007_周囲の探索3 レベリング開始
次の日。
ログアウトできなくなってから2日目。
ベッドから身を起こし、寝ぼけた目でラシルは周囲を見回した。
昨日と変化なし。
少しだけ嬉しく、少しだけ残念だった。
着替えようとクローゼットに近づくと、あることに気付く。
汗臭い体、眩しい陽の光。
妙にリアルだった。
もちろんこんなことは一度も無かった。
ゲームでは不必要な要素だからだ。
ここにデータ量を割く意味が無い。
汗の臭いがしたのも、日の光が眩しいと感じるのもおかしい。
本当に現実になってしまったのだろうか。
そんな馬鹿なことはないと思いつつも、実際のところ、少し戦慄した。
いくらなんでも、ここでこのまま目覚めるとは想像していなかったからだ。
もうすぐゲームの連続プレイ限界時間の9時間が過ぎて、強制的にログアウトすることになる。
そう思って目を閉じたのが昨夜。
起きたら未だにゲームの世界。
恐怖体験だ。
本当にゲームの世界なのか?
これはいよいよ腹をくくるしかないのかもしれない。
普通の人ならパニックを起こしたりすると思う。
現実に戻れなければおかしくなるだろう。
脱出できないというのはそれほどの衝撃がある。
だけどそれは普通の人ならばの話だ。
仕事があって、家族がある。何か大事な予定が入っているかもしれない。
けれども俺にはそんなものはない。
仕事はあるけど、どうでもいい。
現世に全く未練が無い。
どのくらい無いかというと、全く無い。
心は自分でも驚くほど平静だった。
この世は幻。
夢か現実かはすぐに分かる。
夢の中では、夢であることに気付く。
現実では、現実だということに気づく。
その理由は多分、情報量だ。
夢の世界ではうまく走ることができない。
映像も鮮明ではない。
細部までのディテールが無い。
ああ、これは夢なんだなと、不明慮な意識でなんとなく気付く。
他の人はどうか分からないが、少なくとも俺は気付く。
それは、夢の中は情報量が足りないからだと思う。
ではこの世界は?
今までいた世界より、現実よりも情報量が多い。
現在の意識や思考もとても明瞭だ。
判断能力もある。
よし。
結論が出た。
つまり、元の世界は嘘なのだ。
しかしゲームではないとすれば、いったいこれはなんなのだろうか。
例えば、レベルという概念はどこから来るのだろう。
前にいた現実世界ではレベルという概念などもちろんなかった。
レベルとは、いわゆる数値だ。
換算できるもので、目的、そこに達するまでの過程や行程なんかを数値化したものだ。
現実世界において、数値で図れるものなんて数少ない。
学校での試験なんかは点数がつく。
テストには問題があり、それに対してどのくらい正確に答えられているか、何問正解したかが数字になる。
試験で数値化されてのは、習ったこと、学んだことをどの程度理解しているのかということ。
点数に基づいて順位が出され、優劣が決まる。
しかしその数値化は、絶対的なエラーを含んでいる。
出される問題や、その日の体調によって解ける問題が変わってしまうこともある。
点数は一つの目安であって、絶対的なものではない。
でもレベルというのは絶対的なものだ。
何もしなければ下がることはない。
勉強はしなければ忘れていくが、レベルは下がることなんてない。
いや、もしかしたらあるのかもしれない。
陸上や水泳とかのオリンピックで出されるベストタイムだって、常に一定というわけはない。
数値化できて、明確な増減があるのは、例えば財布に入っているお金の合計金額。
保有している財産とかだ。
人間の能力を数値化するのには無理がある。
簡単ではないし、絶対ではない。
でも元の世界と違うところがあるとすれば、この世界には魔法がある。
前の世界に無かったもの。
だからレベルなんていうものがあったとしても不思議じゃないのかもしれないけど。
どういう原理になっているのかは知らないが。
それは一先ず棚上げすることにする。
色々検証して、この世界の住人に機会があれば聞いてみよう。
次に死んだらどうなるのか。
復活できるのか。
できるとすればどういう条件で?
では回復は?
これも早い段階で実験して置くべきだろう。
この世界の特質は、元の世界と違って極めて暴力的な点だ。
レベル、魔法、武器があり、モンスターがいるということは、そういうことなのだ。
この世界は暴力が大きな力を持つ。
それもレベルによって一個人の戦力が天と地ほどの差がつく。
前の世界では、一個人が持てる力などたかが知れていた。
権力という力があるけれど、それは一人では弱いから組織というものを作り、その権限をまとめているに過ぎない。
銃や戦車、兵器というものの力は強いけれど、それを作ったり、維持したり、運用したりするのには膨大な手間と時間とお金と人員が必要だ。
この世界では、そんなものはいらない。
レベルの極めて高い者が一人いるだけで、状況が一変する。
そんな構造をしているこの世界では、力が強い者が国や集団の管理をしているはずだ。
そうでなければならない。
そうしなければ成り立たない世界構造なのだ。
政治というものは、圧倒的強者や絶対者が不在な場合に発展していくものだ。
この世界には恐らくそういった存在がいる。
中途半端に力を持っている者が支配している国では、統治機構としてそれが成り立っているとしても、国家は長続きしない。
この世界の住人全員のレベルがカンストしている場合は、今考えた前提が覆されることになるが。
この世界の支配層にいる者たちは何を考えて、どういった目的で意思決定をし、行動しているのだろう。
それは被支配階層を見れば自ずとわかってくる。
そういった者達に接触するためにも、まずは強くならなければならない。
悪意ある相手にに備えなければならない。
そのために強くなる。
最大限の安全マージンを取りつつ、可能な限りレベルを上げる。
とりあえずの方針は決まった。
部屋を出て、皆が待っているであろう会議室へと向かう。
部屋の外には護衛が7人も控えていた。
その内の4人だけが付いてくる。
臨戦態勢を維持し、夜の間代わる代わる見張りについてくれていたのだ。
「ラシル様はお休みください」という言葉に甘え、軽く考えて寝てしまった。
今日からは本気で行かなくてはならない。
「おはようごさいます」
会議室に入ると、ミイが丁寧に、恭しく頭を下げた。
他の者も跪いている。
ほとんど徹夜で事態に対処していたというのに、目にクマはない。
全く疲れていないとでもいうような、優雅な笑みを向けてくる。
椅子に座り、一人一人皆の顔を見ていく。
配下は全員、固唾を飲んで言葉を待っている。
「昨日までは軽く考えていたが、どうやらゲームではないようだ」
「はい。仰る通りかと思います」
ミイが肯定し、クゥやショウ、ニボシが真剣な表情で頷く。
皆の顔をもう一度見渡した後、少し間を開けて俺は言い放った。
「本気で、この世界を攻略しようと思う」
ミイが妖しく笑った。
ショウも何かが待ちきれないといった様子で頷く。
いつも冷静なニボシも興奮しているようだ。
「きゅいー!!」
クゥちゃんも嬉しそうだ。
朝食の後、俺は全員を禁城の前に整列させた。
昨日の会議で決まったことはその日のうちに全員に通達されていた。
ショウが中心となり、小隊や中隊、大隊を編成。
人間と獣、家族構成や年齢、性別に配慮してバランスの良い編成にしたという。
全員、服装は初心者訓練用プロテクトスーツ。
ボクシングのフェイスガードを被り、ダサいプロテクターを着用した集団が目の前にいる。
異様な光景だ。
これでポップな音楽でもかければ、危ない新興宗教のできあがりだ。
いくつか訓示のようなものを言って皆を激励し、大隊単位で行動を開始する。
俺たちもすぐに出発。
パーティは昨日と同じミイ、クゥ、そしてショウ。
ニボシが留守番をしている。
大隊2つが東へと進み、大隊1つと俺のパーティが北へ。
途中で中隊ごとに分かれて行動する。
安全マージンを取りつつモンスターを狩るのだ。
途中で町や村を見つけた場合は、接触せずに距離を取って発見されないようにすることも徹底した。
なぜなら、それは非常に危険だからだ。
こっちの世界のルールや一般常識が分からないし、言葉も通じるかどうか不明なのだ。
接触するのはもっと情報を集めて色々と考えてからの話。
昨日レベルが少し上がったせいか、比較的楽に進んだ。
狼はほとんどが単体か2体で出現。
3匹以上で現れることは滅多になく、対処も楽だった。
レベルの一番上がっていたミイが槍で押さえこみ、狼の攻撃を封じる。
そこにクゥと俺で切り込む。
ショウは後ろから弓で応戦。
昨日一日、一緒に行動したおかけで連携も取れている。
久しぶりの肉体を使った近接戦闘。
体の動かし方も分かってきたので、サクサクと狼たちを狩っていった。
前の武器が使えたらと思う。
仙術や魔術を使えば、それこそ一撃で、一瞬で敵を屠ることができる。
そうすればもっと効率的にサクサクとレベルを上げることができるだろう。
そんな思惑もあったが、時間のかかるレベリングを俺たちは楽しんでいた。
状況も分からない中で不謹慎かもしれないが、体を動かすことで不安や鬱憤などが晴れた。
倒せば倒すほど、強くなっていくのが分かったからだ。
レベルが1になる前、ゲームの世界では最強と言っていいくらい強かった。
ゲーム発売とサービス開始当初から初め、10年以上もプレーしているのだ。
強くなっていないとおかしい。
強くなるためには、強くなろうとして努力するよりも、自分なりの哲学を持ってゲームに臨んだほうが、結果として強くなった。
最近はどんなに強い敵でも一撃で倒すことができたし、攻撃する時に命の危険を感じることなんてなかった。
剣を使っての肉弾戦や近距離物理攻撃をするのも、かなり久しぶりだった。
昔の懐かしい感情が甦ってくる。
「ミイ、大丈夫か?」
「何がですか?」と言ってミイが首を傾げる。
それを見て、ラシルはやさしく笑った。
「怖かったらいつでも言うんだぞ」
「……」
ミイは渋い顔をして、そっぽを向いてしまった。
ミイと最初に出会った頃、子どもだったミイは戦闘経験など無い子どもだった。
武器なんかも持ったことがない普通の女の子。
普通の女の子が武器を持ち、モンスターと対峙するとどうなるか。
怖いと絶叫してぎゃんぎゃん泣いた。
当然の話だ。
だからラシルにとって、ミイはぎゃん泣きする臆病な女の子というイメージが強い。
ヘイムズでは文字通りモンスターを倒した者にしか経験値が入らない。
だからミイのレベルを上げるためには、どうしてもミイがモンスターを倒さなければならなかった。
ラシルが倒すわけにはいかなかったのだ。
ミイは最後の一撃を決める必要があった。
ラシルの攻撃によって弱っていると頭でわかっていても、モンスターは怖い。
効率よくこなしてもらうために、レベリングを実施したのが魔界だったというのも原因かもしれない。
魔界にいるモンスターというのは、普通の動物などではなく、奇妙なグロいモンスターがたくさんいた。
充血した眼球に鳥の足が生えたようなやつ。
毛むくじゃらの顔だけでギャーギャー騒ぐやつ。
のっぺりとした細長い身体に首の無いやつ。
四本足の魔獣とかであれば、見た目は可愛いほうなのだ。
なんの耐性もない子どもからすると、こういったモンスターは怖いと思う。
ラシルから見てもホラーというよりサイコパスチックなモンスターだった。
ミイはモンスターを見て、絶叫しながら走り回り、ラシルに諭されると泣きじゃくりながら槍を突き出した。
「もう子どもじゃありません」
ミイが顔を赤くして顔を背けている。
「うんうん。でもな、怖かったら言うんだぞ」
「ラシル様、レベリングに集中してください」
おっと、注意が入った。デリカシーは大切だ。
というわけで攻撃相手の変更。
「そういえばショウも……」
「師匠! 戦闘に集中しましょう!」
自分の恥ずかしい話になると思ったのか、またもや正論が飛ぶ。
ミイとショウは恥ずかしさを紛らわせるためか、戦闘のペースを速め、次々と狼を狩っていった。
決められた作業のように淡々と。
一匹を狩り終えると次を探し、また次を狩り終わったら次という風に。
一日が終わる頃には、みんなだいぶ強くなっていた。
禁城に戻ってレベルを確認する。
ミイはレベル8、俺とキクゥはレベル7、ショウは6になっていた。
確かなことは分からないが、草原で出てくる狼は恐らくレベル5程度だと思う。
各方面に派遣した大隊もレベル3~5になっていた。
怪我人は数人。
すぐに下位の回復薬で回復したそうだ。
中には全員レベル6まで到達した小隊もいた。
半日なのに怒涛の勢いでモンスターを狩っていったのだそうだ。
無理をしないようにと再度指示を出すが、俺のために早く強くなりたいとのこと。
気持ちは有り難い。
が、リスクと効率を重視しつつ、安全マージンも最大限取るように徹底させる。
この日も禁城には敵やモンスターなどの攻撃が無かったと報告を受けた。
皆に水浴びをさせ、狼の肉とアイテムボックスに備蓄してある穀物類の食料を食べて、この日は早めに就寝した。




