ブランの答え
この国の神のお使いとして現れたブランの兄姉である天使達は中庭のお供え物を丁寧に運んでいく。その間ブランは優し気に人間達を眺めている。
天使達が全てのお供え物を持ってどこかに去った後、ブランは咆哮を上げた。
するとブランを中心に何か風の様な物が吹き抜けた。ゲームでは感じる事のできなかったただの設定でしかなったはずの力を使った事を何となく察した。
魔物の楽園は星とその星に住む魔物達を育てるゲームだ。決して戦闘の様な事は起きないが、それでも特別な力やスキルの様な物の設定は図鑑に書かれている。
その中でブランは結界と回復系の魔法に特化していたはずだ。でもその力が本当に使用する事が出来ると言うのは、やはりこの世界に来てしまった事が原因だったのだろうか?
俺が色々と考えていると儀式が終わったからかブランと4人の熾天使がまっすぐ上に飛んでいく。
俺はつい飛んでいくブランたちに手を伸ばすが、当然何の力もない俺の手が届くはずもなく、ブランたちは飛んでいった。
「あなたには確認したい事があります」
ライトさんは優雅にお茶を飲みながら俺に諭すように話す。
俺は振り返り、元の席に戻って残りのアップルパイを食べながら話を聞く。
「私達の先祖がブラン様と盟約を結び、かなりの時間が経過しました。ちなみに100年目と言う言葉は少し違います。100年と言うのはこのホワイトフェザーが大国として数えられてから100年、白夜聖書で書かれている時代から考えると2000年ほど前の頃からの盟約となります」
2000年。
その人間から見ると途方もない時間、彼らは盟約を守ってきた事に対して俺は特に何も感じない。それ以上に感じた事は最低でも2000年もブランたちを放ったらかしにしてしまった事による罪悪感だ。
もちろんこれは俺の意思ではないし、100%あの自称神のせいなのは分かる。
でも事故だろうと何だろうとその間彼らを放ったらかしにしていた事実は変わらない。特にブランなんて寂しがり屋なんだ。きっと俺がいない事で寂しいと泣き続けたに違いない。
そう考えただけで俺は自分自身を許せなくなる。強く握る拳から爪が掌に食い込み、血が流れる。
「ドラクゥル様の事を神の父として歓迎している者の方が多いですが、当然このまま神を神の世界、アルカディアと言う所に帰ってしまわれるのではないかと危惧している者も少なくありません。いえ、きっと私を含むすべての幹部たちはそう思っているでしょう。神と共に歩んできた事こそが普通の我らから、神が遠いどこかに離れてしまうのではないかと危惧しております。ですのでブラン様の父君にお聞きします。あなたはブラン様をどうするおつもりですか」
………………
どう答えるべきなのか全く分からない。
個人の感情としてはもちろんブランたちをファームに帰ってきて欲しいと思っている。だがそうなるとこの国を1つ根底から破壊し尽くす事にも繋がってしまう。
当然出来るだけ平和的な関係で居たいと思っているし、今までブランたちと一緒に居てくれた人達に感謝しているから手荒な事はしたくない。まぁ俺に暴力的な解決なんて出来ないけど。
ライトさんは俺の言葉を待っている。おそらく料理を運んでくれたシスターさん達も同じように俺の言葉は何か待っているだろう。
でもこれは俺1人で決められるものではない。ブランたちを呼んだうえで話し合わないといけない事だ。
だから俺はライトさんに向かって言う。
「確かに俺の目的はブランたちを家に連れて帰る事だ。それだけは譲れない」
「ではブラン様達をこの国から引き離すと」
「引き離すなんて言い方は止めてくれ。俺だってブランたちが寂しい思いをしている間に、その寂しさを埋めてくれたライトさん達の事を感謝してる。ライトさん達の気持ちを無視して連れて帰るつもりもない」
そう言うと周りのシスターさん達からホッとするような音が聞こえた。
しかしライトさんは依然として権力者の顔をしながら真剣に、一字一句聞き逃さない様に俺を睨みつける様に見る。
「ですが連れて帰るのですよね」
「そうだな。俺だってブラン達には必ず帰ってくるべき場所は俺の所だと信じているからな。子供が親元に帰ってくる事は自然だろ」
「もう既に独り立ちをして帰ってこない可能性もありますが」
「その時は……寂しいけど受け入れるしかない。でもそれは本人の口から聞くべき事だろ。周りの人がそう言ったからと言って納得は出来ないし、本人の口から聞くまで俺は信じるつもりもない」
そんなにらみ合いを続けているとライトさんが何かに気が付いた。
何に気が付いたんだろうと思い、振り返ってみるとそこにはハクがこちらをうかがっていた。その様子は完全に子供が親の話を聞いてどうすればいいのか分からないっと言う表情だ。
俺はハクを手招きしながら言う。
「ハク、おいで」
そう言うとハクは気まずそうにしながらも俺の方に来る。
俺は近くに来たハクを抱きかかえ、俺の膝の上に座らせた。
「どのあたりから聞いてた?」
「えっと……多分最後の方」
「そうか。それでハク、いやブランはどうしたい?」
俺はブランにそう聞くとブランは驚いた表情を作った。
ブランの驚いた表情におかしくてつい笑ってしまう。
「なんだよ。父親の俺が可愛い娘の事が分からない薄情者だと思ってたか?」
「だって、最初から分かってたわけじゃないでしょ?」
「そりゃね。俺はドラゴンの姿しか知らなかったし、女の子の姿になったのを見たのは今回が初めてだ。でもその綺麗な青い瞳と優しい顔を間違えるはずがない。まぁ確信はなかったから、もしかしたら他人の空似がもしれないとも思ってたけど」
一発でブランだと分からなかったところはたぶん減点だろうな。
そう思っていたがブランはさっきよりも深く俺に腰かけて、安心したように背中を任せた。
その表情はまるで温かい布団の中で寝ているような穏やかな顔に見える。
「そっか……パパ分かってくれてたんだ……」
「すぐに分かんなくてごめんな。人の姿になれるなんて思ってもみなかった」
「それは……私もこっちに来てから初めてできたから仕方ないよ。それでパパとライトはやっぱりブランの事話してたの?」
「ああ。ブランはどうしたい?この国に残るか、それとも俺の所に帰って来るか」
この重要な話に俺はブランに任せた。
任せたと言うと聞こえはいいかもしれないが、結局は逃げだ。自分1人でブランの今後決めるのが怖いから、ブランを無理やりファームに戻してこの国の人達に恨まれたくないから。
俺の人生は逃げっぱなしだ。どうしても逃げられない事は多々あるが、逃げられるものなら逃げてきた事の方が多いだろう。
情けないが重要な事をブランに任せて聞くと、ブランは言う。
「ブランは……帰りたい。パパの所に帰りたいよ」
そう言うとライトさんと周りにいるシスターさんたちの表情が曇った。
当然だ。この国の守護神がこの地を離れるとなればどのような事が起こるか分からないからだ。大国の1つとして数えられなくなることも大きな問題だろうが、それ以上にブランと言う守護神が居なくなることで戦争を起こすバカがいないとは言い切れない。
きっと様々なところに影響を起こすだろう。
だがブランの言葉は続く。
「でもライトの事もこの国のみんなの事も放っておけない。ブラン1人でこの国を守って来た訳じゃないけど、それでもパパの所に帰るからってみんなの事を見捨てられない。どうすればいいかな?」
そう最後にブランは相談してきた。
やっぱりこの子は優しいな……そう思っているとライトさんとシスターさん達が涙ぐんでいた。
「ブラン様……ありがたいお言葉……」
さて、娘にそう相談されたのであれば頑張るのが父親の役目だ。
とりあえずぱっと思いついたことやってみる。ブランが俺の前に現れた時から考えていたことだ。
「ブラン。1つ聞きたいがあの結界の魔法みたいなのはどうやってできてるんだ?」
「え?あれは……何となくできるだけだよ。説明するのは難しいけど……腕を自然と動かせるように自然とできるんだよ。本能で使い方がわかるって言えばいいのかな?誰かに教わったわけじゃないよ」
「それで俺のファームまで出入りする事は出来ないか?」
「ん?」
バカな俺に出来る提案はこの程度だ。
「だからブランは俺のファームに住んで、お仕事としてこの国に来ればいい。だからそのためにはファームと行き来できるための方法を見つけ出す必要が……ん?」
そう説明しているときに軽快な短音が鳴った。
これはアルカディアで何らかの通知が来た音だ。施設の改良が終わったときや、畑か木の実が限界まで実って収穫しないといけないと言う時になる音だ。
珍しくまじめは事を放しているときに何だよ。と不快に思いながらもファーム外でメニュー開くの初めてじゃね?と感じながら通知を開くとこんな通知が届いていた。
『個体名ブラン・ドラクゥルにファームの出入りを許可しますか?』
その下にYES/NOの文字が並んでいる。
これは……都合がいいにもほどがあるだろ。とりあえずこれはYES一択だろ。
俺はYESのボタンを押すとブランがびくりと体を震わせた。
「どうしたブラン」
「な、なんだろう。急に何かが入ってきた感じがしたから……」
「今通知が来てブランの意思でファームに出入りできるようにしてみた。実際に出来るかどうか確認してみてくれ」
ブランは半信半疑ながらも掌を人のいない方に向けると俺が開ける穴と同じものが出来た。
それを見て即座に警戒するライトさんとシスターさん達だが、当然何も起こらない。
「パパ!!」
「一応確認してからだ」
多分大丈夫だろうけどブランが開けた穴に顔を突っ込んでみると、そこはブランがファーム内で住んでいた山の頂上だった。
ブランをエレメンタルフェザードラゴンに進化させるために必要な施設の1つだ。ここで天使たちに大切に育てられると言う条件があるのでそのために用意したのである。
でも俺が開いたときはアルカディアの中心だったのにどうして違う場所に繋がったんだろう?
「ここ、ブランたちのお家!!」
「そうだな。ブランと天使たちの神殿だな。これならいつでも行き来できるな」
「うん!!」
久々の我が家に大はしゃぎのブラン。そのままブランは神殿に走ってしまうので俺は慌てて自分で穴をあける。
「ライトさん達も来てください。これなら行き来できそうです」
「この穴?は何なのですか?」
「ブランたちが住んでいた場所に行くための穴です。山の上なんでちょっと寒いかもしれませんが、確認してください」
そう言うとライトさんはシスターさん達を連れて穴をくぐった。
そして驚く。
「な、なんですかこの巨大な神殿は!?」
「ここでブランを育てたんです。本来の姿であるドラゴンの姿で生活できるようになっているのでどうしても大きいんですよ。今さっきブランはこことそちらの世界を行き来できるようになりました。寝るときはこっち、仕事をするときはそっちと言う感じで動けば問題ないんじゃないですかね」
そう提案するとライトさん達はなぜか膝をついた。
やっべ、もしかしてこの標高高すぎたか?
エレメンタルフェザードラゴンに進化させる条件の1つに最大の山の山頂に神殿を築くっていうのがあるからな……俺はゲームのアバターみたいなものだから何ともないけど、生身の人間にはやっぱり厳しかったか。
「さすがブラン様の父君。これほどまでに神聖な場所にお呼びいただきありがとうございます。ここがブラン様が育った神殿」
あ、なんか恍惚とした笑みを浮かべてる。意外と大丈夫っぽい?さすが異世界の人、頑丈だな。
そう思っている間にブランが戻ってきた。
「パパ!お兄ちゃんたちもこっちに呼んでいいんだよね!!」
「当然。こっちに来れるよう同じことするから一旦戻ろうか」
「うん!!」
なんだかブランがものすごく明るくなった。ようやく家に帰れるのだから当然と言えば当然と言えるのかもしれないが。
そしてライトさん達も戻るとライトさんは言った。
「これがちょうどいいでしょうね。ブラン様はお休みされる際にはアルカディアに行くと言う事で」
「それでお願い。パ~パと一緒、パ~パと一緒」
完全に浮かれてるな……
でもまぁ今日はもう暗いし、帰るか。
「それじゃライトさん。このまま今日の所は帰ります」
「分かりました。明日はどういたしますか?」
「明日は天使達に会って同じようにアルカディアと行き来できるようにします。なので明日も来ますね」
「承知しました。ではブラン様、ドラクゥル様。お休みなさいませ」
「おやすみなさい、ライトさん」
「ライトお休み~」
こうして俺はブランを抱っこしてファームに戻った。
明日はブランの事を守ってくれていた天使達をこちらに行き来できるようにして、このアルカディアを全盛期の時のように子供達でいっぱいにするのだ。
この調子で他の子供達も見つけないと。
「ブランはどうする?このまま神殿の方に戻るか?」
「今日はパパと一緒に寝たい。ダメ?」
「……たまにならな」
そう言うとブランは喜んで俺に抱き着いてきた。
さて、他の子達はどこにいるのか探さないとな。




