037_火国奪還戦6 進軍1
水国、木国、土国に支配された、元火国領の攻略準備は着々と進んでいた。
取られた都市、町、村の全てを奪い返す。
敵が事態に対処できないように、一気に、そして同時に。
解放軍と称された部隊編成は、比較的簡単に完了した。
村には神仙に到達した部隊超級を含む数名を向かわせる。
町には幹部陣と配下数名がそれぞれ赴く。
首都は俺だ。
敵を排除した後の後詰として、火国の残っている兵士と今鍛えている火国人を配置する。
制圧後の混乱を収拾してもらうためだ。
それぞれの国がどのような行動をとるのか、幹部会議で念入りにシュミレーションした。
とはいっても、他国に取れる行動は少ない。
そもそも、どの国も介入できるはずがない。
まず、レイランの証言によると、転移術を使用できるのは仙界に数名しかいないので、戦闘に乱入してくる可能性は低い。
戦闘時における強者の横やりは、それほど脅威ではない。
一番厄介なのが、敵が増援を求めたときであるが、援軍到達は間に合わないと踏んでいる。
なぜなら、各地に宣戦布告をしたその報せが本国に届く時には、時間軸的に既に戦闘と奪還が完了しているからだ。
もし情報が早く伝わったとしても、援軍が送られてくるまでには数週間はかかる。
大国である風国は地理的にも遠いし、火国との関係も良いので、参戦するとすればこちら側に付いてくれる。
残りは4帝と中央であるが、こちらも腰が重いという情報だ。
4帝は領土的野心よりも、自国の存続のほうが大事なのだそうだ。
4帝のうち1つが動いたとしたら、他の帝国が動いた帝国に攻め入る可能性が高いため、簡単には動けない。
それぞれがそれぞれを牽制し合っているという、バランスの上に成り立っている。
4帝からすれば、五大国はただの干渉地帯。
緩衝地帯での戦闘にそれほど大きな意味を見出さないのて、他国の動向はそれほど心配しなくてよいとのこと。
何かあったとしても、攻められるのはおそらく首都の火府であろうから、そこに俺がいれば大丈夫だ。
そしてついに返還期限がきた。
撤退勧告に応じた拠点は一つも無かった。
ニボシとその優秀な部下たちが各拠点を見張っており、動きは完璧に把握していた。
どの拠点でも解放される気配がなかった。
劣勢であった火国が奪還できるなどと、考えられていない可能性がある。
奪還戦を吹っ掛けるなど、本気にされていないのかもしれない。
しかしそれは予定通り。
大いに油断してもらうのが一番良い。
既にこちらの準備は済ませている。
進軍の命令を出すために、禁城前に集合している部下の元へと行く。
広場には禁城の住民のほぼ全員とレイラン以下、訓練を受けた火国民が集まっていた。
多すぎるだろ。
人数と、かなりの仰々しさにちょっとビビる。
進軍命令を出そうとしたら、横から紙が出された。
ミイだった。
にっこりと微笑んでいるその手には紙。
何気な受け取って、何が書いてあるのかを見ると、この場での俺のセリフだった。
この場合はあいさつ文とでもいうのだろうか。
それにはこう書かれていた。
「諸君。
火国は我の支配下に入った。
その火国の領土が占領されたままになっている。
火国の領土は我の領土。
我の領土が他の者によって支配されている。
舐められたままでいいのか!!
(否!! と群衆が叫ぶ)
我は命ずる。
速やかに、我が民、我が領土を奪還せよ。
(ぉおーーーーーー!!! と群衆が最高潮の盛り上がりを見せる)
(すごい歓声に満足げに頷く)
我に勝利を!!
出陣!!!」
ミイを手招きで呼び小声で聞いた。
「この台本は皆知っているのか?」
「いえ知りません。しかしこの通りになるでしょう」
「わかった」
俺の了解にミイが嬉しそうに頷くと、拡声術式を展開した。
「皆の者、ラシル様からお言葉があります。傾聴!!!」
咳払いを一つすると、俺も拡声術式を展開した。
「レイラン。準備にこんなに時間がかかってすまない。せっかく仲間になってくれたんだ。全力で奪還してみせる」
レイラン以下、火国民が膝をつき、頭を垂れた。
「そしてこの作戦に従事するみんな。死なないように。何かあればすぐに離脱して応援要請を」
「はっ」
幹部たちが跪いて頭を垂れた。
「じゃあみんな、油断せずにいこう」
ミイがジト目でこっちを見ている。
自分の原稿が使われなかったことへの非難が半分と、ふて腐れが半分といったところか。
ミイが気を取り直して真面目な顔をする。
「出陣!!」
ミイの号令とともに転移魔法が一気に発動した。
ミイは冷静に睥睨する。
眼下に広がるのは火北都市。
水国と木国、この二つの国に最も近い都市。
首都の次に主要な拠点で、駐屯している兵士の数も多い。
しかし、そんなものはミイにとっては関係ない。
ミイはこの作戦立案者であり、実質的な指揮官である。
作戦の失敗によってラシルの名に傷がついたり、名誉が失墜することが、最も恐れるべきことだ。
それは絶対に無いように、万全の体制で臨む。
それでも、実際ミイにとって火国などどうでもよかった。
今一番大事なのは、一刻も早く敵を倒して、ラシルの元へと向かうこと。
ラシルは今、防御設備が整った比較的安全な禁城ではなく、敵地にいる。
ここは異世界。
どんな敵が出てくるか分からない。
ゲームの世界であれば生き返ることができるだろう。
しかし、この世界でも果たして蘇生が通用するのか。
この世界の者に試した結果、一時間以内であれば復活するという実験結果が出ていた。
死体の一部欠損や消失、不存在など、どんな条件下でも復活が可能であった。
しかし、異世界から来た我々はどうか。
ラシル本人はどうか。
そこに例外は絶対にないと断言できるのか。
できない。それが現時点での答えだった。
無論、実験なんてものもできない。
ラシルが死ぬなど、ミイは考えたくもなかった。
それを想像するだけで胸が苦しくなり、切なくなり、怒りで体が熱くなる。
ミイにとっては火の国とかどうのこのとか、それは些細なことなのだ。
どうでもいいというのは言い過ぎかもしれない。
ラシルが救うと判断した対象に対して、ミイとしても全力で事に臨むつもりである。
しかし、そのことが些事と言えるような重大事が、ラシルの安否。
ラシルがいて、私がある。ミイにとって、それだけで世界は完結する。
そのために、ミイは殲滅する。
今すぐにでもラシルの元へと飛んでいきたい気持ちを抑えて。
ミイは気持ちを抑えるために妄想する。
この任務を完璧に早く終わらせることができれば、ご褒美としてラシルの血をもらう。
凄まじい独占欲が満たされ、幸福感が全身を貫く。
ほんの少しだけ、少しだけ血を分けてもらうのだ。
ミイはおもむろに手を突き出す。
自然な動作で行われたそれは、超常現象を発生させる。
巨大な魔法陣が空に出現。
綺麗な幾何学模様。
ようやく魔族レベルが100を超え、魔法もある程度使えるようになってきた。
戦闘レベル、仙人レベル、魔族レベルを互恵して、現在400オーバー。
巨大な魔法陣から中規模の魔法陣がいくつも生まれる。
さらにその魔法陣から無数の小さな魔法陣が湧いてくる。
眷属召喚。
小さな魔法陣から、次々と狼たちが出てくる。
別に狼でなくても良かったのだが、今回はこれにした。
狼ばかりを倒してきたから、親近感を覚えたのだ。
力や攻撃力は一番弱い。
しかしこの程度で十分。
足が速く、大量に召喚できるのも良い。
「駆逐しろ」
そう命令し、解き放つ。
敵と味方の区別はできている。
オーラなどを匂いで嗅ぎ分け、敵だけを駆逐していく。
一緒に来ている神仙2人は手を出さない。
命令があるまで動かない。
逆に命令前に何かをすると確実にミイに叱責されてしまうからだ。
眷属の狼が敵を見つけて襲い掛かる。
敵のほとんどは、異変に気付いていない。
黒い塊が空から垂れるようにして降ってきているが、敵はそれが魔法だとは知らない。
自分たちが守っている都市に対して、大規模攻勢がかけられているのを知らない。
ゴキブリの大群のような黒い波が、町を飲み込んでいく。
何かの天変地異だと錯覚した兵士たちは、奇声を上げて逃げていく。
その場に立ち尽くす者もいる。
黒い物体に襲われる間際、それが狼だと悟る。
その時にはもう遅い。
次の瞬間には絶命しているからだ。
狼は逃げる敵も潜む敵も、狼達は残らずに見つけ出す。
ミイは圧倒的だった。
火の国と敵を見極め、眷属たちがそれこそ、ゴミを掃除するように次々と倒していく。
狼は、最初は一匹では敵を倒せない。
十匹ほどで一人を倒す。
敵を倒すと、その死体を食べて力を吸収し、強くなる。
強くなった狼は、今度は七匹ほどで敵を倒す。
また食事をして強くなる。
次は5匹で、その次は3匹でという風に倒していく。
強くなる前にやられる個体もある。
その個体の死体は他の狼のエサになる。
エネルギーを回収するのだ。
一見、とてもエコロジーな戦い方である。
黒い波が町を覆い隠すまでに10分と時間は掛からなかった。
敵はもういない。
逃げ延びた敵もゼロ。
占領下にあった火国民たちは、恐怖に震えて泣き叫ぶもの、呆然とするものなど様々であった。
死体も狼が食べて尽くし、都市は綺麗になっていた。
さしてその力は最終的にミイに還元される。
巨大な掃除機をかけて、ゴミだけ吸い尽くしたように、都市には敵の姿も、狼の姿も消えていた。
「あぁ、ラシル様」とミイは心の中でラシルに呼びかけた。
宝貝死印判の欠点は、攻撃対象を視認していなくてはならないことだ。
通常の大規模術式であれば、攻撃対象となった範囲を爆撃機から爆弾を投下するようにして吹き飛ばすことが可能である。
しかし、死印判はその特性上、生きているもの、有機物を主な攻撃目標としている。
対象をロックオンして、それのみに攻撃する。
省エネで効率的を追及したが故の欠点である。
視認するために適した場所は、いつの時代も高所である。
クゥは町の上空にいた。
小規模の町で、そこまで人口が多くない。
駐屯している兵士の数も少ない。
人口の多い都市はもっと対象の選別に適している者が進軍している。
ミイの担当は、小さな町を2つほど。
大役とは言い難いが、それでもラシルに命じられた仕事。
それを遂行するのはクゥにとって、この上ない喜びだった。
気合いを入れるために、クゥはお面を被った。
白い狐のお面。
白地に黒と赤で色付けされ、金で装飾された、見事な一品。
クゥにとって、大事な、思い入れのあるお面だ。
クゥは気付いた。
お面を被ったことで、視野が狭くなり、死印判の有効範囲が狭まった。
これではだめではないか。
クゥは気を取り直して、
頭の上にお面をずり上げる。
これでよし。
死印判の術式を起動する。
腕を思いっきり引いて突き出す。
押印。
死の紋章が敵国の兵士たちの顔の前に突如として現れる。
視界が真っ赤な光に包まれた兵士たちが騒ぎ出す。
兵士たちは隣の兵士の顔の前に現れた赤い光を見た。
死の紋章を得た者たちは恐慌状態に陥る。
その前に。
押印。
押印された者の頭が吹き飛んで死亡。
更に術式展開。
死体の処理だ。
ラシルからは、建物を燃やしてはならないと言われている。
最新の注意を払い、炎の術式を展開。
周りに燃え移らないように発火させる。
建物の陰に隠れていたものや、建物内にいた兵士が騒ぎ始めた。
全員を倒すことはできていない。
残りの処理は部下に任せる。
神仙2人が取り逃がした敵を察知し、排除していく。
掃討戦に移っていた。
悪魔、メルバコルは思案していた。
この戦闘は、拠点奪還戦に分類される。
敵を殲滅するとともに、敵に奪われた拠点を取り戻さなくてはならない。
問題はその拠点だった。
町には大勢の非戦闘員がいる。
敵の他に火国人もいる。
敵だけならば簡単だった。
ただ倒せばいいだけ。
しかし味方がいるとなると、判別しなくてはならない。
間違って火国人を殺してしまうと、ラシル様の名声に関わる。
だから慎重に作業しなければならなかった。
それはミイにとっては、造作もないこと。
クゥも同じである。
仙術を取得している彼女たちは、その仙力のおかげで火の力と水の力を見分けることなど造作ないし、民を見分けることもできる。
しかしメルバコルは悪魔である。
違いなど判らない。
仙術を使用できるようになれば違うのかもしれないが、仙人種のレベリングにはまだ着手していかった。
だから実質的に、敵味方の判別が不可能だった。
ただ、唯一分かるのが、悪意の有無である。
悪魔特性、というより魔王特典でこの能力が備わっていた。
無意識的に、対峙した対象に悪意があるかどうかを判別することができる。
きわめてレアな能力であるが、この状況下では全く使えなかった。
その選別方法では不十分なのだ。
火国人にも悪意を持つ者がいる。
それは主に水国人に対して。
悪意の指向性も分からないこともないが、この数となるとちょっと。
そこで、最も手っ取り早い方法を取る。
「頼む」
「承りました」
メルバコルの隣で優雅にお辞儀をしたのは、人ではなかった。
羊のような顔。
毛むくじゃらになっているので、表情は読みずらい。
頭からはいかめしい角が生えている。
丸い眼鏡をかけているのが、妙に知的に見える。
彼の名はブッシェル。
執事服を着た羊。
洒落が好きなやつだ。
誰も気づかないような、笑いどころのよくわからない洒落を、誰にともなく、ごく稀に言う。
別に執事服でなくてもいいのだが、羊ですからという理由で着ている。
体は筋肉質な人型をしているが、服の先から伸びる手は毛むくじゃら。
精神系魔法が得意な部下だった。
2名いる副官のうちの1名である。
ブッシェルが、彼の角のように厳めしい杖を振るう。
上空に青い魔法陣が展開される。
それはどんどん膨張し、魔法陣が魔法陣を生み出すという複雑で芸術的な絵を空に描いていく。
ほんの少しでも魔法の知識がある者が見れば、それは驚嘆に値する技だった。
ブッシェルの芸術作品が空間を侵食していき、次第にドーム型になり、町全体を包み込んだ。
町を世界から隔絶する。
うっすら青く、透明なドーム型になったところで魔法を発動。
町全体に流れ星のような光輝く残滓が降る。
それは雪のようにゆっくりと、でも着実に下へと落ちていく。
通りにいた者がそのまま崩れ落ちる。
一人、また一人と。
次々と倒れていく者に気付いた人間は何名かいたが、遅かった。
ブッシェルの魔法は早い。
少しすると、町からは一切の物音が聞こえなくなっていた。
町にいた全ての生き物が意識を失い、眠りに落ちたのだ。
ブッシェルが最も得意とする精神魔法の一つ、睡眠。
ブッシェルはただの部下ではない。
ラシルに拠点管理を任命された一人であるメルバコル、それを補佐する2人のうちの1人。
メルバコルが管理する拠点のナンバー2である。
彼の行使する魔法も普通ではない。
実際、精神系魔法であれば、ラシルのギルドメンバーの中でもトップクラスなのだ。
眠った後、夢の中で一人一人に、同時にいっぺんに聞いていく。
お前は水の民か火の民か。どこの民だ?
起きているのならばともかく、眠っている状態の無防備な自我は嘘をつかない。
いや、つくことができない。
火と答えた者は、この後すぐに眠りから目覚める。
水、木、土と答えた者には、そのまま体を操作し、転移術で魔王城へと送る。
町には夢遊病者のような行列ができ、どんどん転移魔法で送られていく。
彼らはギルドの明日の礎となるため、実験に付き合ってもらうのだ。
こうして、この町を制圧していた敵兵はどこかに消え、火国人は無傷のまま、町を奪還した。
メルバコルは思案する。
選別を完璧にこなし、死体を残さないようにというラシルの命令を忠実に守り、さらに実験体まで手に入れた。
ブッシェルは優秀である。
そして、自分は何もしなかった。
何も活躍しなかった。
「うーん」
メルバコルは思案する。




