094_失意の革命家4 二次会のつづき
ラシルはその後、セドゥラモント卿と木国王の話に付き合った。
木国王も思うところがあるようだったが、セドゥラモント卿の話と、ラシルの話に感激したようで、最早ただの熱いオッサンになっていた。
「儂はラシル様が持ち込んでくれた、この食文化が素晴らしいと思うのです」という木国王。
「それは私も同感だ。あのキッシュは素晴らしいかった」とセドゥラモント卿。
2人の話は料理の話に発展していった。
セドゥラモント卿はエルフの居住地である森では火が使えなくて不便だという話をして、木国王もそれに共感していた。
「儂の娘が今、ラシル様の料理の技術を奪うべく、修行をしているのです」
「ほぅ! それはなんと!」
ラシルは付いて行け無くなり、ジョナサンの方の会話へ入れてもらうことにした。
が、こちらもカオスだった。
深酒してワンワン泣いているジョナサンを抱きかかえるルニエスティ。
抱き寄せて頭を撫でていた。
ジョナサンは酔ってるのか、「お姉ちゃーん」と言っている。
ルニエスティは困った顔をしながらもよしよしと宥めている。
年を取ればアウトだからな、と心の中でジョナサンに釘を刺しておく。
ほとんど素面のルニエスティといくつか会話した。
現状に不満が無いかどうかの確認、足りない物やしたい事などを聞いた。
「ラシル様、私はラシル様に保護していただいて、本当に幸せでごさいます。これ以上の幸せはございません」と真顔で返すルニエスティ。
「お、おぅ」としか返せないラシル。
なにせ、30代はやんちゃ盛りだから。
後はよろしくなと言って、テーブルを移動したラシル。
次は白虎のいるカウンター席へ。
空いているエアノワリスの隣に座った。
「主様ー」と白虎が抱き着こうとするが、エアノワリスがそれを許さない。
グッと首根っこを掴み、白虎を離さない。
ラシルは梅酒のソーダ割を注文し、これを飲んだら次に行こうという決意を固めた。
「それで、なんの話をしていたんだ?」
「ラシル様、この不埒な猫に対して尋問をしていました」と真顔で答えるエアノワリス。
「白虎ちゃんの衣装が可愛いから、その秘密を聞いていたのです」とロメリア。
「主様ー、このオニが……」
何か言いかける白虎。
ガッとエアノワリスが白虎の喉元を掴む。
「ん?」
エアノワリスが白虎の目を見て、僅かに首を傾げて可愛く微笑む。
ゲホッゲホッとむせた白虎は涙目になって、引きつった笑顔を見せた。
「こ、このお姉さま方と楽しくおしゃべりしてました」と白虎が苦々し気に言った。
「そうだね、白虎ちゃん」とロメリアは白虎の頭を撫でる。
どうやら不動の上下関係が確立したようだ。
怖い怖い。
エアノワリスは満面の笑みで、「白虎もラシル様のために、ギルドに貢献したいそうです」と言った。
白虎が涙目で何かを訴えている。
無論、ラシルはそれをスルーした。
梅酒のソーダ割を一気に飲み干し、次のテーブルへ。
背中から聞こえる「主様~」はきっと幻聴だろう。
「オッス」
軽い挨拶と共に乱入したのはレイランのボックス。
レイランとレイリン、それにエザイアとリャンエンがいる。
「ラシル様~」と甘い声でレイランとレイリンが両側から腕に抱き着いてきた。
極楽浄土へ誘うような、むにゅっとした感触。
昇天しかけるも、背後からの鋭い殺気を感じて我に返る。
「楽しんでるか?」
「もちろんですラシル様」とレイリン。
「最近、ラシル様との夕食会が多くて、嬉しく存じます」とレイラン。
「ごめんな、いつも突然で」
「いえ、私たちはラシル様のためだけに存在しているのです」とレイリン。
両方から取られている腕をギューッとされる。
嗚呼、ずっとこのままでいたい。
この世界の魔王になろうかな。
不思議と殺気を感じなかったので後ろを振り返ると、真っ黒な液晶テレビのような目にひびが入ったミイ様が、魔王より怖い何かになっていた。
急いで腕を振りほどき、愛想笑いを浮かべる。
そして話題を変える。
「エザイアさんはどうですか? 慣れました?」
「ええ。とっても。ここは非常に居心地がいいですわ。ずっと暮らしていたいくらい」
エザイアは満足そうに微笑んだ。
「それは良かった」
「食事も最高。温泉も良い。訓練で強くなれる。お友達も増える」
エザイアはウイスキーを傾けているリャンエンの方を見て、にこっと微笑んだ。
「後は恋人でいたらもう天国なのですけれど」
リャンエンは何も気づかないふりをしてウイスキーの水割りのお代わりを注文していた。
おいおい。
この二人は妻子持ちだろう。
危険な匂いがしたので次のテーブルへ。
この部屋にいる中で、恐らく現在最強の女の子のいるカウンターへ。
ミイがわざわざ席を1つ開け、真ん中に滑り込ませてくれた。
ナスカが何をミイに相談していたのか気になったが、野暮なことは止めておいた。
決定的に深刻な悩みであれば、直接相談に来てくれるはずだから。
そう信じることにする。
「最近調子はどうだ?」
何か会話を始めなければと思い、発した言葉がこれ。
調子はどうだと言われても、ミイとはほぼ毎日行動を共にしている。
失敗した。
「あまりよくありません」とミイ。
え、嘘。
これは極めて深刻な問題かもしれない。
「どうした、どっか悪いのか?」
「はい……」
マジか。
ミイは実質のナンバー2。
色々と大事な仕事に関わっている。
倒れられたりしたら、組織に大きな穴が開く。
それだけは回避しなければならない。
こういう時、どういった言葉掛けが正解なのだろう。
これしか思いつかない。
「その、何かできることはないか?」
ミイの目が光った気がした。
「何でもしてくれますか?」
何かおかしいと思いつつも、流れ的にここで言葉を引っ込める訳にはいかないとラシルは思った。
「ああ、俺にできることであれば」
「本当ですね?」
「約束する」
「では、血をください」
ん?
「後で、血をください」
固まっているラシルに畳みかけるようにミイは言った。
「貧血で倒れそうなのです。明日でもいいので、ラシル様の血を分けてください。約束ですよ」
「……わかった」
なんか騙された気がしたラシル。
多分酔っているせいだろう。
気を取り直すことにした。
「ナスカ、今日はご苦労様」
「ありがとうございます。対応はあれでよかったでしょうか」
ナスカはどこか不安げに聞いた。
「うん、よく我慢したと思うよ。最低のクソ野郎だったね」
「はい!」
「あとは多分全面戦争になるけど、頑張ろうな」
ラシルは意識してにっと笑った。
「はい!!」
ナスカが元気よく返事をした。
元気になったナスカといくつか世間話をした。
ずっとナスカとばかり話していたので、ミイが放置気味になった。
気を引こうとしているのか、しきりに服を引っ張ってくるミイ。
遊んでいるのだと思い、それをスルーした。
そのうちに今度は手を握って来た。
ビックリして手を引っ込めようとするが、力が強すぎて無理だった。
一連の事態に驚いてミイを見ると、何事もなかったかのようないつものスマイル。
気付くと今度はナスカが服を引っ張って来ていた。
なんだなんだ。
「酔ってしまいました」
そう言ってしなだれかかって来るミイ。
この状況はどうにもできそうになかったので、急いで離脱。
「他の所にも挨拶してくるから」と言って次のテーブルへ。
背後にミイの恨めしそうな視線を感じる。
一体どうすればいいというのだ。
最後は男ばかりの、少しむさ苦しいボックス席。
日本酒で出来上がっているシュウライ。
顔が茹でタコみたいに真っ赤になっている。
素面のフォリオを相手に、しきりに熱弁を振るっているようだ。
どうやら説教をしているように聞こえたので、ちよっと耳を傾けると、自分の苦労話をしていた。
前王に仕えていた時の話や、戦争で失ったときの苦しみ、そしてレイランに仕えている今の話。
長い間国政を担ってきた人物だけあって、苦労人のようだ。
フォリオは嫌な顔一つせずに熱心に聞いていた。
その態度が火に油を注ぎ、シュウライの話がさらに燃え上がる。
ラシルはオキサイドの隣に腰を降ろした。
こちらも先ほどからメルバコルとオキサイドが2人で酷く熱心に語り合っている。
話しているのはほとんどオキサイドのほうだが、メルバコルもうんうんと感心したように頷いていた。
テーブルの上にはほとんど手を付けられていないツマミと、赤ワインの空いたボトルが2本。
3本目ももうなくなりそうだ。
ラシルの着席に気づいた2人が話を中断する。
「これはこれはラシル様」とオキサイド。
「何を召し上がりますか?」とメルバコル。
「2人の飲んでいるワインを付き合おう」とラシル。
ラシルのグラスと同じボトルを追加でもう一本頼み、3人で乾杯。
「うん、いいワインだ」
「ありがとうございます、ラシル様」とワインの製造責任者メルバコル。
「何の話をしてたんですか?」とラシルはオキサイドに聞いた。
「これからの話です」とオキサイド。
オキサイドはワインを一口すすると、口の中で味わうようにしてから喉の奥へ流し込んだ。
「ラシル様は沢山の物をお持ちだ。強力な軍事力、大量の物資、質の高い料理に代表される、洗練された文化。そしてメルバコル様やミイ様をはじめとして極めて優秀な部下の方々」
「ありがとうございます。そうやって言われると少し恥ずかしいですか」
「それを惜しげもなく私たちに提供してくださる。まるで神様のようだ」
「そんなことはありません」
話がへなんな方向に言っていないだろうかとラシルは思ったが、口を出すのは野暮だ。
「それだけではありません。強大力を手にしていながら、我が水国の前王のように驕り高ぶって圧政を敷くようなこともない」
「それはどうでしょう。ちょこちょこ軍事行動もしていると思うのですが」
「まぁ、それは置いておいて、私はラシル様の素晴らしさがもっと広まればいいと思ってます」
うんうんとメルバコルが横で頷いている。
「研修所にいる我々はラシル様の保有する文化の一端に触れ、その恩恵に預かっていますが、一般の民はまだラシル様の有難みを実感しておりません」
ラシルはワインを口に含んで、オキサイドの次の言葉を待った。
「そこでどうすればもっとラシル様の支配が進むのかをメルバコル様と考えておりました」
「お、おぅ」
そこまで支配はする気はない。
領土を拡大しても、管理する人間を増やしても、そこで得られるメリットはそんなに大きくないと思うからだ。
「ラシル様、オキサイド殿のアイデアは我がギルドの利益と合致しています」
メルバコルがそういうのであれば、聞こうじゃないか。
「まずは、訓練所の増設です」
「増設は一応検討しているが、教師の数の問題もあって……」
「それは大丈夫です。聞けばメルバコル様の配下も相当数いらっしゃるとのこと。ラシル様のギルドメンバーを総動員すれば、それは可能です」
確かに。防衛機能を最低限保持する人員だけを残して、残りを動員すればいい。
レベリングも順調に進んでいるし、そのくらいの余裕はある。
メルバコルのことの悪魔種たちは、レベリングの空き時間を使って、最近はもっぱら料理の腕の向上とワイン生産を行っている。
何かにとりつかれたように熱中している者もいると聞く。
そのお陰で料理のストックは十分すぎるほどあり、消費の目途が立たないくらいだ。
それに質も向上した。
次から次へと新作が出てくる。
多分あれだ。
暇なんだろう。
「でもな、悪魔だぞ? 同じ人間である神仙ならともかく、悪魔が先生になるのはちょっと抵抗があるんじゃないか?」
「多少はあるでしょう。でも問題ないと思います」
「理由は?」
「理由は今晩ラシル様が述べられたとおりです」
ん?
「というと?」
「火国や木国、土国を憎んでいます。風国は悪魔を憎んでおり、白虎帝はエルフに良い感情を持っていません」
「今更ということか?」
「はい。たまたま近い種族同士で固まって共同体や国家を形成しています。それは近い価値観の者と寄り集まって暮らすという観点から、非常に合理的です。しかし、ラシル様は新しい価値観を示されようとしています。その価値観の前では、種族同士で固まり、異種族を排するというメリットは大きく霞んでしまいます」
「みんな仲良くという考え方か? ユートピア論的なものか。オキサイドさんは左寄りの人なのか?」
「ラシル様、それはフランス革命の話ですね!」
懐かしい単語が聞こえてきた。
誰かと思ったらフォリオだった。
「私は前提条件の困難さから、一般的なユートピア論には欠陥があると思いますが、ラシル様の御力があれば、実現は簡単だと思います!」
火が付いたようなフォリオが一気にまくし立てた。
フォリオの趣味は読書。
研修所の図書室で側近たちと一緒に本を読み漁っている。
天国のような生活だと言っていた。
知識の源は西洋史と思想史の本だろうか。
ラシルがフォリオの勢いにたじろいでいると、オキサイドが苦笑して答えた。
「どうでしょうか。私には政治思想は分かりませんが、一つだけ確実なことが言えることがあります。私は商人です」
いつの間にかシュウライとフォリオが話を聞いていた。
オキサイドはなおも続けた。
「商人に必要なのは、商売をする上での前提条件である枠組みです。ルールというべきでしょうか」
「なるほど」
「食料や物資については、ラシル様のお陰で安定供給ができています。輸送も同じく、転移術によって瞬時に移動できます。これはもう商売になりません」
「なんか、すまんな」
ラシルは自分が仕事を奪ってしまったみたいな気持ちになった。
「いえいえ、それは喜ばしいことです」
オキサイドの言葉にラシルは苦笑した。
そしてオキサイドは、極めて真面目な顔で言った。
「ここからが本題です」




