ロマンチックなモンスター
「ゴブタが癌!?」
アルカディアに帰ってきた俺がお姫様から聞いた話をみんなに話すと、みんな酷く動揺していた。
晩飯を食いながら俺は指示を出す。
「ゴブタの孫を名乗るお姫様の言葉が本当ならそのはずだ。この世界で癌を摘出するだけの技術と機材が整っているとは思えないし、フェーズ5、つまり余命いくばくもない状態と考えるのが妥当だろうな。とりあえずお姫様に万能薬を渡したから少しは進行が遅くなるかも知れないが……出来るだけ早く手術をするべきだろうな。ドクターとラファエルに手術の準備をしてもらう」
「しかしゴブリンロードとは言えかなり老化しているんだろう。手術に耐えられるだけの体力は残っているのか」
「その辺りも診てみないと分からないってのが正直な話だ。年を取り過ぎて手術をしても無駄だとしたら……ゴブタ本人の判断に任せる」
俺が言えたのはそれだけだ。
この言葉にそれぞれが考える中、ブランは俺に聞く。
「パパはゴブタお兄ちゃんの事どうしたい?」
「もちろん助けたい。でも……あいつは今とても大きな家族の父親としてあの帝国に居る。どんな判断をするのか正直分からない」
「帝国になるまで頑張ったんだもんね。しかも時々人間達に攻め込まれたりしたのに」
「2000年間無敗のゴブリン帝国。ゴブタの家は今あそこだ。アルカディアも家だと思っていると思うが……どっちを取るかはゴブタに直接確認しないといけない。ついでにスモックゴースト達はゴブタ達の事を発見できてないのか?」
俺はそれを確認するとノワールは首を横に振った。
「どこにいるかまではおおよその位置が分かっている。片方は現帝王であるゴブオ夫婦の寝室、もう片方の寝室にはゴブコの姿を発見したらしいが、どちらも警備が厳しくスモックゴースト達では侵入する事が出来ない。それなりの結界を張っているからスモックゴースト達が侵入しようとすれば自動的に迎撃されてしまう」
「アサシンスパイダー達は?」
「似た様な感じだ。無理に侵入しようとすれば迎撃されてしまう」
「ゴブタの位置だけは分かってるって事か。この状況をどうにかするためには……やっぱ内側からかな」
「ゴブタの孫娘か」
察しの良いノワールがそういう。
その通りゴブタの孫娘に頼んでゴブタと接触するつもりだ。もしそれがダメそうなら強硬手段だな。
あまり使いたくない手ではあるが、本当に危篤状態だというのであればそれも仕方がない。アサシンスパイダー達のように小さな子供達をメインに動きを拘束してもらうしかない。
「上手くいくのか?相手はかなり幼いのだろう」
「ホブゴブリンの子供を見る事すら初めてだったけどな。でもまぁ早く行動するというのであれば今夜さっそく動くのもいいかもしれない」
「親父の護衛は俺にやらせてくれ。逃げろと言われて逃げたが、今回は逃げなくていいんだろ」
ヨハネが俺の目を見ながら言う。
俺は頷いてヨハネに護衛を依頼した。俺の指示とは言えヨハネがあの指示に納得していたとは思っていない。何かに失敗した訳じゃないが、活躍する機会が欲しいと思っていたんだろう。
「当然。それでどうする、今すぐにでも動くか」
『それは少し待って欲しい。これからゴブタの状態を確認しに行くとしても癌ならそれなりの機材を持って行って向こうで診察する必要がある。癌と一言で言ってもどこにあるのか、転移はしていないか確認しなくてはならない』
「投薬による治療も可能かどうか見ないと分かりません。体力などが低下して投薬治療が難しいとすれば、また別の方法を模索しないといけません」
ドクターとラファエルが言う。
やはり治療の準備は必要か。急ぎたい気持ちはあるがそれで治療できない状況になってしまえば意味がない。
「どれぐらいで準備できそうだ」
「簡易的な診察をするつもりですのであまり時間はいりません。明日の夜には動けます」
「それじゃ動くのは明日の夜だ。それぞれ準備と受け入れ作業を頼む」
こうしてゴブタに会いに行く準備と治療の準備が同時進行されるのだった。
――
朝、檻に戻ってパンが出てくるのを待っていたがいつまで待っても現れない。
まさか昨日の尋問の時に大した事を言わなかったから飯を抜いて体力的、精神的にも追い込もうとしているのだろうか?
どうせパン1つだけだからと、しっかり朝飯を食べてきたから空腹による体力低下や精神的に追い込まれる事はないんだけど。
既にアサシンスパイダー達は動いており、俺今日どうなるんだろうっと思っていると昨日会ったお姫様が泣きながら現れた。
その周りにはジェネラルと魔法が使えるホブゴブリンの兵士。お姫様と一緒に現れるとは思っていなかった。
「にんっげんさん……お婆様が、お婆様がぁ……」
「今日は尋問じゃなさそうだな。どうかしたか?」
俺がそう聞くとお姫様は言う。
「昨日もらったお薬のおかげでお爺様が少し楽になったと思ったのに、今度はお婆様が倒れちゃったの……だからお薬、もらったお薬飲ませたのに元気にならないの。どうすればお婆様を助けられるのか教えて……」
そうか。やっぱりゴブコもか。
どうやら本当にゴブリンクイーンの生態を知らないらしい。
とてもロマンチックで、悲しいと言える生態を。
俺は出来るだけ穏やかに、目の前のお姫様が寂しがったりしない様に言葉を選びながらゆっくり話す。
「お姫様は人間がゴブリンをどんな風に見ているか知ってるか」
「……?知らない」
「簡単に言うとかなりエッチで下品な魔物だと思われてる。でもお前達は違うだろ?コミュニティーを守るために誰かが嫌がる事をしないし、非常に紳士的な種族だ」
「ありがとう?」
お姫様は不思議そうに言った。
まぁ自分達が当然にしている事を言われて戸惑っているのかも知れない。
とりあえず涙は止まった様だし、ここから慎重に話さないといけない。
「お姫様は将来自分もゴブリンクイーンになりたいって言ってたな」
「うん。お婆様やお母様みたいに大好きな人を支えたい。そして一緒に生きて、一緒に幸せになりたい」
「素敵な夢だな。でもゴブリンクイーンになるには必ずゴブリンキングかゴブリンロードと結婚しないといけない。そこまでは多分分かるだろ?」
「うん。お母様もゴブリンキングであるお父様と結婚したよ。だからクイーンになったって言ってた」
「それじゃゴブリンクイーンになったリスクって物を知ってるか?」
そう聞くとお姫様は後ろにいる2人に顔を向けるが、2人とも知らないと首を横に振る。
「貴様。適当な事を言っているだろう。姫様の御前だぞ」
ジェネラルが言うがこれは事実だ。
ゴブリンクイーンには必ず1つのリスクが付きまとう。
「ゴブリンクイーンの生態はかなり特殊で、ただのゴブリンだったとしても、相手がゴブリンキング、もしくはゴブリンロードと結婚すれば次の日にはゴブリンクイーンになってるんだ。途中の過程をすっ飛ばしていきなり普通のゴブリンの雌がクイーンにまで昇格する。不思議じゃないか?後ろにいる2人は努力して今の職業持ちになったと思うが」
俺がそう聞くと流石にジェネラルも否定できない。
だから俺はゴブリンクイーンの生態を語る。
「ゴブリンクイーンは知能が高いだけでぶっちゃけ他のホブゴブリンと変わらない。そして最大の特徴は結婚したキングかロードの寿命と同じだけ生きる事だけ」
「えっと?よく分かんない」
「お姫様。ゴブリンクイーンは、文字通り夫と一緒に生きて、一緒に死ぬ生態なんだよ。君のお婆様が体調不良を起こしたのは、夫であるゴブタが死にそうだからだ。一緒に死ぬ気なんだよ」
俺がそういうと空気が凍り付いた。
今ゴブリンロードであるゴブタが死にそうになっていて困っている時に、今度はゴブリンクイーンであるゴブ子が一緒に死のうとしていると聞けば動揺するのは無理ない。
1番最初に正気に戻ったのはジェネラルで、怒りを込めて俺に剣先を向けた。
「バカな事を言うな!!ゴブコ様は我らの母!!自ら命を絶つはずがない!!」
「自分で命を絶とうとしているっていうのは間違った表現だ。別に毒を飲んで死ぬわけではなく、自分で剣を突き立てるのでもないんだから自殺とは違う。ゴブリンクイーンは結婚した相手と同じ寿命になり、相手の寿命が尽きたり死んだときは、一緒に死ぬ。ゴブリンクイーンは結婚した相手と命を共有していると言った方が正しい。そうでなきゃ同じタイミングで死んだりする訳ないだろ」
「では、このままではゴブコ様も亡くなられると!?どうすれば助けられる!!」
「ゴブタを助けるしかない。ゴブタが生き残ればゴブコも自然と生き残る。寿命が共有されているから死にそうになっているゴブタの病気を治すしかない」
そういうとジェネラルは悔しそうにかみしめながら、自分ではどうする事も出来ない事に怒っている。
後ろに控えている魔法使いのホブゴブリンも悔しそうに杖を強く握りしめている。
そして最後に、お姫様は懇願しながら俺に向かって手を伸ばした。
「お願い……助けて。お爺様とお婆様を助けて……」
「それじゃこの手枷とか取ってゴブタ達の所に連れて行ってくれないか?まずは状態を見ないと何とも言えねぇ」
「それは……」
ジェネラルが戸惑うように言う。
罪人を皇帝の前に連れて行くというのは抵抗があるだろう。何をされるか分からないし、危険だと思うだろう。
それでもお姫様は言う。
「連れて行きます。彼を解放してください」
「しかし姫様、この男の言葉が――」
「いいから開けなさい!!私達に選択肢はありません!!」
「は、は!!」
お姫様の怒鳴り声に驚いたジェネラルだが、その後は素早く檻と手枷を解いてくれた。
「妙な事はするなよ」
「分かってるって」
さて、遅くなったがゴブタ達に会いに行きますか。




