087_3つの来訪者8 風国王
親善試合の後の日程は順調に消化された。
各国首脳による会談、明くる日の研修所を始めとした各施設の見学、その後の夕食会。
風国の使者はその行程の一つ一つに驚き、羨望の眼差しを向けた。
白虎もすました顔をして余裕のある態度を取っていたものの、しきりに質問する風国のフェルウェンと神仙の話に聞き耳を立てていた。
彼等が最も感銘を受けた点は2つ。
一つはギルドの傘下に入ると強くなれる事、そしてもう一つが生活水準の上昇だ。
各国の一般市民を集めた研修所での訓練風景を見て、彼等は驚いた。
兵士として訓練を受けてこなかった、単なる農民や村人が風国の兵士と同等以上の戦闘能力を有してる。
その中には師団長のフェルウェンに並ぶような強さの者も中人かいた。
「この段階はまだまだ基礎です。訓練生はもっともっと強くなるでしょう」と説明した神仙の言葉に絶句していた。
研修生が住む研修施設の見学も行われた。
ごく一般的な部屋であっても、広くて清潔な居住空間、フカフカのベッド、トイレに洗面所まで完備しており、それはこの世界では貴族のような暮らしぶりになるようだった。
温泉施設も完備し、食堂では夕食会で出されたような食事が3食無料で付いて来る。
風国の騎士の何人かは、自分もここで訓練したいと後で団長に申し出ていた。
ゲストの心をがっちり掴み、いよいよ国元へ帰る日になった。
ラシルは正装し、ミイとショウを従えて、風国の騎士たちが待っている禁城前の広場へ行く。
風国の騎士に同行し、風国王との面会をするためだ。
ラシルは風国首都までの転移門を開く。
事前にニボシの一行が風国までの探索を完了している。
前よりもワールドマップの開発は進み、暗くなっていたアンノウンの部分も、かなり明るくなってきている。
転移門の出現に、風国の騎士たちは信じられないという顔をした。
転移するというのは事前に聞いていたはずだが、実際に見るとやはりびっくりしたのだろう。
風国の首都は水国や火国よりも、高い建物が多かった。
都市のサイズはどこもほぼ変わらないはずだ。
人口も同じくらいと聞いている。
それでも多国と違うのは、単なる文化のせいだと片付けられない理由があった。
風国は北に位置している。
玄武帝と共に戦っているのは北の悪魔。
悪魔の軍勢は首都より更に北にある砦付近に展開している。
そこに防衛ラインを敷き、仙界への悪魔の侵入を防いでいる。
風国人が最も得意とする仙術は風の術式。
風は高い所で吹く。
地表より高ければ高いほど、風は激しい。
風国人は高所の激しい風を利用する。
そのために塔は高くそびえさせ、塔のてっぺんから風の術式を使用し、地表部にいる敵を薙ぎ払うのだ。
風の術式に特化した町といえる。
そんな情報をメイアとファムが教えてくれた。
風国の騎士のお陰で門前の関所を顔パスで通過する。
とんがり屋根の建物がひしめき合う通りを進み、真っすぐ城へ。
ショウが興味深そうにキョロキョロと辺りを見回しながら歩き、警戒が足りないとミイに怒られている。
土国や火国はどっしりとした家が多かった。
水国には高い建物が無かった。
ラシルは木国には行ったことがないが、風国はこれまで見た町の中で一番面白いと思った。
悪魔との戦争に明け暮れているにも関わらず、人々に悲観した表情をしている者はいないのだ。
それはおそらく誇りがあるからだろう。
自分たちが魔族からの侵攻を防いでいるという自尊心だ。
中央に行けば行くほど、建物が高層化してくる。
建物の上に更に棟が乗っかっている。
みんなには秘密にしているが、高所恐怖症のラシルにはあまり行きたいと思えない場所だ。
立派な甲冑を纏っている騎士たちが大通りを進むと、人々が道を開けてくれるため、スムーズに移動することができた。
民の中には常に悪魔との戦時中だという意識があるからか、完全武装の騎士には敬意を払っても、とくに注意は払わない。
しかし異国人は珍しいようで、ラシル達は一行は好奇の目に晒された。
フェルウェンが帰国の報告と、ラシルの来訪を国王に話をつけに行く間、ラシルはゲストルームで待たされた。
そんなに待たされず、15分ほどすると通された。
到着時に、門に詰めていた衛兵の一人が、先に城まで走っていって知らせてくれていた。
謁見の間に入ると、王座に風国王、その横に王妃が立っていた。
謁見の間はそれほど大きくなく、調度品は王座のは奥に二振りの剣が交差するようにして飾られ、その上に大きな盾が飾られている。
それ以外には装飾も抑えられ、簡素な印象を受ける。
機能的な造りともいえた。
風国王は40代半ば、50に到達するかどうかという年齢に見えた。
中年太りなどしておらず、贅肉の無い引き締まった筋肉。
立ち姿は歴戦の戦士そのものに見える。
横に控えている王妃も背筋がすっと伸びて姿勢の良い堂々とした立ち姿で、何らかの武芸に秀でているように見えた。もちろん美形だった。
風国王と王妃の近くには文官や武官が数人控えていた。
武官はみんな第二師団長であるフェルウェンと同じ甲冑を付けていたので、この国の高位の人材だろう。
「よくお越しいただきました」
風国王が口を開いた。
「急な来訪にももかかわらず、接見いただき、感謝します」
フェルウェンから事前にラシルの立場と地位について聞いているのだろう。
ラシルは各国の王より一段高い位置におり、連邦制のように王をまとめてる。
冊封体制と言い換えてもいい。
従って挨拶は対等に行われた。
「ここにいるフェルウェンからあらかたの事情は聴きました。しかし、俄かには信じられません。本当に火国の戦争が終結したのですか?」
「ええ。危ない所でしたが、火国は健在です」
ラシルは参戦した際の戦争の状況と、それからの出来事をかいつまんで説明した。
それを風国王は熱心に聞いた。
火国王夫妻の死に言及した時に表情を曇らせたが、レイランとレイリン姉妹の話になると、表情が明るくなった。
「レイランとレイリンは元気にしてますか?」
「二人とも元気です。いつでもお会いになれますよ」
レイランとレイリンは風国王の姪にあたる。
風国王の妹が火国王と結婚し、二人の娘がレイリンとレイランだからだ。
家族同然と言っても差し支えないだろう。
その家族のために秘密の救出部隊を派遣したのだから、すぐにでも会いたいと思うのも無理はない。
風国王はソワソワし始めた。
「それは、転移術を使ってのことですか?」
「一度行った場所であれば、どこても転移可能です」
ラシルが肯定すると、風国王は驚き、次々に質問をしてきた。
「転移術は大きな術式です。術者に負担がかかるでしょう」
「全く」
「術の行使に回数制限などはあるのですか?」
「転移術くらいであれば、ほとんど無限にできます」
「それはラシル殿しか使えないのですか?」
「ギルドに所属している者であれば、誰でも使えます」
「なんと……」
風国王は驚きで絶句し、横にいる王妃も同じ理由で目を見開いていた。
「一緒に禁城へ行きますか? レイラン達とも会えますし、他の王とも会談できますよ」
「王様、危険です」
風国王のすぐ近くに控えていた文官が口を出した。
他の文官や武官までも、同じように表情が硬い。
王が転移術で別の場所に行くのは危険たと口を揃えて言う。
尤もな意見だとラシルは思った。
風国には転移術を使える者がいない。
どこか遠くへ連れて行かれ、帰さないと言われれば成す術がなくなる。
それに罠ではないとも限らない。
転移先に兵を終結させておいて、そこで風国王が襲撃に遭うかもしれない。
絶対的に身の安全が確保できないのだ。
「こんなことを言うのは失礼かもしれませんが、ラシル殿が悪魔ではないとも言い切れない」
同行したミイの眉がピクリと動く。
悪魔という存在はこの国にとって敵であり、憎むべき対象だ。
ずっと争いと戦争を続けている悪魔に唆されているのではないかと考えるのは妥当なこと。
しかし、悪魔という言葉を使って間接的にでもラシルを侮辱するのであれば、ミイは黙っていない。
そもそも悪魔というのは侮辱ではない。
メルバコルだって悪魔だし、ラシルのギルドに悪魔は山ほどいる。
「それはいささかラシル殿に失礼であるぞ」
王は文官の言葉を否定するものの、確かに悪魔ではないとは言い切れない。
「私自信は悪魔ではありませんが、悪魔種は配下に多数います」
「王よ! 危険ですぞ!!」
「行ってはなりません!!」
ラシルの発言で、火が付いた。
ほら見た事かという騒ぎになった。
側近の高官たちの言うことはいちいち尤もだった。
風国王は渋い顔で頷きながら側近の説得を聞いた。
一方ラシルはそれを涼しい顔で聞き、これは招待するのは無理かな、それだったらレイランとレイリンだけを連れてきてもいいと思案していた。
「王よ、発言をお許しください」
一歩前に進み出て、跪いたのはフェルウェンだった。
「うむ。そなたが連れてきた客人方だ。そなたの思うところを申してみよ」
風国王は頷き、フェルウェンに発言の許可を与えた。
「何も知らなければ私も危険だと申し上げていたでしょう。しかし私はラシル様の居城に3泊もいたしました」
声を上げていた高官たちがフェルウェンの話に耳を傾ける。
「ラシル様の居城は素晴らしいものでした。火国のレイラン様を始め、水国、木国、土国の王族や代表、その側近たちが暮らしております」
「木国王もか?」と風国王。
「はい。そればかではなく、白虎様におかれましても、ラシル様の傘下に入りました」
フェルウェンの言葉は衝撃を持って迎えられた。
レイランたちから事前に聞いた話によると、各国は帝国の顔色を窺って暮らしている。
帝国には五大国とは一線を画した圧倒的な軍事力がある。
朱雀帝と青龍帝、火国と土国は竜に対する抑え。
風国と玄武帝は悪魔に対する抑え。
白虎帝と木国、水国はエルフに対する抑え。
これで均衡が保たれている。
五大国のうち火国、水国、木国の3国と土国の一部、そして白虎帝までもが一勢力であるラシルの傘下に入ったとなると、それは異常事態なのだ。
「あの白虎帝が?」
「信じられん」
「エルフとの戦争はどうしたのだ」
「騙されているのではないか」
「捕虜にされている可能性は?」
王の側近からまたもや声が上がる。
「ラシル様は決して邪悪な存在などではありません。私たち派遣された9名全員が同じ意見です。各国の王族の皆さまとそれぞれ会談いたしましたが、捕虜にされている方など一人もおりません」
フェルウェンはそこで一度言葉を切り、王と側近の顔を見た。
「それに、ラシル様の傘下になった各国の王族はレベリングという訓練を開始しております」
「訓練? 兵の教練のようなものか?」と武官の1人。
「そのようなものです。王族とその側近はラシル様の開設された訓練所でレベリングを行っています」
フェルウェンは訓練所で見た光景を話し、王族やその側近が非常に強くなっていること、自分も含む第二師団の精鋭が火国将軍リャンエンに簡単に敗れたことを説明した。
「情勢は急速に動いております。このままでは大幅に風国が後れを取る可能性がございます」
「なるほど。それが本当であれば大変な事態だ。私が行って確認する必要がある」
風国王が険しい顔をして言った。
側近たちも信じられないまでも、危険を冒すリスクよりも情報収集で得られる利益のほうに天秤が傾いてきているようだった。
「そもそも、レイランがいるのだろう?」と風国王は尋ねた。
「はい。レイラン様、レイリン様はご健在で非常に充実した日々を送られているとおっしゃっておりました」
「わかった」
風国王は頷くと、決を採った。
「異論のある者はいるか?」
少しの間、謁見の間は静寂に包まれた。
「ラシル殿、話がまとまった。我等を招待していただけないだろうか」
「ええ、もちろん。喜んで」
王の決定により、慌ただしく準備が始まった。
1時間ほど時間が欲しいというので、それまで別室で待つことになった。
禁城に連絡し、各王たちに風国王の来訪を告げるようにミイに指示を出した。
夜にまた夕食会を開くためだ。
準備は配下の人たちが全てするので、手持ち無沙汰になった王と会談という名のおしゃべりをした。
椅子とテーブルにお茶がセッティングされ、リラックスした雰囲気の王。
ラシルは情報収集のため、王の知っている各国や北の悪魔の話を聞いた。
風国王の知っている4帝の話は概ね他の国の王たちの見解と一致していた。
西の白虎帝は戦いを好む。
南の朱雀帝はプライドが高く、苛烈な性格をしている。
東の青龍帝は真面目で朱雀帝と反りが合わない。
対悪魔の共同戦線を張っている北の玄武帝は風国王がよく知っていた。
風国王が生まれる前から玄武帝として在位している。
頭がよく、知略に富んでおり、今で一度も悪魔を仙界に入れたことがないという。
中央の情勢はよくわからないとのことだった。
北の悪魔の侵攻について。
風国と玄武帝は悪魔たちを上手く抑えている。
過去に幾度か大規模攻勢があったが、ここ最近は大人しい。
悪魔に対処しているのは、主に玄武帝とその配下の将軍たち。
風国の主な任務は拠点防衛とバックアップだという。
「玄武帝は大変強いお方。これまで平和を維持できたのは玄武帝が守ってくださったからです」
北に住む仙界の民は皆、悪魔の脅威から守ってくれる玄武帝に多かれ少なかれ感謝しているという。
「悪魔の数はどの程度なのですか?」
「圧倒的な数です。全て駆逐するのは難しい。我々は拠点を維持し、防衛ラインを敷いてそこからの侵入を防ぐのでいっぱいいっぱいです」
悪魔たちは圧倒的な数を誇るが、それを全て防ぎきっているのは、強力な兵站線だという。
中央の桃源郷や周辺の小国から食料などが送られてくる。
武器なども桃源郷を通じて補充がたくさんある。
最近では西の魔女との交易のおかげで、武器の強化ができている。
魔女は宝貝を開発し、風国にもいくつか融通されている。
精霊力の込められた宝貝らしい。
「悪魔はどこから来るのでしょうか」
ラシルの問いに風国王は深刻な表情を見せた。
「それは分かりません。ここよりも更に北です。そこに悪魔の都市があると言われています。それがどの程度の規模なのか、誰も詳しく分かりません。玄武帝ならあるいは……」
風国王からもたらされる情報を整理していると、部屋にノックする音が響いた。
準備が出来たという報せだった。
謁見の間に戻ると、先ほどの側近たちのほとんどが同行するための身支度を完了していた。
来るときは都市の外に転移して入ってきたが、今度はここから転移門を開く。
王様がお忍びで城を抜け出すのはあまりよくないので、できるのであればここからという申し出があったためだ。
「準備はよろしいですか?」
「頼む」
ラシルの問に風国王が代表で返事をした。
術を展開する仕草がないと不自然なので、ラシルは右手を前に軽く突き出して、転移門を発生させた。
「おぉ!!」
風国の一同が驚嘆の声を上げる。
「では、参りましょう」
ラシルに続き、風国王は光の門を潜った。




