096_失意の革命家6 出国の攻防
翌朝、重たい頭に鞭を振って起きると、一気に睡魔が飛んでいった。
二次会のバーを出て、泥酔した王族たちとテンション高めにバイバイしたのは覚えている。
白虎が泣きながら、離れたくないと言って抱き着いてきたのも覚えている。
バーテンにモーニングコールを頼み、部屋に入って就寝したはずだった。
そのはずだった。
布団を開けると、横には全裸のミイさんがいた。
光の速度で酔いが引いて行き、昨晩の出来事が走馬燈のように頭の中を駆け巡るのをいちいち確認する。
そして気付いた。
何も、間違ってはいない。
私は、やっていない。
自分の記憶によって無罪を確信したラシル。
布団をかけ、ミイを起こす。
肩を掴んで何度か揺さ振ると、眠たそうな顔のミイが意識半分といった様子で起きた。
「ラシル様?」
「おはよう」
「おはようございます」と、まだ眠たそうなミイ。
「後で話がある」
ラシルの切実な、固い物言いに、目を擦るミイ。
「はい、喜んで」
こうしてその日は始まった。
ラシル、ミイ、メルバコル、ナスカにルニエスティ。
生粋のエルフ族以外は、全員エルフに変身している。
泊まっていたことになっている宿屋の部屋の一室。
これからセドゥラモントを出立することになっていた。
5人全員、昨日のお酒は一滴たりとも残っていなかった。
解毒の魔法や術式でアルコールによる酩酊状態は解除済なのだ。
皆、シャキッとした表情を浮かべている。
「我々はエルフ王から呼ばれてきた。外交慣習上、行き帰りの道中でゲストを襲うとは考えられないが、それでも備えておくに越したことはない。常識はこの際捨てるべきだ」
ラシルが出発に先立って発言した。
「このメンバーであれば、対処も可能ですし、なんなら、都市の壊滅と全市民の殺害も可能ですが、目立たないように行動したいと思います。よって、方針は簡単です。逃げるのみ」とミイ。
「了解した。何かあればニボシが妨害してくれるからね」とメルバコル。
ナスカとルニエスティも黙って頷く。
「じゃあ、出発」
朝6時。
セドゥラモントの関所が機能し始める時間だ。
始業時間に合わせて、都市から出ようとするラシル一行。
関所は難なく通り、街道に出た。
「付いてきているか?」
ラシルが念話で話しかける。
「後ろから距離を取って10人ほど。左右に5人ずつ、計20人の尾行です」と同じく念話のミイ。
尾行に気付いても、誰一人緊張した感じがない。
ラシルやミイ、メルバコルにナスカは当たり前だとしても、セシュレーヌでさえ緊張していなかった。
ラシルたちの強さを十分に知ったというのもあるが、どこか吹っ切れたのだろう。
昨日の飲み会のお陰かなとラシルは思った。
「これは多いほうなのか少ないほうなのか」とメルバコル。
「多いほうでしょうね。ギリギリ目立たないよう、でも最大限といったところかしら」とミイ。
「走りますか?」とナスカ。
「まだいいよ」とラシル。
関所を過ぎて1キロメートルほどで尾行者の人数がこれより増えないと確定した。
あとはゆっくりダラダラと歩いて、いつの間にかいなくなる戦法だ。
5キロほど過ぎたあたりで、相手が仕掛けて来た。
右翼にいた5人がスピードを上げて、前に回り込もうとしている。
おそらく前面に出現し、後ろの10人と挟み撃ちにするつもりだろう。
左側面の5人は観測と遊撃を兼ねていると推察される。
非常に凝った作戦だ。
ニボシからの詳細な情報を伝達してきた念話に、ラシルが反応する。
「いやらしいな」
「な、ラシル様、皆の前でそんな……」
ミイが赤面して絶句する。
他の面々も絶句する。
ラシルも絶句した。
「いや、追っ手のエルフの作戦の話だが」とラシル。
はっ! っと何かに気付いたようなミイ。
何事も無かったかのようなすまし顔になって発言した。
「いかがいたしますか?」
「お前のことか?」
「違います!」
ミイが念話ではなく、声を上げた。
メルバコルが怪訝な顔をする。
「ラシル様、失礼いたしました」とミイ。
ラシルは今あった事を全てスルーし、皆にも聞こえるようにニボシに念話で通達した。
「ニボシに通達。森に出現しそうなモンスターを複数召喚。敵の右側面とこちらを襲わせろ」
「承知したでござる」
ニボシが機械的にへ了承の意思を返答。
「こちらにも、ですか?」
ルニエスティが直の会話で話した。
「うん。かき回そうと思う」
そう言ってラシルは微笑んだ。
ニボシの部隊が召喚したモンスターはイノシシだった。
巨大イノシシを計10頭。
6頭をエルフたちに差し向け、4頭をラシルの一行に差し向けた。
急に姿を現したイノシシに混乱する右側面の部隊。
ラシル達もイノシシと遭遇し、突進してくるイノシシを綺麗にかわし、そのまま前方へ離脱した。
ラシル達を追いかけようかと逡巡しているイノシシたち
前に、後方から尾行してきたエルフが姿を見せる。
否応なく交戦となった。
「ニボシ、サンキュー」とラシル。
イノシシはエルフが2対1で戦ってギリギリ勝てるレベルに設定した。
右側面のエルフは潰走。
後ろのエルフは交戦中。
左側面のエルフは他の2部隊の助太刀に行こうか迷うも、ラシル達の追跡を続行した。
「15人脱落。残り5人か」とラシル。
イノシシに襲われた体でいっているため、みんな軽く走っている。
「残りはどうされますか?」とナスカ。
「もうちょっと様子見しよう」
10分ほど走った後、元の歩くペースに戻った。
左側面のエルフは、街道を走っていたラシル達と違い、森林の中を走っているため、若干遅い。
時間が経つ毎に距離が伸びていき、現在ではほぼ背後に位置していた。
少し、休憩したように見せかけて、そのまま走って行こう。
「承知しました」
代表でナスカが言った。
大樹の麓で一行は小休憩を取った。
その間もエルフの追っ手の情報は随時入っている。
潰走した右側面5名は重傷者1名、軽傷3名により、戦線を離脱。
背後から尾行していた10名のエルフも、軽傷者多数により、目的達成困難と諦めたのか、戦闘継続不可になったのか、全員離脱。
残るは当初左側面に展開し、今は真後ろにいる5名の部隊。
ラシルたち方へどんどん距離を詰めてきており、一定の距離になると、停止した。
ラシル一行が小休憩しているのを発見・観測したと思われる。
相手が止まった瞬間に出発。
相手に休息を与えないためだ。
動き出したラシル達を追う尾行者たち。
「戦いますか?」
「いや、ペースを上げよう」
ラシルたちは早歩きで街道を進んだ。
30分ほど歩くと、距離が離れた。
「これは離脱したとみてもいいかもしれませんね」とナスカ。
「他の仲間がいないのを悟って焦っているのでしょう」とミイ。
言う間でもなく、エルフたちは念話を使用できない。
モンスターに襲われ、離脱して潰走した情報は、左側面にいた部隊には分からないだろう。
「念のため、もう少し行く」
もう10分ほど歩くと、残っていた部隊は諦めたようにセドゥラモント方面へと戻り始めた。
「ここでもう十分かな」とラシル。
「はい、よろしいかと存じます」とミイ。
「では帰ろう」
ラシルが転移門を開き、全員が離脱する。
禁城へと戻った。
「お疲れ様~」
「お疲れ様でした」
労いの言葉を掛け合い、各々がそれぞれの持ち場へと戻っていく。
二度寝する人もいるだろう。
ラシルももう一眠りしようと決めた。
部屋に戻ろうとすると、ミイが後ろから付いて来ているのに気付いた。
禁城の中への転移も、そこから部屋へと移動する道のりも、すぐ後ろにミイがいる。
ラシルが角を右に曲がるとミイも右に曲がり、左へ曲がると左へ曲がる。
昔の何とかクエストのゲームのようだ。
現実に同じことをされると、プライベートの無さにぞっとする。
ラシルは心の中で突っ込みつつ、ちょっと怖くなった。
自室の前まで来ると、ラシルは振り返り、笑顔を見せる。
「護衛ありがと。それじゃあ、オヤスミ」
ここまで付いてきたミイの奇行を、無理矢理護衛だと自他共に納得させる作戦だった。
「はい、オヤスミなさいませ」
ミイがにっこり笑ってお辞儀する。
とても可愛い。
今朝のあられも無い姿が頭に浮かんだが、それを振り払う。
作戦成功だ。
ラシルはそう思ってドアを開け、部屋に入ってドアを閉める。
「ふぅ」とため息をつき、寝るために服を脱ごうとすると、ドアが開く音が聞こえた。
ピクリとして背後のドアを見ると、何事も無かったかのようなミイが、自然体でドアを開け、すました顔で部屋に入ってドアを閉めた。
真顔でラシルの隣に来ると、同じように服を脱ぎ始めた。
「ど、どうした?」
「私も二度寝をと思いまして」
あまりにも当然のことを聞いたラシルに、これまたあまりにも当然のように返すミイ。
「そ、そうか」
ラシルは下着姿となり、ベッドに入る。
少し遅れて、同じように下着姿となったミイがベッドに潜り込む。
キングサイズ以上のとても広いベッドなので、2人で寝たとしてもスペースは余りある。
物理的には問題ない。
「ミイさん、僕は少し疲れているんだが」
言外に遠慮してくれというニュアンスを込めたラシル。
「ご安心ください、ラシル様。私も少し疲れております」とミイ。
「一緒ですね」と朗らかに笑ってラシルに抱き着き、腕を回そうとするミイ。
それをかわすラシル。
かわされた腕をまたラシルの体に巻き付けようとするミイ。
それをかわすラシル。
無言の攻防が繰り広げられた。
3分後。
---ミイのやつ、何かの魔法を使ってやがる。ベクトル操作に気流操作、空間魔法に時間魔法だと?
---流石はラシル様、やりますね。私の全力をこうも簡単に。
心の中で焦る2人。
勝負は唐突に終わった。
ラシルがベッドから落ちたのだ。
「ラシル様!」
一大事だとミイが声を上げて、すぐにラシルへ近づく。
ベッドの上からジャンプし、ラシルにまたがって覆いかぶさるような恰好になる。
「大丈夫ですか、ラシル様?」と顔を近づけるミイ。
「大丈夫じゃない。一人で寝たいんだ、ミイ、分かるだろ?」
小さい子を諭すように言うラシル。
「小さいころはよく一緒に寝てくれましたのに」
少しふてくされた顔をするミイ。
「それは昔の話だ」
「私は昔から変わっておりません」
「ミイ、どうした? この世界に来てから変だぞ?」
いや、変なのはこの世界に来る前からだなとラシルは内心で修正した。
「ラシル様こそ。もっと素直になられてもよろしいと思います」
「では素直に言おう。一人で休みたい」
「もう!」
ミイはぷいと顔を背け、ベッドにジャンプすると、背を向けて一人で寝てしまった。
どうしようもなくなったラシルは一人、別の部屋へと向かうことにした。
服を着て、部屋のドアを開けると、女性の神仙がすぐ横に控えていた。
ラシルは別の部屋への案内を頼んだ。
新たに案内された部屋に入り、服を脱ぎ、ベッドに入る。
ようやくリラックスできる一人での就寝。
枕に顔を埋めると、なんだか甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「なんかいい匂いがする……」
呟いたラシルは、そのまま夢の中へと旅立った。
その独り言を遠くで聞いていた者がいた。
ラシルの部屋にいるミイだ。
諜報部門トップのミイ。
盗聴くらい容易い。
ラシルのプライベートと、ラシルの身の安全。
どちらが大事かと聞かれるまでもない。
割合にすると10対0で、ラシルの身の安全だ。
ミイが神仙に言いつけたのは、ラシルが別の部屋を所望した場合、ミイの部屋へと通すことだった。
ミイの寝室はラシルの部屋の次に安全が保障されているからというのが表向きの理由。
本当の理由は言うまでもない。
ラシルが自分の寝たベッドで寝る。
これはミイにとって破壊力が抜群だ。
そして、さっきの無邪気なラシルのセリフ。
思い出すだけで顔が真っ赤になってしまう。
足をバタバタさせて、弛んだ顔をラシルの使っていた枕に顔を埋める。
「ああ、いい匂い……」
そしてまた足をバタバタ。
ミイは永遠にそれを繰り返した。
ラシルは仮眠を取り、起きると11時よりすこし前だった。
食事を取っていなかったが、昨日遅かったせいかまだあまりお腹は空いていない。
それに昼ごはんにしてはまだ早い。
早朝にエルフたちと鬼ごっこして体を動かしたので、レベリングもパス。
1時間だけだとエンジンがかかったところで終了になる。
この空き時間、せっかくだからのんびりお風呂に入ろうとラシルは思った。
禁城自慢の大浴場。
ラシルは温泉が無いとダメな人だった。
現実にいた時も、週に1度はスーパー銭湯へ行ってゆっくりしたものだった。
仕事疲れと人間関係疲れとゲーム疲れ。
湯けむりの中に体を滑りこませ、肩まで湯つかり、手足を伸ばすと極楽浄土なのだ。
脱衣所で服を脱き、こだわりの横引きのドアを開ける。
心地良い水蒸気が体を包む。
ふと湯船を見ると、そこには先客がいた。
セドゥラモントとジョナサンだった。




