079_ダークエルフ5 夕食会
エルフはプライドが高いが、それは能力に付随したものだ。
そのため、強者に従う習性がある。
これはダークエルフの族長、ルニエスティとの夕食会前、各国の首脳陣から聞いたエルフに関する俗説だ。
伝説の、太古の昔のエルフはそうではなかったらしいのでが、現在存在するエルフの国は概ね、この俗説が当てはまる。
しかしそれもまた、ダークエルフのように弱小のカースト最下層のエルフには当てはまらないかもしれないらしい。
精霊の里、中央に堂々と生えている古代樹。
拠点を守る5つの塔の光と、古代樹から発せられている、まるで大量のホタルが空に向かって飛んでいるような、神秘的な光が辺りを包んでいる。
古代樹の枝の一角。
両手で抱えられるほどの大きな松ぼっくりが、無数に宙に浮いている。
それぞれが淡い光を放ち、空間に漂う闇を中和していた。
広さはテニスコート4つ分ほど。
いくつかのテーブルが置かれ、色とりどりの料理が並べられていた。
立食形式のパーティ。
ルニエスティに食べられない物を聞いたところ、意外にも、特にないとのことだったので、肉料理も置かれている。
野菜しか食べないというのは、火の使用を避けるために調理をあまりしないことからきているらしい。
肉についても森の恵みの一部であるから、肉食を禁忌するような習慣はないという。
したがって、研修所のブッフェのメニューを少し高級にした料理になっていた。
木の実や野菜を使った多種多様なサラダ。
骨付き肉にはグレイビーソースが掛けられている。
香辛料の効いたミートパイやキッシュ。
香ばしく焼き上げた白身魚。
デザートには濃厚なアイスクリームとバウムクーヘンを用意。
目を瞑っていても、食欲をそそるようなメニューだ。
ダークエルフとの懇親会を兼ねた夕食会。
ダークエルフ側からはルニエスティを始め、村長や集団の主要なメンバーが参加していた。
主催者側のラシルのギルドからは、ラシルを始め、ロメリア、ナスカ、ミイ、ショウ、ベッフィー、そしてメルバコルが参加。
仙界からはレイラン・レイリン姉妹、新水国王のオキサイド、水南都市のフォリオはじめ、各国の王族とその側近たちが参加した。
各国の王族は、晩餐会とあって、気合いが入っていた。
レイランとレイリンはチャイナドレスのような、真っ赤なドレスを着ていた。
太ももがギリギリで見えねか見えないかの、不毛な攻防を繰り広げている。
水国王たちは青いローブ。
土国は茶色をベースに細かい刺繍の入った服。
木国はエルフが使っている素材と似た、緑の服。
ルニエスティ達は、戸惑っているようだった。
つい先日までの、逃避行に逃避行を重ねた日々からの急に訪れた安息の日々。
まだどこか慣れない様子だった。
それでも、進められるがままに料理を取り、一口食べるごとに驚いていた。
「料理も素晴らしいですが、この飲み物は素晴らしいですね」
「そうでしょう、そうでしょう。これは食前酒でスパークリングワインという飲み物だそうです」
「口の中で、お酒が弾けます」
本日の主賓であるルニエスティの方へ行くと、木国王がルニエスティにあれこれと教えていた。
研修所で一、二を争うほどよく食べ、よく飲む木国王。
「これはこれはラシル様」
ラシルが近づくと、各国王が深々と頭を垂れた。
「こんばんは。楽しんでいますか?」
「はい。大いに」
木国王が愉快そうに笑った。
「ここはとてもロマンチックで綺麗な場所です」
レイランが木国王を押しのけてラシルに近づいた。
「姉さん、ラシル様が創られた場所なのですから、それは当たり前です」
妹のレイリンだ。
「当たり前のことでも、気持ちを伝えるのは大事なのだぞ」とレイリンを諭すレイラン。
「ラシル様、本日はこのような機会をいただき、感謝申し上げます」
オキサイドが割って入った。
「楽しんでいるようで何より。ルニエスティさんはどうかな?」
「ラシル様、私なぞどうぞ呼び捨てにしてください。ここは素晴らしい所です。感謝してもしきれません。それにダークエルフに新たな住処まで賜ってくださり……」
「ああ、それは木国王のお陰かな。だから感謝は彼にするといいよ」
先の侵攻作戦によって廃墟となった都市がいくつかある。
水国は北と東の都市、土国の3都市、木国は木南都市。
水国はいち早くオキサイドがその都市の利用と対応について、ラシルに協議を申し入れてきた。
水南は商業都市、水西は政治と学術の文化都市にする方針に決まった。
水東は農業都市にして食文化を発展させる方向で話が進んでいる。
水北は軍事拠点にするか、学校などの学園都市にするか、観光都市にするかでまだ迷っている。
土国の3つの都市にも他都市からの人口の流入が進んでいる。
傘下にある2つの都市が管理運営し、この3つの都市の復興と開発に着手している。
まだ何も決まっていないのが木国の木南都市だった。
木国王は民の移住も将来的に視野にいれているとはいえ、今すぐにどうしようという考えはなかった。
現在もまだ廃墟。
廃墟といっても、人が住んでいた家や建物がそのまま残っている。
そこにダークエルフを一時的に受け入れた。
「とんでもありません。我が木国はラシル様の領土となりました。旧木南都市だけではなく、我が木国全土はラシル様のものです。いかようにでも利用ください」
「ありがとう。でも木国の領地を召し上げるとか、少なくするとか、そういうことはしないつもりだから。あくまでも一時的な処置だと思ってほしい」
「私からも重ねて御礼を申し上げます」
ルナエスティは深々とお辞儀をした。
「大したことではありません。ラシル様は教えてくださった。領地の広さではなく質だということを。この素晴らしい料理の数々がそれを物語っています」
木国王は嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、私もこれまで国防を意識して国の運営をしていましたが、ラシル様の作られた研修所で訓練に励むうちに考えが変わりました。近隣諸国との和平がなされ、食料問題も解決し、四帝や中央の桃源郷の顔色を窺わなくても済むようになりました。これも全てラシル様の恩寵がもたらしてくれたものです」
いつの間にかラシルの横のポジションを獲得していたレイランが言った。
「わが土国の兵も日々強くなっています。これで他の土国都市に攻められてもいつでも追い返すことができます」と、土国都市の代表。
「水国も安心して復興と開発に専念できます。商人としての腕が鳴ります」とオキサイド。
ルニエスティは各王族の話を熱心に聞いた。
戦争を終結させ、食糧を無償で大量に提供した聖君ラシル。
研修所と呼ばれる施設での訓練の様子とその成果。
毎日味わえる数々の美味しい料理。
約束されている技術提供と安全保障と国の発展。
ルニエスティは研修所の話に特に興味を持ったようだった。
「その研修所という所では、兵士の訓練をするのですか?」
「兵士だけではありません。我々も訓練を受けています」と木国王。
「一般の国民も訓練を受けています。女性や子どもも沢山いますよ」とオキサイド。
「それは厳しい訓練なのですか?」
「訓練はハードです。でもどちらかというと、楽しいですね」とレイラン。
「楽しい?」
「ええ、戦闘で負傷してもすぐに治癒術式で回復しますし、死亡することもあり得ません。戦っているうちにどんどん楽しくなってきます」とレイラン。
「それに、毎日強くなるのがとても楽しいですよ」と水西都市のフォリオ。
「みなさんはどのくらいのレベルなのですか?」
フォリオはまだ10歳の子どもなので、ルニエスティが彼のレベルを疑うのも無理は無かった。
「戦闘レベルも含めると、僕は今ちょうど200です」
ルニエスティが目を見開いた。
「他の方も?」
「ええ。私はもうすぐ250に到達します」とレイラン。
木国王をはじめ、各王族のレベリングも凄まじいものだった。
兵士や国民に負けないようにという王族の意地もあるのだろう。
もうあと1か月もしないうちに神仙レベルに到達し、仙人種をカンストするだろう。
「それに、研修所では何といっても美味しいご飯が毎日食べられる」と木国王。
「素晴らしいお酒も飲み放題だ」と土国の代表。
「温泉が癒されますね」とオキサイド。
「温泉もご飯も、毎日?」とルニエスティ。
「ええ、毎日。好きなだけ」
そう言ってラシルがにっこりと笑う。
「是非、是非ダークエルフにもそ研修所に参加させてもらえませんでしょうか!」
ルニエスティが必死な表情でラシルに言った。
「もちろん、希望されるのであれば喜んで」
「ありがとうございます」
「無理にとは言わないので希望のみでお願いします。訓練に不安な人もいると思いますし。王族の方々は絶賛してくれていますが、一般国民の中には私に反感を抱く人もいますから、なるべく強制はなしで」
「わかりました」
「そうですな。それが問題です」と木国王。
王族と研修所に参加した人たちは新しい環境と生活に慣れ、ラシルという存在を受け入れている。
しかし、ついさっきまで戦時中だったのだ。
国民の全てが、戦争は終わりで、今日からさぁ発展ですよと言われても信じられるはずが無かった。
戦争での心の傷が癒えていない者もいるし、いつまた状況が変わり、戦争になるかと疑心暗鬼になっている者も沢山いる。
新しく来て王の上の地位にいるラシルという存在も不気味なものと感じている人も少なくない。
「研修所に参加してくれる人が増えれば、その問題は解決すると思うけど」
「そうは言いましてもラシル様、それではちょっと時間がかかりすぎです」とフォリオ
「でもそういうのは地道にやっていくしかないんじゃないかな」
「私に考えがございます」
言ったのはオキサイドだった。
「おお、オキサイド殿。その提案とは?」と木国王が促した。
「ラシル様、まだ案を練っている段階なのですが、3つございます。町づくりと祭り、そしてゲートの設置です」
オキサイドの提案は次のとおり。
1つ目は町づくり。
禁城の周りに町を作り、そこに人を住まわせたいいうもの。
禁城を中心として、放射状に区画を整備する。
それぞれの区画をそれぞれの国が担当して整備を受け持ちたいという。
そこを中心地、首都のような都市にしたい。
桃源郷ではなく、ラシルのギルドに従う者が集まる都市。
そうすれば、交流が進み、国民の不信感や不安が解消できるのではないか。
またそれだけではなく、ラシルにとっても勢力拡大とこの地により強固な拠点を創出するというメリットがある。
2つ目は祭りの開催。
元々、仙界各国には祭日があるという。
建国記念や桃源郷が主催する宗教的なものもあるが、祭日は日々の暮らしのストレス解消を目的としたものであるという。
近年、戦争の勃発によってそういった浮かれた行事ごとが禁止されていたため、これを機に復活させたいという。
そこでラシルが提供した料理の数々を民に提供したり、他国との同時開催をすることで、歴史の変化を肌で感じてもらう。
3つ目はゲートの設置。
研修所内で誰だも使用できる各階を行き来するゲートや転移術。
それを各国の各都市に設置できないかという提案。
商業的にも発展するし、各国民が容易に行き来できるようになれば、相互理解も進むであろうとのこと。
祭りの日取りを統一し、1週間から10日ほどの長期間開催し、他国への訪問を促したいという。
「後日、正式にプレゼンいたします。ただ、その前にお耳に入れたいと思いまして」
「なるほど。どれもいい案だと思う。他の者はどう思う?」
「賛成します。良いアイデアだと思います」と木国王。
「簡単に行き来できるようになれば、通商もできるようになる。とても良い」と土国代表。
土国は武具とお酒の製造を、将来的に本気で考えている。
訓練後にギルド所属のドワーフから直々に教えを請いたいという請願が上がっていた。
製造した品を卸す将来の取引相手ができることはいいことだろう。
「ラシル様の御膝元に町を作るのは賛成です。私もそこに移住したいと思います」とレイラン。
「いや、あなたは女王でしょ」と真顔で突っ込みを入れるラシル。
「何をおっしゃいますか。私はラシル様の忠実で敬虔な僕の一人です」
レイランが当然といった顔で自らの立場を表明する。
いつからだ。
そうなったのはいつからだろう。
「ミイはどう思う?」
「はい。即答はできませんが、概ね問題ないかと。一番は事業資金の問題が……」
「ミイ様、それは各国で負担いたします。それが不可能であれば、我が水国で全て」
「ほう……」
ラシルが感心したような声を出した。
「オキサイド殿、理由をお聞かせくださいますか」
「はい、ミイ様。貨幣の元になる金については、レベリングにより可能になると伺いました。鉱山資源ではなく、人々の労働によって得られるものでしたら、出し惜しみする理由などありません。また、拠出よりも莫大な利があると考えます」
「なるほど。わかった、その話も後で聞こう」
「畏まりました、ラシル様」
「それで、ルニエスティさん。傘下に入ってくれた国はこんな感じだよ。ダークエルフに対しての偏見とかといったものもない。俺のとこの幹部もエルフとか悪魔とか竜とか沢山いるからね」
「はい、ラシル様。安心いたしました。傘下にいらっしゃるのは人間ばかりだと聞いたので。私たちが奴隷にされたり、酷い扱いを受けることがないと確信いたしました。ダークエルフはラシル様に忠誠を誓います」
各国王たちはルニエスティの発言に満足うにそうに頷いていた。
「わかった。でも一応言っておくけど、抜けたいか独立したいとかは基本的に自由だから。あと個人の自由も最大限尊重したいから、気にいらないのであれば出ていくのも結構。それが一番健全だと思うから、みんなもそれを覚えておいてほしい」
「分かりました。少なくとも火国は、他のどの国が離脱しようと最後まで運命を共にします」
「レイラン殿、それはレイラン殿個人の意見ではありませんか? 国民に押し付けてはいけないとラシル様から言われたばかりですよ」
オキサイドが半分茶化して言った。
「あら、水国王殿。ご自身の商売戦略に国を巻き込んでいるのはどこのどなたですか?」とレイランも応戦する。
火国の大臣シュウライと水西都市のフォリオがハラハラした様子で成り行きを見守っている。
「まぁまぁ、お二方、ラシル様の御前ですぞ」と木国王がとりなす。
戦争していた当事国の王様だというのに。
訓練所で同じパーティだったから、意外と仲良くなったのかもしれない。
「さぁ、あとは食事です。今夜は心行くまで楽しんでいってください」
ラシルの言葉で場が和んだ。
それぞれが料理を取りに行くのと一緒に、ラシルも場を辞した。
次はどのテーブルに行こうか辺りを確認する。
そしてダークエルフの村長と歓談しているナスカとメルバコル。
火国の将軍リャンエンと談笑しているロメリア。
意外なペアだ。
さっきまで一人だったベッフィーは、水西のフォリオとその側近がいつのまにか捕まっていた。
おそらく学術的な話を聞きたい二人はいてもたってもいられなかったのだろう。
ベッフィーはまんざらでもない風に二人に説法をしているようだ。
一緒にいたショウは火国大臣シュウライと歓談している。
ミイはレイラン・レイリン姉妹に熱心に何かを尋ねられている。
ミイの表情はどこか余裕があって得意気だった。
困った行く所がないな。
じょうがないから食事に集中しようと思い、ラシルは料理を取りに行き、大好物をゲット。
ラムの骨付き肉を堪能していると、一人でいることに気付いたナスカが燃える目をしてこちらに近づいてきた。
いつもと違う尋常じゃない雰囲気に気づいたときには、前方を塞がれて逃げられない状態になっていた。
もしかすると戦闘で疲れているのかもしれない。
ラシルはいくつか労いの言葉を掛けたが、ナスカはほとんど無反応。
少しの沈黙の後、意を決したような顔をして口を開いて出てきた言葉は、突拍子もないものだった。
「ラシル様、ブリテン島について詳しく教えてください」
こうして、夜は更けていった。




