006_周囲の探索2 探索を終えて
無事禁城へと戻った俺たちは、各自汗や土で汚れた身体を拭いて、着替えをした。
まだお風呂の設備は稼働させていないので、水浴びで我慢。
本当はあまり我慢できたものではないのだが、お風呂の設備を稼働させると膨大な金貨を消費することになるので仕方がない。
レベルアップを重ねて進化し、仙力や魔力が使えるようになれば、状況も変わってくるだろう。
今日一日の体験と情報を共有するために、会議を開いた。
俺、ミイ、クゥ、ショウ、ニンジャマスターのニボシが主だったメンバーだ。
その他にそれぞれの配下の者が数名。
「それでは、今後の方針を決めます」
ミイが開会の宣言をする。
「ニボシ、禁城内の様子を報告しなさい」
「はい」
立ち上がって恭しく一礼したニボシ。いつもはカッコいい忍び装束を着ていたりするのだが、今は初心者訓練用プロテクターを装着している。
禁城の住民たちの中で、拠点の警備の任に当たっている者には、それを装備させていた。
ニボシは自分の服装のダサさなど眼中にないかのように、真面目に報告を始めた。
禁城の上下水道、照明設備といった、バリアと隠蔽効果のある魔法以外の機能が全て停止。
必要最低限の金貨を消費し、一部施設の照明と水道設備を復旧させている。
つまりはあれか。
災害時の停電状態というところだろうか。
停電になり、テレビもスマホも何もかも使用不可になったような状況だ。
全ての配下がレベル1となっているのは、先のミイからの報告でも聞いたとおり。
全ての妖獣は獣に戻り、言葉が喋れなくなっていた。
ニボシの報告が終わる。
「次にショウ、何か気付いたことは」
ミイが他の者に意見を求める。
「モンスターの強さで言えば、草原、森林、山脈の順番だと思われます。特に山脈付近のモンスターはレベルが高く、群れで行動している傾向にあり、現段階で山脈付近での戦闘は避けるべきでしょう」
「そうね。なぜそうなっているのかは分からないけど、実際そうなっているものね」
「はい。我々は以前と比べて非常に脆弱になっているため、レベリングが急務だと思われます」
「正しいわ。次にクゥ」
「クゥー!」
クゥは可愛く鳴いた。
多分ミイは喋れないことを知っていたのに、わざとクゥに話を振ったのだと思う。
クゥはこういう時、仲間外れにされるのを嫌う性格だからだ。
みんなで何かをしようとしている時に、クゥだけに話がいっていなくて、へそを曲げたことがある。
あの時は大変だった。
「もういいか? レベリングを頑張るってことで」
「いえ、よくありません」
「どうしてさ」
「ラシル様はこの事態を軽く考えすぎています。これは異常事態です」
そう前置きして始めたミイの説明はとても理論立っていた。
今までいた世界とこの世界は全く別の世界であるという仮説。
いくつか発見した相違点や矛盾を指摘した。
今日の探索の後、レベルの泉で確認したところ、全員のレベルが上がっていた。
一番上がっていたのはミイ。
次にクゥ、俺、ショウの順だ。
本来、これはおかしい。
とても不可思議な現象である。
なぜおかしいかというと、ゲームの世界では最後の一撃を加えた者にしか経験値が入らないからだ。
ラストアタックをした者が経験値を総取りするというシステム。
しかし戦闘に参加した者はその程度によって経験値が入っている。
主に狼を倒したのはミイとクゥで、ショウなどは一匹も倒していない。
それなのに経験値が入っている。
この現象はゲーム世界の前提が覆されているといえる。
今更になって、運営がゲームの設定変更をするというのは考えにくい。
次におかしい点。
NPC達に空腹と味覚が生じたこと。
これは大問題だった。
NPC達は今まで空腹を感じることなど無かった。
それ故に食べることもしなかった。
食事という行為は、ゲームでは全く必要の無い、意味の無い機能だったのだ。
せいぜい回復や、雰囲気を楽しむというものだった。
それが今では空腹を感じるという。
味覚などなかったはずなのに、空腹を抑えるために貯蓄してあるパンなどを食べた際に、美味しいと感じたのだそうだ。
何名かが実験で、空腹を放置した。
その結果、身体能力の低下や、ステータス変化が見られたのだそうだ。
つまり水や食糧の摂取が必須となっているようだ。
この設定の変更も、アップデートに伴って運営が行ったとは到底考えにくいものだった。
今後、食料はアイテムボックスに貯めていたものからの配給制にすることで話はまとまった。
備蓄食料が底をつく前に、自給自足の方法を考える必要がある。
その日の夜、俺たちはショウがアイテム袋に入れて持ち帰った狼の肉を焼いて食べてみた。
これもよく考えればおかしかった。
ゲームの世界ではモンスターの死体は一定時間経過後に消えるため、食料になどできない。
しかし倒した狼の死体がいつまで経ってもフィールド内に存在していた。
「これらの変化は、世界改変で生じるものだとは思えません」
ミイが断言するのはもっともである。
この世界の在り様や自分たちの状況はおいおい考えていくとはいえ、方針は明確だ。
「重要なのはレベリングです。我々は圧倒的に弱い」とミイが言う。
約300名いる住人。
彼ら全てをレベリングする。
ゲームの世界で彼らは強かった。
ギルドメンバーになった当初は、みんな弱いNPCだった。
そのはずなのに、知らない間にレベリングをして、進化と転生までしていた。
最弱でレベル600とかそのくらいだったと思う。
それが全てリセットされたのだ。
もう一度頑張ってもらうしかない。
この未知の世界では、弱者でいることは許されないのだ。
可能な限り戦力とする。
仙術や魔術が使えるようにならなければ、禁城の機能維持が難しい。
現在、バリアと隠蔽系魔法は自動で発動しているが、膨大な金貨を消費している。
このペースだと1年は持つだろうが、水を創出したり、下水の処理をしたり、明かりを点けたりと、建物の機能維持をする必要もあるので、持つのは最短で半年程度と見るべきだろう。
それまでになんとかしなくてはならない。
レベリングで力が強くなれば、仙術や魔法といったものが使用可能になるはずなので、それで十分にまかなうことができ、金貨の消費をしなくて済むようになる。
次に他の拠点との連携。
他の拠点も心配だ。
禁城の他にあといくつかある拠点は、この世界に来ているのだろうか。
それともこの城だけなのか。
他の拠点も移転して来ているとすれば、NPC達はどうか。
もし彼らも一緒に来ているのであれば、戦力となる。
いや、一緒にいるこの禁城の住民でさえギルドから外れている今、独立個体として活動していると考えたほうがいいだろう。
そうなれば、忠誠心やロイヤリティーといったものはまだあるのだろうか。
最悪、反旗を翻して敵になっている可能性も想定するべきだろう。
状況が分からない以上、まずは軍備増強である。
明日から本格的に禁城の住民のレベリングを開始する。
そのためにまずは、住民を5人1組のパーティに分けた。
リーダーを1人決め、それを小隊とした。
小隊が3つで中隊。中隊が3つで大隊。
6大隊を編成する。これで270名。
他に幹部直属の配下達。
ミイは別拠点に配下がいたため、現在は単独である。
残りは特殊なジョブを持っていた者達なので、適宜、大隊に編成する。
3大隊ずつに分けてレベリングを行う。
3大隊がフィールドに出てレベリングをしている間に、残りの3大隊は拠点の防衛。
午前午後に分けて行う。
夜間は危ないので当分の間フィールドでの活動は禁止にした。
回復魔法が無いので、在庫の回復薬を使うしかない。
回復薬も新たに入手できるかどうか不明である以上、貴重なものとして扱う必要がある。
ただ死んでしまっては意味がないので、緊急の時は即座に使うように指示する。
無理をしないように、極力怪我をしないように、この世界の住民に発見されないように徹底する。
死なないことが第一、強くなることが第二、情報収集が第三。
この優先順位でいく。
強くなるまでは、知的生命体との不要な接触を避けなければならない。
施設の維持や食料の調達、他の拠点の確認、そしてアイテムの量産。
やることは沢山ある。
現在、ギルドとしての全ての権能が失われ、元のNPCは何処にも属さない独立個体となっている。
ギルドを作る為には、確かレベル制限ではなくて進化の果物を使っての契約だったはずだ。
この世界でも原理が同じだといいが。
術式や魔法を込めた進化の果物を与えることによって初めてギルドという繋がりが持てるはずだ。
これは後から聞いた話だが、ミイを含めた全てのNPCは世界改変前にシステム管理者からのメッセージを受け取っていたという。
この世界改変によりサービスを一時停止し、ゲーム内容がリセットされる。
そして全く新しいゲームとして生まれ変わる。
NPCの記憶も消えてしまうから、今のうちにプレイヤーと最後の別れを推奨するという内容だった。
事実上のサービス終了の通告である。
だからあの時、ミイは俺の手を握り、少しでも近くにいようと思ったのだそうだ。
それは初耳だった。
そんな重要なことがプレイヤーには知らされていないというのは考えにくい。
事態の推移を見守って、後で確認する必要がある。
打合せの時にミイは言っていた。
「ゲームの世界では、ある一定以上の条件を満たしたNPCは、管理システムへのアクセス権能がありました。基本的に私たちはスタンドアローンのAIですが、システムの一部であるという意識がありました」
現在、ミイはそのシステムへのアクセスができないばかりか、そういった機能が喪失していて、明確な個としての、自我みたいなものを感じているそうだ。
ミイは自分が何者か考えたという。
答えは出なかったが、少なくとも俺を主人として仰ぎ、俺とずっと一緒にいたいという思いがあるらしい。
これは他の者も一緒だという。
「何かを考えているということは、君はちゃんと存在しているよ」と、俺はミイに声をかけた。
「現在のリアルな感覚は、これまでとは全く異なります。最も近い表現をするならば、私たちは情報体の域を越えて、受肉したものと思われます」
うん。
ほんとうだったら異常事態だ。
異常事態というレベルではない。
緊急事態だ。
という訳で、寝よう。
そうだ、そうしよう。
そうすれば解決するという淡い期待がまだあった。
会議が終わり、会議室から寝室まで護衛してきたミイにおやすみをして、寝室へ入ろうとすると、ミイも付いてこようとした。
「どうした?」
「はっ。ラシル様の護衛を」
ミイは極めて真面目な表情で、さも当然という風に言った。
「いや、大丈夫だから」
「ベッドの中にも危険が潜んでいるかもしれません」と、ミイが真顔でのたまう。
お前が一番危険だろうと思ったが、口に出さなかった。
その後も護衛の重要性について、ミイから説明を受けた。
「夢の中でも護衛したく存じます」と言われた時は、軽く恐怖を感じた。
10分くらいの押し問答の後、「お前が一緒だとドキドキしてゆっくり休めない」という上手い落としどころを見つけた。
ミイは少しだけ嬉しそうに、でも渋々ながら退散した。
俺は腑に落ちなかったが、ミイは納得したようだった。
いつからこんな子になったんだっけ。
ミイは美少女なので悪い気はしないものの、そういう対象ではないのだ。
もっと大事な、家族のようなものだ。
もう考えるのも面倒くさかったので、ベッドに入った。
溜まっていた疲労のせいか、すぐに眠りにつくことができた。




