宴の席で
夜、ボア達の歓迎を受けている。
歓迎はお祭り騒ぎで様々な食べ物が並ぶが思っていたよりも種類が豊富だ。畑で育てていたと思われる根菜類だけではなく、海で捕れたと思われる魚まであった。
どこからどう見てもこの里だけで収穫できる量ではない。どうやってこの食料をかき集めたのかと思ってしまう。
「食材が豊富ですね。海の魚まであるという事は人間の港で買ってきたんですか?」
「そういった物もありますが、ほとんどは各里で収穫した物です。私達ボアの数はかなりいまして、1つの里ではいられないほど増えてしまったのです。ですので様々な地域に点在する里で各里の食糧を交換したりしているのです」
「それじゃこの魚は海で漁を?」
「はい。初めは人間の方々に教えてもらいながらですが、今では一人前と言われるようになったそうです」
キング・ボアの話はとても興味深い。
最低でもアルカディアで育ったボア達は海で漁などしなかったし、新しく里を作ってさらに増えるなど予想していなかった。たとえ繁殖すると言っても1つの里で収まる程度だと思っていたし、これは想像以上に文明を築いていると言っていいと思う。
しかもそれを誰かに教えてもらったわけではなく、自分達で考えて行動しているのだからとても大きな成長だ。
「やっぱり凄いな、お前達は」
「とんでもない。確かに繁殖には成功しましたが、最長老様のようになる事はありませんでした。あの方が我々ボア族を守っていただいた事で築く事が出来たのです」
「ヘビーが?」
どういう事だろうと酒を一口飲みながら聞くと、1番偉い長老が俺の前にそっと現れた。
「その話は私からお話しさせていただきましょう。
その昔、この大陸のボア達は大飢饉に苦しんでおりました。森の木々が病に犯され、枯れてしまうという誰にもどうする事も出来ない事件が起きました。それにより腹をすかせた先祖は人間の縄張りに侵入し、わずかな食料を人間と奪い合うという悲惨な道をたどっておりました。
そんなある日、最長老様が海を泳いで現れ、突如この大陸の木々を倒してすべて肥やしてしまったそうですじゃ。それに驚いた先祖と人間達は、最長老様を追い出そうとしましたがあまりにも違い過ぎる体格差、そして力により争っても腹が減るだけと早々に諦めた翌月の事でした。
最長老様が倒し、砕いた木々から新たに芽吹いたのです!その成長は通常の成長よりも早く、餓えていた先祖と人間達の腹を満たしました。
その後我々ボア族と人間達の先祖は最長老様を崇拝し、大地の肥やし方を学びました。それがボア族と人間が共に手を取り合う切っ掛けになったそうです」
その話を聞いた俺ははっきりとヴェルトとヘビーの違いを感じた。
もしこの大陸にヴェルトが来ていたのであれば既に存在する木々の病を癒し、1度大陸の木々を破壊するっという事は必要なかっただろう。
だがヘビーにはそこまでの力がない。だからこそ病にかかった木々を倒して1から再スタートさせるしかなかった。
でもそれが切っ掛けでボアと人間が共存する環境が始まった。
とても不思議な始まりだが、この始まりはボアでないとできなかった始まりだろう。ヴェルトでは出来なかった事だ。
何が功となるのか分からないという例の1つかも知れない。
「お話を聞けて良かったです。たぶん自分から話そうとはしないでしょうから」
「それは良かった。では引き続きお楽しみください」
また宴に戻ると若葉とブランがボアの子供達と楽しそうに遊んでいるのを見て、正義君がどうしているか少し気になった。
辺りを見渡して探してみると、丁度正義君が宴を抜けて里の隅で休んでいるのを見付けた。
俺は正義君に近付いて聞く。
「どうした?疲れたか」
「……おじさん。僕、初めて見た」
「何を?」
「魔物達が普通の人達と変わらないようにしてる所」
正義君が両手でコップを持ちながら、視線は宴をしているボア達に向かっている。
俺は正義君の隣に座って手にしたマンゴーを食べながら正義君の言葉を聞く。
「僕が戦ってきた魔物はみんな知性なんて感じられなかった。テレビとかニュースで見る怖い動物みたいな感じでいつも襲ってきて、僕はとにかく戦った。最初はただ死にたくないって思いだけで突然出て来た剣を握って、がむしゃらに剣を振っている間に初めて魔物を殺したんだ。生きて襲われるより、僕が殺した魔物の死体を見る方が怖かった。僕に向いてないはずの目が僕に向いてるみたいで、怖かった」
「……」
「だから森の中をさ迷っている時に王様に拾ってもらって凄く助かった。戦う理由っていうのをもらって少し安心出来た。ただ生き残るために剣を振るうより、誰かのために頑張ってるっていう方がほっとできたんだ。僕のためだけに魔物を殺すのは、ものすごく怖いんだ……」
正義君の手は震えていた。小刻みに、でも確かにその手は震えている。
俺は若葉から嫌な事だから冒険者として生きている時の事をほとんど聞いていない。でも冒険者として採取する仕事ばかりをしていたけど、行方不明者の探索などもしていたと言っていたから、きっと人間の死体も見て来たんだろう。
それに比べて俺はこの世界で人の死を1度も見た事がない。一緒に行動していたアレスさん達もケガも何もしてない。ディースさんは苦手な蛇系の魔物を前に蒼白になっていたが、それだけだ。
俺はまだ、人の死を見た事がない。
「だから同時にこう思っちゃうんだ。どうして他の魔物もこうして穏やかに過ごせないんだろうって。おじさんはどう思う?」
俺は俺で考えている間に正義君から聞かれてしまった。
適当に答えるのはダメだ、真剣に話し合わないといけない場面だとすぐに察する事は出来たが、何と言えば良いのか思い付かない。
だから俺は、こう言うしかない。
「俺も願ってるよ。魔物も人間も、平穏に生きていける世界が造れればなって。でもその願いを叶えるのにはかなりの時間が必要だし、大きな力も要る。だから、どうすればいいのか分からない」
「人間だけじゃダメなの?」
「それじゃお前は目の前のボア達を倒せるのか?俺には無理だ」
「それは……」
「だから俺が出来るのは多分住み分けまでだと思う」
「住み分け?」
「そう、住み分け。どこかで完全に人間と魔物の境界線を作らないといけないのかも知れない。でもこうして人間と仲良くしてる魔物もいるからそれが正しいとも思えないけど、俺が出来るのは多分そこまでだ」
「それで世界は平和になる?」
「……分からない。世界を救うって意味が分からないからどうすればいいのか、俺にもさっぱりだ。でも……」
「でも?」
「……子供達にはずっと笑っていて欲しいと思ってる」
そう思いながらブランがはしゃいでいる光景を見る。
ブランだけではないが子供達がこうして笑っていられる世界は最低限守っていかないといけない。
家族を守る事だけを最大にするのではなく、最低にする事でさらに平穏な世界を作る事が出来る様な気がする。
ただの妄想だけど。
「そう……だね。笑っていられる世界が良いな」
「正義君。君ももし嫌になったら家に来ると良い」
「おじさんの家?」
「たとえどれだけ大きな力を持っていたとしてもお前はまだ子供だ。多分小学生とかその辺りだろ?それならまだ大人に甘えていていいだろ。本当に今戦っているのが嫌になったら俺に相談しな。住む場所と飯ぐらいはどうにか出来る」
「……ううん。大丈夫。僕には王様達が居るから」
「そうか。まぁ元々どうしようもなくなった時の保険とでも思ってくれればいい」
「分かった。その時はおじさんに頼んでみるよ」
俺達2人は少し離れたところで宴を眺めていた。




