056_研修所4 懇親会とトラブル
研修所の2階。
転移してくると、そこには長椅子に座った沢山の人と、見たこともないような豪華な食事があった。
そういえば、入所は午後からだったので、ここでの食事は初めてだった。
お昼を村で食べて、それから転移で迎えに来てくれた人と一緒に来たからだ。
部屋や大浴場があれだけ豪華なのだから、食事も木っと豪華なはずだという意見と、さすがに食料は大量に準備できるはずがないから、質素なものだという意見に分かれていた。
ラシル様が各国に大量の食料を援助してくれているという話もあったので、フーリュ自身、少しは期待していたが、それは良い意味で裏切られた。
ビュッフェという形式らしい。
中央に沢山の食べ物が乗った、様々な料理のトレーがあり、そこから好きなものを好きなだけ取れるそうだ。
ただし残すのは厳禁だという。
取って来た料理を全て食べ終えてたとしても、もっと食べたい人は更に取りに行けるらしい。
回数制限もないという。
そんなことが本当にあるのだろうか。
ついさっき2階に転移してきたばかりの人たちは逡巡しているようだ。
対照的に、少し前に集まっていた人の皿には山盛りの食べ物が乗っかっていた。
本当にいいのだろうか。
「おーい、こっちだ」
呼ばれた方を見ると、戦闘で同じ班だったベンライさんたちがいた。
席はどうやら決まっているようだった。
私たちは2グループ12人で1つの席だった。
「もう料理を取って来たんですか?」
メビィがてんこ盛りにされた皿を見て目を見開いた。
「おう、早くなくなるんじゃないかと思ってな」
「そんなに焦らなくてもいいのに、ベンラスさんは食いしん坊ですから」
モユウさんは笑っているが、モユウさんの目の前にある皿もベンライさんに負けず劣らず大盛だった。
雑談をしていると、入り口の方が騒ついた。
あまりよく見えないが、何人かが膝をついていた。
「何かあったのか?」
「火国の女王配下がいらっしゃった」
そんな声がそこかしこから聞こえた。
跪く人の数が増え、よく見えるようになった。
女王様がこちらへ向かってきているようだ。
そしてついにフーリュのテーブルの前を通りかかった。
フーリュとアムだけではなく、他の国の人たちも膝をついていた。
「いいのよ、みんな。私も同じ訓練生なのだから。それに今は皆、ラシル様の民よ。お互い頑張りましょう」
火国の女王はそう言い残すと、トレーを持って料理を選びに行ってしまった。
「私たちも行こう」
「うん」
フーリュとアムは頷き合って、お皿を取りに行った。
村での食料は質素のなものだった。
つい最近までずっと戦争をしていたため、物資が枯渇した。
食料も徴収され、比較的豊かだった村の生活は過去のものとなっていた。
冬に備えて備蓄しなければならないず、それも食料事情を圧迫した。
奴隷にされていた時にも食料は貴重だった。
1日1食。
食べ物を何も与えられない日というのも存在した。
戦争が終わり、ラシル様が大量に食料を援助してくれても、懐疑的な都市や村はそれを備蓄に回した。
食料は確かに行きわたってきたが、お腹いっぱい食べれるほどではなかったのだ。
ラシル様の援助がいつまで続くかわからない。
そんな人々の疑念が、食料消費を抑えた。
戦時の貧しい状況を経験したことも、消費よりも備蓄に回すという行動に拍車をかけていた。
本当にこんなに食べていいのだろうか。
お腹がすいていたので、ちょっと多めに皿に取って行く。
それに、あとでお代わり禁止になるかもしれないから。
料理は凄かった。
新鮮なサラダだけで数種類。
サラダにかけるというドレッシングと呼ばれる色鮮やかなドロドロの液体。
スープも数種類。
トウモロコシをすり潰したポタージュ、香辛料で風味付けされた透明なスープ、ホウレンソウのスープなど、色とりどり。
お肉まで何種類かあった。
厚く切った肉をそのまま焼いたもの、骨付き肉を釜で焼いたもの、腸に詰めて焼いたり煮たりしたもの。
「これ、牛の肉じゃないかしら?」
「うそ。豚とか食べたことがないわ」
「私も。狼のお肉を燻製でしか食べたことがない」
「取っていいのかな」
「たくさんあるし良いんじゃない?」
そんな会話をしながら取っていく。
量が少なくなってきた料理は、トレーごと消えて、次の瞬間には同じ料理が山盛りに盛られた状態で戻って来た。
「やばいね」
「うん、やばい」
私はジャガイモを煮て味付けしたものを取り、アムはサラダ中心に盛っていた。
もちろんみんな肉は多め。
メビィなんて牛肉のステーキを大盛にして、後で全種類を食べると豪語している。
あと色んな種類のパン、そしてご飯と呼ばれるもの。
村で食べていた固い黒パンとは大違いだ。
迷ってしまう。
もちろん飲み物も沢山の種類があった。
水、各種ジュースと呼ばれるもの、それに果実酒。
村ではお酒なんて滅多にない。
造るのに手間がかかる高価なもので、貴族が飲むものだという認識だったからだ。
もっと豊かだった昔は年に1度のお祭りの時に少量を飲んでいたようだけども。
飲みすぎ注意と書いてあった。
料理と飲み物を取り、席についた時だった。
ピンポンパンポーンという、間抜けな音が鳴り、そのすぐ後に天井から声が響いてきた。
ラシル様だ。
声に気付いた何人かが跪く。
その中に女王様の姿もあった。
「今日は皆ご苦労さま。まだ慣れないこともあると思うけど、思いっきり楽しんでほしい。それでは好きなだけ飲んで騒いでくれ。でも飲みすぎには注意して」
みんな信じられないようだった。
多分、今日は初日ということで特別にお肉やお酒なんかが振る舞われたのだと悟った者もいた。
ラシル様からのお言葉の後、食事が始まった。
「旨っ!!」
「こんな料理、生まれて初めて」
アムが牛肉を頬張りながら言った。
どれも信じられないくらい美味しかった。
「ラシル様って本当にすごい」
「お肉なんて、滅多に食べられないわ」とリンシンが言う。
「土の国でも同じだ。狼の肉がメインだな」
「それにお酒も」
「ラシル様って本当にすごいのね」
「何者なのだろう」
「それは誰にも分からないな。突然現れた神様のような存在というのが一番近いんじゃないかな」
冷静に分析したのはセイソウさんだった。
私たちは何度かお代わりをして、お腹がはちきれそうになる寸前まで食べた。
シェンリがデザートの存在に気付き、お腹いっぱいなのに私たちは迷いながら皿に取ってきた。
「これ、なに?」
「冷たくて、甘い!!」
アムが食べているものはアイスクリームと呼ばれるもの。
「このケーキというのも濃厚」
「あたし、これ大好き」
「チーズだ。これはチーズが入っている。滅多に食べられないぞ」
みんな大興奮だった。
ひとしきり食べ終え、果実酒やジュースを飲みながら雑談をしている時だった。
メイユがおもむろに切り出した。
「あの……ごめんなさい」
「ぇ?」
「水国が攻めたせいで、その……火の国が大変なことになっちゃって」
「私たちもその、ごめんなさい」
リンシンとシェンリ、メビィまで気まずそうにしていた。
ベンライさんやモユウさん、セイソウさんまで暗い表情になった。
「水国でも戦争に反対してくれた人もいたし。南の領主様とか。どの国も滅んだ町があるでしょ。私たち火国人は大変だったけどまだ生きているもの」
「そうね」
と、仲直りまではいかないまでも、いい雰囲気だった。
誰も他の人を責めようとしなかった。
戦争は終わり、私たちは生きている。
戦争を終わらせたラシル様の御力と御意志があり、女王様が言うように、私たちはみんなラシル様の民となったのだ。
わだかまりを完全に無くすことはできないかもしれないけど、それでも私たちはラシル様の元で平等だ。
美味しい料理に美味しいお酒。
私たちの傷は、次第に絆になっていく。
そんな気がした。
それから私たちは色々な話をした。
それぞれの身の上話から始まり、今日の戦闘についての反省と明日からどうやって狼を倒すかについても話題に上がった。
モンスターと戦うときは助け合わなければならない。
そのためには相手の動きや特徴なども知らなければならない。
例えば、遠距離を得意とする人にモンスターが行かないように気を付けなければいけないとか。
かなり打ち解けてきて、互いに理解し合えるのではないか。
多かれ少なかれ、どのテーブルでもそんな空気になり始めていた。
しかし、そんな空気は一気に霧散した。
「お前らのせいだ!!!」
ガシャーンと大きな音が響く。
何事かと立ち上がって、音がしたほうを見る。
そこでは取っ組み合いの喧嘩になっていた。
何人かが二人を止めようと腕を掴んでいる。
「放せ!!」
「落ち着け!!」
しかし一方の恨みは深いらしく、制止を振り切ってまた殴りかかろうとしていた。
料理は下に落ち、食器やグラスが割れていた。
「はい、そこまで」
神仙さまのサポートをしていた、火国の先生が駆けつける。
喧嘩をしていた2人はすぐに引き離された。
事態は収拾したけど、争いの火はまだくすぶっている様子。
他のテーブルと同じように、私たちの顔は暗かった。
やっぱり遺恨がある。
ラシル様がこうして各国の民を集めてくれたけど、そんなに上手くいくはずがないのだ。
騒ぎの後も会は続けられた。
しかしそれまでの和やかな空気はなかった。
どのテーブルもギスギスとした雰囲気になっていた。
「やっぱり分かり合うのは無理なのかな」
「いろいろと恨みもあるからね」
ぽつりぽつりと会話をするものの、さっきの出来事の印象が強すぎた。
会話は弾まず、尻すぼみになってグダグダになって終わった。
そのまま会が終わり、それぞれ部屋に戻って寝た。
部屋でもほとんど会話はなかった。
アムは暗い表情をしていた。
メイユは悪気はないと思うのだけど、アムと私を避ける感じになってしまった。
リンシンとシェンリも気まずそう。
メビイは黙々と明日の準備をとしていた。
加害者と被害者。
やった方とやられた方。
仲良くなるなんて出来ない。
それは最初からそうだと分かっていたことなのに。
明かりを消して、ベッドに入った。
ベッドはフカフカだった。
私たちの抱える様々な気持ちを優しく体ごと包んでくれた。
最高の寝心地なのに、最悪の気分だった。




