063_研修所10 必殺技
「ねぇ、噂で聞いたんだけど、5日訓練したら、2日の休みがもらえるそうよ」
「ぇ? 休み?」
「なにそれ」
「なんか事情があるの?」
「うーん。詳しくは知らないんだけどね。ラシル様が導入されるっていう話よ」
「ラシル様って不思議な方」
「こんな研修所を作ったりするのだから、どんな事を考えていらっしゃるかなんて私たちでは想像できないわ」
「私の班を担当してくださっている神仙さまからまだチラッと聞いただけなんだけどね、5日働いて、2日休む。これが最低限だって」
「へぇー」
「よくわからないのよね」
「その休日の2日間は何するの?」
「わからないわ」
「私が聞いた話では、好きなことをしてもいいそうよ」
「好きなこと?」
「うん。部屋でゆっくりしててもいいし、温泉につかっててもいいし、読書してもいいし、談話室でおしゃべりしてもいいそうよ。鍛えるのもありだって」
「へぇー」
「体を休めろってことなのかな?」
「違うんじゃない? それなら回復薬があるし」
「じゃあどうすればいいのよ」
「知らないわよ」
「不思議ね」
「今日神仙さまから正式に通達があるらしいわよ」
「まぁ、したいことを決めときましょうよ、今のうちから」
「そうね。その話が本当だったらね」
研修が始まって5日目の朝食会場。
どの席でも週休2日制の導入の噂で持ち切りだった。
部屋割りや戦闘に参加する班は1つの国の出身者に偏っていない。
満遍なく、多国籍グループになっている。
それでも研修生たちは同郷者の横のつながりがあり、どこかの班で新たな情報を入手すると、それがすぐ噂話として広がる。
当初は、理解不明な状況に身を置かれているから少しでも情報収集するために、自然発生したネットワーク。
美味しすぎる食事と楽しい戦闘、快適すぎる研修所での生活に慣れるにつれて、不安などはほとんど無くなったものの、それでも次は何が起こるのだろうという、半ば期待めいたものがどの研修生にもあった。
「それでは本日の訓練を開始します」
ナカムラさんがニコニコしながら、丁寧に宣言した。
「はい! ナカムラさん」
リンシンがピンと背筋を伸ばして挙手している。
「はい、リンシン君」
「明日はお休みになるって本当ですか?」
「これから進化の種を食べるというのに、強くなることよりお休みの方が気になるのかい?」
「あ、いえ、そういう訳では……」
リンシンが恥ずかしさから顔を赤くして俯いた。
フーリュを含め、他のグループメンバーも多少は気になっていたらしく、興味のないフリをしている者もいたが、当然ナカムラさんにはお見通しだった。
「いいよいいよ。その方が人間的だ。ラシル様もお喜びになられるだろう」
「ラシル様が? 本当ですか?」
「うん。きっとね」
ナカムラさんは愉快そうに笑った。
「じゃあみんな興味があるようだから、先に休日の説明をしようか」
ナカムラさんは週休二日制度についての説明を始めた。
そもそも、この研修所設立の目的はギルドの軍事力強化の目的もあるが、第一目的は各村や町、国の自治力を高めるためのものだった。
自分の身は自分で守れるようになること。それだけでは軍事国家になってしまうので、できる限り全員を強くすればいいという発想だ。
ただしそれは最低限の目標である。
ただ強くなるだけでは食糧問題を始めとした生活上の問題がある。
暮らしが悪ければ治安も悪くなり、自治が覚束ないというのがラシル様のお考え。
仙術の活用方法を覚えてもらい、農業技術の向上や暮らしの向上を目指す。
研修所の設備が良いのも、ラシル様の趣味という側面があるが、豊な暮らしを実感してもらうという意味合いもある。
この研修所の暮らしを経験して強くなった各国の人達が、それぞれの町や村に帰った時にその真価が発揮される。
警察力と軍事力の向上、大量の食料生産による食糧問題の解決、料理などの食文化の向上。
そして最後にナカムラさんはこう締めくくった。
「戦争や奴隷制度なんてなくなるだろう?」
誰もすぐには反応できなかった。
みんなぼーっとし、今聞いた事を頭の中で理解しようしていた。
理解するための処理に時間がかかったのは、今までの前提条件とあまりにも違いすぎたため、想像力が追いつかなかったのだ。
「そうですね。戦争するメリットが感じられません」
セイソウさんが冷静に言った。
「我々はここでの豊な暮らしを知ってしまいました。それを自国に戻って広めたいとも思います。そのためには、研修所に来るのが手っ取り早い」とモユウさん。
「だからここは強くなるだけが目的じゃないのさ。それを踏まえた上で、2日間の休みというのがある」
「私たちは何をすればいいんでしょうか。訓練を頑張ったご褒美としてこの暮らしがあると思っています。でも2日間も何もしなくていいとは」
メビィが言った。
目的が無いと不安なのだろう。
「ゆっくりするのもアリだし、ぼーっと過ごすのもいい。一日中風呂に入るのもいいと思うし。図書室に本もあるから読んでみるといいよ、とても面白いから。あとはそうだな、部活というのも開始されるから、それに参加してみるのもいい」
「ブカツ、ですか?」
「うん。自主的な課外活動という感じかな。それはまた後で詳しく説明するよ」
ナカムラさんは一旦言葉を区切り、真面目な顔になった。
珍しい。
「他に質問が無ければ、それじゃあそろそろ進化の種の話に移りたい」
みんなごくりと唾を飲んだ。
ここまでのレベリングは序の口。
特別なアイテムが無くても到達できるレベルなのだ。
しかしここから先は国に使える兵士でなければ踏み込むことの出来ない世界。
進化の種というのは一般には出回ることがない、貴重なアイテム。
そんなレアアイテムを本当にもらえるのか。
訓練生の緊張を他所に、ナカムラさんは何もない空間からアイテムを取り出した。
「はい、進化の種」
そういって一人ずつに渡していく。
ノリが軽い。
荘厳な儀式とか、誓いの言葉とか、そういうを期待していたといえば嘘になるかもしれないが、何かあると思っていたメンバーは一気に脱力した。
「食べていいんですか?」
「一応言っておくけど、このアイテムはラシル様の御力をいただくというものになる。なのでラシル様に反旗を翻したり、力を悪用して犯罪行為をすると力が失われる仕組みになっているので注意するように」
「もちろんですけど……」
「けど?」
「ラシル様に忠誠を誓ったりとか、そういうのは求められないのですか?」
「あー。そうしたほうがいいっておっしゃった方もいらっしゃるけど、結局要らないってことになった」
「どうしてですか?」
「人数が多いし、忠誠とか別に必要ないからだそうだよ」
「信じられません……というより、よくわかりません」
「いいんじゃない? よっぽどのことが無い限り、力は取り上げられないら安心して」
みんな呆然としていた。
呆然というより、唖然という方が近いだろう。
力を与えるけど忠誠は必要ないと言うのは、聞いたことが無い。
というより、理解できない。
国に仕える兵士は必ず国王へ忠誠を誓う儀式を行い、その厳かな儀式が済んでから食べるのだ。
こんな簡単なものではない。
ラシル様に仕えるという覚悟を決めて、ある程度の重い気持ちを持ってこの場に臨んだのだ。
それがこんなに軽く進んでもいいのだろうか。
誰も食べようとしないので、ナカムラさんが意地悪く急かした。
「ほら、食べるの? 食べないのも自由だよ。その場合は現時点で訓練所を卒業して町や村に帰ってもらうけど」
ナカムラさんの言葉を聞き、全員急いで食べた。
研修所から帰りたくない、追い出されてはかなわないという気持ちが、みんなの心の中の結構な部分を占めていた。
「よし、レベルアップしたね。それじゃあ早速必殺技を使ってみよう」
「必殺技ですか?」
「身体能力が大きく向上しているはずだから、できるようになってるよ。ちょっと見てて」
ナカムラさんは何もない空間からお巨大な丸太を取り出して置いた。
「必殺技というのはね、一瞬の間に全力を出すっていうイメージ。普通の攻撃はこう」
ナカムラさんはいつの間にか持っていた剣を振った。
丸太に傷がついていく。
「で、必殺技っていうのはこう。よく見てね」
ギリという音がした。
ナカムラさんの靴と砂がこすれる音だ。
次の瞬間、ナカムラさんが勢いよく前方に跳躍した。
そして素早く、丸太に刀を当てる。
刀が丸太を貫通した。
ナカムラさんは丸太を通り越した先に立っていた。
「どう?」
「どうって言われましても、変化はないようですが」
丸太はそのままだった。
「ちょっと水平に切りすぎたかな。ベンライ君、セイソウ君、ちょっと丸太を押してみてくれるかな」
「はい」
ベンライさんとセイソウさんは二人がかりで丸太を押した。
そうすると丸太の上半分が断面に沿って滑るように動き、地面に落ちた。
「こ、これは!」
「切れているだろう」
「すごい」
「これが必殺技。わかりやすくゆっくりやったつもりなんだけど」
「普通の攻撃とは違うというのは分かりました……」
「ちょっとタメて頑張った攻撃といったところかな」
「………………」
「よし、行ってみよう」
ナカムラさんは扇子を振ってホブゴブリンを6体召喚した。
「え、丸太じゃないんですか?」
リンシンが急な召喚に驚いて声を上げる。
「大丈夫。君たちならできる」
「そ、そんな……」
「1人1体、必殺技で倒して」
私たちは展開した。
急に始まった戦闘。
1人1体なので、誰からの応援も期待できない。
斧を振るホブゴブリン。
攻撃を避けているうちに、ある事に気付いた。
体が軽い。
そして、避けやすくなっている。
相手の動きが遅く感じる。
ホブゴブリンはこんなにのろまだっただろうか。
全然余裕なので、他の人がどうなっているのか見ると、驚くべき状況になっていた。
ベンライさんとセイソウさんはホブゴブリンの斧をちゃんと武器で受けきっている。
昨日みたいに吹っ飛ばされたりしていない。
メビイの動きが異常に早く、ナックルでホブを吹っ飛ばしていた。
リンシンの槍も早くなっている。
モユウさんの矢もホブに深々と刺さっている。
みんな、進化しているんだ。
私も自分の戦いに集中しよう。
多分、倒すのは比較的簡単にできるだろう。
隙を見つけることも容易いし、攻撃力も上がっているから。
攻撃をかわしつつ、必殺技について考える。
力を溜めて、一気に全力を出すイメージだとナカムラさんは言っていた。
とりあえず攻撃を黙らせよう。
斧の持ち手の部分を狙って一閃。
木の部分が真っ二つに折れて、上の鉄の部分が飛んでいく。
「ヤバっ」
自分でもびっくりだ。
でもこれならいけるかもしれない。
ホブは飛んでいった斧を見て混乱している。
今がチャンス。
集中して、集中して、集中して。
力を一気に解き放つ。
足で地面を蹴り、ゴブリンのお腹へ一直線。
握りの部分に力を籠め、短剣の刃が当たる直前に一番力が入るように意識。
ホブの緑色の皮膚が迫って来た。
今!!
グッと力を籠める。
そしてそのまま体と腕を連動させるように捻る。
その体勢のままゴブリンを通過し、スピードを殺す。
後ろを振り返ると、ホブの上半身が体から滑り落ちていく所だった。
体が真っ二つになった哀れなホブ。
パチパチパチパチ
拍手の音が聞こえた。
音の方へ目をやると、ナカムラさんの笑顔があった。
「すごい。完璧」
「あ、ありがとうございます」
「これが必殺技というものだよ。あとは相手に応じて加減して使うと言い」
他のメンバーも決着が着くところだった。
モユウさんの矢は、倒れたホブの脳天に突き刺さっていた。
ベンライさんの相手をしていたホブは胸からお腹にかけて、大きな断裂の傷があった。
セイソウさんの相手は頭がへこんで、体がぐちゃぐちゃになっていた。
メイスで殴り倒したのだろう。
リンシンの槍はホブの体を貫通していた。
パニックでキャーキャー言いながら槍を抜こうとしている。
メビイの相手は顔面がぐちゃぐちゃになっていた。
顔面パンチが炸裂したのだろう。
「みんなもおめでとう。これで必殺技を獲得だね。ただリンシンはちょっと工夫しないとね」
ナカムラさんは苦笑して、リンシンは恥ずかしそうに顔を赤くしている。
「基礎能力が上がっていたのでびっくりしました」とセイソウさん。
「まだ慣れないが、強くなった実感はある」とベンライさん。
「ここで君たちにプレゼントだ」
ナカムラさんはまた何もない空間から大量の武器を取り出した。
「今まで君たちが使っていた武器は初心者用。進化したことだし、もう少し強い武器を選ぶ時期だ」
「いいんですか?」
リンシンが目を輝かせている。
「もちろん。今使っている武器はそのまま君たちにあげるから、新しい武器を選びなさい。あと、装備も変えないといけない。みんな武器を選んだら研修所に転移するから、一旦部屋に戻って着替えをして来ること。古い武器を置いて来るのも忘れないように」
「はい!」
全員元気よく返事をした。




