意外な邪魔者
アビスブルーまではこの船で移動し、沖の方にあるアビスブルーに行くそうだ。少し時間がかかるので昼過ぎに到着するらしい。
それまで昼食を食べながら優雅に待つ。
「ここの飯美味いな」
「だね~。素材はお家にある食材ほどじゃないけど」
「アルカディアの食材に勝てるほど品種改良されているとはおもえない」
「……でも美味しい」
「そんな事言って大丈夫なんですか?ここ物凄い所なんですよね?ね?」
「美味いって言ってるから大丈夫じゃね?」
正直こういう所でのマナーは全く分からない。でもまぁ音立てて食べてる訳じゃないし、別にいいんじゃね?
ちなみに今のテーブルは俺達しかいない。
なんでも一家族ごとに分けられているので知り合いでも相当の事がないと一緒に座る事はないらしい。
あと単に相席して面倒事を起こされたくないという事もあるだろう。
周りを見ても俺達のような一般人は全然いないし、それ本当に私服?と聞きたくなるようなごてごてした服を着てるし、宝石とかこの場で必要かね?
「にしても周りの客はやっぱり俺達と違うな。何と言うか……見栄張ってる感じ?」
「その見栄が必要なのだ。服が貧相であれば格下の様に見られる」
「一般人の俺には関係のない話だな。農家みたいな感じだし」
「で、でも冒険者でも見た目は大事ですよ。ランクの高い人はランクの高い人なりの装備とかありますし」
ノワールだけではなく若葉もそう言う。
お偉いさんにはお偉いさんなりの格好という物があるのは知ってるが、それを俺がするというのはイメージが湧かない。
元々ただの一般人だからな……ファッションに対して無頓着だし。
「そう考えると本当に大変だな。お偉いさんって」
「……だね」
俺の言葉にヴェルトが頷いてくれた。
だよね~っと思っていると複雑そうな顔をしたブランとノワール。
そういやこの2人かなりのお偉いさんだわ。というか神様って意味ではヴェルトも十分お偉いさんじゃね?
改めてそのお偉いさん達の服装を確認してみるとシンプルながら俺ほど一般人じゃない。
ブランは前にお祭りの時に見かけたシンプルなワンピースではあるが着こなして可憐さが増している気がする。
ノワールはいつもの燕尾服で忘れていたが、十分お偉いさんの格好と言える。
ヴェルトは面倒と言ってシンプルなドレスだが、十分お嬢様っぽい雰囲気というか、淑女的な雰囲気が出ている。
そしてこの場に合っていない感じがするのは俺だけ……
若葉だってこの場に馴染もうと努力してるし、俺だけ完全に一般人だ!!
「や、ヤバい事実に直面してしまった……俺だけ一般人全然隠してない!!」
「ドラクゥルさんが一般人ていうのも変な感じがしますが」
若葉が飯をちょびっとだけ食べてそんな事を言うが、俺はどう見ても一般人だろ。
そう思いながらも飯は食い終わり、食後のコーヒーと優雅なふりをしているとライトさんがやってきた。
「ご一緒しても」
「どうぞ~」
そう言ってライトさんはブランの隣に座る。
それだけでまた周囲の視線を集めた様な気がするが、気にしない事にする。
ちなみにライトさんはコーヒーではなく紅茶だ。
「様子を見に来ましたが、ドラクゥル様は堂々としてらっしゃいますね。ホッとしました。不安をあえて言うなら……若葉さんが緊張し過ぎている気がしますが」
「普通は緊張するものだと思いますけどね。それにしてもライトさんは1人で大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。お仕事が終わったらみなさんとご一緒してもよろしいでしょうか?」
「良いですよ。ハクも喜びます」
「いつでも良いよ、ライトお姉ちゃん!」
ブランが手をぐっとしてどや顔。そんなブランを見てライトさんは嬉しそうにする。
雑談をしながら腹が落ち着くのを待っていると、放送が流れた。
『まもなくアビスブルーに到着いたします。お降りのご準備をよろしくお願いします。繰り返します――』
どうやらもうすぐ到着するらしい。
するとブランが俺を引っ張った。
「船の上からアビスブルー見てみたい!!」
「分かった。それじゃちょっと甲板まで行ってくる」
「私もご同行します」
「みんなはどうする?」
「降りる準備をしてくる。ついでに父とブランの分も取ってこよう」
「悪い。それじゃ行ってくる」
こうして俺とライトさんはブランを連れて甲板に行く。
甲板には警備の人しかおらず、広々としているので海がよく見える。
ブランははしゃぎながら船の先の方まで走ってしまうが、俺は俺で驚いた事がある。
「想像以上にデカいな。アビスブルー」
目の前にあるのは島と言うよりは大陸のように広い。
港のような物が見えたり、中心の方にある巨大な建築物はまさかビルか?ガラス張りの様に見えるビルが大陸の中心部分に象徴のように建っていた。
この大陸だけ文明レベルが異常に高い気がするのだが、これはやはりうちの子が関係しているとしか思えない。
「パパ!島とってもおっきいよ!!」
「だな。俺も驚いてたところだ」
「まだここはほんの一部ですよ。ハク様、ドラクゥル様。アビスブルーの中心部にはレジャー施設の他に各国の有名店が並んでいます。女性だとショッピングを楽しみにしている方も多いと聞きます」
「ライトさんは買い物とか行かないんですか?」
「私は行きませんね。どれも高級店ですから利用しにくくて。服などは基本的に仕事着ばかりですし」
「ライトさんも楽しめばいいのに……」
「基本的に私達はあまり多くの給金を得ている訳ではないのです。ほとんどが大聖堂や他の教会の維持費や集会の際に使うお金で無くなってしまいますから」
「足りないならもっとがんばろっか?」
「ハク様が気にする事ではありませんよ。それにハク様から頂いた物はそう簡単に使う訳にはまいりません」
よく分からないがブランからライトさんに何か渡しているのか?
よく分からないと思っていると一組の家族連れが現れた。
かなりふくよかな体形をしたおっさんと、豪華そうな服着た普通のおばさん、まだまだ幼い小学生ぐらいの男の子と女の子。
男の子の方が興奮しながら甲板に来たので彼がここに来たいと言ったのだろう。
そしてその親と思われる2人はライトさんを見るととても驚きながらも、ライトさんに挨拶をする。
「これはこれは、教皇様。まさかこのような俗世の場で会うとは思いませんでした」
「あなたもいらっしゃったのですね、アンプルール王」
ただの太ったおっさんかと思ったら王様だった。
これは関わらないようにしておくべきだろう。
「しかし本当に珍しい。公務ですか?」
「はい。アビスブルーの女王に招かれまして、アビスブルーに建設する白夜教会の出来を確認する事と、祝福をお願いしたいとの事です」
「それは素晴らしいですな。白夜教徒として本当に嬉しい事です」
「ええ。所であなた方は大丈夫で?戦争をこの間までしていたではありませんか」
「戦後処理に関しては問題ないのですが……助けた方々に対しての対応の方が少し遅れているぐらいです。ですがあのパープルスモックから人々を救えたのは良い事です」
ん?パープルスモックだと。
つまりこいつがノワール達に喧嘩売った張本人か。
「人を救う事は良い事ですが、無意味に他国に戦いを挑むのはどうかと思いますが」
「何をおっしゃいます教皇様!あの国に居るのは凶悪な吸血鬼と彼らに捕まった人々、あそこにいるのは魔物だけです。国とは人が繁栄させたもの、魔物が住み着いた地を国とは呼びませぬ」
こいつ……人間至上主義って奴か。
いや、仮にグリーンシェルの人達を認めているのなら――
「さらに言えばグリーンシェルの者達もです。あまり大きな声では出せませんが、獣人は魔物に近い種族。私は彼らを認めるつもりはありませぬ」
断定。
こいつ人間至上主義だ。
気に入らないからぶっ殺しろかこの野郎。
だがライトさんは特に口を挟む事もなく、ただ頷きながらおっさんの言葉を聞いているだけだ。
そして聞き終えるとライトさんは言う。
「なるほど。あなたは人間が作り上げた国こそが国だというのですね」
「そうです。それ以外の吸血鬼が作り上げた自称国など存在しているだけでも汚らわしい」
「それではあなたは我がホワイトフェザーも汚らわしい国だと仰るのですね」
「………………はい?」
王様予想だにしない言葉を聞いたのか固まってしまった。
それに対してライトさんは真正面から言う。
「私達ホワイトフェザーの先祖は心優しき1体のドラゴンとその家族であるお使い様のおかげで築く事が出来た国です。我々の先祖は人の力のみで築き上げた国とは呼べません。神にすがり、お使い様に知識やお力をお借りする事で出来た国です。あなたにとってドラゴンとお使い様は、汚らわしい存在と言う事ですね」
「え、いえ。そんなつもりでは――」
「黙りなさい。それだけ人の力だけで事を成せるというのであれば、そのように行ないなさい。私達は神とお使い様と生きる国。今後支援は一切いたしません」
「お待ちください!我々は熱心な白夜教徒であり――」
「我が国の者達を即刻本国に戻るよう通達します。ドラクゥル様、ハク様。参りましょう」
「お、おう」
俺はそう言ってからライトさんの後に続く。
ブランに関してはおっさんに舌を出して思いっ切り嫌った。
王様は唖然としている中、男の子がライトさんに向かって言った。
「何でだよ!王様は悪い事言ってないぞ!!」
教皇に向かってそう叫んだ男の子を王様達が抑えるが、男の子は構わず叫ぶ。
「僕はこの世界を救うためにこの世界に来たんだ!!世界を救うためには魔物を倒す必要があると思ったんだ!!この世界の人は魔物のせいで大変なんでしょ!だったら魔物を全部倒せばこの世界は救われるじゃないか!!」
その言葉は彼自身の言葉だろうか、それともおっさんがそう教えたのだろうか。
それに今の言い方だと確実に俺と若葉と同じようにこの世界に連れてこられた存在だと思う。
つまりあの男の子が勇者。何かしらのゲームの力を得ている存在。
そんな男の子の言葉を聞いたライトさんは勇者に聞く。
「それは共存している魔物に対してもですか」
「だって人間だけの方がいいでしょ。魔物のせいで色んな人が死んだり、悲しい思いをするなら全部倒した方がいい」
「獣人達も?」
「獣人さん達は……ほとんど人だから倒したくないよ。でも人間を食べちゃう吸血鬼とか魔物は倒したっていいでしょ」
「……そうですか」
それだけ言ってライトさんは先に歩いて行くので俺達もついていく。
途中人気のないところでライトさんは俺とブランに向かって頭を下げた。
「ドラクゥル様、ブラン様。申し訳ございません」
「別に良いよ。悪いのはあのおっさんだろ」
「ライトが謝る事じゃないよ」
「しかし……お2人、いえ。みな様にとって聞いていてあまりいい気分にはならないでしょう」
「そうだな。でもあの男の子が言っている事は無謀だ。俺の子供達を含めたすべての魔物を殺すというのであれば、不可能だよ」
「だよね~。確かあのおっさん、ノワールお兄ちゃんたちが居るパープルスモックに戦争仕掛けたおバカな王様だよね。ノワールお兄ちゃんとヴラドお兄ちゃんにチクっちゃお~っと」
「ブラン様。ご報告は仕方がありませんが、戦争が起こる様な真似だけはしないで下さいね。せめてホワイトフェザーの者達が戻って来るまでは――」
「そこまで早く戦争を起こすとは思えないけど。それにノワールお兄ちゃんたちも多分動かない。今パープルスモックに攻めてもお兄ちゃん達に直接の被害はないから」
「個人的にはあの男の子の方を気にかけておいて欲しいけどな。あの子多分俺と若葉と同じだ」
俺と若葉と同じ。
その言葉の意味を知っているブランはライトさんに強く言う。
「ライト。あの少年の事を出来るだけ見張っておいて。私もミカエルお兄ちゃんに頼んでおくから」
「勇者の事ですね。承知しました」
ただの子供を探す旅行のはずが、少し込み入った事になりそうだな。
俺は少し警戒心を高めながらノワール達の元に向かうのだった。




