032_配下のレベリング2 ベッフィーの場合
ベッフィーは魔女だった。
彼女は魔女ということに誇りを持っている。
ペッフィーの初期属性は人間種。
ホーリーナイトやプリーストが人間種から天使種へと進化するように、彼女も人間種から魔族種へと進化する。
人間種から進化した存在は、その見た目が変わらない。
ツノや翼が生えてくるわけでもないし、毛深くなったり、爬虫類みたいになったりしない。
ごく普通の人型である。
その普通の人型というのが、魔女にとっての黒い歴史を作り出した。
魔女は人とは違う。
魔の力を得て魔族種に進化した人間だ。
だから人間から忌み嫌われる。
魔女は魔族とは違う。
魔の力を得て魔族種に進化した人間だ。
だから魔族とも違う。
魔族と距離を置き、人間からは避けられて忌み嫌われる。
そんなどっち付かずの存在だった。
人間は人間を殺す時よりも、魔族を殺す時よりも、魔女を殺す時のほうが一番残酷になる。
同じものと違うものよりも、同じものだったのが違うものになった存在のほうが、どうやら嫌いらしい。
だから魔女は迫害の対象でもあった。
人間を捨てた存在として。
後で知った事だが、同じ人間種から進化した仙人種や天使種は、全く同じ条件のはずなのに人間から迎合される。
ベッフィーはそれもよく分からない。
魔女というのは特異な存在だった。
魔族はただ単に争いをするだけ。
持っている力を争いに使うことを得意としている。
ナンセンスだ。
天使族も同じようなものだ。
天使族に進化する人間種は信仰がまず第一だし、強くなっても自分の強い思いを通すための力しかない。
願望を成就させ、世界に規律とルールをもたらす存在。
ナンセンスだ。
仙術はどうか。
仙術は世の中の流れを読み、それを活用する力である。
操作するという特性を持っている。
それでは世界の根本に迫ることなどできない。
ナンセンスだ。
龍種も脳筋のパワー馬鹿だし。
精霊種も自然界の力を使うだけ。
力は何のためにあるのか。
一般的に、力を持つ理由、力を欲する理由というのは、要するに権力争いだ。
どうやって自分の欲、想い、地位を成就するのか。
力は主に、他者を排するために使われる。
どこまで行っても権力なのだ。
魔女はそんなものに興味はない。
もちろん他者から害されて、自分の思い通りにならなければイライラするが、それは二の次である。
力を持っていても、他者を排するために使わない。
こんな考え方が、逆に不気味だったのだろう。
理解できないものとは共存できないのが世の常だ。
理解できない人間は、排除や迫害の対象でしかない。
魔女の目的は研究。
世界の理を理解し、それを極める。
真理の探求。
そのための力であった。
ラシル様は別だ。
ラシル様は崇高なお方で、自分なんかが比べていい、評価して良い類の存在ではないのだ。
ベッフィーは力を馬鹿にする。
しかし、ベッフィーは力を求める。
なぜなら、知りたいからである。
知って、ラシル様の助けになりたい。
知識欲。
ベッフィーはその固まりであった。
ベッフィーは特異とされる魔女達の中でもひときわ特異な魔女だった。
紆余曲折あって、いまは親愛なるラシルの元で研究している。
それはベッフィーにとってこれ以上ないほど幸せな事だった。
天才少女ベッフィー。
ラシルの仲間内からそう呼ばれる彼女のレベリングは独特だ。
第六拠点、魔女の館。
その広い地下室。
地下の上階層は侵入者迎撃と大規模実験のためにあるスペース。
冷たくて分厚いコンクリートの壁で隔離された空間。
当たり前だが、地下なので窓は1つもない。
あるのは上階からのドアと、下階に行くためのドアが、長い長方形状になっている部屋のそれぞれの短辺にあった。
部屋には、召喚された悪魔達が所狭しと並んでいた。
大量の悪魔達は、自分たちの体の質量でほとんど身動きが取れない。
満員電車の中にいるようだった。
悪魔達は召喚主の求めに応じて召喚されたものの、敵が見えない。
狭くて思う存分に戦えない、というより、思うように動けない。
力を振るうと味方に当たってしまう。
召喚された悪魔達は、自らが置かれている状況に混乱していた。
それはまるで、痴漢の冤罪に怯えるサラリーマンのようでもあった。
混乱した悪魔たちをよそに、突然戦闘は始まる。
次の瞬間、部屋を覆い尽くす光と共に、悪魔達はその短い生命を終えた。
「準備オッケー」
単調な声が響いた。
魔女の館の最上階。
魔女の館は空間魔法が常時展開される。
そのため、通常のルートで最上階に到達するには一階から地下に降りて、その最下層の魔法陣を使って2階へ行き、そこからまた各階の魔法陣を使って上にいかなくてはならない。
つまり、最上階にいるのは、拠点管理者であり、この部屋の主。
足を優雅に組んで、椅子に座り、リラックスしている。
美人ではあるのだが、まだ14、5歳の見た目の女の子であるため、足を組んでいても妖艶な雰囲気というのはない。
丸い眼鏡が見た目の知的度合いを引き上げている。
視力矯正魔法でどうにでもなるのだが、それ以前に本当は目が悪くないのだが、ラシル様に可愛いと褒められたので眼鏡はずっと付けている。
いわゆる、オシャレ眼鏡というやつだ。
決してビジネス眼鏡などではない。
テーブルの上には清潔で皺ひとつない純白のテーブルクラスがひかれ、その上には品のいいティーセットが用意されている。
人数は2人分。
部屋の主はティーセットのカップを使わず、マグカップで紅茶を飲んでいる。
「次のレベルと数は?」
「任せる」
メルバコルは溜息をついた。
さっきまでは召喚するモンスターのレベルと数を細かく指定してきた。
効率良くレベリングをするためである。
しかし、どうやら相手が飽きてきたようだ。
ベッフィーのレベリングに付き合っているのはメルバコル。
メルバコルは出された紅茶を一口飲み、チョコビスケットを齧った。
彼らはお茶を楽しんでいるわけではない。
拠点管理者であるメルバコルは幹部のレベリング管理で忙しいし、同じく拠点管理者であるベッフィーも食糧事情の改善のため、新種の作物の種を開発する仕事があるのだ。
今は打ち合わせの時間でもない。
今のところ、この2人で詰めておかなければならない話などなかった。
彼らは全力でレベリングをしていた。
通常、レベリングの際はモンスターと対峙する。
レベリングの際というより、戦闘時には相手と対峙するのは戦闘の前提条件である。
そのはずなのだが、その大前提がベッフィーには通用しない。
ペッフィーは天才である。
戦いなど好きではない。
「こちらも準備オーケー」
メルバコルの言葉にベッフィーは「はぁ」と深く悩ましい溜息をつく。
ラシルの為にレベリングをし、強くなるのはいい。
でも乗り気ではない。
意味がないのだ。
この行為に。
レベリングは強くなるというのが目的ではない。
いや、強くなるのは目的なのだけれど。
しかし、レベリングの純粋な目的、その効果は強くなることではない。
進化して様々な力を使えるようにすること。
そして使えるエネルギー量が増えることであった。
使えるエネルギー量がカンストすれば、後はその使い方である。
使い方とは知識だ。
ペッフィーは強い。
多分物理攻撃のみという縛りであったら一番弱いだろう。
それにちょっと問題がある。
近接戦闘になれば、ハイになって性格が変わるのだ。
元々大人しい人が車のハンドルを握って性格が激変するように。
だから龍種のレベリングはベッフィーの苦手とするところだった。
それでも。
地下に集められたモンスターたち。
モンスターたちが次々と召喚され、メルバコルの言葉通り、一定数を上回った。
ベッフィーはおもむろに杖を取り出す。
そして振る。
そうすると。
地下のモンスターたちのいる空間に大規模な魔法陣が出現。
地面が灼熱の溶岩へと変化し、モンスター達が断末魔を上げながら沈んでいく。
メルバコルが溜息をつく。
全滅したのだ。
「次」
ベッフィーが無感動に注文する。
また召喚。
そして撃破。
そう。
ベッフィーは別の場所から椅子に座りながら敵を倒している。
こんな芸当、彼女以外にはできない。
ラシルやミイならできるかもしれない。
でもしかし。
こんなに戦闘に消極的で、レベリングの効率に積極的なのは彼女くらいしかいない。
彼女は天才なのだから。
ベッフィーは椅子に座りながら強くなる。
メルバコルがまた溜息をつく。
つられてベッフィーが溜息をつく。
もはや作業であった。
メルバコルは、なんだかなあ、と思う。
各拠点の防御術式を組んだのはベッフィーだ。
地面を溶岩化する術式も、メルバコルの拠点に組み込まれた決戦用魔法を使ったものだ。
それは純粋に凄い。
またベッフィーのレベルが上がる。
この行為はベッフィーがメルバコルのレベルに追いつくまで続けられた。
「今日はここまでかな。もうすぐこっちは悪魔種カンストだけと、次は龍種を取るつもりだよ」
「私は仙人種。ラシル様の役に立つ貝宝を作りたい。魔術と融合させるともっとレベルの高い作物が育つと思う」
「へぇー、もっと美味しいものが食べられるようになるんだ」
「当たり前。ラシル様のお口に入るものだから」
ベッフィーは顔を赤くして俯いた。
ベッフィーはラシルのことになると暴走気味になり、見境がなくなる。
それに一度照れ出したら長い。
その癖を、メルバコルはよく知っていた。
メルバコルはうまく話題を変えることにした。
「ラシル様がさ、落ち着いたら例の場所に集まってご飯でも食べようって」
ベッフィーの目が輝いた。
「いつ?」
「いつかはまだわからないけど、落ち着いたらって言ってたよ」
「メンバーは?」
「管理者全員じゃないかな」
「わかった」
ベッフィーは口をもぞもぞとさせている。
メルバコルは知っている。
これは嬉しくて笑いたいけど我慢している表情だ。
素直じゃない。
ベッフィーはぶっきらぼうだ。
あまり喋らない。
無表情で頭も良く、力も強いのでメルバコル配下の悪魔達に姉さんと恐れられている。
ベッフィーが完全に素直になるのはラシルの前だけだった。
あとは付き合いの長い拠点管理者に心を開いている。
「1つ聞きたいんだけど」
「何?」
「ベッフィーはこの状況をどう見ている?」
「質問の範囲が広い」
「ごめん。言い方を変えるよ。この世界は何だと思う?」
「不明。ラシル様のいらっしゃった世界ではない。私たちの元いたゲームの世界でもない」
ベッフィーは科学者でもある。
だから分かっている事しか断定しない。
一定の根拠が無ければ安易な推測もしない。
「本当にゲームの世界じゃないのかな?」
「ない」
「ゲーム管理者はいないけどさ、メインシステムにアクセスできないだけで、僕たちがスタンドアローンになっている。そしてラシル様がゲーム内に取り残された可能性とか」
「ない」
「どうして?」
「データ量」
「データ量?」
「データ量」
「違うの?」
「違う。ゲームというのは目的があって作られる。創造されたものには目的がある。ゲームの世界では私達は食事を摂る必要がなかった。汗もかかなかった。お風呂に入る必要ーが無かった。モンスターは倒せば光となって消える。でも違う」
「今の世界はってことだよね」
ベッフィーは小さく頷いて肯定した。
「存在している物質のデータ量が違う。アイテムはシステム制御ではなく、何らかの法則が適用されている。リアルさが驚くほど違う」
「ベッフィーが驚くって相当だね」
ベッフィーは小さく首を傾げた。
「私の毎日は驚きに溢れている」
その言葉についてよくわからなかったメルバコルはスルーした。
「ラシル様のいた世界の、例えば過去とか未来とか、そう言った可能性はないの?」
「ほぼない」
「なぜ?」
「各拠点とラシル様のアイテムボックスにある建物を見ればわかる」
「どういう事?」
「拠点や建物はラシル様のご友人が作られた」
「それは知ってる」
「ラシル様のいらっしゃった世界の人が作った建物」
「ごめん、わからないや」
「例えば、エレベーター」
「リフトのようなものだよね。建物内で上下移動する乗り物」
「それは人が飛べたり転移魔法を使うことを想定していない」
「!」
「魔法の無い世界。物理法則だけの世界」
「そっか!だからあり得ないんだね」
「過去や未来の時間軸で物理法則以外の力が存在していない可能性を完全に検証できないから断定はできないけど限りなく断定に準じた扱いをしてもいいと思う」
「だったらこの世界は…」
「不明。一番近い理解は、物理法則以外の力のある、ゲーム世界の設定が生きている現実世界。仮呼称するなら第三世界」
「全然違う世界なんだね」
「研究者の血が騒ぐ」
何杯目かのお代わりをもらった紅茶がまた空になろうとしていた。
「この世界に飛ばされた目的は? 僕たちはどうするべきかな」
「わからない。そういう質問ならミイに聞いた方がいい」
「そうだね、そうするよ」
メルバコルは納得した。
ベッフィーは研究者である。物事の本質を理解するのがその仕事だ。
解明された本質をどう活用するかはミイが得意としている範囲だ。
「私は変わらない。研究して、アイテムを作って、ラシル様のお役に立つ。頑張らないと」
「僕もどうすればもっとお役に立てるか考えないと」
「レベリングで役に立ってる」
「そういうんじやなくてさ、もっとこう、劇的に役に立ちたいんだ」
「わかる気がする」
2人は通じ合ったように笑った。
ベッフィーは笑うというよりも、ハニカんでいる。
「そろそろ行くけど、ベッフィーは今の考察をラシル様にお伝えしてる?」
「してない。まだ仮説の段階」
「定期的にした方がいいと思うよ。ベッフィーの考察は重要だから、報告しないと。そうすればラシル様にお会いできる名目も立つ」
「メルバコル、天才」
「ありがと。僕からも言っておくよ」
「気が利く」
「それじゃあ」
「うん。また」
転移魔法でメルバコルが去った後、魔法でティーセットを片付ける。
通信魔法を起動させて、ミイに繋ぐ。
メルバコルの「言っておくよ」なんて待っていられなかった。
それはすぐに繋がった。
「あら珍しい。ベッフィーじゃない。どうしたの?」
ベッフィーは端的に今の話を伝えた。
「とても重要なことね。もっと早く話をするべきだったかもしれない。今夜、ラシル様の予定を入れておくわ。ありがとうベッフィー」
「うん」
通信が切れると、ベッフィーはお気に入りのぬいぐるみを抱えた。
クマのボブだ。
ボブの後頭部に顔を埋める。
メガネがボブの頭に当たって痛かったが、嬉しさの方が勝った。
ひとしきりボブに感情をぶちまけると、ベッフィーは立ち上がり、鼻歌を歌い出した。
アイテム作りに行くためだ。
今日の夜はどんな髪型をして行こうかと考えながら、ベッフィーは研究室に転移した。




