030_火国奪還戦1 方針決定
今日の朝に開かれた会議の末、火国を支配下に置くことに決定した。
レイランへの回答期限が明日に迫り、ラシルは幹部の意見を聞くための会議を開いた。
正直なところ、ラシルは迷っていた。
これ以上火国に介入するのはやめたほうがいいのではないかと。
戦争をしている当事者国の一方に肩入れするということは、同じように戦争に巻き込まれてしまう。
要らない争いに巻き込まれて、ギルドメンバーである配下の者たちを危険に晒すのは絶対に避けなければならない。
自分が育てた、可愛い可愛い子供たち。
財産であり、家族。
そんな大事なものと、知らない世界の知らない国の民。
優先順位は言うまでもない。
しかし、それでも。
奴隷にされ、侵略を受けている火国を無視できなかった。
本当は無視するべきだったのかもしれない。
もし不干渉路線で行くのなら、最初の段階で助けるべきではなかったのた。
この段階でどこかの勢力と結ぶべきか。
それとも孤立主義を徹底して隠れて生きるべきか。
判断をするには情報が圧倒的に足りなかった。
そのための、みんなの意見を聞くための会議だった。
結論から言うと、方針は満場一致で決まった。
ミイが素晴らしい提案をした。
属国にし、支配下に置くべきであると。
属国にする際の、統治の形態はこうだった。
まず第一に、統治はしない。
俺と元からいたギルドメンバーの地位を国よりも上に置く。
奴隷制度の廃止など、基本的な価値観を示す。
通貨制度を導入する。
この3つ以外、自由な統治を認める。
こちらからは食糧援助、治癒などの人材派遣、そして人材育成といった各種援助を行う。
そうしてこちらの良いイメージを植え付ける。
仕事は増えるが、実質的な損害はないに等しい。
それによって得られるメリットはたくさんある。
第一にこの世界の情報取集。
未知が多過ぎるこの世界で、知的生命体を味方につけることは大きな意義がある。
彼らが知っている常識、歴史、技術、統治形態、戦力など、様々な情報を得ることができる。
第二に、戦力の増強。
彼らをレベリングさせ、自給自足と自国防衛をしてもらう。
有事の際には盾になってもらう。
訓練時に才能のあるものを選別し、直接雇用で迎え入れることで、戦力の増強にもなる。
強くなりすぎても、問題ない。
仙桃は禁城で作られている。
仙桃などの進化の実は、ラシルの仙術の力が入っている。
反逆行為が認められたら、ラシルの意思で力を奪うことが可能となる。
そしてそれを食べないと強くなれない。
もし食べるのであれば、強くなり、強くなった者に対しては、支配の絶対化になる。
この状況を積極的に利用するのが、最適解であるという提案だった。
「素晴らしい。さすがだな、ミイ」
褒められたミイが頬を赤らめた。
「私は皆の意見を取りまとめ、代表して進言したまでです」
「そうか、みんなありがとう。良い判断だと思う」
違う、そんなんじゃない。と一人、ショウは思った。
この結論は真っ当な議論から導き出されたものではない。
もちろん全員ラシルの事を第一に考えているのは間違いないが。
ミイの能力であれば、どちらの選択肢をとっても合理的にもっともらしくまとめてくるはずだ。
結論は確かに合理的であり、ラシルが納得している手前、沈黙を守るしかなかった。
合理性とは欲望が生み出すものなのだから。
結論に満足したので、早速レイランに連絡した。
レイランとレイリン、火国幹部を禁城に招待するためだ。
火国の女王レイランは執務室で仕事に忙殺されていた。
ラシルという神の力を持った謎の人物の配下が、次々と食糧を運んできてくれる。
援助された食料を効率的に各地区へと分配する。
当初は混乱があり、一部で食糧の奪い合いや略奪のような事件があったものの、今では落ち着いていた。
どこからこの大量の食料が来るのか、後で莫大な請求をされるのではないか。
そういった疑問というよりも、恐怖がレイラン達を支配した。
食料手配の窓口となってくれているショウというラシルの配下に聞いたところ、まったく心配しなくてもいいと言われた。
生産は随時大量に行っていて問題ないし、何も消費しているわけではないから対価は請求しないという。
何を言っているのか全く理解できなかったが、大丈夫なのだろう。
そう信じるしかなかった。
他にも仕事はあった。
治癒術師とアイテムの分配。
住むところが無いものへのテントの手配。
難民で人口が一気に増えたために、それに伴って増加した争いの仲介や治安維持。
その他にも沢山の要望が上がり、対策が必要なもの、我慢してもらうものを選別する。
対策が必要なものは対策を考える。
とにかく忙しかった。
それでも全然マシなのだ。
食糧は足りなければ送られてくる。
生産と輸送を考えなくても良いというのは、8割方問題が解決していると言ってもいい。
本当に有り難かった。
炊き出しを毎日朝と晩の2度行っている。
お代わりも2度まで可能にしている。
本当は2度でなくても、何度しても可能な量がある。
が、その大量の食糧はどこからやってくるのか。
やっぱり不気味だった。
もしかしたらラシルはこの国より大きな領土と民を有していて、食糧余剰がかなりあるのかもしれない。
最も不安な事案が1件。
ラシルの配下になりたいという申し出に、まだ回答を得られていない。
見捨てられてはいないと信じたいものの、こんな足手まといの国を欲するだろうか。
そういった答えの出ない悩みは、レイランと幹部たちの睡眠時間と精神を削っていった。
「レイラン様!レイラン様!」
執務室で大量の要望書に目を通していたレイランは顔を上げた。
護衛として室内に控えている妹のレイリンに向かって頷く。
またラシル様の部下の方々が食糧を運んできたのだろうか。
今ではこの都市の全員に十分な食糧が行き渡り、備蓄までできている。
だからといって有り難みがなくなるわけでは無い。
出迎える準備をしなければと考えていると、シュウライが息を整えながら部屋に入ってきた。
「ラシル様からの使者でございます!」
「わかっている。すぐに準備する」
シュウライは、赤ん坊が母親ではない別の女性に抱っこされた時のように首を左右に振った。
「そうではございません。先日の申し出に対する回答をすると言っております」
「先日の申し出というのは?」
レイランは分かっていたが、ちゃんとその言葉を聞きたかった。
「属国の件でございます!」
「本当か!」
「本当でございます!」
「それで、ラシル様はなんと?」
「回答をするので、ラシル様の居城である禁城に招待すると。一泊二日で用意してくれとのことです」
「わかった。すぐに行くとお伝えしろ」
シュウライが去った後、レイランはレイリンに問いかけた。
「ラシル様はどう出てくると思う?」
レイランは自信満々に笑って言った。
「わかりません。しかしどんな答えにせよ、この国にとって悪いものではありません」
数日前から、レイリンはラシル教になっていた。
圧倒的な武力での救済、食糧援助、怪我人達の治癒、それらを目の当たりにしたレイリン。
心の底からラシルは救世主だと信じてるに至った。
ラシル様は神様ではないかと本気で信じる者が、火国の幹部の中でも出てきはじめた。
その筆頭がレイリンだった。
ラシル様の言うことなら間違いがなく、ラシル様のされることなら全て正しい。
そこまで、ラシルを信じ切っていた。
聞くだけ無駄だったかと頭を振り、レイランは幹部全員を集合させた。
レイランは幹部と護衛の兵士を数名連れ、禁城にやってきた。
禁城までは一瞬で着いた。
いつもやり取りをしているショウというラシルの配下が、転移術を使ったのだ。
レイランとレイリンがここに来るのは初めてだった。
「これは…」
「凄まじいですな」
「こんな建造物、生まれてこのかた見たことがありません」
誰もが禁城の建物の大きさに息を飲む。
これは、皇帝のいる城よりも凄いんじゃないか。
レイランは見たことがなかったが、シュウライは何度か父に随行して皇帝の住まう城まで行ったことがある。
禁城には人がほとんどおらず、周囲に家屋がない。
どれだけの人が住んでいるのかとショウに聞いたら、300人ほどだという。
どうやってこれを建築したのだろう。
食糧はどうやって作っているのか。
新しい疑問が次々と湧いてくる。
また新たな疑問が湧いてきたが、今はもっと大事な事がある。
禁城の壮大な階段を上り、中へ通された。
ひたすら長い廊下を歩く。
豪華な調度品に敷き詰められた絨毯。
無数の部屋。
どれもこれも、レイラン達を圧倒させた。
ラシル様の国力とはいったいどの位なのだろう。
そしてこの少ない人口。
意味がわからない。
想像すら出来なかった。
私はいったいどんな人物と取り引きするのだろう。
そんな憂鬱なレイランの気持ちとは正反対な妹。
レイランの横を歩くレイリンは今にもスキップをし始めそうだった。
見たことの無い豪華で巨大な建物、そして何よりラシルの居城ということで、レイリンの顔は輝いていた。
何度か曲がり角を曲がり、ようやく会議室に着いた。
多分1人では出口にたどり着けないかな。
半ば現実逃避をしていたが、本番はここからだ。
会議室にはラシルを始めとした、配下がいた。
見たことのの無い者もいた。
明らかに人間ではない者も数名。
そんなことはどうでもいいのだ。
ラシル様はなんでもありなのだから。
会談が始まった。
「さて、先日の話だが」
ラシルがそう切り出すと、全員立ち上がって跪いた。
持っている誠意と敬意をありったけ見せなければならない。
これは来る前に皆で決めた事だった。
「ぜひとも我らを支配下においていただきたい」
「その考えは変わらないですか」
「変わりません」
ラシルは困ったというように笑った。
「では、いくつか条件があります」
レイランはごくりと唾をのみ込んだ。
そもそも虫のいい話なのだ。
戦争によって領土を大幅に削られた。
ここ何年もずっとその戦争をして、じりじり負け続けた。
火国の民は捕虜となり、処刑されたり、奴隷として扱われている。
王としての責任。
民を守りないことに忸怩たる思いがあった。
もっと力があれば。
気付いた時には戦争が始まっていた。
そこに現れた救世主のような存在。
それがラシル達だった。
村を救い、町を救い、食糧までくれた。
代金として何かを要求するわけではない。
それは上手くいきすぎていた。
美味しい話だった。
しかし、今、初めて条件が付きつけられる。
ここまでしてもらった手前、いまさら提示された条件を蹴ることもできない。
もし蹴ってしまったら、援助や庇護が得られなくなる。
また孤立無援の負け戦を再開しなくてはならない。
最悪、ラシルが敵に回るということもあり得る。
レイラン達に拒否することなどできないのだ。
「ミイ、頼む」
畏まりましたと言って恭しく礼をしたミイから条件を説明された。
レイランは祈るように目を瞑った。
どうか、無茶な要求をされませんように。
「条件は3つ」
ラシルが提示した条件はレイランを驚かせた。
レイラン達がずっと懸念していた無茶な要求などはなく、不安は杞憂に終わった。
一つ、奪われた火国の土地を奪還したい。
二つ、火国の民を鍛えて自警や自給自足をできるようにしたい。その為にラシルの仙術のこもった仙桃を食べること。
三つ、他の国の民への無許可の報復は控えること。
その上でまだ傘下に入りたいのであれば、属国扱いとするが、細かい条件を付して、全面的な自治を継続してもいいといこと。
「考える時間もあるだろうから、今日はのんびりしていってよ」
「いえ、謹んで属国の地位を拝命いたします。どうか我らを配下に加えてください」
「ぇ…」
ラシルが困惑したように辺りを見回した。
「わかりました。それではあなた方、火国は本日この時からラシル様の民です」
ミイが完全に想定内だとでも言うように即答した。
「ありがとうございます。寛大なお言葉感謝いたします」
早い。展開が早すぎてついて行けない。
皆こうなることを知っていたのか?
俺に内緒で予行練習でもしていたのだろうか。
あり得る。
もう根回し済なのではないか。
それだとしたらミイが有能過ぎて怖すぎる。
待てよ、そうじゃないとしても怖すぎる。
どっちも怖いじゃないか。
これは…知らないことにしておこう。
尤もらしいことを言って取り繕うしかない。
「何かあればショウに言ってくれ。彼を監察官として遣わすから」
「はい」
本当は明日にしようと思っていた会議を前倒しで今日することになった。
「それで早速だけど、今の状況は報告書にあった通りで間違いはないかな?」
「はい、間違いございません」
飢饉は脱出。
生活に徐々に余裕が出てきた。
残った町は1つ。
村は10程度。
大きな町3つと首都は陥落している。
将軍は1人。あとは妹のレイリン。
他の町は大小15。村は全部で100程度。90が滅ぼされたり他国の支配下になった。
それぞれ三分割され、水と木と土の国に併合されたとのことだ。
「現状は分かった。それで、どの国が一番敵対的かな?」
「水国です。彼らは我々を常に支配しようと、領土的野心がありました」
「他の国はどうかな?」
「次に敵対的なのは木国です。属性の相性の問題ではあるのですが、我々の火は木民にとって天敵です。私の生まれる遥か昔からずっと恐れられていました。その反動だと思います」
「なるほど」
水民は一番残酷で、水国では奴隷が多く、最も酷い扱いを受けている。
木国の奴隷は拷問などで痛めつけられている。
土国の奴隷は主に労働力となっている。
「分かった」
ラシルが頷くと、次の議題に移るとミイが発言した。
「ではまず、残った村からそれぞれ10名程度の人間を出してください。火南都市はあなたたちがいるから、あなたとレイリン、将軍、その配下を10名程度。こちらで研修を開始します」
「研修ですか…」
ラシルの言う研修とは何か。
軍事訓練のようなものだろうか。
想像がつかない。
よくわからないままだが、もちろん拒否権などない。
「うん。強くなって自給自足してもらわないとね。半分は女性で。なるべく綺麗で魅力的な人を頼むよ」
「承知しました」
大枠が決まり、会議はこれでお開きとなった。
詳細は明日、ミイとショウと詰めてくれとの事だった。
これから温泉にでも入り、夜は会食をするという予定だ。
部屋に案内される時、ミイ様と他の幹部の女性数人呼び止められ、着ている礼服について色々と聞かれた。
どういう構造で、どういう目的で着るのか。
大事な時に着るものだという説明をすると、「これがいわゆる勝負服というやつか」、「侮れん」などと言われたが、何のことか分からなかった。




