025_火国の女王4 決戦前
妹を連れ出してほしいという提案が却下されたことで、レイランは半分追い詰められたような、半分諦めたような表情になっていた。
それでも毅然として王とはどうあるべきか、最良の王のように振る舞った。
「図々しいお願いだった。あなた方にはすまない。敵が来るのは北門だから、あなた方は南門から逃げてくれ。到着は今日の夜のはずだから、まだ時間はある」
「それも断る」
「は?」
「お手伝いさせてもらおう」
「え?」
俺は冷静に考えた。
メリットとデメリット。
俺たちを脅かす強者がいないとも限らないが、一先ずこの周辺の世界情勢は大体把握した。
仙界で想定される最大戦力は神仙、若しくは大仙人レベルが数人。
対して俺たちは実はここ数日で大仙人になっている。
そしてあと1か月もしないうちに禁城の住民約300名全員が大仙人となるのだ。
そしてそれだけにとどまらない。
仙人種を極めた者は他の種族への進化もするし、他拠点の配下達もレベリングしている。
油断はできないが、軍事的に圧倒的優位に立つことができる。
害される可能性と情報収集。
それを天秤にかけた時、今重要なのはこの世界での味方を作ること。
火国に恩を売るほうがいいではないか。
「本当か?」
「ああ、本当だ」
「それは助かる。しかしあなたたちは私たちよりも強いようだが、数も数だ」
「その点は問題ないさ。その前に、相手の話も聞いてみたい」
戦争に介入するにあたって、一方の主張しか聞いていないというのはよくない。
もしかしたら相手にも言い分と主張があるかもしれないのだ。
会談を設け、平和的に話を進めることができるのであれば、それが一番いい。
「やめておいたほうがいい」
「理由は?」
「気分を害することになる」
なるほど。
俺たちは火国の王との会談を終え、一旦禁城に戻った。
敵勢力が火南都市に展開するのは早くて深夜。
恐らく開戦は明日の朝になるだろうと思われたからだ。
今もニボシとその配下が偵察を続けている。
また、ニボシの配下数名が火国の王の護衛をしている。
禁城内の会議室。
頑丈なテーブルと贅沢な椅子に座っているのはラシルと幹部たち。
「ラシル様。敵兵力はおよそ6万。取るに足らない数と強さですが、ラシル様の安全もございます。ここは私が行ってまいります」
ミイが情報共有のために説明し、最後に自分が出たいと報告を締めくくった。
「ここは妾の出番じゃ。戦闘は得意じゃからな」
クゥが当然とばかりに口を挟む。
他の者も行きたいという顔をしているのが数名。
「クゥ、分かっているの? これはゲームではないのよ? 負けは絶対に許されないのだから」
「当たり前じゃ。だからこそ、ここは戦闘が最も得意な妾が出るべきなのじゃ。そなたでは心もとないからのう」
ミイとクゥが挑発合戦を始めた。
「二人とも。今回は俺が出る」
「お待ちください!!」
「主様、危険なのじゃ!!」
いやいや、危険だからだろう。そのために俺が行くのだ。
「危険なのは知っている。だから二人は全力で俺を守ってくれ」
ミイとクゥは雷に打たれたように黙った。
ミイの顔は上気してきたように真っ赤になっている。
クゥの顔も薄っすらと赤くなり、目をキラキラさせてこっちを見ている。
ヤバイ。
何か俺は選択肢を間違えただろうか。
「ラシル様。私が全力でお守りいたします」
「命に代えても主様を守護するのじゃ」
どうやら二人とも変なスイッチが入ったようだ。
「それと、各拠点で進化の実を栽培しているが、栽培量を増やしてほしい。可能な限り多く。その管理をロメリアに任せる」
光の玉のロメリアは円を描くように飛んでいる。何度も何度も。嬉しそうだ。
「人型に進化してからでいいから、着手してくれ。ナスカ、補佐を頼む」
ロメリアの後ろに控えていた副官。エルフの彼女が跪き、頭を垂れた。
「次にペッフィー、農機具の開発はどうだ?」
「はい。順調です。現在試作機が完成し、実験データを収集していますが、おおむね良好です」
「それはいい知らせだ」
「ありがとうございます」
ペッフィーは顔を赤くして俯いた。
「量産体制に移行できそうか?」
「はい。その前にラシル様に確認いただきたいと思っております。その後はドワーフに依頼します」
「わかった。会議の後すぐにでも確認しよう」
ドワーフとはロメリアの配下、精霊の里の住民たちである。
彼らは武器の作成が得意である。
今回作成しているのは、主に仙術や精霊術を利用した宝貝。
精霊種のドワーフに造らせるのが最も効率が良いだろう。
「最後にエアノワリス。食料生産の責任者になってもらいたい」
「は、はい!!」
エアノワリスは自分に話が来ると思っていなかったのだろう、ビクッとした。
でもすぐに自分が必要とされている、命令されるんだと感じ、目が爛々と輝きだす。
「天使は美食家だったよな。食料管理と量産に取り組んでほしい」
ゲーム世界の設定では、それぞれの種族が好む料理がある。
悪魔種はフレンチとスパニッシュ。
仙人種は日本や中国の東南アジア系。
天使はイタリアン、北欧、中東。
竜族はブリティッシュとジャーマン、そしてアメリカン。
よく分からないが、そういった食生活なのだ。
「ラシル様のために、この世界を食料で埋め尽くしてご覧に入れます」
いや、違うって。
エアノワリスは嬉しそうに羽をばたつかせた。
一応しっかりとした指示を与えた。
作られた農機具を元に、食物の生産。
生産場所はとりあえず禁城周辺の草原地帯。
同時に畜産の着手。
これは金貨を消費して各種動物を召喚し、それを量産するというものだ。
畜産が得意な者を選別し、グループ分けをする。
また、水産資源も欲しい。
エアノワリスの周辺の海から魚などの魚介類が取れないか検討してもらう。
魚がいるならば、捕獲方法。それを考案しなければならない。
「火国に援助する可能性もある。将来的にも重要なことだ。頼んだぞ」
「はい!!」
配下のレベリングの管理を任せていたメルバコルからの報告。
きわめて順調とのこと。
セシュレーヌ領地の盆地はレベリングに最適。
各拠点の住人達がルーチンを組んで励んでいるとのこと。
引き続き頑張ってくれればいい。
全てが順調である。
あとは状況の推移を見つつ、柔軟に対応していかなくてはならない。
連絡や相談を密にするようにと指示した。
そして次の日。
夜の間は陣を張るだけで戦闘は発生しなかったらしい。
開戦前。
転移術で火南都市に到着。
昨日のうちに城壁の外にいた人たちを全て城壁の中へ一時的に避難させた模様。
城壁から300メートルほど離れたところに敵の陣があった。
都市から逃げられないよう、周囲を取り囲んでいる。
徹底的だな。
領主の館へ転移。
強い決意を宿している様子のレイランとレイリン。
軍議の最中であった。
「大事な軍議だったのに中断させてしまってすまない」
「いや、本当に来てくれて感謝する。それで、ラシル殿はどう動くつもりですか?」
「まずは話し合ってみようと思う。全てはそれから決めるさ」
「そうですか。私は止めませんが…」
「ありがとう。話したらすぐに戻るから安心して」
「危険ですので、どうぞご無事で」
といわけで、敵の陣地に転移。
レイランの部下たちは俺が話をしに行くというのに懐疑的だった。
単身で乗り込むわけだから、命の保証はない。
危ないとかというレベルではなく、自殺行為だと止める者もいた。
本陣のすぐ近くに飛来。
でも大丈夫。
これは水の術式を使った分身体である。
本陣には多数の兵士が詰めていた。
もちろん入口も兵士が固めていた。
正面から入れてくれるわけがないので、そこから更に本陣の中に転移。
テントの中は熱気に満ちていた。
軍議の真っ最中。
10人ほどの装飾が立派な甲冑を付けている者がいる。
装備は全て中華風だ。
「こんにちは、あなた方と対話をしたい」
声をかけると、爆弾でも爆発したような騒ぎになった。
「何者だ!!!」
「守備兵はどうした!!!」
「不審者だ!!! 敵の間者だ!!!」
「今の俺は第三勢力だ。とりあえず話ができないか?」
「無礼者!! まずはひれ伏せ!! この俺を誰だと思っている!!!」
この軍の大将らしき人が出てきた。
「対等に対話したいんだ」
「対等? ふざけるな。ここは俺様が支配する軍だぞ。その中にお前ひとりだ。状況が分からないのか?」
何人かが馬鹿にしたように笑う。
「君たちはなぜ領土侵犯をするのだ。ここは火国の領土だろう?」
今の俺たちも領土侵犯ではないとは言い切れない。
知らない世界の、知らない人の土地に勝手に転移してきたのだ。
禁城だって火国の領土にあり、許可は得ていない。
「貴様はどこの者だ? 火国か? それとも他の国か?」
「どこの国でもない。ただの第三勢力だ」
俺は堂々と言った。
自分で言っているのも怪しいと思ったが、気にしたら負けだ。
「それで、なぜ火国に侵攻しているのか、理由を聞かせてくれないか?」
「馬鹿め。理由などあるものか」
「それに、その者たちはなんだ?」
軍議をしているテーブルの周りは各郡の司令官らしき人間で囲まれており、その後ろに鎖で繋がれた人間が地面にあった。
「奴隷に決まっているだろう」
奴隷たちは首輪をつけられていた。
みすぼらしいボロボロの服。
皆同じデザインだから奴隷服なのだろう。
怯えたようにしている者や、一切動こうとしない者もいた。
中には裸の者もいて、それは女性が多かった。
まだ若く美しい女性だった。
体中に痣があり、顔には殴られた後。
唇は切れて血がにじんでいる。
拷問を受けた後がある者もいる。
熱い何かを押し付けられたような火傷の後もある。
歯がなくなっている者も数名。
ちょっと生々しすぎて見ていられない。
「その人たちはどうしたんだ?」
「可愛がってやっているのさ。勝者が全てを取る。当たり前ではないか」
ひげ面の醜い顔をぐにゃりと歪ませた。
多分笑っているのだろう。
「つまりお前の目指すところは、領土拡大と奴隷を増やすことなのか?」
「誰だってそうだろう。火国民は奴隷として一生を終えるのだ。この俺様に尽くしてな。有り難いと感謝されるべきだ」
「そうかそうか。よくわかった。俺はお前と敵対することにする」
「お前は今どこにいるかわかっているのか?」
人のことを酷く馬鹿にした言い方だった。
外には軍勢。
その中に一人。
それでも分身体なので全く怖くはない。
分身体でなかったとしても同じだが。
「もうすぐお前たちを助けてやる。俺の名にかけて。必ず」
びくりとした者が数名。
その他は反応はなかった。
目が死んでいて、心が壊れているようだ。
いったい、いくつの精神疾患を併発しているのか。
可哀想に。
俺は指揮官を睨みつけて問いかけた。
「最後に一つ。降伏する気はないか?」
「死ね!!」
水の術式。ウォーターカッターだ。
分身体の体に当たって水が跳ねた。
「ただいま」
意識を戻す。
俺は椅子に座ったままの姿で、横にはミイとクゥが護衛していた。
「どうやら話し合いの余地はないようだ」
ミイとクゥを見る。
俺の決断をなんでも受け入れてくれそうな雰囲気だった。
本当にありがたい。
いい人材を持った。
「決めた。俺は火の国を救う」
「かしこまりました」
ミイがにっこりと笑って礼をする。
「クーっクック。主様に逆らうとは愚か者め。妾も頑張るぞ」
二人とも俺の怒りを察したようだ。
「レイランと会う」
「すぐに手配します」
ミイはそう言うと、控えていた仙人に指示を出した。
レイランとレイリン、その護衛がいる部屋に通された。
俺は会談の内容を伝えた。
奴隷になっている者の様子を話すと、火国の代表たちは憤った。
「そんなことになっているとは」
「私の力不足だ」
レイリンが唇を噛み、レイランがうなだれる。
「俺はあなたの国を救うことにした」
「一緒に戦ってくれるというわけだな。感謝する」
「一つ聞きたい。火国では奴隷制はあるか?」
「誓って言う。他国は知らんが、火国と風国に奴隷制度はない。同盟を結んでいる都市にもない」
「これは戦争だと認識しているが、ルールはあるのか?」
「特にはない。力が全てだ。こちらが降伏しても、奴隷にされるか殺されるかのどちらかだろう。勝者が全てを裁く権利がある」
「そうか。わかった」
なんだろう。
この胸で波打っているのは、これは正義感だろうか。
奴隷にされた人を目にしてから、俺は憤っている。
何に怒っているのか。
ゲームの世界では、このような公然とした奴隷制度はなかった。
色々、政治的な理由や行政的な規制もあるのだろう。
多分そういった存在は許されなかったのだ。
投獄されている者や迫害されている者はいたが、ここまで酷くはなかった。
元の世界でも奴隷など目にしたことは無かった。
それでも、毎日の社会生活という糞みたいな現実があった。
深呼吸をする。
どちらに肩入れをするかは決まった。
力あるものが不平等を是正しなければならない。
しかしそれは可能な限り受動的な態度が望ましい。
力は可能な限り、受動的に使うのだ。
ノブレスオブリージュ。
ノブさんがレストランでオリーブジュースを飲んだときの話だったか。
ともかく方針は決まった。
「ミイ、クゥ。殲滅戦でいく」
二人とも嬉しそうに俺の言葉を待っている。
「ミイは防御。都市全体にバリアを張ってくれ。クゥ、お前には後片づけをまかせる」
「この数ですが、大丈夫でしょうか?」
「俺を誰だと思っている。心配するな」
「大変失礼いたしました」
ミイが嬉しそうに頭を下げた。
「他の者は周囲の警戒。難民の中にスパイが紛れ込んでいる可能性も考慮しろ」
「かしこまりました」
さて。
殺し合いだ。
人を物として扱うのであれば、物として扱われる覚悟があるということなのだろう。
その覚悟を問おうではないか。




