076_ダークエルフ3 ナスカ出陣
さて、どうしたものか。
難民と難民を追っている勢力。
ダークエルフの村を焼き、追い詰めて、殺戮しようとしているエルフ。
全滅させたほうがいいのか。
これは追い払うだけにしようか。
殺すのはやり過ぎか。
ラシルは迷っていた。
「それでは私が」
ナスカは跪き、燃えるような目でラシルを見る。
ナスカは同胞を救いたいとかそういうことを考えているのではないだろう。
同胞はどちらかというとエルフのほうだし。
ダークエルフを助けたいとかそういうことではないはずだ。
ただ、拠点を守りたいという意思が強い。
もちろん、その前提としてラシルのために何かをしたい、役に立ちたいという強い想いがある。
「同じエルフですし。相手の出方を見たいと思います」
「わかった。それじゃあ頼むよ」
「捕らえますか?」
ナスカが真っすぐにラシルを見て微笑む。
私なら全て上手くやれますよとでも言うように。
全員殺す、捕らえる、逃がす。
どれがいいだろうか。
情報を相手に与えないというのを重視するのであれば、殺すか捕らえるのが良い。
しかし殺したら悪評を免れえない。
まぁ、今更だけど。
ゲームであれば、すべて捕らえることができれば、情報漏洩の心配もないし最も合理的なのだが。
エルフの勢力はおよそ5千。
ちょっと多い。
難民相手には戦力過剰だ。
ここは被害者に聞いてみよう。
「どうする? ルニエスティさん」
「甘い考えだというのは分かっています。しかし、全て殺すと言うのは……」
「あなたがたを殺害しようとしているのに?」
「我々は我々が生き延びて平穏に暮らせるのであれば、それでいいのです。皆殺しというのは遺恨が残りかねません」
「生き残りを許すと、将来復讐される恐れがあるのに?」
「それは……」
「侵略軍の中には、エルフの王に嫌々従っている者も多くいます」
「そうだとしても、また嫌々殺しに来るかもしれない」
「その通りです」
ルニエスティの意向は理解した。
少し面倒くさいことになるかもしれないけど、生かして返すことにしよう。
スパイもいたし、これで終わるとも思えない。
「ナスカ。なるべく殺さないように。撤退させることを目的で。あと勧告を忘れないように」
「畏まりました」
ナスカとロメリアが立ち上がる。
ロメリアが目を瞑り、声を発する。
その声は拠点の建物内外問わず、拠点バリア内全域に響いた。
「総員、第四種迎撃態勢。警戒レベル二。繰り返します。第四種迎撃態勢。警戒レベル二」
第一種は、迎撃システムと人的資源を総動員した迎撃。
第二種は、迎撃システムのみを動員。
第三種は、人的資源のみを動員。
第四種は、別命を受けた者のみが動員。
第五種は、経拠点等への撤退である。
警戒レベル一は、通常の生活を続行しながら気を付ける。
警戒レベル二は、一部の者は警戒態勢に入る。
警戒レベル三は、みんな仕事をストップし、待機するレベル。
警戒レベル四は、総員戦闘態勢。拠点内の索敵を含む。
警戒レベル五は、全力で敵を排除。
「では行ってまいります」
「頼む」
「はっ」
ナスカが一礼し、退室した。
「大丈夫でしょうか」
ルニエスティがナスカの背を見て、不安そうに言う。
「大丈夫。全滅もさせられるけど、追い払うだけにする」
「相手は武装し、戦闘訓練を受けた正規兵です。どれだけ強いと言っても一人では……」
「まぁ、見てなって」
これで敵対関係確定かな。
あまり敵は増やしたくないのだけど、仕方がない。
誰かの味方をするということは、誰かの敵になにるということと同義なのだ。
「また敵が増えてしまったね」
ラシルは少しも気にかけていないように言った。
「どれだけ敵がいようとも、わたくしがラシル様をお守りします」
ロメリアがうっとりするような笑顔を見せる。
「守ってもらうだけの男じゃないさ」
「はい」
ロメリアは更に嬉しそうに笑った。
そうこうしているうちに、ナスカが飛び立っていった。
画面にナスカの後姿が移される。
敵将と思われる騎乗したエルフの前に降り立ち、ナスカは堂々と宣言した。
「ここから先はラシル様の領土です。お引き取りください。なお、話し合いなどを望むのでしたら応じます。それ以外の侵入は敵対行動とみなし、迎撃いたします」
声を拡張していたので、全軍に聞こえただろう。
さて、どう出るか。
予想はできるが。
エルフたちはざわめいた。
軍の前に前に出てきたエルフは1人。
何を言うかと思えば、対話か撤退しろと言ってきている。
5千の軍勢の前に1人。
簡単に倒せそうである。
1対1ではない。
1対2でさえない。
1対5千なのだ。
この1人になにができるというのだろう。
それもラシル様という単語から、このエルフには主人がいる。
このエルフは族長や王ではなく、部下の1人でしかないのだ。
ナスカは相手の将を真っすぐ見据え、返答を待った。
返答が帰って来る少しの間、過去の自分について、想いを巡らせた。
立場が変われば言うことが変わる人がいる。
ナスカはそういう人は好きではなかった。
むしろ、大嫌いだった。
ゲームの世界でもエルフというのは厳しい身分制度があり、その身分に応じた態度や振る舞いを求められた。
ナスカの父はそれほど偉くないにしても、一般的なエルフよりほんの少しだけ高い地位にいた。
ナスカはエルフというのは誇り高い存在だと教えられて育ったものの、ナスカから見て、ナスカの父はそれを実践しているとは言えなかった。
自分より上の位の人間に顎で使われるような所を何度も見かけた。
父の上司は父をゴミでも見るかのように見下していた。
ナスカはそんな父の様子を見る度に癇癪を起こし、父に詰め寄った。
エルフの誇りはどうした、どこへ行ったと。
その後色々あって、ナスカは今の立場にいる。
立場によって発言が変わる人間。
それはナスカの父だった。
好感は持てないけれど、理解はできると昔ラシル様が言っていた。
立場や状況で物を言う人間は、立場や状況で言うことが変わる人間だ。
そういった人間は、自分ではなく、何か組織や集団と言ったものが大前提にある。
個人よりも大きな何かの、歯車の一部になっている。
それを否定する気はない。
しかし、その前提に価値があるのか。
前提となっている組織や社会といったものに、それほど価値があるのか。
ラシル様は、そんな価値のあるものは見たことがないと言っていた。
あるかもしれないけど、まだ見たことがない。
それも、今なら分かる気がする。
でも、同時に分からない。
ルニエスティを見ているとどこか危うい感じがするし、もっと上手くやれるんじゃないかと思う。
ダークエルフが全員殺されるくらいなら、エルフに取り入る方法だってあるはずなのだ。
膝を屈して、奴隷になったとしても生き延びる道はある。
立場によって言うことを変えれば、流れる血も少ないし、困難に直面しなくて済む。
でも、困難に立ち向かわなければ、得られないものだってある。
今の自分の立場のように。
ナスカは今、幸せだった。
ラシルのギルドメンバーであるということに誇りをもっていた。
ラシルの否定する、価値のある大前提をナスカは得たのだ。
だから今なら分かる。
ほんの少しだけ。
ナスカはラシルのギルドに入る前、それはそれは生意気だった。
ナスカは背ラシルのギルドに入って変わった。
目の前にいる者たちも、おそらくこれから出てくるエルフたちの代表も、2択しかない。
変わるか、変わる前に滅びるかだ。
そう思うと、なんだか切なくなった。
足の長い馬のような生き物に騎乗したままの金髪エルフは、尊大な態度で言った。
「俺が王の1人に仕える将軍だ」
将軍はフンと鼻を鳴らし、ナスカを値踏みするように見た。
全身に注がれる、舐めるような視線に嫌気を覚え、何と返そうかと考えていたナスカだが、答える前に相手が挑発してきた。
「俺が出てきてやったんだ。跪け」
ほら、来た。
少なくとも、ラシル様はこんなこと言わない。
跪けなど、言われたことはない。
そう考えると、なぜか安心した。
このエルフの背負っている者には、おそらく価値がないんだと思って。
ラシルという存在が、とても価値のあるものだと再確認できた。
「つまり、下っ端ということね。聞こえていなかった可能性はないと思いますが、もう一度言います」
ナスカは努めて心を落ち着けると、堂々と言い放った。
「ここから先はラシル様の領土です。お引き取りください。なお、話し合いなどを望むのでしたら応じます。それ以外の侵入は敵対行動とみなし、迎撃いたします」
自信満々のナスカに、エルフの将軍は顔を思い切りしかめた。
「馬鹿か。こいつは」
将軍は周りにいるお伴も蔑みの目でナスカを見ている事を確認した。
そして自分の圧倒的優位を確認した。
「楽に死ねると思うなよ。捕まえて耳を切って奴隷にしてやる。散々可愛がってから殺してやる」
嘲笑が飛んできた。
拠点内で様子を見ていたラシルはイラっとした。
これはラシルにとって、所有物に対する侮辱だった。
ラシルはすぐにナスカに念話する。
「ナスカ。そこのリーダーはお前の判断に任せる。好きにしていい」
一瞬の間の後、ナスカは返答した。
「畏まりました」
返事に一瞬を要してしまったのは、あまりにも嬉しかったからだ。
ナスカは嬉しかった。
歓喜が身を突き抜けた。
ラシルに名前を呼んでもらえた。
名前を呼ばれて、直接の指示まで頂いた。
何より、ラシルはナスカに対する将軍の物言いに怒ったのだ。
これ以上嬉しいことはあるだろうか。
そして、今、ラシルの声はナスカにしか聞こえていない。
圧倒的な独占欲。
ナスカは愉悦に浸る。
鼻歌を歌い出してしまいそうになる。
でも油断はしない。
ナスカはラシルが。見ていることを忘れない。
顔を引き締める。
「あなたは私を侮辱しました。生きては返しません」
「はっ」
将軍がまた鼻で笑った。
「配下のみなさん。投降するなら命の保証はします。そうでなければ、容赦はしません」
ナスカは喜びを悟られないように、事務的で無感情に言った。
「それだけか?」
「警告はしましたよ」
「ふん。どうやら死にたいようだな」
将軍が勝利を確信して笑う。
とても汚い表情だとナスカは思った。
敵対してしまった。
可能ならば説得せよという指示だったが、それはできなかった。
それは相手があまりにも、あんまりだったからだ。
ラシルの許可は得た。
あとは将軍を名乗っている指揮官以外、可能な限り生きて返すという任務。
全軍は5千人程度。
騎乗している者が1000余り。
後は歩兵。
装備は軽装備。
ライトアーマーに細長い剣と弓。
恐らく魔法も使うだろう。
驚くことに、ほとんど全てのエルフが戦闘レベルをカンストしている。
エルフの通常進化種である精霊種に進化している者多数。
レベルはおおむね20から40程度。
自称将軍とその取り巻きが高くて精霊種レベル60。
戦闘レベルと合わせて、最も高い者でレベル160といったところ。
対して、ナスカは戦闘レベル、精霊種、そして実は仙人種までカンストしていた。
努力のたまものだ。
合計レベル、400オーバー。
相手にならない。
ナスカは一瞬で戦力分析を終わらせ、どう料理するか考えていた。
ラシルが見ている。
これは、自分の沽券に関わる。
ナスカが不敵な笑みを見せると、将軍も獰猛に笑った。
そして品のない将軍は雄たけびを上げる。
「全軍進めぇ!!!」
戦闘が始まった。




