ノワールの家
ノワールの巨体に比べるとこの洞窟は非常に狭く感じる。
さすがに体を少し動かしただけでぶつかると言う事はないが、余裕はない。さらに言うとノワールのための施設は様々な宝石やクリスタル、パワーストーンの原石の様な物が最深部に豊富にあったからかとても地味だ。
あの洞窟ではノワールの光に反射して宝石たちがさらに綺麗に輝いていたのでこの洞窟は俺から見るとただの洞穴だ。ノワールの鱗が取れたものがそこら辺に転がっているが本当にそれだけだ。
俺はノワールに聞く。
「ノワール。アルカディアに帰ってこないか?」
『ああ。ぜひ帰らせてもらうよ。この戦争が終わった後になるだろうけど』
「ん?それじゃこの国を手放すって事か??」
『そうだね。私達はアルカディアに帰り、この国を元々この土地に住んでいた吸血鬼たちに返還するつもりだ。これはもちろん私個人の話ではなく、他の者達と相談したうえでの結論だ』
「そうか。ならノワールにもいつでも帰ってこれるようにしておくな」
そう言ってからメニューを操作し、ノワールにアルカディアに帰ってこれるように設定する。
ノワールはすぐにその力を使えるようになったことを確認してから大きな穴をあける。
『それじゃ久しぶりの我が家で話そう。父さんたちも構わないかな?』
「俺はいいぞ」
「では落ち着く場所で話しましょう」
「あの、神のお宅に行って大丈夫なんですか?」
エリザベートだけが何か言うが気にせずアルカディアのノワールの家に行く。
しばらくは全く立ち寄っていなかったが相変わらずここは綺麗だな。一応掃除と確認として何度か中を確認したが、ノワールが居るのと居ないのでは輝き方が全く違う。
まるでこの洞窟のクリスタルや宝石が主の帰還に歓喜しているようだ。ノワールが定位置である洞窟の中央で丸くなると、すべての宝石が輝く。目が痛くなるほどまぶしいのではなく、それぞれ宝石が最高の形で輝く。
『ふぅ。やっぱり広くてゆっくりできる家は良い』
「当然だろ。あんな人間で例えるなら6畳一間のせまっ苦しい部屋にいるような物だし、広々とした我が家に帰ってくれば当然そう思うだろうよ」
俺は適当に座りやすそうな宝石の原石の上に座る。座り心地はよくないが他に座れそうなところなんてないので仕方ない。
元々SSSランクに進化させるためだけの施設だからな。しかもブランの時みたいに人型のモンスターが出入りする事を前提としたつくりでもないし、しゃーないしゃーい。
なのでレディーがあらかじめ用意していたのかテーブルと椅子をどこからか取り出した。俺がアルカディアに繋がる穴を作る時と似たようなもので、多分マンガとかで見る空間収納とかそんな感じの魔法だろう。
なので俺は宝石の原石の上から椅子の上に座りなおした。
「それじゃノワールだけじゃなくてヴラド達も完全にアルカディアに帰って永住するんだな」
『そうなる。ただ元々アルカディアで育った兄弟だけじゃなくて、その世話をする奴隷とか、子孫達もこのアルカディアに移り住むことになるだろうけど大丈夫かな?』
「足りないようなら新しい屋敷を用意するが?と言っても屋敷が完成するまでそれなりに時間がかかる。確か5000人前後だっけ?となると……全員入れるまで1か月はかかるかな」
アルカディアの施設を建てるのはレベル1の施設を作ってから資金をつぎ込んでアップデートすると言うのがやり方だ。レベルが低い間はそう時間がかからずにアップデートするのだが、高レベルになるにつれてアップデートに時間がかかるからすぐという訳にもいかない。
しかも施設のアップデートを短縮してくれるモンスター達もいないので短縮する事が出来ない。よく聞くドワーフとか、グレムリンと言う工具を持ったウサギ型モンスターが居るのだが彼らが居ればいるほどアップデートの時間短縮に繋がる。
おそらく設定的に腕のいい建築士がいるみたいな扱い何だろうが、そんな地味に便利なモンスター達も現在いないのだから短縮なんてできない。
施設のレベルは10でMAX扱いされるが……1週間でレベルMAXはとても時間が足りない。その代わりに複数の施設を建てればどうにかなるかもしれないが、あまり無駄に土地を消費したくはないんだよな……
『それぐらいがちょうどいいんじゃないかな。終戦するまでそれぐらいの時間は必要だし』
「あれ?思っていたよりも余裕あるな。ノワールならその辺最短で終わらせると思ってたんだけど」
俺が首をかしげるとノワールは少し笑う。ちょっと口元をゆがませたぐらいの笑みで、下品に笑わないのがノワールの最も紳士的なところだ。
『さすがにそれは無理だよ。それに1か月でも十分早い。だいたい1週間ぐらいで停戦させて、その残りの時間で終戦まで持ち込むつもりだから。それに戦争中に引っ越し準備させるわけにもいかないしね。だから今ホワイトフェザーに人を派遣して停戦から終戦まで流れを作っているから大丈夫』
「ブランの時にも思ったがなんでそんなにホワイトフェザーに頼むんだ?こういうのって直接敵国と相談する感じじゃないの?」
個人的にお城の隠し部屋みたいなところで悪い相談をするようなイメージがある。そこで王様同士があーだこーだ小難しい駆け引きとかをしながら有利な条件で休戦させようとするものだとばっかり。
そう思っているとノワールではなくエリザベートが答える。
「それは単にホーリーランドと言う国が大の魔物嫌いだからですわ。魔物に対して強い敵対心を持っています。最初こそこちらも直接話し合いをしようとはしましたが聞く耳を持っていただけませんでしたわ。『魔物の言葉など信じられるか!!』っと文官が伝えてくれました」
『だからこそ彼らも無視できないホワイトフェザーに仲介を頼みながら行動せざる終えなかったんだ。ブランは人間至上主義を掲げているわけじゃないのに、人間が勝手に人類の都合のいいように解釈したんだろうね。人間を守る神と天使に、排除される魔物達ってところかな』
う~ん。こういうのって人間の業とでもいうべき部分なのかもしれないな。
自分が強い力を急に持ったかと思えばそれを利用して天敵を排除しようとする。地球で言うところの銃とかもそう言う類に似た感じだったのかもしれない。
ま、それで草食動物を捕食してくれる肉食動物が減って草木が食い荒らされるなんて自分の首を絞める結果になっているんだから間抜けな話だ。
そう思いながらレディーが淹れてくれた紅茶を飲んでいると何か足音が聞こえる。
何だろうと思って振り返ってみるとそこにはドラゴンの姿をしたブランが居た。
俺が声をかける前にエリザベートが突然警戒態勢になってブランを強く睨む。両手には多分魔力と思われるなんかよく分からない力の様な物が集まっている。
「あれはホワイトフェザーの神!!ノワール様!お下がりください!!今のうちにお戻りください!!」
決死の覚悟と言う感じでブランを見ているので俺はつい何やってるんだと思ってしまう。
ノワールとレディは笑いを必死にこらえて震えているし、ブランに関しては状況が全く分からなくて混乱状態になっている。
ブランはどうするのが正解なのか分からなくて不思議そうな表情のまま俺に聞く。
『パパ、この子何してるの?ずいぶん若い吸血鬼の個体みたいだけど。この子ここにいなかったよね?』
「私はただの吸血鬼ではなくってよ!真祖なのだからノワール様が逃げるまでの時間ぐらいは稼いでみせる!!」
エリザベートの言葉に余計にブランは訳が分からないと言う表情を作る。
その様子がおかしかったのか、とうとうノワールが吹き出して笑い始めた。
それによってエリザベートはようやく自分が何か勘違いしている事に気が付いたのか、あれ?っと言う表情を作る。
「あの……目の前のドラゴンはホリーランドが崇めている神では……」
「その前にノワールの妹なんだけどな。ブラン。ヴラドとカーミラの娘のエリザベートだ」
『へ~。噂には聞いてたけど本当に居たんだ。初めまして、私はブラン・ドラクゥル。ノワールお兄ちゃんの妹だよ』
「そ、そうなのですか!?」
どうやら本当に知らなかったらしい。エリザベートは驚きの表情を隠せずにノワールとレディーの顔を何度も見る。
そう言えばブランはどうしてここに居るんだろう?
「ブラン。お前がここに来るなんて珍しいな」
『大きな力を感じたからもしかしてって思って来てみたの。そしたらノワールお兄ちゃんが帰って来てたから丁度良かった』
「丁度いい?」
『うん。ノワールお兄ちゃん。休戦と終戦の話まとまったよ』
『そうか。教えてくれてありがとうブラン』
『詳しい話はまた後で伝わると思うけど、ホーリーランドの人達を無理矢理黙らせておいたからちょっと時間はかかるかな?終戦まで大体1か月ちょっとはかかるよ。でも休戦は直ぐにさせるって』
『思っていたよりも向こうの動きが速いな。どうした?』
『そっちの人間牧場の人達を運んだりするのに苦戦してたみたいだよ。本当に何もできないらしいし』
『当然家畜だからね。他の人間の様にするのは相当時間がかかるだろうね』
ノワールが含みのある笑い方をして悪役っぽい。
人間牧場の人達って俺達とどう違うんだ?詳しい内容は知らないから何が違うのかよく知らんけど。
『さて。休戦に入り引っ越す準備をする時間は早速できた。エリザベート』
「はい」
『アルカディアに帰る吸血鬼たちにこの事を伝えて欲しい。そして父さんと一緒に帰る者は荷物をまとめる様に言っておいてくれ』
「承知しました」
『それじゃ父さんは家の方をよろしく』
「分かってるよ。1か月だとギリギリだからすぐに作業に取り掛かる」
「では私は残ってお父様の手伝いをします。エリザベートさまはこのことをヴラド様とカーミラ様にお伝えください」
「分かったわよ。それではお先に失礼いたします」
そう言って先にエリザベートが帰って行った。
それじゃ俺達も行動を開始するか!




