スレイプニルで移動中
スレイプニルの背に乗って駆け抜けてもらう感じはバイクに乗った感じなので風が吹き抜ける感覚がとても心地いい。
しかも空を飛んでいるので周りの光景を楽しむ事も出来るし、前の世界では絶対に出来ない事なので今しか出来ない体験とも言える。
俺は手綱に余裕を持たせ、スレイプニルの好きに走らせる。もし疲れてきたら伝えてくれるだろうし、最初から無理はしなくていいと言ってある。確かに急いでいる気持ちはあるが、だからと言っても無理をしてでもと言う程ではない。
それに上空に居るのは普通の鳥ばかりで脅威となるモンスターの影はない。やはり鳥系のモンスターはベールの所に居るのかも知れない。
ちなみにベールとはブランやノワールと同じSSSランクのモンスターだ。木々と大地を司る最も温厚な娘であり、大抵の事では動じない。悪い部分を言うとすれば……寝てばっかりな所か。のんびりした性格だからか、1日の大半を寝て過ごす。でも魔法の様な物で野菜系の収穫物全体に良い影響を与えるから出来るだけ早く迎えに行きたい所だ。
そう思いながら空を駆ける事数時間、俺の腹が鳴った。
俺は少し周りを見渡してから丁度いい休憩場所がないか調べてみる。すると森の中に十円禿げの様に木々がない部分を見付けた。
俺は後ろを振り向いてポラリスのメンバーに声をかける。
風でうるさいだろうから少し大きめの声だ。
「丁度いい休憩場所を見付けたので休憩しませんか!」
そう声をかけると全員が首が取れてしまうのではないかと思う程に首を上下に振った。
そんなに長時間走っていただろうか?それとも馬の旅と言う物はもっと小刻みにと言うか、休憩を多くとる物だったのだろうか?
馬に乗って旅をすると言うのは経験があまりない。確かに前にホワイトフェザーに向かった時は細かく休憩を挟んでいたような気がするが、その時の冒険者達に聞いたところ、それは馬車を引いているからだと言っていた気がするのだが……普通に馬に乗っていても変わらなかったのかも知れない。
「休憩いれるぞ。そこの木のない所に降りてくれ」
俺はスレイプニルにその森が禿げた様な所に行ってもらうよう頼んだ。俺に乗馬の経験なんてないから口に出して頼むしかない。
スレイプニルは1度鳴き声をあげたかと思うとその禿げた部分に向かって少しずつ速度を落としながら回るように降りる。
その時に後ろから悲鳴が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。スレイプニルたちの動きは乗っている者に合わせる様にしているし、そんなに怖くないはずだ。
そんな森のハゲ部分にスレイプニルたちは何の衝撃もなく自然と降り立つ。俺もスレイプニルから降りてねぎらいながら首を優しく撫でるとくすぐったそうにアルカディアに戻って行った。
他の子達も同じようにアルカディアに帰るのかと思っていると、ポラリスのメンバー全員がぐったりとした様子で、スレイプニルたちに乗っているというよりは乗っけられていると言う感じの方がする。
「えっと、大丈夫ですか?」
流石に馬に乗って酔った……て事はないよな?冒険者だと馬に乗るのは必須のスキルだと聞いているし、馬に乗っていくと言った時に誰も酔うとかそう言う話は聞いた事がない。
「あの、本当に大丈夫ですか?」
俺がそう聞くとアレクさんが落っこちる様にズルズルとスレイプニルから降りた。その顔はとても青く、見るからに気分が良くない事が分かった。
「ちょ!?本当に大丈夫ですか!!これ冷たい水です、飲めますか」
そう聞きながらアレクさんに水を手渡すとアレクさんはちびちびと水を飲みながら少しずつ顔色が直っていく。
他のメンバーも似た様な感じで、1番酷かったのはアレクさんだったがかなり消耗してる。
そんなに長時間移動きつかったかな。
そんな感じでしばらく回復するまで待っていると、1番最初に回復したディースさんが俺に言う。
「あの、最初から飛んでいくつもりだったんですか……」
「ん?そりゃその方が早いと思っていたんですけど……ダメでした?」
「ダメですよ……空を飛ぶなんて怖いですし、あんなに速いし、落ちないようにしがみ付くので精一杯でしたよ……」
そんなに速かっただろうか?
あくまでもこれは俺の体感なので何の基準にもならないかも知れないが、原付で60キロ出している様な感じだった気がする。
それに空の上だからこそ障害物もないし、邪魔をしてくるモンスターの類も現れていない。むしろ風が気持ちいぐらいだったのだが……
「ああ……地面だ。こんなに地面の上に居る事を嬉しく思った事はない……」
「いきなり空を飛んだ時は……死ぬかと思いました」
「着地の時も。落ちるんじゃないかと心配した」
……そんなに怖かったんだ…………
アレクさんは地面に四つん這いになって喜びを踏みしめているし、ライナさんはまだ膝が笑っている、メルトちゃんは体育座りで小さくなっている。
多分ディースさんが1番ダメージが少なかったのはスレイプニルだから空を飛ぶんじゃないかと予想していたからではないだろうか。で、予想は大当たりで実際に飛んだと。
それにしても俺にダメージが少ないのはどうしてだろう?
ただ単に飛行機に乗った事がある経験があるから?それとも事前にアルカディアで乗っていたから?
まぁいいか。
原因究明よりも4人を休ませるほうが先だ。ディースさんだって他の3人よりマシと言うだけで疲れ切っているのは間違いないし、午後の旅のために英気を回復してもらわないといけない。
俺はメニューからキャンプ道具一式を取り出す。木でできたテーブルに人1人が座れる丸太状の椅子を5つ取り出す。
それからテーブルには事前にガブリエルが作ってくれていた弁当だ。学校の運動会で作るような大きな弁当箱だ。中身は定番の唐揚げや卵焼き、おにぎりにサンドイッチなど色々と好きな物を詰め込んだような弁当だ。
これをテーブルの上に並べ、さらにジュースも並べていく。もちろんジュースは甘ったるい物ではなくスッキリする爽やかな味の物だ。疲れた時に甘ったるい物って食いたくないよな。
「とりあえず飯にしましょう。飯食って体力付けないとこの先大変ですよ」
「大変なのはしがみついてる時だけどな」
アレクさんがそう言うが俺は気にしない。
俺は普通に食っていたが、みなさんは最初は少しずつ食べていたが今はガツガツと食べている。そんなに腹が減っていたのならもう少し早く休憩を入れるべきだったかもしれない。
そう思いながら弁当を食べているときに聞いてみる。
「ちなみにこの午前中にどれぐらい進みましたかね?」
「普通に馬に乗って歩くよりはかなり早いペースです。(もぐもぐ)何せ空を飛んで、(ごくん)まっすぐ進んでますから」
「かなり早い。卵甘い」
「俺はパープルスモックの近くまで行ったことがあるが(ぼりぼり)もっと時間がかかったし、(ぐびぐび)ぷは~。山だの川だのを避けている間にさらに時間がかかったからな。かなりのハイペースと言っていい」
「この調子だと1か月なんてかかりませんよ。首都でもこのペースだと1週間かかるかどうかというところでしょうか。(もぐもぐ)」
俺以外弁当を食べながらそう答える。
ちなみにライナさんはバランスよく食べ、メルトちゃんは現在甘めに作った卵焼きを食べ、アレクさんは肉系を中心に食べ、ディースさんはまだ体調がよくなっていないのか少しずつ食べる。
それにしてもスレイプニルの足でも首都まで1週間か。やっぱりほかの国に行くっていうのは長旅なんだな。現代っ子の俺にとっては飛行機で数時間と言う言葉のせいであまり距離なんてないように感じる。
だがこの世界は車も新幹線もないのだから当然なのだ。馬車だった場合はさらに時間がかかると聞くし、下手すると馬車よりも歩いて行った方が早い場合もあると言う。
乗り物使ってるのに遅いってどういうこと?便利に速く行くために乗り物って存在してるんじゃないの??
「やっぱりスレイプニルの足は速いって事か。戦争の事もありますし、もう少しとばし――」
「「「「それだけは止めよう。絶対にやめておこう」」」」
………………ポラリスメンバー全員ですか。
俺はもういっその事正面から聞いてみる。
「スレイプニルに乗って動くのそんなに怖いですか?俺は風が気持ちいいぐらいだったんですけど」
「無理無理無理無理!!別に高い所が怖いと言う事はないが、あの飛ぶ瞬間と着地する瞬間が特に苦手だ。何だよあのふわっと浮くとき満たない感覚。しかも落ちたら確実に死ぬ高さを飛んでるんだぞ、怖くない訳がない」
「私も弓を使う物としてたまに木の上から魔物を狙う事はありますが、あの高さは未経験です。山の上から弓で魔物を狙うのとは話が違います」
「風魔法で吹き飛ばされた時を思い出した」
「とにかく必死でした。落ちない様にと必死にしがみついていたことしか覚えていません」
どうやらこの世界の人に空を飛ぶと言うのはまだまだ先の話のようだ。まずはその空を飛ぶ快感を知ってもらわないといけないのかもしれない。
ペガサスとかってほかの地域にもいるのかな?
だが現実は無情なので昼飯を食べて少し休憩した後、また4人の悲鳴が響いたのだった。




