074_ダークエルフ1 接触
精霊女王ロメリアは困っていた。
ロメリアはラシルのギルドの中で一番カルマ値が高い。
次に高いのは竜族のセシュレーヌである。
一見一番高そうな天使族のエアノワリスは、天使なのになぜかカルマ値がメルバコルよりも低いという意味の分からないことになっている。
メルバコルは心底納得しているが、エアノワリスはそれをデータエラーだと主張している。
それは置いておくとして。
今考えるべきは拠点の周囲の現状である。
ロメリアの拠点がゲームの世界から転移してきた先は、広大な大森林の中だった。
ラシルがいる禁城や他の拠点とのコネクションが取れ、偵察や探索をした結果、大森林の西端に位置することがわかった。
もう少し西に行けば陸が終わり、広大な海がある。
今、拠点に向かって続々とダークエルフが押し寄せてきていた。
東から来る彼らは敵ではない。
武器などほとんど持たず、防具なども付けていない。
この世界のエルフが一般的に来ている緑色のワンピースのような服を着ている。
丸腰同然の住民。
武力攻撃など考えていない。
隠密行動を取っているわけでもないからだ。
ロメリアは彼らを難民と断定した。
では何から逃げているのか。
それはホワイトエルフである。
通称エルフ。
エルフにはダークエルフとホワイトエルフがいる。
その違いはよく知られていないが、実は光属性と闇属性である。
ほとんどのエルフは光属性のホワイトエルフ。
彼らが大多数で、一般的にエルフと呼ばれている。
ダークエルフは少数である。
ただしそれはゲームの世界での常識。
もしかしたらこの世界では法則が異なるのかもしれない。
大森林に生息するエルフたちは大きく3つの勢力がある。
大森林の北、中央、南と分布している。
北のエルフは魔族と闘っており、南のエルフは獣人と戦っている。
中央のエルフは東の仙人たちと戦っているはずなのだが、今は一時休戦中だ。
その理由が白虎帝にあった。
戦うことが好きな白虎帝。
領土的関心はなく、純粋に強くなることを望んでいた。
その白虎帝が中央エルフと休戦した。
理由はエルフの持つ精霊属性の知識である。
強くなりたい白虎帝は、戦うよりも相手の知識を学んだほうが早いと考え、休戦したのだ。
中央エルフもそれに同意。
両者は一種の協力関係となった。
余裕ができた中央エルフは白虎帝との休戦の結果、他地域へと領土拡大に乗り出した。
他の地域とは大森林の西側。
今まで少数の里や村があった場所。
そのことごとくの村が中央エルフに吸収合併された。
普通のエルフはよかった。
その多くが民、若しくは労働力、最悪でも奴隷として迎え入れられた。
しかし、ダークエルフは違った。
異端者として、討伐対象となったのだ。
見つかったら殺される。
いくつかかあったダークエルフの村は焼き払われ、彼等はは西へ西へと逃げ延びた。
そして到達したのがロメリアの拠点のすぐ鼻の先だった。
ロメリアの拠点は強大な不可視のバリアに守られている。
どの種族でも、カンストしていないと気付くことができない。
逆に言えば、カンストしているものからすれば丸見えなのである。
が、しかし、それは発生していない。
ということは、運がよくまだ発見されていないか、カンストしている者がいない。
龍種たちでさえも、人化していたのは数人で、それも種族カンストすらしていなかった。
もちろんダークエルフたちもこの拠点が見えていないようだった。
難民の数は最初は300人くらいだったのが、1000人ほどになった。
その難民の集団の近くまでエルフの討伐隊が迫っていた。
ダークエルフの力は決して弱くはない。
全く同じステータスの、全く同じ条件1対1であれば、エルフに勝てるだろう。
エルフたちは武装し、ある程度の戦闘訓練をしている、いわゆる正規軍だった。
ダークエルフは丸腰の、武器を持たない集団。
どう頑張っても勝ち目はない。
現在追ってきているのはエルフの軍勢約1万。
10倍もの戦力である。
ダークエルフはどう転んでも勝ち目はない。
「ロメリア様、ラシル様はなんと?」
先くほどから切迫した表情で何度も問い詰めるのはナスカ。
ロメリアの副官で、種族はエルフだ。
エルフは人間に近い外見であるが、分類的には妖精である。
本質的にはロメリアに近い存在なのだ。
そのため、戦闘レベルがカンストすると、使える術は精霊術。
「今ようやく許可が下りたわ」
ロメリアは溜息をつくように言った。
正直、少し疲れていたのだ。
複雑な状況に対応するのは、ロメリアのあまり得意とするところではない。
「では、よろしいのですか?」
ナスカが確認のため、念を押す。
「それはダメよ」
「どうしてですか」
「ラシル様の御命令だもの」
「……わかりました。自重します」
ナスカは肩を落とした。
「ナスカは助けたくないの?」
「まさか」
ナスカは鼻で笑った。
上司であり上官のロメリアにいささか櫃令な物言いだったが、それほどまでにロメリアの言うことはナスカにとっておかしいことだった。
勝気なナスカのいつもの態度でもあるのだが。
ナスカとダークエルフは同じ種族。
目と鼻の先にいる困っている難民。
普通であれば、助けたいと思う人の方が多いだろう。
でもナスカは違った。
さっきから気がはやっているのは、助けたいからではない。
殲滅してもよいかどうかの確認をしていたのだ。
ナスカにとって、同じ種族だからとかそんなものは二の次でどうでもいいことだった。
ギルドという共同体が、ナスカの居場所であり、種族以上の意味を持つものなのだ。
ギルドは家族と言い換えてもいいかもしれない。
そのギルドに害を及ぼす可能性がある限り、それは殲滅対象以外の何者でもない。
「ラシル様がいらっしゃるそうよ」
「え! ラシル様が直々に?」
と、そこへ前触れもなくラシルが現れた。
転移してきたはずなのだが、2人とも術の発生を感知できなかった。
「よっ!!」
非常に軽い挨拶のラシルに対して、2人は最敬礼で出迎える。
「事態は流動的です。難民はこの拠点の目と鼻の先まで迫っています」
ロメリアが速やかに状況を報告する。
「それで、難民の中に紛れ込んでいる不審者の特定はできたのか?」
「抜かりなく」
ナスカが鋭い笑みを浮かべた。
劣勢だった火国を救い、奴隷になっていた火国人を救出したラシル。
戦争を起こした張本人と、それに加担した者たちを丸ごと罰して亡き者にしたラシル。
この事実だけ聞くと、弱い物を助けてる正義の味方のような存在だ。
正義の味方ではなかったとしても、限りなく善良な、正義感の強い人物。
なのにもかかわらず、難民の保護に時間がかかっている。
敵から逃げている人たちを保護するなど、簡単なはずなのに。
それには理由がある。
ラシルは善意で人を助けているわけではない。
ラシルは善良だとも考えていないし、本人に聞けば、正義感などもうとっくに枯渇していると答えるだろう。
火国を救ったのも、成り行きやたまたまといったものが半分と、残り半分は打算。
ギルドにデメリットが大きければ、見ず知らずの弱いものだって切り捨てるし、強い者におもねることだってする。
ある程度の良心はあるものの、それは戦略次元で二の次である。
それに弱者を助けたからと言って、それが必ず良いことばかりではない。
弱者の中には、潜在的強者というのが存在する。
どうしてもっと早く助けてくれなかったのだとか、もっと待遇を上げろとか。
助けられた途端に、権利ばかりを主張するモンスターに化けることもあるのだ。
そうなれば切り捨てればいいが、こちらの手の内を知られることにもなる。
それは避けなければならない。
では今回、難民への対応に時間がかかっているのはなぜか。
不審者の存在である。
姿かたちは周りのダークエルフと同じ。
しかし特定した3人の不審者はあるアイテムを持っていた。
遠くにいる者と通信できるネックレスや指輪だった。
不審者を特定したのはナスカ。
付近の偵察の折に、少数の難民を発見した。
続々と合流し、進行方向が拠点の位置と被っていたことで、ロメリアに報告。
敵対勢力かどうかの分析をし、難民をスクリーニングにかけた。
その結果、遠くにいる術者と通信できるアイテムを発見したのだ。
難民に紛れたその3名がどこの誰と通信をしようとしているのかはわからない。
アイテムは遠くからでしか観察できないし、詳細な分析もできない。
接触するわけにもいかないため、推測以上の判定はできない。
ベッフィーに見解を聞いたところ、音声データや画像データを送信できるアイテムである可能性が高かった。
このことから、この不審者3名はスパイと仮定した。
スパイ。
スパイには目的がある。
それは情報収集だ。
同一の共同体の内部の情報収集目的の場合もあるし、外部の情報収集の可能性もある。
このダークエルフの状況下から、外部勢力のスパイと判断。
その理由は明確だ。
内部情報の収集目的の場合、その前提として内部がある一つの方向に統制されていなければならない。
内部の反乱分子は内部の風紀の厳しさゆえに生まれてくるものだからだ。
でもこの集団にはほとんど統制がない。
「ミイの許可も取った。接触していいって」
「分かりました。殲滅ですね」とナスカ。
ニコニコしながらさっそく出撃しようとする彼女の肩をラシルは掴む。
「いや、違うって。救出だよ」とラシル。
「えっ」
「それではこちらの拠点の情報が相手にばれてしまいます」とロメリア。
「大丈夫。通信アイテムはバリアを通るときに壊れるはずだってベッフィーが言ってた」
「何かお考えがあるということですね」
「ある。スパイ活動を実施しているのがどこの勢力かあぶり出す必要がある」
「畏まりました」
「ナスカ、限りなくフレンドリーに。な?」
「わかりました」
殲滅でないと知ったナスカのやる気が萎み、ラシルから命令されたといううれしさでやる気が甦った。
不可視バリアの外に転移。
メンバーはラシル、ロメリア、ナスカに加えてギルドに所属するエルフの護衛が数人。
ここは刺激しないように、護衛のエルフたちには不可視の術をかける。
「ナスカ、まずは挨拶からだぞ」
ラシルが小声で話す。
「こんにちは」
「うぁーーーー!!!」
ダークエルフの集団が恐慌状態になりかける。
刺激を与えないようにいきなり出てきたのがまずかったのか。
「て、敵か?」
「違うわ。話を聞きたいの」
ダークエルフたちが困惑したようにお互いの顔を見合った。
拠点から遠距離魔法で見た時よりも、ダークエルフたちはボロボロだった。
昔は綺麗だっただろう服は所々破れていた。
斬られた後や怪我も目立つ。
「あなたたちの族長のところに案内してくれる? 危害は加えないから」
「わかった」
ダークエルフたちは頷き、何人かが族長を呼びにいった。
5分後。
軽装備の兵士ないしは自警団の住民に囲まれてやって来たのはダークエルフのお姉さん。
どうやら彼女がこの難民をまとめる長のような役割をしているようだ。
ボロボロの服。
破れた裾は限りなく短く、ミニスカートのようになっていた。
ワンピースの裾が破れているのだから、上しか着ていないのだ。
小麦色の健康的な足がギリギリまで見える。
エルフにしては胸も大きい。
幾たびの戦闘によって傷ついた服が、布切れのように張り付いているだけに見えた。
意図しない煽情的な恰好に、ラシルは眩暈を覚えた。
こっ、これは!!!
ラシルの心の声に反応したロメリアが、悲しい顔をしてラシルを見る。
同時に後ろから鋭い殺気。
ナスカだ。
ラシルは咄嗟にダークエルフの長から視線を外した。




