004_世界改変4 状況把握
アップデートは終わっただろうか。
もうログアウトになっているはずだ。
ゲームの世界への心残りを感じつつも、恐る恐る目を開ける。
現実ではなかった。
「あれ?」
隣にミイがいて、クゥのぬくもりも、ちゃんとある。
「えっと……」
アップデートは無かったのか。
まだゲームの中のままだった。
ラシルは、ふとセーブポイントを見た。
ん?
あれ?
消えていた。
しょうがないから、メニュー画面を呼び出す。
……
…………
……………………
あれ?
緊急離脱を発動。
……
…………
おっと。
隣では、まだアップデートを今か今かと待ち受けているミイがいた。
「ゴホン」
ハッとしたミイが、目を開いた。
「どうやら緊急事態のようだ」
ミイも状況のおかしさを悟ったようだ。
「はっ」
ミイは急に真面目になり、目の前に跪いた。
「すぐに状況を把握してまいります」
クゥも背中から飛び降り、ミイと同じように膝をついた。
「ラシル様はこちらでお待ちください」
「わかった。頼む」
ミイとクゥは深く一礼し、走れば失礼だと思ったのだろうか、早歩きで去っていった。
こちらもこちらで状況の把握をするとしよう。
出来ることと、出来ないことを確認するための作業を開始する。
メニュー画面が開かない。
ということは緊急脱出ができない。
GMに緊急コールもできない。
ふむ。
これは大変だ。
刑事事件になる。
この現象は明らかに何らかのバグだろう。
と、その前に、これは重大な犯罪である。
ゲームの世界から離脱できない、外との連絡が取れないという事態は、電脳法上、絶対にあってはならない。
このような事態になれば、運営管理している会社は厳しく罰せられる。
刑法上の監禁罪に該当するのだ。
フルダイブ型のゲームを提供する際には、それこそ万全の処置が取られ、ゲーム装置には国家公安委員会のシステムを組み込むことが必須となっている。
そのため、一定時間ログアウトしなければ自動的に通報されるシステムになっている。
サイバーポリスも順次見回っており、こうしたアップデートの際は専門のチームが見回っているはずなのだ。
システムバグが発生しないように。
バグの狭間に取り残されたユーザーがいないかどうか、目を光らせている。
フルダイブ型のゲームでは、3時間毎に、ログアウトするか否かの質問が表示されなければならない。
もし、それが表示されないと違法になる。
最長ログインは9時間までで、それ以上のログイン続行は原理的、物理的にできないようになっている。
9時間以上の連続ログインをしている場合は、監禁の現行犯と見なして、警察が現場であるユーザーがゲームをプレイしている場所に踏み込む手筈となっている。
だから、絶対に安心安全なのである。
ラシルはログインしてから、まだ9時間は経っていない。
時計機能も消えてしまっているので、何時間ログインしているのかは分からないが、だいたいもうすぐ3時間が経つ頃だ。
引き続きゲームを楽しみつつ、この状況に陥ったことを後で通報すれば、多額の賠償金が得られるはずだ。
全く心配ない。
むしろウハウハである。
さて、引き続きゲームを楽しもうじゃないか。
クーックック。
転移術を発動させようとして、発動できないことに気付く。
まだ転移阻害が掛かっているのかと思い、他の力を試す。
魔法を試すが、不発。
聖属性の転移魔法も不発。
ん?
これはあれか。
術や魔法が使えない系のバグか。
うーん。
厄介だ。
ゲームを楽しめないではないか。
ふと思い出して、自分のレベルを確認しようと思ったが、それもできない。
今まで出来ていたことが、出来なくなっていることにイラっとする。
とりあえず整理しよう。
メニュー画面が開けない時点で、プレイヤーとしての権限がない。
セーブポイントも消失。
はい、システムバグ決定。
自分の状態の変化は?
それは確認しなければ。
自分では確認できないレベルだが、確認する方法はある。
禁城の地下にあるレベルの泉である。
禁城地下一階。
その一角に静謐な空間がある。
サウナ横にある、水風呂のような場所。
それがレベルの泉である。
早速、転移ではなくわざわざ階段を使って地下に降り、レベルの泉へと向かう。
泉を覗けば、水面にレベルが映る仕組みになっている。
詳細なステータスや、経験値の溜まり具合まで見ることが可能だ。
バッドステータスなんかも確認できるので、現在の状況が一目瞭然になる。
泉を覗くと、若いころの自分が映っていた。
懐かしい。
そして、ラシルは崩れ落ちた。
レベル………………1だと。
軽く絶望した余韻で、少しぼーっとした後、レベルの泉を後にした。
深く考えるために、自分の仕事場という設定になっている執務室へ。
椅子に腰かけ、天を仰ぐ。
アップデートのせいで一時的にレベルが消失。
システム的な問題でログアウトできない。
「マジかー」
待つかー。
いや、レベリングかー。
「わからないな」
ミイとクゥが戻ってくるまで、どうやって損害賠償請求をしようかと、半ば現実逃避をしていた。
民事と刑事って、並行訴訟できだっけ?
訴訟手続きについてアレコレ考えていると、バリバリ仕事のできそうな女性の声がした。
「こちらにいらっしゃいましたか」
戻ってきたのはミイ一人だった。
表情はぎこちなくて、固い。
「ご報告いたします」
背筋を伸ばして、目の前に立つ美少女。
いつものヤンデレ具合がどこかに消え失せ、凛としている。
ミイは、拠点の管理を任せてから変わってしまった。
正確に言うと、一緒に冒険に連れて行かなくなってから性格が変わってしまったのだ。
一緒にいられない、連れて行ってもらえないことに、ミイは寂しさと不満を覚えたようだった。
半年以上、どの拠点にも立ち寄らなかったラシルも悪い。
そのせいで病んでしまい、性格が歪んでしまった。
愛情不足?
ごめんよ、ミイ。
ラシルは心の中で謝った。
「全員の聞き取りを終え、城内の調査をしたところ……」
ハキハキと報告を始めるミイ。
凄い、病んでいない。
こんなことを言葉に出して言ったら二重に怒られるだろうから、ラシルは真面目な顔をして黙っていた。
「クゥはどうした?」
「不明な点が多いので、部屋の外で控えさせております」
「不明な点というのは?」
「はい。ラシル様との精神的な繋がりが途絶えております」
初耳だ。
まだ独身なはずだと、ラシルは思った。
「どういうことだ?」
「私も同様なのですが、ラシル様のギルドメンバーではなくなっております」
ミイは恐る恐るといった風に説明を始めた。
全てのNPCのレベルが初期状態の1になり、能力も初期化されている。
残っているのは保有しているアイテムと、この禁城周辺の建造物のみ。
門の外は草原になっている。
さっきまでは草の生えていない砂漠のど真ん中にあったのに。
「それで、精神的な繋がりというのは?」
「はい、私どもは元々ラシル様との精神的な繋がりがございます。ラシル様が与えてくださった桃を食べ、名前を付けていただき、頭を撫でていただくことで、ラシル様の物としての実感がございました」
ちょっと待て。
物というかギルドメンバーだよね。
あと、頭を撫でる?
なんだそれは。
桃は分かる。
仙桃という特別な桃に気を込め、それを食べることで気を取り入れ、契約が成立するというあれだ。
無理やり食べさせても効果は無いし、本人がギルドに入りたいという意思がなければ意味の無いものになる。
因みに、ギルドはNPCしか入れない。
「しかし、私も含めて、それが解除されている様でございます」
ふむ。
勝手にギルドが解散しているのか。
自然消滅したのかな。
ラシルは自身のギルドマスターとしての求心力の低下について、思いをめぐらせた。
「つまり、独立個体となっているということか」
「はい。何者かによる攻撃なのか、世界改変によるものなのかは不明ですが……」
「ふーん」
……
……………
「よし。天下一武道会でも開いて、ギルド長を決め直すか!」
ふっふっふ、これは滾るぞ。
NPCには負けまい。
「……」
ミイが、感情のこもっていない平坦な目で、こちらをジッと見つめて首を傾げている。
ちょっと怖い。
何かが映る前の、真っ暗なテレビのような瞳。
知らないだろう、あの伝説のコンテンツはお前が生まれる前のことだからな。
「オラ、強ぇーやつが好きなんだ!」
ラシルは悪ノリしてみた。
ミイの目から本当に感情が消失した。
目が真っ平。
ブラックアウトしたテレビから、何かが出てきそうな雰囲気だ。
ミイは無視して続けた。
「すぐに原因を究明する所存です」
「待て」
ちょっと真面目な雰囲気に戻ったラシルは、ミイが続けようとした報告を中断させた。
「それで、他の拠点とは連絡が取れたのか?」
そう。拠点は他にもがあるのだ。他の世界に。
別荘ともいえる拠点がいくつか。
「他の拠点とは連絡が取れません。各拠点管理者達とも繋がりません」
ミイは切迫した表情だった。
何かが起こっている。
もちろん、バグが治れば解消されるだろう。
ただ、そんなに慌てなくてもいい。
「つきましては、緊急事態を発令。それに基づき、ここに結界を張りました」
「うむ、ご苦労」
「はっ。ありがとうございます」
ひとしきり報告を聞き終えたラシル。
現在分かっているのは、何もわからないというもの。
「そうか。さては何かのイベントだな」
「残念ですが、そういう訳でははなさそうです」
ラシルが理由を聞くと、ここは前にいた世界とは違うからだという。
違うとはどういうことかと尋ねると、あいまいな答えが返ってきた。
「感覚と申しますか」
「感覚か」
二人して考え込む。
いったい何が起こっているのか。
「一つ、隠していたことがあります。世界改変の前の出来事ですが、ほんの一瞬、ラシル様の気配が消えました」
「消えた?」
「はい。しかしその気配はすぐに復活しました。ですが確かに、ラシル様が世界から消えた気配がしたのです」
「消えて、すぐに復活か」
「この拠点に転移されてきて、お姿を目にした際、戻っていらっしゃったのだと思いましたが、それについても、今になって改めて考えると、どうも気がかりです」
うーん。
分からない。
分からないことばかりだ。
考えてもどうしようもない。
判断するだけの材料が圧倒的に足りない。
「とりあえず分かった。この拠点の戦力は?」
「私以下、クゥ、ショウ、ニボシをはじめ、町の住人が約300名おります。全ての者がラシル様に忠誠を尽くす所存です」
「反乱や謀反の気配はあるか?」
「ございません。あるはずがごさいません」
「全ての者がレベル1なのだな?」
ミイは頷く。
「そのため、約1/3の住民が動物の姿に戻っています」
元々、動物から進化したメンバーのことだった。
彼らはレベルを上げることで大きな妖術を帯び、妖怪へと進化し、人型となる。
それが初期化された今、彼らは言葉を操ることすらできない獣となっているのだそうだ。
「ここの結界は生きているのか?」
「はい。ただ、金貨を消耗しております。三ヵ月ほどは持ちますが、その後は……」
「他の拠点との連携は復活しそうか?」
「他の拠点とは連絡が途絶えているばかりか、現在位置さえ掴めません。他の拠点もここと同様に緊急事態に見舞われたものと推測されます。あるいは……」
ミイの顔が暗く、緊張したものになった。
こんな時に考えるのは不謹慎だが、やっぱりどんな表情をしていてもミイは可愛い。
あるいは。
ミイの言葉には、続きがある。
それは聞かなくてもラシルは理解できた。
もし仮に、ここが異世界だとして、この拠点のみが飛ばされた可能性もある。
流石、ミイは賢い。
可愛いだけではなく、とても優秀だ。
なるほど、なるほど。
一先ずの現状は把握した。
原因不明。
所在地不明。
現状は最悪。
もしかしてアレか。
ゲームから出れないとかいう、都市伝説か。
よく噂されるアレ。
「こういったケースの想定は?」
投げかけられた言葉に反応し、考え込んでいたミイが顔を上げる。
「この場合は……」
ギルドマスターなのによく知らない、緊急時対応計画たる立派なものがあり、それに基づいて行動する予定だという。
緊急時対応計画。
そんなカッコいい計画があったのか。
よく分からないが、公務員になった友達がこの拠点の設定を手伝ってくれた時、残したものなのだそうだ。
公務員が作ったものだ。
きっと間違いないのだろう。
「概要だけ掻い摘んで説明を頼む」
「畏まりました」
ミイの説明を話半分聞き流しながら、ラシルは別のことを考えていた。
ログアウトしてからのことだ。
このままでいくと、あともう少しでログアウトになる。
そうすればシステム運営からの謝罪と、警察からの事情聴取が待っている。
仕事もある。
憂鬱だ。
この時のラシルは、憂鬱になりながらも、まだ事態を軽く考えていたのだった。




