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066_研修所12 屋上


 フーリュはいつの間にか止めていた息をゆっくり吐いた。

 一緒に見ていたアム、メビイとメイユも同じ。

 仲良くなった4人で観戦していたのに、雑談するとかお喋りをする暇なんてなかった。

 ただただ圧倒されていた。

 目の前で繰り広げられたとんでもない戦いに、呼吸をするのを忘れて見入っていた。


 戦いに勝ったのはセシュレーヌ様。

 しかし、勝ち負けがどうでもいいと思えるくらい、凄い戦いだった。

 ナカムラさんをはじめ、神仙の方々を知るにつれて、驚くことも少なくなったとフーリュは自負していた。

 最初は驚いても、そのことに慣れてきたと。

 神仙さまの見たことのない力と、とんでもない強さ。

 ナカムラさんは確かに自分は一般市民で、上には上がいると仰っていたが、その強さはナカムラさんより少し強いくらいだと勝手に想像していた。

 でもその自負は完全に間違っていたことが分かった。

 ラシル様にお仕えする幹部の方々、その途方もない強さと戦力の一端を垣間見た気がした。

 ラシル様とは一体どれほど途方もない存在なのだろう。


 開始直後、セシュレーヌ様が大量の大型竜を召喚されたことには誰もが腰を抜かした。

 そして同時に、これでセシュレーヌ様の勝ちが確定したと誰もが思った。

 次にメルバコル様が召喚したもの。

 大きな光の球体。

 色とりどりに光り輝いているそれは、強そうだというよりもきれいだという感想を見る者に抱かせた。

 これは何だろうと隣のメビイに質問する暇もなく、戦闘が開始された。

 竜たちが球体に突っ込んでいき、攻撃を加えるも、無傷。

 辛うじてダメージを与えてるのは竜のブレスといった物理攻撃以外のものだった。


「あれは……精霊? いや、でもまさか……」


 メイユが一人ブツブツ呟いているのが聞こえ、何を言ったか聞き返そうとするとフィールドに異変が起こった。

 青くて大きな模様がフィールドを包み、空を飛んでいた竜たちが次々と地上に落ちて行ったのだ。


「何、何?」


 どうやらメルバコル様の陣営の羊さんが何かをしたよようだ。

 そして今度は同じメルバコル様の陣営のとても綺麗な女の人が何かをした。

 さっきまで高速で飛び回り、竜と戦っていた人だった。

 その女の人がした何かで竜たちが起き上がり、同士討ちを始めた。


「ぇ、怖っ……」

 声が漏れてしまった。


 アムとメビイは真剣に、食い入るように見つめている。


「水の術式? いや違う……」

 メイユはまだ何やら呟いている。

 完全に一人の世界で考えているようだ。 


 素人目に見ても、メルバコル様が有利に見えた。

 怒ったセシュレーヌ様陣営の男の人2人が凄いスピードで戦闘が繰り広げられている場所へ飛んでいく。

 その2人を邪魔する何かが出現。

 黒い霧? もやのようなものに包まれた。

 大画面のスクリーンが2人をアップする。


「あれは……蠅?」


「蠅?」


 推測を話し合っている暇なんてなかった。

 メルバコル様が特攻を仕掛ける。


 そして、それは起こった。

 激怒したセシュレーヌ様が両腕を振り上げ、それを下すと、全てが消えた。

 空から落ちてきた2つの手。

 大画面のスクリーンの映像が一瞬かき消され、地面に叩きつけられた。

 その攻撃? はメルバコル様の陣営が召喚された光の玉や蠅を打ち消し、竜を元通りにした。

 驚きで口を半分開けたままだたった私たちは、セシュレーヌ様の勝利を宣言するアナウンスの声で我に返り、呼吸を開始したのだ。



「あれは、あれは、いったい、何?」

 メイユが誰にともなく問いかけた。


「私たちには分からない。ただ一つ言えるのは、とんでもなく強いということだけ」とメビイ。


「竜って、あんなに弱いの?」とアム。


「いや、それは違う。メルバコル様は竜が召喚されたのを見てからあの球体を出した。対処したんだと思う」

 と冷静に分析しているメイユ。


「私、訓練で少し強くなれたかなと思ったんだけど……」


「まだまだ道は果てしなく長いみたい」

 アムの言葉に、メビイが続けた。





 研修所の屋上に残ったのはフーリュ一人。

 アムとメビイは見学したり訓練させてもらうと言って闘技場に戻っていった。

 付いてこないかと2人に誘われたフーリュは断った。

 この試合を見たメイユもやる気になり、勉強するといって図書館へ戻った。

 フーリュは一人、戦いの余韻に浸っていた。

 屋上は穏やかな風が吹いている。

 高地特有の強い風は研修所に張られた不可視防壁によって防がれ、建物の風化を防いでいる。

 別の場所から流れてきた空気が、フーリュの肌に優しくあたり、またどこかへ流れていく。

 様々なことが頭に上ってきて、考えが上手くまとまらない。

 

 どのくらい時間が経過しただろうか。

 ボーっとしていると、いつの間にか隣に男の人が立っていた。


 !!!


 いつからそこにいたのか、フーリュには分からなかった。 

 誰? 敵? 不審者?

 とっさに身構えてしまいそうになるフーリュ。


「やぁ、こんにちは」


 男の人が話しかけてきた。

 ボーっとしていた頭を切り替え、フーリュは考えを巡らせる。

 この研修所に不審者なんていない。

 防壁が完璧に機能している。

 ラシル様の土地であるこの場所に、完璧に巡らされた防壁を乗り越えてくることができる人などまずいない。

 不審者である可能性が消える。

 この研修所の訓練生かな?

 さっきまで屋上にいた大勢のうちの一人かもしれない。

 そうすると、挨拶を返さなければいけないと思い至る。


「あ、こんにちは」


 挨拶を返すと、青年くらいの男の人は微笑んだ。

 

「君は訓練生かな?」


「は、はい! そうです!」


 フーリュは敬語に切り替えた。

 多分、ラシル様の民の方だ。

 先生としてこの研修所にいらっしゃる、神仙さまの一人だと断定した。


「そっかそっか。どう? ここの暮らしは」


「すごいです。とっても」


 感想を効かれたフーリュは素直に答えた。


「凄い、か」


「はい、本当にすごいです」


「はは。なにが凄いのかな?」


 苦笑している男の人を見て、フーリュは凄いしか言っていない自分に恥ずかしくなった。


「食べ物は美味しいし、温泉は気持ちいいです。戦うのも楽しくなってきましたし、住みやすくてベッドはフカフカだし。何より友達もできました」


「慣れない環境で戸惑うことも多いと思う」


「最初は戸惑いました。水の国の人とか、他国の人もいたので」


「そうか、君は火国の子だね」


「はい。でもみんな仲良くなってきています」


「それはよかった。ナショナリズムを乗り越えられたようでなにより」


 フーリュはナショナリズムとは何か分からなかったけど、文脈から推理して、思っていることを素直に口にした。


「今はみんなラシル様の民だという自覚が芽生えてきましたので」


「ははは。ナショナリズムから脱却したんじゃなくて、塗り替えただけか……」


 男の人は乾いた笑いを漏らして言った。


「友達は一緒じゃないのかい?」


「はい。さっきまで一緒に試合を見ていたんですけど、闘技場や図書室に行きました。あと、他にも竜王城に連れて行ってもらって料理を学んでる子もいます」


「そうなんだね」


「はい。ここの料理は見た子のない素晴らしいものなので、それを学ぶんだと言っていました」


「うーん。もうちょっと食文化が良くなればいいと思うんだけどね」


 ???

 どういうことだろう。

 今のままで十分じゃないかとフーリュは思った。


「各国への食料援助も、みんな備蓄に回しているのが現状なんだよ。そんなことしなくてもいいのに」


「どういうことですか?」


「仙術を使えるようになると、農業も楽になるのさ」

 男の人の話はすごかった。

 到底信じられないような内容だった。

 特別性の農機具と仙術を使えば、数日で農作物を収穫できるようになるという。

 飢饉とかが無くなるのだ。

 あとは品ぞろえと料理の腕、創意工夫、そして食材の幅を広げなければならないのだそうだ。


「ここで学んでくれた人がそれぞれの故郷に帰れば、農業が発達するし、食文化も発達する。そういう循環を生みたいんだ」


「素晴らしいお考えですね」


「それに強くなれば防衛も自分たちでできるようになる。そして余裕が出れば他の拠点もあるから、そこでも働いてくれるといいんだけどね。まずはここでの教育がベースなんだ」


「そうなんですね」

 他の拠点という単語がフーリュには分からなかったが、他の国の町や村の話だろうと考えた。


 男の人はその後もこれからの話を熱く語った。

 所々、分からない部分や単語が出てきたけど、大まかな話の流れにはついて行くことができた。

 ここで学ぶ人を増やせば、生活や暮らしぶりが豊かになり、戦争もなくなる。

 そうすれは色々なことができるようになる。

 そのために先生になる人を増やしたい。

 大体こんな感じだった。


「壮大な計画ですね」


「うん、まあね」


「きっと叶いますよ。この研修所もすごいですし、ラシル様という方は私たちが想像もつかないくらい、偉大な御方ですから」

 そう言って笑うと、男の人は恥ずかしそうに笑った。

 夢物語のような計画を私のような村娘に話したのが恥ずかしかったのだろうとフーリュは思った。


「そういえば、何かここでの暮らしで気付いたことや困ったことはあるかい?」

 男の人はさっきまでの話を誤魔化すように聞いた。


 うーん。

 気付いたことか。

 ちょっと難しい。

 でも強いて言うなら……


「そうですね。まだみんな戸惑っているというのが正直な所です」


「何に?」


「ここでの暮らしです」


「環境が違うからね」


「いえ、そういう訳ではないというか。ここの暮らしはみんなとっても満足しています。さっきも申し上げたように、信じられないような衣食住に恵まれて幸せです。さらに強くなるための訓練まで付けてくださっています。でも……」


「でも?」


「私たちはラシル様という方がどのような方か知りません。救ってくれた方、慈悲深い方だということはみな感じ取ったようですが、ラシル様やラシル様の国がどのような国なのか、皆分からないのです。そののお方が私たちをどうしたいのか、私たちはこれからどうなるのか不安に思っている者もおります」


「そっかー」


「わからなければそれは不安や恐怖となることがあります。この研修所に来ることができて私は今幸せを感じておりますが、当初は不安でいっぱいでした。また奴隷にされて働かされたり、殺されたりするのではないかと。でもそれは違いました。これから先、どうなるかは分かりませんが」


「大丈夫。これから先も安全は保障するよ」


「はい、ありがとうございます。ナカムラさんにもそう言われたのですが、ラシル様はこれほど偉大な御力を持った御方です。配下の方々はラシル様に絶対の忠誠を誓っておいでですので、その……」


「いいよ、大丈夫。言ってごらん」


「もしラシル様のお考えが変わるようなことがあれば……」


「あー、なるほど。そんな絶対者の気分次第でどうにでもなってしまうのが怖いと」


「……はい」


「それは心配ないよ。ラ、ラ、ラシル様はそういう人じゃないから」


「それは重々承知しているのですが、王族の方以外、誰もラシル様と直接話したことなんてないですし」


「そういえばそうだね。ラシル様ってちょっと怖いよね」


「はい。なので皆にもっとラシル様の偉大さを知らしめる機会があればいいと思いました」


「露出を増やすと?」


「露出?」


「あ、いや、うん。それで?」


「えーっと、例えば、ラシル様の国には、町がないと聞き及びました。町づくりをして、そこに住民を住まわせたり。禁城の中にも入ってみたいですし」


「そうか。なるほど」


 男の人は腕組みをすると、右手を顎に当てて深く考えるような仕草をした。


「おもしろいアイデアだ。ありがとう。他にも、何かアイデアはあるかい?」


 フーリュはここに来て感じたこと、考えていることを話し、その上でみんなこう思っているからこうしたほうがいいというアイデアを話した。

 フーリュ自身、話しているうちに頭が整理され、自分でも思ってもいなかった考えを口走っていた。

 男の人は興味深そうに聞いて、相槌をうち、頷いた。

 話は弾み、戦時中の話にまで及んだ。

 そしてフーリュの生い立ちと小さい頃の話をしているところだった。


 フーリュの目に入ってきたのは遠くから飛んでくる人たち。

 凄いスピードで近づいてくる。

 甲冑に身を包んだ人や神仙さまが何人か。

 あれは竜騎士様と神仙さまと、真ん中にいるのは誰だろう?

 セシュレーヌ様だ!!

 さっきまで試合をされていた、この研修所の所長であり、龍王城の拠点管理者。


 フーリュはすぐに跪いた。


「そんなに畏まらなくても大丈夫だよ」と男の人が優しく言った。


「いえ、あれはセシュレーヌ様ですので」


「大丈夫だって」


 そんな恐れ多いことなどできる訳がない。

 フーリュは数秒の間、顔を伏せたまま待った。


 合計で十人ほどが降り立った。

 真ん中にはセシュレーヌ。

 そのまま速足でこっちに近づいてくる。

 この時間帯に屋上にいるのはまずかっただろうか。

 何かやらかしてしまっただろうか。

 でも思い当たることはない。


 もしかして。

 さっきの会話の内容は全部聞かれていて、ラシル様への反逆と捉えられたのかもしれない。

 それしかない。

 セシュレーヌ様がわざわざお伴を連れてこんなところにまで足を延ばされるなんて。

 大変なことをしてしまった。

 ラシル様が怖いとか、だからみんな不安に思っているとか言ってしまった。

 この研修所の運営ももっと改良の余地があるとか言ってしまった。

 最悪だ。

 反逆者として捕らえられて、殺されてしまう。

 身をブルブルと震わせながら、フーリュは祈った。

 どうか殺されませんように。

 どうか、どうか。

 絶望で泣きそうになる一歩手前。



「こちらにいらっしゃいましたか。ラシル様」


 !!!!!!!!


「御一人では危険です」


「ごめんごめん。ちょっと散歩してたんだよ」


「ちょっと?」


「それにここは大丈夫だろ? 防御壁の中じゃないか」


「それでもです」


 言い訳するような声はさっきまで話していた男の人。

 呆れたように言っているのはセシュレーヌ様。


 そうだ。

 フーリュはある重大な事に思い至った。

 どうして今まで気付かなかったのだろう。

 この声は研修所初日に聞いた事のある、ラシル様の声だ。

 フーリュの全身に鳥肌がたった。

 ラシル様と会話をしてしまった。

 思考がパニックになりかけ、停止する。

 何を話したかを思い出し、また全身に鳥肌がたった。


「戻りましょう、ラシル様」


 セシュレーヌ様に促され、飛び立とうとするラシル様は何かに気付いたように、こちらを振り向いたのが気配で分かった。

 

「あ、そういえば、参考になったよ。ありがとう」


「も、も、もったいないお言葉です」


 顔は地面に伏せたままのフーリュ。

 声は極限まで震えていた。


「君の名前は?」


「フ、フーリュと申します」


「顔を上げても大丈夫だよ。さっきも言ったけど、畏まる必要は全然ないから」


「い、いえ、恐れ多くも、ラシル様にあらせられましては……」

 フーリュはパニックになり、自分で何を言っているのか収集が着かなくなっていた。


「フーリュだね。覚えておこう。それと、これを上げよう」


 直接受け取ってもいいのだろうか。

 顔を上げてはいけない。

 こういう時、どうするべきなのか。

 作法は? 正解は?

 生まれてから今日まで、こんなことは誰も教えてくれなかった。


 跪いたまま、俯いてじっと動かないフーリュを見て、ラシルは困った顔をした。


「フーリュとやら、ラシル様に失礼だぞ」


「ひ、ひぃ!!」

 フーリュは泣きそうになる。

 でも顔を上げられない。


「こら、セシュレーヌ。フーリュが怯えているじゃないか」


「申し訳ございません」

 そんなやり取りが聞こえるも、フーリュはパニックだ。

 じっと目を瞑って事が過ぎるのを待つ。


 肩に感触があって目を開けると、目の前にラシルの顔があった。

 フーリュは固まる。

 肩に置かれた手はラシルの手。

 フーリュと同じ目線になるように、わざわざラシルがしゃがんでいるのだ。


「手を出して」


 有無を言わさないラシルの声。

 フーリュに拒否することなどできるはずがない。

 フーリュは恐る恐る両手を差し出した。


「はい、あげる」


 ポンと手に置かれたのは指輪だった。


「これをはめるといい」


 ラシルの言葉に胸が熱くなり、鼓動が激しくなる。


「は、はい」

 フーリュは迷わず左手の薬指にはめた。


 それを目撃したセシュレーヌがギロリと睨む。


「ひっ」


「こら、セシュレーヌ」

 ラシルが少し険のある声でセシュレーヌを窘めた。


「はっ。すみません」

 心なしかセシュレーヌはシュンとしていて元気がない。


「これはいつでも通話できるアイテムだから、俺と話したいときに願えばいい。何か気付いたことや話したいことがあったらいつでも連絡をしてくれ」

 そう言ってラシルは微笑んだ。


「はっ、はい」


「それじゃ!」


 ラシルはそう言って飛び立つと、セシュレーヌ達も慌てて後を追って飛び立った。

 龍王城へ向けて。



 フーリュは尻もちをつき、放心した。



 フーリュが我に返り、その場を後にしたのはラシル達がいなくなってから暫く経った後だった。




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