088_3つの来訪者9 マッシュポテトと人道
転移先をどこにするか悩んだラシルは、結局出発時と同じ禁城前の広場にした。
ギルドマスター権限を使って、禁城の中の一室にするという選択肢や、他の都市でいうことろの正門前のような、禁城から少し離れた場所への転移も選択肢としてあった。
禁城の中にいきなり転移すると、ここはどこ? という話になってしまうし、禁城から離れると、少し歩くことになってしまうのでやめた。
転移門を潜ったのは風国王、王妃、文官と武官が10名ずつ、護衛の兵が数名、それにフェルウェンが加わり、合計で30名ほどの集団だった。
「転移というものを始めて経験しました。ここが、禁城ですか」
キョロキョロと辺りを見回している風国王。
「そうです。ようこそ我が拠点へ」
禁城の中に入り、客室に案内した。
フェルウェンの強い勧めで、風国の一行は1泊することになったのだ。
メイアとワーメル、ファムの3人も王妃の護衛という名目でちゃっかり付いてきている。
またここの温泉に入り、食事をしたいというのが本音らしい。
もうすぐ昼食なので、寛いでもらい、1時間後にダイニングで会食することにした。
昼食は風国王の好物であるジャガイモをメインにした料理。
吹かし芋とマッシュポテト、フライドポテトの3種類にステーキ、そしてサラダを付けたもの。
お馴染みのビュッフェは夜に飛び切りのものを用意する予定だ。
会食会場に着いた風国王は、笑顔のレイラン・レイリン姉妹に出迎えられ、涙していた。
「よく無事で……」
「おじ様もご壮健のようで」
戦禍に巻き込まれた火国。
もう死んでしまったかもしれないと思っていた親族に会えたという喜びは大きい。
「さぁ、おじ様、ご飯にしましょう」
いつまでたっても座ろうとしない風国王をレイリンが促す。
席着き、ラシルの趣向で壁側に立っていた神仙が術を展開。
さっきまで何もなかったテーブルの上に料理が現れた。
ざわめく風国の一行。
新鮮な驚きを見て笑いあうレイランとレイリン。
「君たちさえよければ、風国に亡命をと考えていたのだが……」
風国王の言葉にまた笑う火国の姉妹。
その笑いは相手を馬鹿にしたものではなくて、純粋な嬉しさから出たものだった。
「おじ様、私たちのことはもう心配ありません。ここにいるラシル様が守ってくださいます」
レイランがそう言い、レイリンが熱い視線をラシルに向ける。
隣で笑顔を張り付けているミイが何だか怖い。
「そうか。ゆっくりと話を聞かせてもらおう」
「それよりおじ様、料理が冷めてしまいます」とレイリン。
「そうです。ここの料理はどれも絶品なんですよ」とレイラン。
姪っ子2人に促され、風国王はナイフとフォークを手に取った。
まずはマッシュポテトから口に運んだ。
「!!!」
「これは美味い!!」
風国王は夢中でマッシュポテトを口に運ぶ。
「お口に会ったようで、よかった」とラシル。
「これは、本当にジャガイモなのですかな?」
「ええ。煮たジャガイモをすり潰して、ミルクとバターを加えたものです」
「素晴らしい」
「お肉もどうぞ召し上がってください」
ラシルに促され、ステーキを口に運ぶ風国王。
「これは美味い!!!」
王の様子を見て、遠慮していた王妃や側近たちも食べ始めた。
無論、フェルウェンとメイア、ワーメル、ファムに至っては、ここの味を知っているからか、さっきからがっつくように食べている。
会食は和やかに進んだ。
フライドポテトと吹かし芋を食べた風国王は何とも幸せそうな表情だった。
マッシュポテトを2回もお代わりしていた。
1度目のお代わりで、グレイビーソースを上にかければ美味しいとラシルから勧められ、それを食べた風国王は、あまりの美味しさに天を仰いだ。
「夜のビュッフェも楽しみにしててください」というラシルの言葉に、「ビュッフェとは何料理ですかな?」と返した風国王。
「違いますぞ、風国王。ビュッフェとは料理の名称ではなく、形式の事を言うのです」と知った顔でリャンエンが指摘し、「はぁ。リャンエン殿は物知りですな」と風国の一同から感心されていた。
そのやり取りを見て笑いをこらえるレイランとレイリン。
その後は二次会の部屋を用意している。
二次会といってもアルコールはなし。夜のお楽しみだ。
それぞれの部屋にはお茶とケーキを用意している。
国王と王妃、それにレイラン・レイリン姉妹で一室を。
風国の側近は火国のリャンエン将軍とシュウライ大臣とともに別の部屋をそれぞれ用意した。
他の護衛の兵たちはメイア、ワーメル、ファムの3人娘が別の部屋で相手をする。
王族は親族水入らずで話すこともあるだろうから。
その間にラシルは今後の予定についてミイとショウの3人で打合せ。
風国王の話から、北の悪魔の全容解明と玄武帝領への浸透をミイに指示した。
「お任せください」と怖い笑みのミイさん。
確実以上にやってくれるだろう。
傘下に入った国の政治面はショウに任せっきりにしている。
食料が行き渡り、大きなトラブルはないが、内政に不安があるという。
戦争がいきなり終わったことへの混乱。
今まで敵国だった国との国交樹立への抵抗。
ラシルという存在への不信と恐怖。
これらが課題としてあげられる。
研修所卒業生の派遣が急がれるのと、各国王族の話にも出ていた、祭りや禁城の都市建設、各国の民の交流が急がれるという。
「ラシル様。エルフ中央国首都の包囲網が完了しました」
そう報告してきたミイ。
「それで、どんな感じだ?」
「はい。この間のようにはいかないようです」
ミイの言うところのこの間というのは、木国や土国、そして水国を指す。
敵性都市に対する宣戦布告と、殲滅戦のことだ。
「驚くべきことに、住民の9割以上が何らかの術式を施されています」
「それは強化術式の類か?」
「違います」
ミイの説明はラシルを驚かせるに足るものだった。
9割以上の住民に施されている術式は、強化系ではなく、隷属系だった。
それも質の悪いことに、精神系の術式を使った精神操作ではなく契約型だというのだ。
契約型の術式は強固だ。
相互の合意に基づいてなされるもので、一度形成されてしまえば、一方からの解除が難しい。
エルフの中央国家は確かに敵性国家ではあるが、その9割は奴隷だという。
「奴隷国家か」
「はい。昔の私であれば感心したのでしょうが、今の私は、醜いとしか思えません」
ミイはキッパリ言い放った。
昔のミイは、というより今のミイも吸血鬼である。
吸血鬼は相手を隷属させる力を持つ。
眷属化や奴隷化するスキルを持ち、隷属させたものを手足のように使う。
極めて特殊で強い属性だ。
昔の私であればの下りは流しておくとして、その国家の状態に嫌悪感を抱いているのには共感できた。
「術式解除の方法は?」
「3つあります」
ミイはにっこりとほほ笑んだ。
ミイの説明した内容は、どれも気が乗らないものだった。
1つ目の方法、双方の合意に基づき、解除させる。
2つ目の方法、奴隷契約を交わしいてる主人の方から譲渡を受ける。
3つ目の方法、奴隷になっている者を一度殺害し、その後で復活させる。
「1つ目はまず無理だな」
「現実的ではないですね」とショウ。
「1つ目が無理なら、2つ目も無理だな」
「無理でしょうね」とショウ。
「3つ目は……ちょっとな」
「手っ取り早い方法ではありますね」とショウ。
「他に方法は無いのか? 主人を殺害すれば解除されるとか」
「サンプルを取って術式を解析したのですが、主人が死ねば奴隷も皆死ぬようになっています」とミイ。
「自分の命を守るために主人を守らなければならないのか」
「はい。吸血鬼の隷属化の魔法と似たようなものです」とミイ。
「解除はできないのか?」
「相互契約のような形になっているので、第三者や外側からの手出しはできません。隷属化の術式が無くなると死ぬように設定されています。主人側に心臓を預けているという表現になるでしょうか」とミイ。
「合意の上で命を渡しているのか」
「師匠、一気に殺しちゃいましょうか」とショウ。
「それはあまりしたくないな。その後が大変だよ」
奴隷になっているものがいるとする。
期間はとても長い間。
ずっと虐げられてきたかもしれないし、良い扱いを受けてきたかもしれない。
主人によっても違うだろう。
そんな人たちを一気に奴隷から解放どうなるか。
大きな混乱が起きるだろう。
自由にしてくれて、ありがとうございました!! というようなケースにはならない。
火国の事例のように、国への帰属意識がはっきりとしており、多国が敵国だという認識で、奴隷になっていることに強い抵抗と違和感を感じている人だからこそ、解放することに意味があった。
エルフの場合は相互契約。
無理矢理させられたとしても、そこで一度、奴隷であることに折り合いを付けてしまった者たちだ。
「放っておきますか?」とショウ。
「それもなぁ。知ってしまったし」
そもそも我々が介入していいものなのかという疑問もある。
火国の戦争に加担したのは、あくまでもルールにのっとった形で行われた。
戦争にもルールがある。
戦闘行為が行われ、敵国は捕虜にした者を奴隷にしていた。
そこに火国に加担する形で介入した。
宣戦布告し、火国領土を奪還、奴隷の解放を行った。
水国や木国、土国への攻撃も、戦争中だという認識があるから、正当化できる。
正当化「される」ではなく「できる」のだ。
どれだけ屁理屈でも、火国を救ったという理屈が立つ。
これはどちらかというと、今まであった秩序を、火国の平和を戻す行為だった。
今回の中央エルフの国はどうか。
戦争中ではない。
ダークエルフを保護した時に戦闘行為が行われたが、あれは一時的なものだ。
敵対関係にあるとはいえない。
国交樹立していない、関係の薄い多国の内政について、気に入らないから口を出すようなものだ。
奴隷にしているエルフを解放せよというのは、ただの内政干渉にしかならない。
奴隷というのがいかに非人道的なものであっても。
元の世界の国際法上に違反していたとしても。
元の世界の民法でいうところの、公序良俗に反する契約は全て無効という原則があったとしても。
人道上の観点と国際法で訴えるのは、新しいルールの押し付けでしかならない。
今ある秩序やルールを破壊する行為に分類される。
元の世界の民法を適用するのも同じ。
ただの内政干渉である。
百歩譲って、理論をだいぶ甘くして、エルフの救出と解放をするとする。
救出と解放という言葉も、都合のいいものではあるが、ここではいったん大義名分がこちら側にあると仮定する。
その行為に人道上や人権を論拠とする場合、ラシルにブーメランで跳ね返ってくる。
そもそもこの世界の住人でない者がこの世界に来て着々と領土を広げて侵略していっているのだ。
元の世界の古い時代でいうところの、他国の介入、植民地化にあたる。
新しい時代でいえば、エイリアンの侵略や宇宙戦争みたいな。
それはこの世界に元からいた者や勢力がラシルを排除する論拠にもなる。
この世界で生まれた者たちの人権を守るために、人道上の要求から、ラシルを糾弾、排除、抹殺すると。
火国の奴隷解放とエルフの奴隷解放は根本的に意味が異なる。
ここまでミイとショウに説明した。
「難しいだろう?」
「師匠、今更だと思いますが」
「今更だけどさ、可能な限り筋を通しておきたいよね」
ショウが手を口元にやって悩んでいる仕草をする。
「ミイはどう思う?」
今の話を聞いても、悩んでいる様子のかけらもないミイに聞いた。
「私はラシル様の御命令とあらばいかようになっても構いません。私がそこで悩む必要はないかと存じます。筋が通っていなくても、間違っていたとしても、ラシル様はラシル様ですから」
なるほど。
判断するのは経営者の仕事。
悩むのはそれに付随するもの。
部下は言われたことを実行するだけ、ということか。
経営者がラシル一人だとすれば、自分がモラルから外れたら大変なことになるとラシルは思った。
間違っているよと誰も指摘してくれないからだ。
「あのラシル様が悩んでいらっしゃるのは見ていて可愛らしい限りです。しかしながら、正解に少しでも近づきたいのであれば、当事者に近い者たちに聞いてみるのがよろしいかと」
「当事者か」
前文はスルーするとして、言っていることは尤もだ。
「ダークエルフ、白虎、レイリン、ナスカ、オブザーバーにメルとエアの招集を提案します」
ダークエルフは言うまでもないエルフ軍侵攻の被害者であり、同じエルフ。
白虎はエルフと長年対峙してきた勢力。
レイリンは火国で奴隷にされた人たち面倒を見ている。たくさん話も聞いているだろう。
ナスカはうちのギルドのエルフ代表。
オブザーバーの選定も妥当なもののように思える。
時期はそうだな。
先に一度エルフの国へ行こう。
現状を自分の目で見てからかなとラシルは考えた。




