059_ベッフィーの推察1 世界の成り立ち
ベッフィーは研究者である。
彼女の仕事は主に考えることだった。
考える題材は何でもいい。
例えばどうやったらもっと強くなれるかという、誰でも1度は考えるメジャーな題材から、自分とは何者なのかというディープでマイナーな題材まで様々だ。
考えるということは素晴らしいことである。
何より考えるという行為自体、ベッフィーは好きだった。
何も気にせず、好きなことを好きなだけ考える毎日。
それはベッフィーにとって最も幸せな状態であり、生き方であった。
物を突き詰めて考える事が異端だと迫害を受けていたベッフィーにとって、それは得難い日常だった。
ベッフィーの考えるという行為には一種の指向性がある。
それは純粋に物事を突き詰めていくよりも、目的があったほうが、より深くその本質に達することができるからだ。
これはラシルから教わった。
では目的とはなにか。
ラシルが求めるものである。
指向性とは何か。
ラシルの役に立つことである。
何事もラシルの為、これがベッフィーにとっての大前提だ。
ラシルの為に考えることはベッフィーの喜びであり、自分の考えた結果によってラシルが喜ぶのを見るのは最高だ。
一種のトランス状態になる。
だから今日も、ベッフィーはラシルの為に考えたことを、ラシルの為に報告する。
会議室に着くと、そこにはラシル、ミイ、メルバコルの3人の姿があった。
このメンバーは固定ではなく、必要に応じて増減があり得る。
あくまでも推察や推測の話であるから、知的ゲームが得意なメンツに集まってもらったのだ。
ギリギリまで話す内容を準備していたベッフィーが最後だった。
「遅れました」
「いや、遅れていないよ。まだ時間前だ」
ラシルがすかさずベッフィーをフォローする。
「はい」
か細い声で返事をしたベッフィーは席に着く。
「それでは報告会を始めます」
司会はミイだ。
「前回の話は、この世界はゲームの可能性がほぼゼロである。そして現実世界ではあるが、俺のいた世界の可能性も限りなく低い。ということでいいかな」
「はい、ラシル様。ゲームというものの定義は、そもそも日常生活において副次的に存在するものです。メインの生活が別にあり、享楽として楽しむ物。その定義に当てはめるのならば、外の世界とこの世界を自由に行き来できるプレイヤーの存在が今のところ確認できません。また、ゲームにはクリア条件などのある一定のストーリーと指向性があります。クリア条件のないゲームも存在しますが、そのゲームでさえミッションなど、他のプレイヤーと仲良くなることを目的としたイベントが存在します」
ベッフィーが説明している間、ラシルは腕を組んで考えていた。
「ベッフィーのいうことは尤もだ。そもそもこれがゲームだとしたら、クリア条件も目的もない。しかし、ゲームの世界であるという可能性まで否定はできないんじゃないか。愉快犯的な誰かが俺をゲームの世界に閉じ込めているという可能性は」
「その可能性の前に、こちらをご覧ください」
ベッフィーは杖を軽く振り、魔法を展開した。
光学系の魔法で、何もない空間に巨大なスクリーンが出現し、動画が映し出された。
その動画は、無数の微細な、米粒のような何かがウネウネと動いている映像だった。
「これは何?」
ミイが顎に手を当て、眉間に皺を寄せて考えている。
「見当もつかないな」
メルバコルが早々にギブアップする。
「どこかで見たことがある。……微生物か?」
ラシルが自信なさげに発言した。
「流石はラシル様」
「つまり、そういうことか」
「はい。ご明察のとおりです」
「全っ然分からない」
メルバコルが諦めた様子で肩をすくめた。
「ベッフィー、この微生物が何だというの?」
ミイが尋ねる。
「ミーナ、これはそこら辺にある土を拡大したもの」
「土?」
「そう、土」
「ベッフィー、ラシル様以外と話す時ぶっきらぼうすぎる。また癖が出てるよ」
今度はベッフィーが肩をすくめた。
「まぁまぁ。ベッフィー、つまりこれは土を採取して拡大したものということだね」
「仰る通りです。ラシル様」
「採取ポイントは?」
「海に囲まれたエアノワリスの拠点以外、全てです」
「なるほど」
ラシルとベッフィーは見つめ合って頷き合った。
「申し訳ございませんラシル様、私には全て理解できません」
「いいかい、ミイ。ゲームの世界に微生物などのバクテリアはいない。ここまでは分かるね?」
「はい。しかし微生物の不存在がゲーム世界ではないという証明になりえるのですか?」
ラシルとベッフィーはまたも見つめ合って今度は微笑み合った。
ミイがムッとした表情になる。
「ミーナ。ゲームというのはあくまでもゲーム。私たちのいたゲーム世界に味覚や嗅覚は無かった。それは不要だったから。でもこの世界ではみんな食べ物を食べるし、人間種は排泄もする。それはゲームには不要」
「その最たるものが微生物だということ?」
「そうさ。ゲームに微生物など必要ない。それこそ設定があるんだ。わざわざ半径数メートルの土に何億という独自行動を取る微生物のAIを仕込む意味がない。そんなことをしたらデータ量が多すぎて収容できないし、ゲームとして成り立たない」
「理解できました。ラシル様」
ミイの言葉にメルバコルも合わせて頷いた。
「つまり、このレベルのデータ量はゲームとして不自然を通り越して不可能なんだ。これが仮に造られた世界だとしたら、ゲームではなくて天地創造のレベルさ」
「つまり、現実だということですね」
「そうさ、メルバコル。我々はアップデートまでは確かにゲームの世界にいた。そこからゲームではない違う世界に飛ばされ、さらに受肉したんだ」
「ラシル様と同じ世界に生まれた幸運に感謝です」
ミイが目を瞑って両手を祈る形に合わせた。
「それにしてもベッフィー、流石だね。天才だよ」
「デ、デ、データ量が鍵になると思ったので」
ベッフィーは顔を赤くして俯いた。
「これは現実世界だと断定する。ではこの世界は俺の元いた世界ではなんだね?」
「はい。これも証明できます。前回までの推論は、魔法の有無と文明の発展を基礎にしていたものですが、よくよく考えるともっと簡単でした」
「ベフ、どういうこと?」
「ベフはやめて」
待ちきれなかったミイにベッフィーがすかさず制止する。
咳払いをしたベッフィーは続けた。
「星の位置です。ラシル様のいらっしゃった地球と全く違います。それが違うということは、地球においての過去でも未来でもありえません」
「昔に滅んだ超古代文明ということではないということだね」
「はい、ラシル様。存在した痕跡が無いくらい昔の出来事だとしても、星の位置が少しも一致しないというのは有り得ません。星の位置は、星の寿命という期間内に限定すれば、時間軸の影響をほとんど受けません。つまりここは、全く別の場所です」
「そーかー」
ラシルは頭の後ろに両手を置き、背もたれに体重をかけた。
後ろに反り返るような姿勢になった。
「まじかー」
「大丈夫です、ラシル様。この私がいます」
ミイが自信満々にアピールした。
「でもさベフ、進化の実やレベルのシステムってゲームじゃないのかな」
「メルまでやめて」
ベッフィーがメルバコルを睨みつける。
「ごめん、ベッフィー。俺にも教えてくれたら嬉しいよ」
「もちろんですラシル様」
「まずは進化の実ですが、これはゲームの世界と同様、外付けハードディスクのようなものです。基本スペックのPCにハードディスクを足していくようなイメージで、演算機能や保有情報量が増えます。それが他種族への進化であり、レベルの上昇に伴った個体の強靭化です。次にレベルについてですが、レベルというのは、全体のうちのどのくらいの位置かを特定するものですから、その概念の成立には上限値の存在が欠かせません。この世界の上限値の存在は不明ですが、ゲームの世界の上限値であればもう既に分かっています。現在のレベルはゲームの世界で一度確定し、判明している上限値を元に割り出していることに過ぎないのかもしれません。まだ推測の段階ですが」
「俺も薄々そう思っていたんだ」
「流石はラシル様」
ベッフィーがうっとりととほほ笑み、ミイがムッとし、メルバコルが頷いている。
「でも疑問なのが、進化の実である必要はあるのかな」
「そこです。この世界が現実世界であるのであれば、どうしてゲームの世界の設定と酷似しているのかという点です」
「全然違う世界なのに、ゲームの世界の法則が通用しているのは極めて不自然だ。正直言ってゾッとする」
「これについてはまだ研究の余地があります。ゲームの世界を現実化したのであれば、何らかの超法則的な存在が予測されます。これは偶然の賜物ではなく、何らかの意思があるかもしれません。すくなくとも、この世界は自然に発生するものとは考えられません。明らかに、デザインされたものかと」
「神的な何かにか」
「ラスボスは神様ということでしょうか」
ミイが勝手にストーリーを構築している。
「どうして倒すことが前提なんだ?」
「神様はラシル様ですから」
何を当たり前のことを言っているのかという顔でミイは言った。
「物騒だな。俺は神様でもなんでもないよ」
「またご謙遜を。神様がいたら取って代わればいいではありませんか」
「ラシル様」
「ん? どうした? ベッフィー」
「もしそのような存在がいるとして、この世界が創造された場合、やはりそこには目的があるはずです。しかし私ではその目的を見抜くことが出来ないかもしれません」
「どうして?」
「そういうのはミーナの得意分野になると思います」
あぁ、なるほど。
とラシルは納得した。
「ベッフィーだけで考えなくてもいいよ。みんなで考えればいいんだから」
「はい」
ベッフィーは嬉しそうに頷いた。
「メルバコルは何を考えているんだ?」
さっきから腕を組んで難しそうな顔をしているメルバコル。
名前を呼ばれてはっと気づいたように姿勢を直した。
「失礼しました。ラシル様。ある可能性を考えていました」
「ある可能性?」とミイが言った。
「ゲームの世界を現実にしたのではなくて、この世界に即したゲームが最初からあったとしたら」
「あぁ。そういう可能性もあるな」
「この世界がオリジナルだということ?」
ミイが眉を顰めた。
「うん。元々この世界があって、何らかの形でゲームができた。例えばゲームの作りてがこの世界に影響を受けた結果として。それで類似世界であるゲームと繋がって転移してきた。としたら?」
メルバコルの発想は逆転の発想だった。
「この世界には魔法の力もあるからな」
「それは盲点」
「やるじゃない、メル」
「そう考えるほうが自然かもな。ゲームの世界があってその世界に類似した世界が創られたのだとしたら、何だかそれは俺たちのために世界を創ったみたいになる。でもそれってあまり考えにくい。逆だったら有り得る話になる」
4人とも思考を巡らすために黙ってしまい、会話が途切れた。
「戻れますかね」
メルバコルが沈黙を破り、ボソッと呟いた。
ミイが体を震わせて反応した。
「戻りたいか?」
ラシルの問いに誰も即答できるものはいなかった。
即答できないほどには、迷う余地があるのだろう。
「俺はそうでもないぞ」
ラシル以外の3人が俯いていた顔を上げ、驚いた表情でラシルを見た。
「そ、そうなのですか、ラシル様」
ミイが慌てたように問う。
「んー。戻ってもそんなに良いことないし。元の生活だろ? どちらかと言えば嫌だな」
ラシルはそう言って鼻で笑った。
「意外です」
ベッフィーは驚きのためか眼鏡が少し下がってきていた。
「では、ここで天下でも取りましょうか」とメルバコル。
「そんなに天下とか神とか、いる?」
俺の問いかけを他所に、3人はどうやって天下を取るかの話について、熱く議論を始めた。
「今日はもういいか? 天下とかは置いておくとして、この世界のことについて、また何かわかったら報告してくれ」
「はい。ラシル様」
「いいか、みんな。天下ではなくて、まずは生存し続けることが優先だ。つまりはサバイバルだ。それを念頭に置いてくれ。お前たちの誰かが殺されたりするのは嫌だからな」
「はい!!」と元気よく返事をしたのはメルバコル
「どんな手を使っても生き返るようにします」とちょっとズレた答えはベッフィー。
「死ぬときはラシル様をお守りした時です」と前提がすり替わったミイ。
会議がお開きになり、ラシルが就寝のために自室に戻り、ベッフィーも拠点に帰った後。
「メル、やるわよ」
ミイが燃えるような目をしていた。
「一応聞くけど、何を?」
「ラシル様が仰ったじゃない。サバイバルよ」
「つまりねレベリングだね」
そこから2人はミイの拠点へ行き、激しいレベリングをラシルの起床時間まで続けた。




