて、よく記憶がある方だと思う。

「で、本題は? 師匠が何もなく私を呼びつけるわけないよね」

「当たり前だ」

 そう言って、サクはリルを家の奥に招き入れた。そして、厳重な魔法結界で守られた箱を見せた。

「これを知っているか」

「話には聞いたことがあるけれど、実物を見るのは初めてだ。『ファウストの禁書録』だろう」

「その通りだ」

 正確には、この本には題名がない。ただ、魔術師たちがそう呼んでいるのだ。それほど前の話ではないらしいが、ファウストと呼ばれた『旧き友』が書いた手記のようなもので、禁忌とされる魔術が記載されている、文字通りの禁書だ。


「バルトのヒルドっていう魔女が封印して守っているって聞いたことあるけど」

「ああ。そのヒルドが死んだので、私のところに代わりに封じるよう回ってきた」


 『旧き友』は通常の人間に比べ、はるかに長寿だが、寿命がないわけではない。ヒルドの噂は少なくとも二百年前にさかのぼることができるので、三百年近くは生きていたはずだ。おおよその『旧き友』の寿命は三百歳前後である。

「サクのところに? ヒルドの弟子ではなく?」

「こういうのは向き不向きがあるからな。私の力をおあつらえ向きだ」

「それもそうだねぇ」

 リルは『ファウストの禁書録』をまじまじと眺めたが、触ることはしない。触るだけなら大丈夫だとは思うが、念のためだ。

 サクは現実にまで影響するほどの力を持つ精神干渉魔法の能力者だ。『仮想クオード・レ・ウェラ』と呼ばれていて、戦場では恐れられたらしい。敵の意識を操って、同士討ちなどをさせていたというのだから当然だ。これはレイリから聞いた話だ。サクは絶対に口を割らない。彼のこの偏屈な性格は、この能力のせいなのだろうな、とも思う。

 逆に、サクからはレイリの話を聞いていた。彼女も、戦場の惨劇に耐えられず、半世紀以上魔法を使わなかった時期があったらしい。性格の違うように見える二人だが、似ているのだな、と思った。


「レイリ姉さんでもよかったんじゃないの? 保管者」

「まあな。だが、レイリのところは人の出入りが激しいし、弟子も二人いる。なら、と思ったんだが……」

「リオネルが押しかけてきたんだ」


 笑って言うと、サクがむすっとした。リルは苦笑を浮かべる。


「サクって、そういう人のいいところがあるよね。私のことも拾って育ててくれたし、実は私の本名も知ってるでしょ」

「うるさい。仕方なくだ」


 そうは言うが、サクはリルを拾ってしまって戸惑ったようだが、レイリに助言を求めに行ったし、彼女にリルを押し付けるようなことはしなかった。本名についても、実は確信がある。名づけたとき、サクは「百合の花が咲いていた」と言っていたが、あの場に百合の花はなかった。サクは、リルの家族が乗っていた馬車の紋章を見たのではないだろうか。リルの生家の紋章は百合だった。貴族です、と言いふらしているようなあの馬車で、家族が無事に夜逃げできたのかはわからないが、もうリルの知ったことではない。このことからも、サクがリルを気にしていてくれたのだ、とわかる。

 残酷になり切れない、人の良いところがある彼だ。戦場はつらかっただろうな、と思う。魔法が攻撃に向かず、自分の手で切り裂いていたレイリも、人を操って戦わせたサクも、戦うには気が優しすぎたのだと思う。まあ、サクは変な風にこじらせているけど。


「で、私はどうすればいいの? 魔法的に、私は禁書録を預かれないと思うんだけど」


 リルは強力な魔女ではあるが、こういった危険物の保管には向かない。彼女に預けるくらいなら、少し遠いがレイリに預けに行った方がまだましだ。

「わかっている。私と共にしばらくの間暮らしてほしいだけだ」

「それこそ、嫁さんに頼みなよ」

 あきれて言ってしまった。それが難しいことはわかっている。それができるのなら、サクはレイリに禁書録を預けているだろう。

「リル」

「ごめんて。怒らないで。わかったよ。ちょうど、次の行先を考えてたところだし」

 『旧き友』は定期的に居住を変えるものだ。リルも、そろそろアルビオンを引き払おうと思っていた。

「何かあったのか」

「最近、王都の周辺がきな臭いのでね。いよいよ、アルビオン王の容態が芳しくないようだ」

「……そうか」

 おそらく、このまま王位継承戦争に突入するだろう。サクも察したようで、陰鬱な表情で言った。


「戦いに関わらなくていいのなら、その方がいい」


 実感がこもっていた。














ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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