078_女性幹部会議4 ダメージと下着の件
緊急の女性会議が招集された。
今回の招集者はロメリアとナスカ。
誰もがダークエルフの一件で何かがあったと感づいていた。
もちろんこれまで何度もこの会議の被害に遭ったショウもだ。
被害に遭ったという言い方は大げさかもしれない。
しかし、過去の会議の内容はあまりにも酷かった。
出席者はみな感情的になり、排他的かつ極論をぶつけ合うようなものだった。
そして何よりも、話の方向がずれていた。
ショウはそれをいちいち宥めて、修正し、落としどころに持っていくという苦労を味わっていた。
ショウはは真顔だった。
仏頂面と言い換えてもいい。
これから始まる会議の苦労を想像すると、そんな顔になってしまう。
禁城の一角にある会議室に、出席者全員が揃った。
ショウ以外の出席者は全員神妙な面持ちで、どこか落ち着かない様子だった。
議長のミイから開会の宣言がなされ、ダークエルフの一件を招集者の一人であるナスカが報告する。
「……というわけで、ダークエルフの危機を救い、めでたく我がギルドのメンバーとして迎え入れる事になりそうなのです」
眼を瞑り、腕を組んで聞いていたセシュレーヌが頷く。
エアノワリスも当然の流れだとばかりに同意する。
「問題はここからです。そのダークエルフの族長であるルニエスティは、非常にグラマラスな体型をしていました」
「それで、ラシル様の反応は?」
ミイが最も重要な部分を尋ねるような声音で聞いた。
「目も当てられない状態でした。ラシル様の目はずっとルニエスティに釘付けでした」
「具体的には?」
ミイが低い声で情報を促す。
「胸が大きく、ウエストは細く……」
「くっ!!」
クゥが大きな物理ダメージを受けたような声を出した。
「妾と正反対の属性ではないか」
「そうですね。胸というのは、まるで沼です」
ナスカは自分の胸元を見つめる。
ナスカは胸がない。
小さすぎて、あるとはいえない。
胸の件で昔一度、ラシルに相談したことがある。
その時、ブリテン島のような胸だと言われた。
ラシルの住んでいた世界にある島で、山はないけど、歴史と伝統がある誇り高い島なのだそうだ。
長命種で誇り高いエルフ。
大事なのは大きさじゃないと言われた気がした。
だけど。
ルナエスティは何なのだ。
同じエルフなのに。
誇りだけじゃない何かがそこにある。
ナスカは更に詳細を説明する。
「エルフの正規兵にずっと追われていたこともあり、服はボロボロでした。その姿は大変きわどく、布を貼り付けているだけのような状態でした」
「野蛮な!!」
「身だしなみという概念は無いのか!!」
怒号が飛び交う。
「ここで最も問題なのは、下着を着用していなかったことだと思われます」
「なんという!!」
「破廉恥な!」
「この世界のエルフには、貞操観念というものがないのか!」
会議が急に紛糾し始めた。
「異端です。これは異端です。異端審問をしなければなりません」
祈るように手を合わせ、その手がプルプルと震えているのはカトリーナだ。
「下着を着けない? それがこの世界の常識だとでもいうのか!」
「感染症のキャリアの可能性……ラシル様には近づかせてはいけない……」
「私ではあのダークエルフに太刀打ちできません。ロメリア様も、系統は近いですが、別のカテゴリーでしょう」
「私たちの中で一番近いのはセデナといったところか」
セシュレーヌが極めて真面目に分析する。
「どうだ、セデナ。勝てそうか?」
「直接会って確かめてみないと。ラシル様は私の体にそれほど強い興味を示したことは残念ながらありません。違いはなんでし何でしょうか」
「ボロボロの服、下着の未着用。その要素は外せませんが、やはりその……」
「その、なに?」
「ラシル様はまた、俺が守るよ的な発言をされ、気前良くのダークエルフたちを保護下に置きました。あくまでも仮定の、推測の話ですが、ダークエルフの族長がもし男性で会ったのならば、同じことが起こったかどうか」
「つまり、弱さがラシル様の保護欲をそそったと?」
ミイとエアノワリス、クゥまでが驚愕の表情を浮かべる。
ラシルを振り向かせるためにレベリングに励んできた。
しかし、それが裏目に出ていた可能性に思い当たったのだ。
もしラシルが、強い女ではなく、弱い女性のほうが好みだったら。
その可能性を考えただけで3人は鳥肌が立つほどゾッとした。
「私、レベリングやめようかしら」
思い詰めた表情のセデナがのたまう。
「それは不敬よ」
カトリーナが戒める。
ショウが天を見上げる。
報告の中にあった最も重要な3人のスパイの話は置き去りにされ、さらに組織が弱体化の方向に進もうとしている。
「それよりも、そのルニエスティというエルフがスパイだという可能性は?」
ショウはナスカに尋ねた。
「その可能性は低いと思う。確かに迫害から逃れてきたようだし、エルフの将軍とやらと対戦したけど、彼にそんな知性があるとは思えなかった。傲慢にもこちらを滅ぼそうとしてきたわ」
「でも3人はスパイと見てほぼ間違いないのだろう?」
「アイテムの種類から見て間違いない。だけど私たちの拠点を目指してきた者ではないと思うの。ダークエルフの逃亡ルートは内部で何者かが操作して、誘導されて決められたものではなく、このルートしかないものだった。どちらかというと、エルフ軍側がそのルート上に来るように意図して追い立てた可能性の方が高いけど、それもないと思うわ」
ナスカは淀みなく説明すると、肩をすくめた。
「理由は?」
「拠点に潜り込んで情報を収集したいなら、もっと違う方法を取るからよ」
「軍隊をぶつけてみて戦力を測ることが目的かもしれない」
「私も調べてみたけどダークエルフは白ね。エルフについては現在調査中だけど。ダークエルフのバックについているような勢力は現在のところないわ。仮に裏切るような行動をとったとしてもすぐに摘発できるわ。武力行使なんて論外よ。強くなって反乱を起こしたとしても、すぐにラシル様によって力が奪われる」
「ミイ様、つまり3人のダークエルフのスパイは、ダークエルフのスパイはなく、我々の拠点の情報収集でもないということですね」
「そうよ。現時点で最も考えられるのは、エルフ側若しくは第三勢力に属しているスパイで、ダークエルフの動向を追っていたもの」
「なるほど。その3人はどうしているのです?」
「泳がせているわ」
「大丈夫なのですか?」
「ええ、問題ないわ」
「分かりました。では、ルニエスティはスパイではないとして、ラシル様に取り入ろうとした可能性は?」
ショウはここで論点をあえてずらした。
ルニエスティにかかる嫌疑は晴れたものの、この会議の着地どころを探るためだ。
「つまり、チャームや魅了の魔法ね。その発動兆候はあった?」
ミイはロメリアの方を向いて聞いた。
「無かったわ」とロメリア。
そして更に続ける。
「ラシル様の護衛をしていたんですもの。全ての可能性を考えて、そのどんな些細なことでも見逃さないわ」
ナスカも肯定する意見を述べる。
「精霊術と仙術には意思を阻害する術式がありますが、惚れ薬とか魅了とかはやっぱり魔法の領域になります。同じエルフ族として申し上げますが、ダークエルフでも難しいでしょう。それに、ラシル様に向かって使用するくらいなら、エルフの王に使っていると思います」
よしよし。
真面目な話になってきている。
ショウは自分の作戦が上手くいったと辺りを見回した。
そしてある一人の女性のところで視線が止まる。
セデナだ。
彼女はどこか納得していない顔をしていた。
ショウは嫌な予感がした。
「ラシル様は露出の高い服がお好みなのでしょうか」とセデナ。
ショウの笑顔が引きつった。
また不毛な話に逆戻りする予兆である。
「私たちのこの服も、変えたほうがいいのかしら」
「私たちが異端……なの??」
ショックを隠し切れないカトリーナ。
「布切れかぁ」
「ダメージジーンズというものがラシル様の世界にはあるらしい」
博識のベッフィーが無駄な知識を披露する。
「ダメージジーンズ?」
「攻撃を受けたのか?」
「違う。使用感を出すために、あえてボロボロにしたもの。破ったり、穴を開けたり」
「聞いたことがある。チラリズムというものじゃ」
クゥが乗っかった。
「いや、待って、よく考えて。みんなが着ている服もラシル様が選んでくださったものだよ」
焦ったショウが止めに入る。
「そういえばそうだった。それを破るわけにはいかないわね」
「そうだよ。そんなことしたらラシル様が悲しむって」
「でも、ラシル様は何に惹かれたのかしら」
「やっぱり…胸」
「私の胸ならばいかようにも……」と言ってロメリアは悲しそうな顔をした。
胸で言えば、ミイとエアノワリスはそこそこある。
クゥは成人体になればある。
どう頑張っても無いのは、エルフであるナスカ。
次に小さいのはペッフィーとセシュレーヌがいい勝負をしている。
「私もあるのに」とセデナ。
「いや、胸じゃないかもしれないわ」
「それはやっぱり……」
「うん……」
「残念ながら、下着だね」
「つまり、私たちも下着を着用しないようにすれば……」
「はい、ストップ」
疲れてきたショウは全力で止める。
「それはやめたほうがいいでしょう」
「どうして?」
「風紀が乱れます。百歩譲って、ラシル様の前だけであればいいでしょう。好きにしてください。しかし他の者もいます」
「そんなの些細な問題よ。ブラインドネスの呪文とか、いろいろあるわ」
「いや、それは流石に師匠は望まないでしょう」
「ではショウ、あなたは何に惹かれたのだと思うの?」
ナスカの問いに皆の視線がショウに集まった。
「それはですね。意思の強さではないでしょうか。ラシル様は昔、ギルドに入る前の我々を助けてくださいました。その際に意思の話もしていたのを覚えていますか?」
「その話、私も聞いたことがあるわ」とナスカ。
「ルニエスティというダークエルフは、追い詰められ、身なりもきちんとできなくても、恐らく堂々とした態度をしていたのでしょう。違いますか?」
「その通りね」とナスカが同意する。
ショウが尤もらしく説明を続ける。
「どんな状況下にあっても、媚びることなく、諦めず、志を貫く。しかし頑固にはならず、最終的にはラシル様に従属するという選択をした柔軟性。その姿勢が師匠の心に響いたのではないでしょうか」
「なるほど」
みんな一様に頷いた。
「つまり、皆さんはこのままで良いのです。皆さんのような、皆さんに似た女性がこの世界にもいたことが、師匠にとって驚きだったのでしょう」
全員の目が輝いた。
ナスカを除いて。
「でもそれは後になってから気付いたのでは? ラシル様はルニエスティの態度を見る前から胸を見ていたわ」
「それは師匠に不敬ですよ」とショウは畳みかける。
ここは勝負所だとショウは思った。
「師匠ならば対峙した者の本質など、すぐに看破するでしょう」
「それもそうね」
ナスカも納得したようだ。
「我々も、より一層精進しましょう」
ショウは無理矢理話をまとめた。
「流石はショウね」
「あなたをこの会議に呼んで正解だったわ」
会議の出席者からの賛辞に、ショウは笑顔を向ける。
しかし、内心は違った。
この人たちは一体、何に納得したのだろう。
会議の出席者は、海千山千の化け物。
仙術レベルや戦略レベル、様々な次元においてショウよりも頭の回る人たちばかりである。
ショウはわからない。
でもこれでいい。
どっと押し寄せてきた疲労感がショウを襲った。
徒労感、と言うべきか。
会議はお開きになり、出席者たちは通常業務に戻って行った。
温泉にでも入って休もうと思い、ショウも席を立つ。
会議室を出て、大浴場に向かう途中、ラシルとすれ違った。
すぐに体を端に寄せる。
「お疲れ様、ショウ」
「お疲れ様です。師匠」
「なんか会議していたようだけど」
女性幹部会議の存在はラシルにバレている。
しかし、その内容までは知られていない。
「何か疲れしているようだし、話し合っても決まらないことがあるんじゃないか?」
「確かに決まらないこともありますが、率直な意見をぶつけ合っています」
「もし重要な案件であれば、俺も出席したほうがいいかな」とラシルは何気なく言った。
ショウは内心で汗をかいた。
今日の議題など、ラシルの注意を引くために下着着用を止めるべきかどうかというもの。
こんな馬鹿馬鹿しい話を、師匠の前でするわけにはいかない。
なんとしても、会議の内容は表に出してはならない。
そして、会議の暴走を許してはならない。
「ほら、師匠の前だとみんな遠慮しますし。幹部だけで話したほうがいいこともありますので」
「俺がいるとみんな遠慮するのか。ちょっとショックだな……」
「そういう意味ではないですよ。師匠を煩わせたくないだけです」
「そ、そうか? まぁでも、困ったら声をかけてくれよ?」
「はい!」
ショウは笑顔を見せる。
ラシルが去り、ショウは冷や汗でぐっしょりになっていた。
これから温泉に入るからちょうどいいのか悪いのか。
こうして、ショウは一人で全てを背負い込むのであった。




