005_周囲の探索1 第一村人発見
「第一村人発見!!」
これはフィールドに出て、最初に見つけたモンスターに対して宣言する言葉だと俺は信じている。
「この付近に村はないようですが」とミイが真面目な顔をして首を傾げる。
「師匠、どこですか?」とショウが辺りを見回す。
「クゥ!!」とクゥちゃんが元気よく鳴く。
どうやら理解してくれたのはクゥだけだったようだ。
ミイ、クゥ、クゥの副官のショウの4人。
ショウは中学生くらいの見た目の男の子。
性格は素直で明るい。
現実にいたら、なんとか事務所にスカウトされそうなルックスである。
クゥが近距離戦闘向きなら、ショウは長距離戦闘を得意としている。
戦闘よりも、どちらかというと政治や行政に強い。
事務仕事や調整をやらせれば、素晴らしく優秀だ。
だからといって、戦闘も弱いわけではない。
ミイやクゥの強さが異常なので、彼女たちと比較すると劣っているように見えるが、決してそうではない。
彼は戦術家ではなく、戦略家なのである。
意気揚々と周辺の探索を始める俺たち。
初めてプレイするRPGゲームの最初のステージ。
欲しかったゲームを買ってもらって、ドキドキしながら急いで封を開けて、いざスタート。
最初のテンションはとても高い。
今はそんな気分なのだが、ミイはそうでもないらしい。
ゲームと違い、最初のステージに弱いモンスターしかいないという保証はどこにもないのだ。
もしかしたら、ここはラスボスのすぐ近くかもしれない。
何か異常があれば全力で離脱し、徹底的に護衛対象であるラシルを守る。
そんな考えのミイは、最初、大人数での護衛を提案してきた。
あまり人数が多くては迅速な行動ができないという理由でラシルはその提案を却下し、少数精鋭にした。
現状を確認し、いくつかの実験を繰り返して、俺はある一つの仮説を打ち立てた。
アップデートを転機として、異世界、もしくはそれに準じる世界へと飛ばされ、能力が初期値になっている。
まだ確証はないし、信じたくはないが、この認識を前提として動くべきだと考えた。
第一村人を発見する少し前。
禁城の隣にある、用途不明の11階建の塔の上から周囲を確認していた。
言うまでもなく、禁城周辺は前の砂漠地帯には存在していなかった。
周囲は草原。
背の低い草で、埋められている。
広大なサッカー場の中にポツンとこの町が存在しているみたいだ。
北と東にはひたすら草原が広がっている。
西には少し離れたところに森林。
南には大きな山脈が連なっていた。
地平線の先まで、村のような影や人工物、構造物は確認できなかった。
つまり周囲約20kmには人が住んでいない可能性が高い。
アップデート前の世界とは、まるっきり風景が違った。
全くと言っていいほどに違う。
アップデート前の世界は桃源郷という設定だったので、町の周囲は霧に包まれていた。
霧が晴れると周りは砂漠だったのだ。
ワールドマップ上には存在しないはずの拠点だった。
なのに霧が無いし、砂漠もない。
これは探検するしかない。
強制ログアウトまで楽しむしか道はないということだ。
そう決めて、すぐに行動を起こそうとした。
「では、行って参る!」
元気よく冒険に出ようとしたら、斜め後ろから殺気が飛んできた。
怖っ。
レベルが初期化してもわかるほどのもの。
逆に初期化したことで防御手段や対抗手段が無いから、余計に恐怖に敏感かもしれない。
「ラシル様、どちらへ?」
ミイが笑顔で尋ねてくる。
まるで不慣れな場所で道を尋ねているような声音だが、目が笑っていない。
もちろん冒険に決まってる。
それ以外に何があるというのだ。
外には未知のフィールド、出会ったことのないモンスター。
ほら、これはもう冒険するしかないだろう。
昔風に言えば、オラ、ワクワクするというところか。
でも今は昔ではないので、今風に誤魔化した。
「ちょっとな」
ミイの眉がピクリと動く。
クゥの尻尾がふわりと動く。
クゥはレベル1になったせいか、驚くことに、ただの可愛くて黄色い子狐になってしまっていた。
「護衛の部隊は?」
「先遣隊として外の様子を見てくる」
「何を仰っているのかわかりません」
「クゥー!」
クゥはもちろん喋ることができない。
「いや、だから冒険だよ」
分かるだろう?
「ラシル様」
ミイの目からはどんどん感情が消えていっている。
有無を言わせない雰囲気が出ている。
「現在の状況は不明です。これはご理解されますね?」
「うん」
「この状況下で何の考えもなしに動くのは危険です。もし、どうしても行きたいというのであれば、お伴いたします」
「いや、大丈夫だって」
「ラシル様」
「はい」
「ラシル様の現在のレベルはいくつであらせられますか?」
「1です」
「そうです。私共も皆1です」
やっほーい。みんな仲良くリセットだね。
誰が一番早くレベルが上がるのか。みんなでレベル上げの競争だ。
「いいですかラシル様、皆レベル1なのです。もし外に出てモンスターにやられたら、どうなりますか?」
そうだな。
外に出ればモンスターがいる。
そしてもちろん戦うことになるだろう。
外には危険がいっぱい。
それは当たり前のことだ。
でもしかし、心配はいらない。
「そりゃー、その時は蘇らせてやるさ」
「違います、ラシル様がです」
「ログアウトするに決まってるだろ」
盛大な溜息をつかれた。
「どうしても行くというのならば、最低限、護衛の部隊は用意いたします」
よろしいですねと笑顔で提案され、俺はその勢いに押されて頷いた。
という訳で、俺たちは草原にやってきた。
洞窟や森林、もっとその辺りに未知が転がっていそうな難解なフィールドに行きたかったのに。
はぐれてしまう可能性があるからということで却下され、見通しのよい草原になった。
そして目の前には二匹の狼。
無事、第一村人を発見したのだった。
どちらが一人目の村人なのか、狼二人はそんな称号に頓着している様子はない。
やぁ君たち。ここには何の用かな。
観光かな? それともビジネスかな?
この場合、どちらが入国管理局の役になるのだろうか。
この世界からすれば新参者なのはこっちだ。
領域侵犯をしている我々が審査されるべきかもしれない。
では狼たちはというと、彼らは喋れない。
なので全くと言っていいほど、事務的には進まなかった。
狼が友好的ではなかったというのも原因の一つだ。
威嚇するように低く唸り声を上げ、即座に戦闘態勢をとり、警告も何もなく跳びかかってきたのだ。
これだから獣はいけない。
信じられないほど排他的だった。
まぁでも、理解できないことはない。
よそ者は俺たちなので、その敵意は甘んじて受け入れなければならない。
狼がその鋭い牙で噛み付こうと、跳びかかってくる。
その攻撃を間一髪のところでかわし、クゥが爪で一撃。
危ない危ない。
最近の戦闘経験といったら、仙術や魔術を使用してのものだったから、体がなまっているようだ。
レベルも下がったので俊敏性や体力といった、基本的な身体能力も衰えている。
一般人が野性の獣と戦うような感じで、めちゃくちゃスリルがある。
クゥの一撃離脱の後、ショウが弓で応戦。
命中したものの、浅い傷しか作り出せなかった。
それでも怯んだ狼の胸を、間髪入れずにミイの槍が貫いた。
無事、狼を倒した。
「ナイスフォロー」
「ナイスフォローじゃありません」
「ナイス連携」
「ナイス連携でもありません」
ミイさんはお怒りだ。
狼を見つけた途端に俺が一直線に走り出し、逆に先制攻撃を喰らいそうになったからだ。
仕方ないだろう。
無謀だったのは認めよう。
その後ミイさんの説教がこんこんと続いた。
前に出てはいけないやら、走ってはいけないやら、挙句の果てに冒険してはいけないのだそうだ。
はしゃぎすぎてしまったこと以外にも、ミイが怒っている理由がある。
それは俺たちの服装だった。
装備を少し整えようと思った俺はアイテムボックスを開いた。
これは意識せずにもできた。
幸い、この機能は使える。
アイテムを取り出している先が、この城のアイテムボックスなのである。
上手く連動しているようだ。
取り出したアイテムは元の世界でボクシングの際に着用するような訓練用の防具。
ボクシング用の茶色いフェイスガード。
これで顔や頭は守れる!
でも視界は最悪。
茶色のボディプロテクター。
デザイン性や動きやすさなどは二の次。
ひたすら防御に特化した装備。
これで体への攻撃も効かない!
でも見た目は最悪。
要するに、我々が今装備している防具はダサい。
非常にダサいのだ。
その名も初心者訓練用ボディスーツ。
「師匠! これすっごくカッコいいですね!」と、唯一テンションが高かったのはショウ。
キラキラした目をしながらボディースーツを受け取った。
レベルの高い別の装備もあるのだが、それは仙力や魔力に反応して強化される特殊な防具なので、今装備しても意味がない。
仙力や魔力と連動しない、純粋な防御特化の防具ならばこれが一番最適なのだ。
このファンタジー要素が一切ない装備が、我らがファッションリーダーであるミイの心の琴線に大きく触れたようだった。
もちろん悪い意味で。
女性として譲れないところがあるらしい。
見た目やファッションを大事にしたいのだろう。
全く困ったものだ。
さっきまでは危ないとか危険だとか言っていたのに、いざ最大限の安全マージンを取ったら、それが気に入らないという。
でも渋々装備しているのは、俺とおそろいの装備だからだ。
ミイは少し、ほんの少しだけ嬉しそうだった。
これが一番防御力が高いのだから仕方がない。
身体能力がゼロに近い状態での最高の装備。
機動性は二の次。
全員レベル1のへっぼこ部隊。
魔法はもちろん、仙術や魔法も使えないし、強い武器もレベルの関係で装備しても意味はない。
なので攻撃用の装備も最低限。
俺は短剣。
ミイは槍。
ショウは弓。
クゥに至っては装備なしだ。
野性の本能と爪での勝負である。
クゥは可愛らしい獣の姿になっていて、今も俺の胸の中にいる。
俺が抱えて地面に下ろそうとすると、目をウルウルさせて、少しだけ首を傾げ、困ったようにクゥゥと弱々しく鳴くのだ。
私を見捨てるの? とでも言いたげに。
全く、困ったものだ。
こんなに可愛らしい生き物があるだろうか。
守ってやるしかないだろう。
そうやってクゥを胸に抱いて進むことにしたのだが、戦闘になると彼女は豹変する。
敵を見つけるとすぐさま胸から飛び降りる。
敵の最前衛に立ち、凄い顔で威嚇する。
仁王立ちという表現が相応しいような堂々とした態度で、全身の毛を逆立てて威嚇する。
「グルグルグルグルグル!!」
これではもしかしたら友好に接しようと思っている狼でも、非友好的になってしまう。
敵意をぶつけられるとねぇ。
クゥはご主人様である俺を守ろうと必死なのだ。
ただそれだけ。
なんて健気な生き物なのだろう。
その姿は胸に来るものがある。
ミイもクゥも本当は、俺を安全な禁城に残したかったらしい。
禁城は金貨を消費しつつも強いバリアが正常に働いているので、周囲に敵がいたとしても侵入するのは難しい。
その間にミイや配下の者だけが危険なフィールドに出てレベリングして強くなればいい。
そういうミイの持論。
しかしそれでは冒険にならない。
それを指摘すると怒られる。
やっぱり唯一のプレイヤーがいなければ、未知のフィールドに出た時に困る。
状況への対処の方法とか、色々とその経験の有無がパーティの命綱になる。
とかなんとか適当なことを言ってミイを納得させた。
という訳で周囲の探索。
情報収集がメインの目的。
探索といっても、草原なのだから歩き回って散策しているだけに見える。
天気もよく、ハイキングにはもってこいの日和。
そんな呑気で平和的な気分は長くは続かない。
どちらかというと、緊張感に満ちていた。
俺たちはレベル1。
さっきの戦闘で分かったことだが、狼たちのほうが強い。
いうなれば俺たちは、サバンナで狩られる草食動物。
弱い者は群れる。
小さく固まってパーティを組む。
初心者訓練用ボディスーツに身を包んでいるので、けっこう汗だくとなって。
強敵に怯えるように常に緊張しているからか、変な汗も混じってきている。
視界が悪い為、血走った目できょろきょろと辺りを見回しながらの行軍。
こんな怪しい集団は、仙術や魔法が存在する何でもありな世界でも、まずいないのではないだろうか。
探索中に何匹かの狼を倒した。
たった1匹の、レベルの極めて弱い狼相手に全員で、全力で倒しにかかった。
敗北は決して許されない。
ゲームオーバーになったらどうなるか、死亡実験は避けたいところ。
パーティが同時に相手にする狼は2匹までで、3匹以上になるとすぐに撤退戦に移行した。
安全マージンを常に念頭に置いたおかげで、俺たちは怪我をすることなく進むことができた。
ミイやクゥ、そしてショウはもともと強いのだ。
レベルが下がったとはいえ、格下の狼相手に遅れを取ることなどなかった。
残念なから俺の出番はほとんど無かった。
皆で俺を守ろうとするし、戦闘に遊びの要素が無く本気だったからだ。
禁城から見て北東の方角5キロ付近を探索し、野生の狼以外何もなかったので、別のエリアを探索することにした。
北と東の次は南へ。
南には高くて雄大な山脈がある。
まるで行く手にバリアを張るように、東西にずっと伸びていた。
山脈の東の方は、山肌がむき出しになっていて木がほとんど生えていない。
山は高く、山頂付近が白くなっていた。
対照的に西の方は一面の緑。
山肌に木が生い茂っている。
こちらの山々も高かったが、東側よりは低い。
木が生い茂っている山は進むのにも苦労するし、迷ったりする。
それはとても厄介なので、東の山脈を行先として選択した。
山道をひたすら歩く。
レベルが低くて体力がないせいか、すぐに息が切れる。
少し歩くとまた狼に遭遇。
今度は群れだ。
草原で遭遇した狼と比べて、毛色が少し異なっている。
青色が鮮やかなのが3匹。
青の中に少し白色も混じっているのが1匹の、計4匹。
どう見ても草原よりも強そうだった。
撤退を前提にしつつ、行動開始。
物理攻撃耐性が最弱の、遠距離攻撃専門のショウが先頭で逃げる。
逃げつつ、後続の俺たちに当たらないように、上に矢を放つ。
矢はアーチを描くように狼の群れに降る。
それがけん制となり、狼たちの足を少しだけ鈍らせる。
ミイがしんがり。
追いついてきた足の速い狼の相手をする。
ミイの槍は易々と牙で弾かれた。
俺の剣も通用しそうになかった。
クゥも一度だけ狼にかかっていったが、牙も爪も通じなかった。
相手は明らかにこちらよりも、かなりレベルが上だった。
現時点で、正面から戦うのは非常に危険だということがわかった。
草原にいた個体よりも強く群れている。
どうにか全力で逃げて、ようやく振り切った。
ミイから怒られた後、西の森方面に向かった。
塔の上から見えた通り、森は広大でずっとずっと、どこまでも広がっているようだった。
森の中に何があるのか興味があったけど、山での経験を踏まえ、深入りはしないことにした。
探索は森の入口付近に限定し、森と草原の境界から30メートル以上は進まないというルールを決めた。
森は人の手が入っている様子がなく、木や植物が漫然と好き勝手に生えていた。
元の世界の、人里に近い山などで見るような、間伐などは行われていない。
この周囲には人がいないという証拠でもある。
森の入口から少し入った場所で狼を遭遇。
草原にいる個体と毛の色は同じだが、体格が一回り大きい。
1匹だったため、戦闘行動に移った。
草原にいた狼より凶暴さが低かったが、反対に知性が高いようだった。
その狼はむやみに我々に突っ込んで来たりしなかった。
少し距離をとり、窺うようにして横に歩いた。
そしてパーティの弱点であるショウが狙われた。
俺たちはショウを守りつつ、三方から攻撃を仕掛けた。
ショウは回避とけん制に徹した。
少しずつ狼の体力を削り、時間はかかったが、全員でようやく1匹倒すことができた。
やはり草原の個体よりも断然強かった。
森での戦闘はその狼1匹のみだった。
森には他にも別の種類のモンスターがいそうな気配がしたので、すぐに草原へと引き返した。
狼とは明らかに異なる足跡が残っているのを発見した。
どんな未知のモンスターがいるのだろう。
そしてどのくらい強いのか。
ここも調査しなければならない。
しかし今日はここまで。
「そろそろ帰るか」
「クゥ~」
「それがよろしいかと思います」
「はい!!」
ショウはまだ元気だが、皆疲労が溜まっているようだった。
全方位の簡単な探索を終えた俺たちは、日が暮れてしまう前に禁城へと戻った。




