027_火国の女王6 女王の決断
ラシル達が客間でくつろいでいる頃。
レイランとレイリンを始めとした、火国の幹部陣は別の部屋で極秘の会議を開いていた。
この国を導くリーダー、文官、武官のトップが集まっての会議だった。
これだけのメンバーが集まっているのだから、議題はただ一つしかない。
それはつまり、国の今後の方針について。
奴隷とされた者たちの保護は、ほぼ完了していた。
彼らは酷い扱いを受け、衰弱しきっている者がほとんどだった。
そんな彼らを見て深い憤りを覚えるものの、それ以上に、今、話しあっておかねばならないことがあった。
集まったメンツは火の国の指導者層。
戦争で戦死したりして削られてしまったが、それでも国という集団は民を導く者を必要とする。
そんな地位にいる彼らは緊張していた。
顔色もあまり良くなかった。
昨日、いや、それより前と比べれば、顔色はすこぶる良いほうだった。
なんといっても今日、ついさっきの出来事があったからだ。
レイランは実際のところ、今日が火の国最後の日だと思っていた。
ここに集まった全ての者もそう思っていた。
誰も自分たちの未来について、自国の将来について楽観視などしていなかった。
どうすればより最悪からマシになるかを考え続けた日々だった。
例えばレイランであれば、自分と妹のレイリンは、壮絶な戦いの果てに戦死するか、自害するか、はたまた奴隷になるか、このどれかのうち一つだと考えていた。
一番いいのは戦死である。
生きて辱めを受けるのならば、最後まで国を守って戦死という選択肢を選んだほうがいい。
そう考えていた。
そう考えていたはずだった。
「シュウライ、あなたはどう考える」
重々しい口を開いたのはレイランだった。
シュウライと呼ばれた男は黙る。
頭に髪はなく、視認できる部分で言えば、長く白い髭のみが生えている老人。
彼こそが、火国文官勢のトップであった。
長年にわたって火の国を支え続け、レイランの祖父の代から、国王三代にわたって使え続けた御仁だ。
「私めにはわかりません。いささか歳を取り過ぎたようです」
「リャンエン、あなたは?」
「シュウライ殿が分からないというのであれば、私に分かるわけがないでしょう」
リャンエンと呼ばれた男はそう言って苦笑した。
中年に差し掛かる手前。40歳くらいだろうか。
筋肉は隆起し、日々の鍛錬の過酷さがうかがえる。
彼は現在の将軍の地位にいた。
仙力で言うならば、彼も国王と並ぶ道士。
他の古参の将軍達はみんな戦死したことから、彼が現在この国の最高峰の武官であり、火国最強の戦士である。
「では、レイリン。お前はどう思う?」
「ラシル殿は不審な点、我々に理解できない点も数多く見受けられますが、信頼できる方かと」
レイリンは迷わず、彼女の中で確実な事実のみを言い切った。
「なぜ、そう言い切れる?」
レイランは笑いながら問う。
答えはもう知っているからだ。
今更問うまでもないこと。
「その気があるのなら、このような方法を取りません」
胸を張って答えたレイリンの回答に、卓を囲む者は皆うなだれた。
その通りなのだ。
レイリンの言うことは全く間違っていない。
むしろ、完全に正しい。
ラシルという男が保有している戦力は、常軌を逸している。
この国をどうにかしたいのであれば、簡単にできるはずなのだ。
こうして助ける必要も恩を売る必要もない。
何か謀略を企てていると考えるには、ラシルの力は強大過ぎた。
謀略や陰謀といった諸々の駆け引きや取引というものは、力が拮抗しているか、大差がない場合において生ずるものである。
大義名分などを掲げる必要がないほど、圧倒的な存在なのだ。
そのラシルとい男の率いる軍勢が、我々に手を貸した。
レイラン曰く、たまたま通りかかったから。目についたからという理由だけで。
レイランは眩暈を覚える。
我々はネズミか何かか。
ネズミ同士で争っているのを、たまたま人間に見つかり、殺したいほうを殺し、生かしたいほうを生かす。
言ってみればこんな構図なのだ。
理解できない。
この場に集まった誰もがそう言う。
圧倒的な、それこそ神がかった力で、5万の軍勢を一瞬にして駆逐し、その死体処理までやってのけた。
長く生きているシュウライでさえ、見たことのない術式とその規模。
圧倒的な武力。
シュウライにして、皇帝よりも力が上なのではないかとも思わせたほどだ。
そして謎過ぎる。
ラシルはどこから来て、どこへ行くのか。
それは実際ラシル自身、分かっていない問題なのだ。
どこから来たかは説明できるが、どこへ行くのかは未定。
そんなラシルでさえ分からない問題が、この会議で正解を導き出せるわけがなかった。
しかし、それでも。
「ラシル様は神ではないだろうか」
こう言ったのはシュウライだった。
神か、もしくはそれに最も近い存在。それがラシルだと。
ラシルがそれを聞いていれば、この世界にラシルを転移させたのが本当の神だと言っただろうが、残念ながらこの場にラシルはいなかった。
「我々は今日、奇跡を目の当たりにした」
黙考し、閉じていた目を開け、レイランが発言する。
「我々が取るべき道は一つしかない」
この戦争で、滅びるはずだった国。
それを救ってくれたラシル。
ラシルは奴隷制を嫌悪しているようだ。
それなら、他国の属国となり、奴隷に成り下がるよりは。
滅亡するよりは。
ラシルに下ったほうがいい。
レイランは皆を見回した。
全員が頷いている。
「果たして、我らに価値はあるのかのぅ」
「ラシル様は男性。私やレイリンの体の一つや二つでは安いかな」
レイランは乾いた笑いを漏らす。
「では決定でよろしいか。我らの国は、ラシル様の属国となる」
誰からも意義は出なかった。
そして。
「お寛ぎのところ、失礼します!!」
部屋に入ってきたのは、レイラン、レイリンと火の国の首脳陣だった。
戦闘前と違ったのは、物々しい装備をしている者がいなくなったこと。
歴戦の兵士たちは皆兜を外している。
高位の文官のような者も何人かいた。
捕虜の回収などはレイランに任せていたのだが、それはもう終わったのだろうか。
それとも何か問題でも起こったのだろうか。
恐る恐るといった風に、レイランとレイリンを始めとした幹部たちが部屋に入ってきた。
自分たちよりも身分の高い者に謁見でもするように、頭を低くしている。
そんなに畏まらなくてもいいというのに。
レイランが跪いてお礼を述べる。
「この度は誠にありがとうござました。偉大なるお力をお貸しいただき…」
「いえいえ、私もイラっとしたものですから。どうか立ってください」
失礼しますと言ってレイランは立ち上がった。
椅子に腰かけるように促す。
部屋の主人というか、国の主人はレイランなのだからこちらがリードするのも変な感じだ。
その後の報告が行われた。
捕虜は無事に保護。
無残な姿で、反抗を抑止するためか、十分な食べ物が与えられていなかった様子。
なにより、心の傷が大きいとのこと。
避難民を沢山抱えているので復興しなければならないこと。
まだまだ奪われた都市もあり、奴隷も多数いること。
ここまで説明してもらったところでレイランが椅子から立ち上がり、膝をついた。
レイリンをはじめとしてレイランの配下達も主人に倣って片膝をついている。
「ラシル様にお願いしたい儀がございます」
思い詰めたような顔をしてこっちを見つめてくる。
なんだろうか。
何か嫌な予感がする。
首都や残りの都市も奪還してくれとか頼まれるのではなかろうか。
それはちょっと面倒くさいな。
そんなことを考えていると、意を決したように口を開いた。
「ラシル様、あなたの旗下に加えていただけないでしょうか。あなた様に忠誠を誓いたい」
忠誠?
旗下?
魔王か何かと勘違いされているのではないだろうか。
武力で国を併合? 統治?
ちょっと平和的にいってもらいたい。
あれだけの戦闘をしておいて言うのもなんだが。
「レイランさん、いきなりどうされました?」
レイランは不思議なものでも見るかのように首を傾げた。
何か変なことを言っただろうか。
変なことを言っているのはレイランではないだろうか。
「私たちでは復興もできないし、民を救うこともできません。しかしあなた様には神のような御力がある」
この世界の住人、いやこの国の住人から見たら確かに今の俺たちは神のような力があるだろう。
でも王国や帝王、皇帝の戦力などもはっきりしていない。
もしかしたら俺たちより強いかもしれない。
自分たちが最強だとは考えていない。
この世界に元々いた人間、それも諸勢力のある程度の戦力を知っている王がそう言うのであれば、俺たちは相対的だけどに強いのかもしれない。
「何でもいたします。どうか」
俺の思考とは裏腹に、レイランはなおもお願いする。
「その、こう見えても貴族や王の中で器量の良いほうです。どうぞこの身体も好きにしてくださいませ。しかし、なにとぞ…」
ピクリとミイとクゥが反応する。
いや、ちょっとまって。
俺が性欲の固まりだとかそんなことを思われているのではないか。
心外だ。
確かにミイやクゥは美少女ではある。
成長したらとんでもない美人になるだろう。
けれどもそういうことではないのだ。
ハーレム作りのためにレベリングをしているわけではない。
そういう面は少しはあることは否定しない。
だって、むさくるしい男が隣に控えているよりも若くて美しい女性のほうがいいじゃないか。
会社の秘書というのも、そういうことだろう。
社長の横にいるのは、絶対に若くて綺麗な女性のほうがいいのだ。
女性を物として扱っているだとか、フェミニズムに反しているとか、アファーマティブアクションに反しているとか、そういう批判は受け付けない。
否定しないけれども。
ミイとクゥが無表情でこちらを見ている。
怖っ。
「なにとぞ…」
修羅場を完全にスルーし、懇願してくるレイラン。
周りが見えていないのか、見えていてもスルーしているのか。
必死過ぎて分からない。
俺は考える。
思考に没頭することでこの空間から逃げる。
思考の10倍加速とか100倍加速とか、そんな都合のいいスキルはない。
時間は誰にでも平等に流れる。
ゲームの世界でも一緒だった。
ここで取り得る選択肢は2つしかない。
火国と敵対するという選択肢を捨てたわけだから、2つだ。
1つは、火国をスルーする。
これで役目が終わったとばかりに禁城へと帰還し、あとは知らぬ存ぜぬ。
自分でどうにかしてください。
とりあえずこちらは敵対しません。
でも助けもしません。
というスタンスだ。
この場合のメリットとデメリットは。
メリットは火国を抱え込まずに済む。
この国をどうするかで悩む必要はないし、面倒なことが少なくなる。
デメリットは。
この国から恨まれる可能性がある。
中途半端に助けておいて、後は知りませんというのはちょっと人道に反する。
平和維持軍だって民主化のための選挙のサポートをする。
その義務を放り投げるとなると、感情的なしこりも生む。
こちらの戦力を見せたから、攻められることはないと思うが、それでもだ。
もっと悪いケースとしては、火国が他国に攻め滅ぼされる可能性がある。
このままだと他国の軍勢はまたやってくるだろう。
今回と同じことの繰り返し。
今回は俺たちが撃退して延命措置をしたけど、次にまた手を差し伸べなければ確実にこの国は亡ぶ。
もう1つの選択肢は火国の併合ないしは同盟。
同盟関係とはいっても、こちらが一方的に援助するのみになってしまう。
それであれば、実質的に支配下に置くことになる。
相手が望んでいるのもそれだ。
そうすると奪われた首都、町や村といった火の国固有の領土を奪還しなければならない。
ちょっと面倒くさい。
でもこれで勢力を広げられるならば。
いや、でも火国は弱すぎる。
自国の防衛すら満足にできないし、自給自足すらできない。
うん。
ただのお荷物同然だ。
禁城のと他の拠点の住民だけで、戦力は十分だし、彼らのレベリングをするので忙しいし。
もし火国を支配下に置いたとして、奪われた土地の奪還、奪還した拠点の防衛、食糧問題の解決。
パッと思いつくだけでもこういった様々な問題がある。
こちらのメリットがあまりにも無さすぎる。
「レイランさん」
俺は優しくレイランに呼びかけた。
不採用を告げる企業のメールのように。
この度は弊社での採用を見送ることとなりました。
今後とも貴殿のご活躍をお祈りいたします。
「呼び捨てでかまいません」
うーん、困った。
どうやって断ろうか。
「私とこの国をラシル様の物にしてくださいませ」
断るか?
本当に断るのか。
いや、いいかな。
いいんじゃないかな。
可愛いし。
すっごく可愛いし。
強烈な殺気。
ミイとクゥだ。
いや、読心系の術とかないはずだよね?
そんな魔法もないはず。
怖っ!!
なんなんだこいつらは。
「ちょっと考えさせてくれないか。大きなことだし」
「わかりました。よいお返事を期待しております」
何卒、何卒良いお返事をと、引き下がらない王女様を残して、俺たちは転移術で禁城へと帰還した。
それにしても。
属国になりたいなんて。
どうしよう。




