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003_世界改変3 回想

 アップデートが開始された。

 光に包まれたように、目を瞑っていても外が明るいと感じる。

 もうすぐ強制的にログアウトされるはずだ。

 目を開けたら現実。

 自分の部屋があり、仕事があり、生活がある。



 ゲームを初めてからもう十数年。


 自分が納得していない環境に適応し過ぎれば、損なわれるものがある。

 これは真理だ。

 少なくとも俺にとって。


 過酷な環境に身を置けば成長に繋がるという人もいるが、俺にとっては大嘘だ。

 大前提が違うと思う。

 今の環境は自分なりに受け入れていて、そのことを少しは気に入っている。

 それは環境に適応しないと、死が待っているから仕方がない。

 生物としての絶滅。


「周囲の皆さまのお陰で成長しました。この環境が良かった」と、言う奴ら。

 この世界はそういう奴らだけが生き残ってきた世界なのだから。

 世界に異を唱えた人間は死んでいる。

 どうしても合わない、許せない、そういう人たちは排除された結果なのだ。


 俺は排除される側の人間だと自覚していた。

 生きている現実が、どうも自分に合っていない。

 その残酷な事実は、徐々に、だけど確実にやってきた。

 今まで薄々、思ってはいた。

 何か違うんじゃないか、どうしてこんなに疲れるのかと、ずっと思っていた。

 それはある日突然、目の前に突如として現れるように、発覚する。

 その発覚とは、変化だった。


 自分は、適応し始めている。

 それも、自分が望まない方向へと。

 それに気付いてしまった時、もう後戻りはできない。

 変化を受け入れて生きていくか、受け入れられずに死んでいくか。

 受け入れてしまった人は、あちら側の人間。

 結局、生き残り組のほうに分類される。


 俺はどうだ?


 俺の進化の方向は合っているか?


 それを受け入れられるか?



 俺は現実から逃げた。

 逃げるようにして、ゲームをプレイした。

 少しでも、現実への適応を遅らせる作業に没頭するように。

 選択的停滞。

 適応していく中で損なわれていったもの、零れ落ちていったものを、少しでもかき集めて、自分の中に取り戻すようにして、ゲームにのめり込んだ。

 現実でのイベントをそっちのけにした。




 大学をつつがなく終了。

 就職活動が嫌で二年ほど留年した後、クソみたいな会社に就職。

 どうしようもない人間関係に直面する。

 上手くいかない毎日。

 能力値で判断されない自分。

 いや違う。

 能力項目が低いと判断されているのは、妥当な評価だ。

 そもそも能力とはなんなのだろう。

 この世界で必要な能力とスキルは。

 ただ一つ、適応能力のみ。


 それに気付いた時は、自殺願望が芽生えた。


 有り体に言えば、死んでしまいたかった。




 俺の名前はラシル。

 羅知と書いてラシルと読む。

 キラキラネームだ。

 自分でも恥ずかしいと思う。

 就職活動の面接の時に、「本名ですか?」と、必ず聞かれる。

 この名前のせいで、本当はそのせいだけじゃないかもしれないけど、大手の面接はことごとく落ちた。

 そんな恥ずかしい本名をカタカナにしただけ。

 だって、ゲームでは俺の姿は変わらないのだから、別にいいだろう。

 17歳の時の写真のデータを元に構成された体。

 アバターに偽名を名乗る意味も必要もないと思った。



 18歳の時にこのゲームは発売された。

 世界に、その誕生を待ち望まれた、フルダイブ型のゲーム。

 構想はもう既に出来上がっていて、後は技術の進歩を待つのみだった、革新的ゲーム媒体。

 現実と同じような体験が、ゲームの中でも可能となる、魔法のようなゲーム。


 フルダイブ型ゲームの発売当初は、マラソンやスキー、テニスといった運動ものが主流だった。

 現実にいる人間の脳と、ゲーム世界でのキャラクターの運動、それを連動する技術がまだ未熟だったからだ。

 ゲーム制作会社各社は、先行販売したスポーツゲームによって、人間の莫大な行動データを収集した。


 そしてそれは、一定の成果を得た。

 収集したデータを元に、戦争モノや犯罪モノ、RPGなんかが続々と発売された。


 その技術の実現は、世界に様々な意味で、大きな影響を与えた。


 例えば、経済の分野において言えば、ゲーム業界の経済規模がそれまでの10倍以上となった。

 キャラクターや世界観を開発する会社、ゲーム内にいるNPCのIAを開発する会社など、開発会社から派生して子会社が多数細分化された。

 人間の脳波を研究する研究機関も次々と設立され、学術分野においても、日々新たな発見が生まれた。


 不思議なことに犯罪が減少した。

 残忍なゲームをプレイすると、プレイ時間に比例して子どもが悪影響を受け、犯罪傾向が高まるという、前時代の理論は覆された。

 日常的にゲームをプレイしている者よりも、していない者のほうが犯罪率が高いという、否定不可能な、顕著なデータが次々と出て来た。

 原因は、リアルで上手くストレスを発散できていないからだと言われている。

 まだ確定した理由付けまではされていないが、実証された結果だ。

 ゲームは悪影響を与えると盛んに叫んでいた、テレビに出演している自称教育者たちは盛大に手のひらを返した。

 未だにゲームをすることによって、道徳教育が……などと言っているのは少数派になった。

 不可避的な、過密な人間関係が伴う現実から逃れることができれれば、無理に現実を変えようとする気が失せるのだろうというのが、現時点での仮説である。

 今まであまり研究されてこなかった犯罪発生の前提条件に光があたり、犯罪心理学の分野が大きく進歩した。


 日本では、リアルを変えようとする人よりも、現実世界から逃避したいという傾向の人間が特に多く、顕著だった。



 大人向けの18禁モノも流行った。


 が、すぐに廃れた。

 男心をくすぐる完璧な見た目のNPC相手に、設定したコマンドを繰り返すだけというのは、すぐに飽きられてしまった。

 相手の行動に予測のできない部分がなければ、恋愛の対象になり続けないらしい。

 興奮が持続しないのだ。

 それではと、未知の設定が多い、他人が設定してNPC相手の恋愛も、一瞬だが流行った。

 それもすぐに専門業者が多発し、ユーザーはそっちに流れた。

 ただ、それは高額だった。

 下手をすると、現実の疑似恋愛でかかるお金よりも高かったので、現実と何も変わらないことに気付いた結果、利用者が激減した。


 業者を通さないで、出会い系のような形態ではどうかと考えた者が、新たなサービスを開始した。

 美男美女のアバターを自由に選べる世界での自由恋愛。

 そこにも大きな問題があった。

 参加者がほとんど男性ばかりとなったのである。

 当たり前の話だった。

 現実で満たされない欲求を、バーチャルの世界で解放するために参加しているわけで、現実の恋愛に不満のない女の子が来るわけがなかった。

 利用者は、リアルで敗北続きの満たされない男たちや、身体が著しく衰えたお年寄りなどで構成された。

 そういった者が、見た目だけを綺麗に包んで、自由恋愛を始めるのである。

 すごく可愛いと思った女の子の中身が、実は同じおじさん。

 その子と付き合っているイケメンも、やっぱりおじさん。

 こんな具合になってしまった。


 はたして自分たちは何に対して興奮しているのか。

 極めて深く、哲学的な社会問題となり、性の多様化が一層進むという興味深い結果になった。

 結局ゲームの世界で欲求を発散できたと思っても、現実に戻ってくると何も発散されていない。

 老人や障害者といった、現実で身体が満足に動かせる状態にない者、リアルで確実に満たされない欲望を抱えた異常性癖者など、一部の例外を除き、そういうサービスは主流から外れた。


 話も外れていた。

 戻そう。



 異世界冒険モノのRPGもたくさん発売されたわけだが、明暗を分けたのはデータ量だった。

 データが多く、自由度の高いものが残った。

 敵を次々と倒し、自分が最強になる、いわゆる最強モノは、就くことのできるできるクラスやキャラクターが少なく、すぐに飽きられた。


 その中で異彩を放ったのがゲーム。

 Heims on RPG ヘイムズオンアールピージー。

 略してヘイムズ。

 ジョブ、クラス、レベル、町の数、ダンジョンの数、イベントの豊富さ、アイテムの種類、それも凄かった。

 その中で他と最も隔絶していた分野がある。

 それはNPCが完全自立型AIを搭載していたことだった。

 もちろんNPCの初期の設定というものはある。

 しかしそれは我々人間とほとんど変わらず、環境、地位、生まれる家庭、両親の性格を元にしたパーソナリティ、そういった現実の素材を元にしていたのだった。

 人間とほとんど変わらないといっていい。

 町で生まれ、その設定された環境で育つうちに、キャラクターの性格が自動的に形成される。

 情報量は食うが、管理やキャラを新たに創作するといった必要がほとんどなくなった。

 またNPC達はプレイヤーと出会い、関わり合って成長し、性格が変化し、確立していくのだった。


 ヘイムズには他のゲームと異なる特徴がいくつかある。


 ヘイムズでは、戦闘で死んでしまうとレベルが1になってしまう。

 この信じられない、普通の類似ゲームではありえないような設定は、プレイヤーたちから非難された。

 これが原因でゲームを辞めた者も多数存在する。

 せっかく強くなったのに、レベリングをやり直しというのは、心が折れる作業だからだ。


 もちろん、そういうことを回避するアイテムもあるが、それは高額だった。

 課金すれば元のレベルにも戻ることができた。

 逆に、課金しなければ得ることのできないアイテムというものはなかった。

 すべてのアイテムは課金しなくても手に入る。

 課金はあくまでも現状復帰以外、役に立たない。

 つまり、このゲームでの課金は、主にレベルの保存を目的としたものに限定される。

 従って課金者は、死んだ者や負け犬とみなされる風潮があった。


 そんなシステムを変えればいいと思うのだが、運営側は頑として変更しなかった。

「リアルだと死んでしまったら終わり。レベル1からでも復活できるのが奇跡。これでも大幅な譲歩をしている」だそうだ。


 もう一つはプレイヤー集団を結成しにくいゲームバランスだった。

 モンスターを直接倒した者にしか、経験値が入らない。

 ダメージを最も多く与えた者でもなく、戦闘で一番活躍した者でもない。

 最後の一撃を加えた者のみが、経験値を総取りする。

 パーティを組み、集団でモンスターを倒したとしても、その途中の攻撃をした者には、一切経験値が入らない。

 群れて集団を形成すれば、戦闘を優位に運ぶことができる。

 しかしその後のメリットがほとんど無い。

 集団を組んだものは個人よりも成長スピードが鈍化し、相対的に弱くなるという傾向があった。

 PK(プレイヤーキリング)をして他のプレイヤーを倒しても、アイテムを奪うことはできたが、そこから経験値は得られなかった。

 加えて、PK後のアイテムの争奪戦、つまり仲間割れが頻繁に起こった。

 だから必然的にPKは流行らなかった。

 運営は徹底的に個人プレーを推奨していたのである。



 それでも、未知という刺激を求め、現実逃避を渇望していた人々は、このゲームに熱中した。

 ある者は冒険にはまり、ある者は強くなることに固執し、ある者はアイテムを集めたり、武具を造ること、建物やお城、ダンジョンの設計に励んだ。




 そしてもう気付けば30になる。

 見た目は17、中身は30。もうすぐ最強の名探偵になれる。


 18歳、大学一回生の時、ゲーム発売日前日から徹夜で並び、大学に入って新しくできた友人何人かと一緒に始めた。

 最初は一緒にチームで冒険していたが、すぐにこのゲームシステムに気付き、別れて別々に行動した。


 それから月日が流れ、公務員志望だったやつは公務員になったし、建築士志望だったやつは建築事務所に入社した。

 俺は二年留年した後に、中堅の会社に就職した。

 なかなか良い就職先だと周りの人間にも言われた。


 しかしいくら働いても、何も面白いことはなかった。

 いいこともなかった。

 働いた分に満たない金銭が、毎月口座に振り込まれるだけだった。

 やりがいなんてもちろん嘘だったし、成長なんてしていない。

 偏見かもしれないが、働いて成長するというやつは、よっぽど動物的な環境で育ってきた人なんだと思う。


 人間関係もクソだった。

 それから、ずっとゲームにのめり込む日々が続いた。

 会社から帰ったら、ゲーム。

 休みの日も、ゲーム。


 ゲームだけが、俺をこの世界に繋ぎ止めていたといっても過言じゃない。

 ゲームが本当にこの世界なのかは分からないが、それでもこの世界の人間が作ったものなのだから、この世界の一部だろう。

 人が作った、箱庭のような場所でしか生きられない、淡水魚のような俺。

 惨めだけど、ゲームのおかげで死にたいとは思わなくなっていた。

 なぜなら、その箱庭の中に仲間がいたからだ。

 ミイをはじめ、沢山の仲間が俺のギルドに入ってくれた。


 彼らがいる。


 彼女たちがいるから。


 費やした時間のおかげで、最強と言ってもいいくらいに強くなり、NPCの仲間を集めていくうちに、ギルドの規模も大きくなった。




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