038_火国奪還戦7 進軍2
ショウは迷っていた。
攻撃するにあたり、どの仙術にしようかと。
仙術は組み合わせによって沢山のバリエーションがある。
ただ攻撃力のみを追い求め、大規模な殺戮のみを目的とするのであれば簡単であるが、それでは芸がない。
それに、それでは術を行使した後の後片付けが大変になる。
もとより、ミイの指示から逸脱してしまう。
ミイから与えられた指示は、速やかに火国人以外の者を殲滅すること。
また、疫病の発生を抑えるため、戦闘後に死体を残さないこと。
であった。
どの術にしようか、色々と考えて悩んだ。
候補はいくつかある。
そしてついさっき、あと2つまで絞り込んだところだった。
「やっぱり、こっちかな」
迷っているうちに時間が来た。
もう悩んでいる暇はない。
命令を速やかに遂行するのが最優先だ。
こっちのほうが早いよね。
そう決断し、大規模術式術式を展開。
これは極めてシンプルな術式である。
大きなファイアーボールみたいなもの。
一見すると町にバリアを構築したように見える。
町全体にそして発動。
炎が町全体を燃やす。
しかし、これは幻の炎だ。
本物の炎よりも薄く、透けている。
不思議なことに、建物は燃えていない。
事前に設定した対象しか燃えない。
それは火国人以外の有機物。
ショウは精霊使いに才能があり、エレメントを見分けることができる。
その技能はクゥよりも上手く、精霊女王に匹敵する。
また仙術使いとして、力の操作方法にも長けている。
しかしロメリアのような純粋な精霊の力では、彼女に遠く及ばない。
クゥのほうが純粋な攻撃力は高い。
要するにショウは器用なのだった。
現在展開している術式のように、対象を固定して何かをするといった作業が得意なのである。
クゥがラシルから借り受けた、死印判は対象を視認しなければならない。
しかし、この幻の炎は立体的に感知するので、フィールドにいる敵のみを対象にできる。
物理防御は意味をなさない。
仙術や精霊術での防御のみが有効である。
また、この術は威力はそこまでではないため、ほとんどゲームの世界での戦闘には通用しない。
モブキャラの大量掃討くらいである。
しかし、この世界の今目の前にいる敵はモブキャラよりも弱い。
道士レベル以下の敵であれば、十分に事足りるのである。
敵は人体発火のように燃えていき、町は恐慌状態になる。
横で見ている火の国の兵たちは顔を青ざめさせていた。
死んだあとも燃え続け、疫病の原因となる死体も残らないようになる。
よし。
精霊の目で見ても、仙術士として見ても、この炎を耐えきった敵はいない。
つまんないなぁ。
まぁいいか。
術を解除。
「敵は倒したから、後はよろしくね」
神仙と火国の兵にそう言い残して、次の町に移動するため、転移術式を起動させた。
ロメリアは町の中心部に出現した。
この世界に来てから、初めての戦闘。
無論、頑張らなくてはならない。
もちろん、失敗などは許されない。
ロメリアの主であるラシルの部下は、みんなとても優秀だった。
ラシルの命令を速やかに、かつ完璧に実行するだろう。
「あまり戦闘は好きではないのだけれど」
ロメリアは平和主義だった。
平和主義というのは、その言葉通り、争わないという意味である。
ロメリアはその発生当初、ゲーム世界で平和に暮らしていた。
精霊女王という称号が与えられていたが、最初はピンと来なかった。
女王というものの定義をゲームマスターに問い合わせると、ある集団の中で最も偉い存在だという回答がなされた。
しかし、ロメリアは発生した時、単体だった。
仲間も、配下もいなかった。
完全に一人ぼっち。
集団はどこにいるのだろう。
自然に発生した疑問だった。
女王であるからには、必ず集団がいるはず。
それが女王の定義であるのだから。
ロメリアは辛抱強く、生まれた洞窟で集団が発生するのを待ち続けた。
そしてある日、人間がやって来た。
それはプレイヤーと呼ばれる存在だった。
そのプレイヤーは力が欲しいとロメリアに言った。
ロメリアは素直に精霊の力を与え、プレイヤーに感謝された。
そうして日々を過ごしているうちに、またプレイヤーが来た。
そのプレイヤーはロメリアを倒そうとした。
ロメリアは特に反撃をしなかったが、反射をすることでプレイヤーが力尽きた。
その時、プレイヤーから好ましくない言葉を浴びせられた。
ロメリアは不思議だった。
何もしていないのに、どうしてなのだろうかと。
ロメリアはそのプレイヤーに尋ねた。
とても素直な質問だった。
「私が何かしましたか?」と。
プレイヤーは言った。
「お前が力を与えた奴に襲われて、ギルドが全滅した。恨みを晴らしてやる」と。
それはロメリアにとって衝撃的だった。
力を求めていた者に、善意で力を与えたに過ぎなかったのに。
その行為が、結果的に自分の知らないところで平和を壊していたことに気付いた。
「では、あなたにも力を授けます」
ロメリアは男に力を授けた。
力を授ける(与える)ことなど、ロメリアには容易なことだった。
これでプラスマイナスゼロになった。
その時はこれで平和が保たれると確信し、満足した。
その数日後、今度は最初に会ったプレイヤーが再び訪問してきた。
ロメリアは歓迎した。
多分お礼にでも来てくれたのだと思った。
でもそれは違った。
「お前のせいでギルドが全滅した」
ロメリアはプレイヤーに恨まれていた。
「ごめんなさい」
ロメリアは謝った。
するとプレイヤーは散々ロメリアを罵った後、帰っていった。
そのプレイヤーの話では、ロメリアが二番目に力を与えた男こそ悪い奴で、ロメリアから得た力でそいつのギルドをようやく倒したのだという。
その悪い男も精霊種の力を持ってしまったために、また勢力を巻き返したというのだ。
ロメリアは悩んだ。
悩んだ末にあることを決心した。
自分の力で平和が乱れるのであれば、安易に力を貸すのを止めよう。
洞窟の奥までの道に精霊を置いて、入って来れないようにしよう。
そうすれば、誰も近づけなくなる。
もし万が一、精霊の防御する洞窟を突破してきたのであれば、その人は強いのだから、たとえ精霊の力を与えたとしても自分の力のせいにはされないだろう。
そして何日か、何か月か、もしくは何年か過ぎた頃だった。
とあるプレイヤーが現れた。
そのプレイヤー一行はロメリアが全力で配置した迎撃用のエレメント達を倒してやって来た。
とんでもない強者来ると思った。
しかしロメリアの前に現れたのはまだ若い、ティーネイジャーといってよいくらいの年頃の子たちだった。
若い男の子と黒髪の可愛い女の子、気弱そうな男の子と気の強そうな女の子、狐のお面を被った女の子。
ラシル、ミイ、メルバコル、そしてクゥだった。
「大変だったよ」
集団のリーダーである、ラシルが言った。
「精霊がこれほどまでとは」
「クーっクック。全然余裕じゃ」
「ふん。ラシル様に仇なすものは悪よ!! 悪!!」
「あの、こんにちは」
ロメリアはどうしていいか分からなかった。
まずは目的を尋ねることにした。
「あなたたちも力が欲しいのですか?」
返ってきた返事はロメリアを混乱させた。
「そんなに、かな」
「そうでもないわ」
「ラシル様は最強だもの」
「クーっクック」
「えっと」
では何をしにここへ来たのだろう。
その質問を投げかける前に、逆に問われた。
「君は何をしたいの?」
ラシルからの直球の質問だった。
私は何をしたいのか。
ロメリアはその時初めて考えた。
そして、ラシルと会話を重ねるにつれ、自分はとても受動的に生きていると悟った。
これからここで何かをずっと待ち続けるよりも、この人と一緒にいて、様々な事を知っていく方が有意義なのではないか。
ロメリアは口説かれ、ラシルのギルドに入ることにした。
ラシル本人は口説いたという自覚は無かったのだが。
「懐かしいわね」
昔を思い出してしまった。
ロメリアは平和主義だった。
だけど平和というものは力が無いといけないという事を知った。
知ったというより、学んだ。
平和を愛していても、誰かに簡単に壊されるかもしれない。
壊されるのであれば、その前に壊さなくてはならない。
平和を守るために、相手の平和を壊す。
それは一見矛盾しているようにみえるが、平和というのはどうやら複雑なものらしい。
能動的平和、積極的平和。
争いを起こさないために争う。
平和とは、とても悩ましいものなのだ。
ロメリアには守りたい平和がある。
それは、精霊の里にいる自分の可愛い可愛い配下たち。
そしてラシル。
ラシルのギルドの平和を守りたい。
これはロメリアの中で最優先だった。
そのためであれば、争いは辞さない。
ロメリアは、一度決めたら意思が固い。
決して躊躇しない。
エレメントを召喚した。
下位のエレメントを50体ほど。
町全体に送り込む。
途中でエレメントが更に2回分裂する。
全て水のエレメントだ。
エレメントが輝き出し、力の放出を始める。
水国の兵士の一人がうめき声をあげる。
送り込まれた精霊力が、兵士の仙力を暴走させたのだ。
暴走した力は体の中で暴れ回り、内臓をズタズタにする。
とてもシンプルで防ぐことが容易な、攻撃ですらない術。
精霊術での体の活性化。
その上限を少しだけ取っ払っただけに過ぎない。
電子レンジで加熱させ過ぎたような状態。
弱い兵士たちは、それを防ぐ術を知らない。
血を吐き、目や鼻からも血が流れて出す。
町中が兵士の断末魔で満たされる。
原因不明の病のような攻撃で、次々と倒れていく。
あまり綺麗な殺し方じゃないけど。
ロメリアは平和主義だ。
ラシルの平和を守る為ならなんでもする。
だけど戦闘はあまり好まないので、最小のエネルギーで、ロメリアからすれば攻撃ですらない攻撃で敵を倒していく。
しかしそれは、敵兵にとって最も時間がかかり、痛みを伴う殺し方であった。
そういった意味で、ロメリアは天然だった。
平和という概念に純粋だった。
本人曰く、ラシルから教わった積極的平和主義という考え方を実践していた。
ラシルは元の世界での国連軍やピースキーピングを念頭に置いたものだったが、ロメリアの理解は原理主義的で、容赦がないものだった。
そのため、ギルドの中でもデンジャラスさんと呼ばれたりしていたが、ロメリアはピンと来ていなかった。
大量に作り出された凄惨な死体を前に、ロメリアは満足そうに頷いた。
これで平和が保たれた。
横ではロメリアに同行した神仙が青い顔をし、火国の兵士の一人が気を失っていた。
エレメントが味方にも影響を与えてしまったのかと一瞬不安になったが、そんなことはないと思い直す。
多分、疲れているのだ。
「疲れているようなので、私のエレメントに術をかけさせましょうか?」
ロメリアは優しい。
とても思いやりのある女性だった。
「ひっ!!」
火国の兵士が引きつった悲鳴を上げる。
神仙2人が苦笑いをする。
「ロメリア様、大丈夫なようです」
「あら、そう」
残念だが、必要ないと言われれば仕方がない。
気を取り直して事態への対処を継続する。
あとは、そうね。
ロメリアは死体を始末するための術式を展開した。




