(02)築50年以上にもなる超ボロアパート
ここでこの物語の主人公である五嶽拓哉(以降「五嶽」と書いていく)の住んでいるアパートについての話をしていこう。このアパートは大手私鉄幹線
の鉄道用地すれすれの場所に位置していて、建てられたのは昭和40年代序盤のいわゆる「高度経済成長期」の真っただ中で、2階建てで各フロアに廊下に面した形で4人家族でも何とかは暮らせるサイズの部屋が5部屋ずつある。今年で建てられてから55年にもなろうとしている超ボロな上に万一、史実上で起こった「2011-03-11」に代表される大地震が起きれば倒壊は間違いない。ただでさえ、目の前の線路を行き交う電車の騒音や振動が激しいのだからこのアパートに住んでいる者にとっては「電車からの振動なのか、それとも地震なのか」の区別もしにくくなってしまっているほどである。
住み心地はというと何せ今年で築55年にもなる超ご老体物件だけに「これはもうさぞかし無理なのでは?」と思う点も意外とリフォームや時には無理な改造を施したりして不満回避を実現させている。一例として、このアパートが建てられた当時の水準では
1・部屋のエアコンはまだない時代である
2・部屋の構成は畳敷きの和室主体である
3・トイレは水洗式とはいえ床に段差の付いたタイプの和式である
4・洗濯機は部屋外の廊下の部屋の入り口付近にある
5・とにかく人が住めればそれでいい仕様である・・・
といった今のアパートの求めているニーズからはまるで異なる「高度経済成長期」にとにかく「人が住めるところが見つかればそれでいい」作りをこのアパートでもしていたのである。それが五嶽が2012年のゴールデンウィーク前から住み始めた頃には当時、築47年だったこのアパートとはいえ部屋が大きなリフォームが施され畳敷きの和室だったところがフローリングを敷いた洋室に衣替えし、エアコンも五嶽の住んでいる部屋では五嶽の入居当初からすでに取り付けられていて、最初の頃の夏場はそのエアコンで涼を取っていたが、しばらくしてそのエアコンは故障し大屋に新しいエアコンを手配してもらい取り換えてもらっている。さらにトイレもこのアパートでも例外なく建てられた当時は和式であったが、これもリフォームによって五嶽が入居した時点ですでに洋式トイレへ改造されている。五嶽がこのアパートへ引っ越してきた当時はまだ数世帯ほどの入居者がいたが、その後になってあまりの建物の古さからその後、徐々にこのアパートからは立て続けに退去者があり、2020年春の今では何と、この物語の主人公である五嶽ともう1人の入居者である20代半ばの会社員の女性しか残っていないという見事に淋しい陣容となってしまっている。
ちなみになぜ、五嶽は今の職場への通勤が楽になるようこの地に引っ越してきた際、なぜこの引っ越してきた当時で築47年にもなる超ボロアパートに住むことになったのかというと、本当だったら五嶽としてはもっと築年数の新しいアパートに住みたかったのであるが、その分、家賃が高くなってしまうことや選んだ場所によっては駅から遠く、電車で駅に着いてもそこからさらに長く歩くなりバスに乗るなりしなかればならず経済面はもちろん、体力面でもしんどく感じたからである。その点、今住んでいるこの超ボロアパートだったら各駅停車しか止まらない駅へであれば歩いても近いし、快速を使いたければ一つ職場に近い方向の駅には快速も止まるから、その駅で快速に乗り換えることで使うことができる。もっとも、その快速が止まる駅へも五嶽の住んでいるアパートからは歩いて行くことはできるがいつも使っている各駅停車しか止まらない駅よりはやや遠く歩く距離も長くなってしまう。ただ、快速も止まる駅だけに利用客も多く五嶽がいつも使っている駅よりも活気のある街であることは確かである。
ここで、五嶽とともにこのアパートに今でも住み残っているもう1人の住人についても紹介をしよう。そのもう1人の住人とは川崎葉月という1993年8月生まれの2020年春現在で26歳の女性会社員で、彼女もまた今勤めている企業へ20歳の時の就職時、やはり通勤に便利でかつ家賃が非常に安い物件を探した結果、2013年の春、この五嶽が住んでいたアパートに入居してきて、この時は入ったアパートの建物が超ボロな物件であったことはどうでもいいことであった。川崎の性格は明るく活発であるが、人淋しがり屋なところも見られる。趣味は五嶽に近く音楽鑑賞、料理、身体を動かすなどといったところ。川崎にも五嶽と同じように今かなり大きな悩みを抱えていて、それは五嶽と同じく「これまで異性に出会える機会がほとんどなかった」という点が共通しているのである。川崎の住んでいる部屋は五嶽の住んでいる部屋のある同じ1階で五嶽とは1部屋開けた位置の部屋で暮らしている。この「1部屋分を開けた位置」に五嶽はまさか川崎という女性会社員が住んでいることを、また、川崎も「2部屋手前の部屋」に五嶽というこの物語の主人公であり、未だに出会いにも恵まれずにいる青年男性が住んでいることはまだお互い気付いていない。