洞窟の門番
歩いてすぐ真っ暗になり、メルトちゃんが作ってくれた光の魔法だけを頼りに洞窟の中を俺達は歩いていく。
ライナさんが言うにはかなり広くて複雑な洞窟の様だが風魔法の索敵のおかげで迷ったりはしていない。
今のところ現れるのは天井に居たコウモリぐらいの物で特に脅威的な存在が現れたりはしていない。ここに俺の子供がいると聞いているが、ある程度の予想は出来ても本当の俺の予想通りにその子供が現れるかどうか分からない。なので俺も慎重に行動する。
そうして移動している間にライナさんがふと警戒を強めた。
「待って下さい。何かこちらに来ます」
「魔物か」
そう言って警戒を強めるアレクさん達。
武器を構えて何が来てもいい様に構える。
「そこまでは分かりません。おそらく動物の類だと思いますが……流石に形しか分からないので動物か魔物か判別する事は出来ません」
どうやら分かるのは形だけらしい。まぁソナーの真似事だと思うと仕方がないか。
どっかのチートスキルとかで相手の種族やスキルなども分かる鑑定系のスキルがあるならともかく、そうではない普通にこの世界の住人なのだから当然か。
「それってどんな形ですか?」
俺がそう聞くとライナさんはどこか言い辛そうにする。特に気にしているのは……ディースさんの事か?ちらちらとディースさんの事を見ている。
それでも言わなくてはならない事と判断したのか遠慮しながら答えた。
「形状から察するに、蛇の類だと思われます」
そうライナさんが言った直後、ディースさんが分かりやすく身体を震わせた。
それを見た俺は直ぐに察した。
「もしかしてディースさんって……」
「大の蛇嫌いだ」
アレクさんが肯定した。
うん。そう言う表情してたからそう思った。
そして一応他の事も聞いてみる。
「ちなみにトカゲとかは?」
「その類もダメだ。基本的に魚以外の鱗のある動物が気持ち悪いらしい。だからトカゲもヤモリも苦手だそうだ」
な~んで女って爬虫類系ダメなのが多いんだろう?個人的にはカッコいいと思ってるんだけどな。ついでにヤモリって両生類じゃなかったけ?
そう思うとメルトちゃんは大丈夫なのかに気なって視線を動かすと、メルトちゃんは大丈夫そうだ。うちの母親も爬虫類ダメって事はなかったし、やっぱ個人差があるもんだな。
そう思っている間もライナさんは報告を怠らない。
「こちらに近付いて来ていますね。避けますか?」
「避けましょう!よく見えない洞窟の中での戦闘は非常に危険です!引き返しましょう!!」
「ディースは少し興奮気味だから他のメンバーはどうよ?ちなみに数はどうなんだライナ?」
「1匹だけです。蛇は単体行動が多いですが……1匹だけなら大丈夫ではないかと。それに小さい方です」
「それなら蛇を避けて進めばいい。1匹だけなら普通に避ければいいだけ。運が良ければただの蛇かもしれない」
「それじゃ最後にドラクゥルさんはどう思う」
最後にアレクさんが俺に聞いてきた。
俺としては確認したいと言うところが正直なところだ。
蛇系のモンスターは特に寿命が長く、寿命があるモンスターの中では最も寿命が長い。それに俺が想定している子がこの洞窟の番人をしていると仮定するのであれば寿命は存在しない。
もしかすると今近付いて来ている蛇はその子の子孫かも知れない。そう思うと確認してからでも問題ないのではないかと俺は考えている。
「俺はその蛇を確認してから行動したいと思っています。もしかしたらここで門番をしているのは蛇系のうちの子かも知れませんし」
そう言うとディースさんが大きく肩がはねたかと思うとそのまま震え始める。
「その、ド、ドラクゥルさん?仮にドラクゥルさんが予想し、している魔物だった場合……お、大きさなどはどうなっているでしょう……」
「大きさだけなら5メートル以上は確実ですね。仮に進化していた場合は……10メートルは確実かと」
元々あの子はかなりの大型だった。大食漢ではあるが1度食事をするとしばらく食事をしなくてもいいと言う変わった体質で、ほとんどを洞窟ですごしている大人しい子だ。
それでも最低5メートル以上の大蛇を予想したのか、ディースさんの魂が抜けかかっている。
その話を聞いたアレクさん達は違った反応をする。
「やっぱりこの洞窟もドラクゥルさんがいる事が前提の道って事だな。戦争に巻き込まれず、安全な道と言ってもやはりそれだけ強い魔物が待ち構えているのは当然か。それじゃまた今度来るとき同じ道を行くのは難しそうだ」
「さらに言うとこの洞窟で他の魔物が襲ってこないと言うのも奇妙に感じていましたから。普通街道から外れたら魔物に襲われるはずですよ」
「ん。スレイプニルに乗っていたとしても異常」
どうやらここに来るまで安全過ぎたと言う点で違和感を感じていたらしい。
国を守るっていう意味では間違っていないのかもしれないけど、徹底し過ぎではありませんかねノワールさん。あいつ完璧主義者なのは知ってるけど、ここまで徹底していたとは……それにしてもホーリーランドの連中瞬殺してないけど。
「それじゃ今回はドラクゥルさんの案を採用する。その向かってきている蛇の様子を確認してから行動しよう」
っと言う事になりディースさんがガクガクと震えているのはご愛敬。そんなに蛇はダメですか。
なんて思いながら少し待っているととても小さな蛇が現れた。見た目に関しては本当に小さいだけの黒い蛇。特徴的な部分はなく、全長が男の手首に回るかどうかというほどの小ささだ。
ライトの魔法のおかげで姿ははっきりと見る事が出来ているが、俺はここまで小さな蛇型モンスターを知らない。でも形から察すると……ゾンビバイパーか?猛毒の蛇だ。
噛まれると獲物を傷口から腐敗させる効果があるCランクモンスター。普通に能力は凶悪だがこれでCランクなのだからパワーインフレにもほどがあるよな。
なんて思いながらも蛇は俺の事を確認すると大人しく俺の傍に来た。
俺はそっと右手を地面につけて招くようにすると蛇は俺の手首に巻き付いた。予想通りこの子は敵ではないらしい。
「大丈夫そうです」
俺はそう言って右手首を見せるとほっとしたように息を吐き出す。ディースさんは俺を信じられない物を見るようにしているが、気にしない事にする。
そう思っていると蛇が舌先で俺の事を突っつく。どうやらこの先を案内してくれるようだ。
「この子がこの先を案内してくれるようです。安全なようなので俺が先頭でもいいですか?」
「その方がこの洞窟にいる魔物も攻撃してこないだろう。だがあまり無茶はしないでくれ。俺達は護衛なんだから」
「分かってます。ちゃんと頼りにさせていただいてますよ」
そう言ってから俺達は再び洞窟の奥に向かう。
ダンジョン系のゲームだったら最下層に向かっている感じなんだろうが……うちの子が管理している場所だと思うと特に不気味に感じたりはしない。
足元が見えにくいと言う不便さはあるが、順調と言える。
そして右手に巻き付いてくれている子が舌先で間違った道を行こうとすると止めてくれる。正しいときは舌で1回突き、間違いの時は2回以上俺の右手を突っつく。
何度も分岐した洞窟の中を進むときに助かった。
そしてどんどん奥に向かっていくにつれて生物の気配が強くなっていく。そして何かが這うような音も聞こえてくる。
その正体は奥にいるあの子の眷属たちだろう。その事を予想できているからか、ディースさんはさっきからメルトちゃんにしがみついてプルプルと震え続けている。
しかもライトの魔法で蛇たちの目が反射しているからか、真っ赤な目がこちらを見ていると言うのはかなり恐怖心をあおってくる。しかもその数が前に進めば進むほど増えていくのだから余計に怖い。事情を知らない奴だったらとっくに引き返しているだろう。
そして進んでいる間におそらく最奥だと思われる場所に到達した。
その光景は……圧巻と言うべきだろう。
それは何か神々しい光景があるとかそう言ういい意味ではない。単純に怖いのだ。
足元、壁、天井までびっしりと赤い目がこちらを向いている。しかも足元の蛇は重なり合っているからか、常にうごめき合いながら場所の奪い合いをしている。
前に蛇の交尾の時にボールのようになっていると言う動画を見た事があるが、それが数千、数万単位で行われているようだ。
しかも俺に興味のある子達なのか、時々変温動物によくある冷たい感じが俺の足首に触れる。ひんやりとした体温はこの洞窟に居て大丈夫なのかと少し不安になる。
変温動物は言ってしまえば自身の体温を安定させるのがとても下手だ。熱くなったら水にもぐったり、逆に冷えすぎると日向ぼっこで何時間と体を温めなければならない。
この環境はあまりこの子達にとって良くない物だと俺は思う。
これだけ奥の方に閉じこもっていると日差しを浴びて体温を上昇させる事が出来そうにない。
ちなみに俺以外のポラリスのメンバーはこの光景を見て恐れていた。
アレクさんは単にこの数に圧倒されているようだし、ライナさんは風の魔法でどれだけの蛇がいるのか既に分かっているようだし、メルトちゃんに関してはさすがにこの数の蛇が固まっているところを見るのは気持ち悪そうにしている。
最後にディースさんは顔色が真っ白になっていた。反射する赤い目を見るだけでどんどん口数が減っていったし、メルトちゃんに抱き着いて必死に耐えていたようだが……完全に魂が抜け出てしまっている。と言うか本当にマンガとかで見るような口から魂が飛び出しているように見えるんですけど!?それって現実では起きない現象だよね!!
『ノワール達から聞いてたよ。父さん、僕の事分かる?』
そう直接頭の中に声が響いた。
どの方向から声をかけられたのか分からないし、この暗闇の中でどの蛇が俺に声をかけてきたのか分かり様がない。
でも何となく、俺は声をかけられたと思う方向に顔を向ける。
そこには特に巨大な蛇のシルエットがおそらくとぐろを巻いた状態でこちらを眺めている。暗すぎて輪郭も何となく分かると言う感じだが、光に反射して赤く光るその眼は確かに俺を見ていた。
その綺麗な赤い瞳に俺は手を広げながら言う。
「久しぶりだな、ドクター。2000年も待たせてごめんな」
この巨大な蛇の名前はドクター。種族はピオーズと言う。
蛇形モンスターの最上級でSSランク。
ゲーム中のドクターは顔だけでも2メートル以上あったが、この世界のドクターは俺が知っている時よりも非常に大きい。全長は……凄いな。50メートルを超えているじゃないか。俺が知っているのはせいぜい20~30メートル程だったのに。
これもゲームという枠組みから飛び出した影響なのだろうか。成長に限界と言う物がなくなったのかも知れない。
ドクターはそっと顔だけを動かして俺の事を二股の舌で俺の位置を正確にとらえると、俺の前に顔を見せてくれた。だから俺は再会を喜んで抱き締める。
俺も人間の中ではそれなりに大きい方だが、ドクターには流石に負ける。ドクターを抱きしめると言ってもドクターの顎の部分に身体をくっつけている様にしか見えないだろう。
それでもドクターの声はどこか嬉しそうに話す。
『本当に久しぶりだね、父さん。待っている間にこんなに家族が増えちゃったよ』
「この子達はみんなお前の子供達か?」
『うん。2000年間待っている間に子供を作って育ててる間に自然とこうなっちゃった。流石に自分でも増やし過ぎたかなって思ってる』
「でもこの様子を見る限り孫とかも居そうだな。子孫繁栄は良い事だ。うんうん」
まぁこの数の子供達を全員ちゃんと育てる事が出来るかーっと聞かれると自信ないけど。それでもやっぱり家族は多い方がいいと思う。
『それじゃ早速パープルスモックまで送るよ。そこの4人も一緒でいいんだよね?』
「ああ。俺の護衛をしてくれているポラリスのみなさんだ。それにしても送るって?てっきりこの洞窟を通り抜けた先にパープルスモックがあるんだと思ってたんだけど」
『正確には僕がとぐろを巻いている中心に移動用の魔方陣があるからそれでパープルスモックの首都の近くに行けるんだよ。だからここはただの行き止まり』
…………やっぱノワールの奴、素直には進ませてくれないか。
もし情報が洩れても決していけない様にしていると言う感じか。門番にドクターを置いているだけでも過剰戦力と言えるのに、さらに魔方陣でしか移動できないとなると何かしらの制限がかかっているかもしれないな。
俺はドクターの子孫たちが開けてくれた道を真っ直ぐ進む。その後ろに慌てて追いかけるポラリスのみなさん。特にメルトちゃんは半分気絶している様なディースさんを引きずっているのでさらに大変だ。途中でアレクさんとライナさんが2人で抱えていたが、もうこれ死んでない?っと言いたくなるほどに真っ白になっていた。
そしてドクターのとぐろの中心に来ると、確かに魔方陣があった。大体大人5人ぐらいがキッチリ入れるぐらいの大きさで、余裕を持たせるとなると3人ぐらいがちょうどいいかも知れない。
そしてドクターは言う。
『この魔方陣で召喚された場所から南に500メートル離れた所に首都はあるよ。それからノワールの入国手続きはもってるよね?』
「当然持ってる」
『それなら大丈夫。持ってないのに行くと人間だと大変な事になるから』
その言葉にびくりと身体を震わせて気絶したディースさん以外のポラリスメンバーが反応したが、おそらく人間牧場の家畜にされるという意味だろう。文字通り人間を家畜にすると言う扱いらしいが……マジで人間じゃなかったら普通の畜産と変わらない扱いだもんな。
俺だったら普通に嫌だ。
それと何もできないと言う所に少し疑問が引っ掛かる。何もできないってどういう意味だろう。
「あ、そうだ。転移する前にお前達全員アルカディアに行ける様にしておくよ。いつでも好きな時に帰ってきな」
『それは嬉しいな。僕はここを守る必要があるからあまり帰れないかも知れないけど、子供達はそろそろのびのびとしたところに引っ越してあげたかったからね』
「前に住んでいたところと同じ場所だけど問題ないか?」
『うん。すぐに日向ぼっこも出来るしね。良い土地だよ』
俺がメニューでこの一帯に居るドクターとその子供達にアルカディアに行けるように許可を出した。
これでドクターとその家族はアルカディアにいつでも来られる。これでまたアルカディアが以前の賑わいを取り戻すかと思うと俺も嬉しい。
そう思っているとドクターの目が光り、魔方陣もドクターの目と同じ赤い光を放ち始める。
『それじゃ転送させるよ。次はアルカディアで会おうね、父さん』
「ああ。一緒にのびのびと日向ぼっこでもしよう」
こうして俺達はパープルスモックの首都に向かうのだった。
種族 ピオーズ
名前 ドクター・ドラクゥル
SSランク
ありとあらゆる毒を使いこなす事が出来る蛇型モンスター。牙の毒腺から毒を注入するだけではなく、噴射させる事で直接毒をかけたり、霧状に噴出する事も出来る。
体内の毒を操作する事で好きな種類に変える事が出来る。これにより麻薬に近い毒を生産する事で他の生物を支配する事も出来る。
補足
ドクター・ドラクゥルは以前に自身の能力である毒を嫌っていた時期があったが親のドラクゥルによって悩みを解決された。
『薬が毒になるなら毒から薬を作ればいいじゃん』っと言う言葉からラファエルの様な医療に関係する存在と親しくなる。アルカディアではドクターは薬屋さんと言われる事もたまにある。
性格は穏やかで趣味は日向ぼっこ。




