022_配下のレベリング1 メルバコルの場合
悪魔族、魔王メルバコル。
第二拠点管理者としてラシルのギルメンの中で魔族の頂点に位置し、魔王城を任されている大幹部である。
そんな彼は忌々し気に空を見上げた。
空に浮かんでいる白い物体を睨みつける。
その顔には半分以上、諦めが混じっていた。
メルバコルの上空を優雅に飛んでいるのは天使エアノワリス。
メルバコルとエアノワリス、拠点管理者であるラシルのギルドの大幹部たちは、早急なレベリングの為にペアを組んでいた。
昨日ラシルとようやく会うことができ、メルバコルは感動していた。
いや、感極まっていた。
この世界にラシルがいることに感謝した。
何かに感謝をするというのは、非常に悪魔らしくないと思われるかもしれない。
特に魔王という称号があるメルバコルには似つかわしくない。
でも天使よりはマシだ。
そうメルバコルは考えていた。
天使は、奇跡は当たり前のように起こると思っている。
聖属性の魔法とは、願いや祈りといったものをベースとしている。
それを突き詰めていけば、結果に対する想像力なのであるが、一種の願望と同じことである。
聖魔法の使用者は、強く願えば叶うものだという基本的な自負がある。
逆にその自負が無ければ、願いが弱すぎて魔法を使うことができないからだ。
つまり、天使は根本的に森羅万象に対して傲慢な者たちなのだ。
強く願えば、ラシルに会うこともできるとどこかで考えていたはずなのだ。
あの忌々しいエアノワリスは。
悪魔は違う。
悪魔は契約と理性を重んじる。法則を理解し、その上で相手や世界を騙したり、支配し、結果として変化をもたらす力が黒魔法である。
自分たちが飛ばされてきたこの世界に、ラシルがいるという保証はない。
むしろ、絶望的な、希望的観測であったのだ。
それが昨日、本当のこととなった。
その喜びはエアノワリスよりも強い。
絶対にそうだ。
あの忌々しいエアノワリスよりも絶対にラシル様に対してありがたみと喜びを感じている、という自負がメルバコルにはあった。
しかし。
上空で飛んでいるこの娘は俺よりも嬉しそうにしているのだ。
ラシルとの会議が終わった途端、飛び跳ねて喜んだ。
ラシルの元に駆け付けたのも一番最初だという。
その上ラシルに抱きついたのだ。
とても気に入らない。
そんな気に入らない相手とツーマンセルでレベリングをしている。
相手も同じ気持ちだろう。
でもこのペアリングにはちゃんとした理由があるのだ。
近接戦闘が得意なセシュレーヌは中距離魔術師のペッフィーと組んでいる。
ロメリアは最も防御力が高い、エアノワリスの副官であるニシュと組んでいた。
必然的に余った二人がペアとなる。
それが不幸の始まりだった。
緊急事態や死亡を回避するために、転移術も使えるニボシの部下がオブザーバーとして付き添っていた。
2人のレベルは戦闘レベル1。
全くもって話にならない。
ラシルの役に立ちたいが、今のままでは足手まといでしかない。
そのために、一刻も早く強くなって元の力を取り戻さなければならないのだが。
エアノワリスは可憐な少女であり、超絶美少女。
ラシル配下の最初の3人の内の1人。
ラシルの配下になったのは、メルバコルのほうが先だった。
メルバコルは魔界の大貴族の家に生まれた。
生まれつき体が弱く、原因不明の病に侵されていた。
月に一度は高熱を上げて寝込んでしまうほどに脆弱だった。
メルバコルの父は勤勉で真面目な悪魔だった。
悪魔らしくない悪魔だったかもしれない。
しかし彼は魔界でも名のある悪魔だった。
ゲームの世界でNPCに名があるというのは、何らかの重要なポストやイベントが発生するフラグである。
父は魔界を支配する魔王の弟だったのだ。
メルバコルの父は真面目ではあったが、欲望は大きかった。
真面目な人間は欲望が小さいと思われがちだが、メルバコルの知る限り逆である。
物事を真剣に考えてしまう者であればあるほど、その欲望は自分一人で達成するレベルを遥かに超えて大くなっていくものだ。
真面目な人間は質が悪い。
結局その欲望に押しつぶされるか、自爆してしまうのがほとんどだからだ。
だから悪魔種には真面目な悪魔が少ない。
それは自分の欲望に対する自己防衛でもあるのだ。
話が逸れた。
悪魔族は力が全てだ。なぜなら、悪魔にとって力とは欲望からくるものであり、力を腰するためには、圧倒的な頭脳と技術が必要だったからだ。
子どもの頃のメルバコルは父の欲望を上手く理解できなかった。
家族を守りたいという大前提から始まり、家族を守るために、国を守りたいという中前提が派生し、国を守るために、魔界を平和にしたいという小前提が来る。
それはとてもささやかなものから発して、大きくなっていった。
そんな父は、魔王である兄に真面目に仕えていた。
魔界は争いが絶えず、父は大変苦労していた。
メルバコルは、高い志を持って真面目に働く父を誇りに思っていた。
そんな中、魔王が崩御した。
魔王の死は、ある日突然もたらされた。
異界の人間たちが徒党を組んで攻めてきたのだ。
魔王の実の弟であった父親、そして母親は魔王と一緒に討伐されてしまった。
魔王城があった王都は恐慌状態に陥った。
人間たちに攻め込まれる前の間一髪のところで、メルバコルは屋敷に仕えていた執事と使用人達とともに逃げた。
生き残った者たちと首都を出て、魔界の村から村へと落ち延びた。
メルバコルは病弱な体質であったので、逃げ落ちる旅はきつかった。
王都周辺では残党狩りが行われていた。
魔王の血を引くメルバコルも当然狙われていたのだ。
メルバコルの持病が悪化し、高熱で動けなくなり、洞窟に隠れていた時だった。
いよいよ追い詰められ、人間の冒険者に見つかった。
羊や使用人たちがメルバコルをかばって戦闘し、倒れていった。
その人間は強かった。
魔界でも屈指の使用人たちを何の苦も無く倒していったのだ。
その男の傍らには女の子がいた。
メルバコルと同じくらいの歳の。
メルバコルは思った。
これで死ぬんだと。
そして眼を瞑った。
この病の苦しさからも解放されるという希望も、僅かながらあった。
「やぁ。君たちを保護しに来た」とその人は言った。
何かの聞き間違いかと思った。
「ここにいる君の使用人の人たちにもそう言ったんだけど信じてくれなくてね。戦闘になってしまったんだ」
メルバコルは首を傾げた。
高熱で意識ももうろうとしていたのだ。
上手く聞き取れていないのかもしれない。
「あぁ、もちろん殺したりはしてないよ。それに、今楽にしてあげる」
その男はメルバコルに近づくと、魔法ではない何かを行った。
メルバコルは体が徐々に楽になっていき、こうねつが下がり、いままでが嘘だったかのように苦しみが消えていった。
健康になった。
「え?」
「仙術の一種だね。木と水系統。ダニを媒介とした病原菌を操っていたみたいだ。定期的に苦しめるように設定されていた。大変だっただろう?」
メルバコルは意味がわからなかった。
「どうして?」
「君の叔父さんである魔王の仕業だね。君の力を恐れたんだ」
メルバコルが聞きたかったのはそういうことではなかったが、今聞いたことは今聞いたことで大問題だった。
「さっきも言ったけど、とりあえず保護するから。後のことは後で決めればいい」
その人間の男性にメルバコルと使用人、一緒に逃げてきた人たちは保護された。
それがラシルだった。
一緒にいた女の子はミイ。
そこから色々あり、みんなでラシルに仕えることになったのだ。
ラシルはメルバコルを保護し、配下に加えた。
なぜ僕たちを助けたのかと聞いたら、「不合理じゃないか。悪魔というだけで殺される対象になるというのは」と仰った。
暴力に不合理もなにもない。
力からの強い者が全てだ。
でもどうやらラシル様は違う考えをお持ちのようだった。
後で聞いた話によれば、あの事変は魔王討伐イベントというそうだ。
その時から、ラシル様の役に立ちたいと思っている。
だから今この状況で、一刻も早く強くならなければいけないのだ。
早急に自分のレベリングをして、配下も強くしなければならない。
だというのに。
さっきから蠅のように飛び回り、一番経験値の溜まる、最後の一撃を掠め取っていく者がいる。
こちらが苦労してダメージを負わせ続けたというのに。
ベルゼバブよりも質が悪い。
それどころか、「悪魔のくせに、のろまね」とこちらを挑発する。
エアノワリス。
ラシル様の仲間になったのが僕よりも遅いというのに、お姉ちゃんぶる。
それが余計に腹が立つ。
今はまだ、悪魔の力が解放される戦闘レベル100に至っていないため、空を飛ぶことができない。
エアノワリスは同じレベルなのに空を飛ぶことができる。
彼女には翼があるからだ。
一方のメルバコルには翼がない。
重力魔法はまだ使えるレベルにない。
まったくもって忌々しい。
最初に合意した作戦によると、空を飛ぶことができて圧倒的に安全圏にいるエアノワリスが、弓矢というこれまた圧倒的に有利な初手でけん制し、その隙をついてメルバコルが叩くといものだった。
そのはずだったのだが。
実際は逆である。
メルバコルが地上で駆けずり回りながら敵を引きつけ、いざトドメを刺そうと思った瞬間にエアノワリスに遠距離攻撃で仕留められる。
この世界では前の世界と違い、最後の一撃を加えた者にしか経験値が入らないというシステムではない。
ではないのだが、最後の一撃を入れた者には経験値が多めに入ることをメルバコルは知っている。
なんだこれは。
こんなことが許されてもいいのだろうか。
メルバコルにはもっと許せないことがある。
エアノワリスが、このレベリングの恰好がいやだというのだ。
ラシル様曰く、初心者訓練用ボディスーツは元の世界でボクシングという競技の際に着用するものである。
茶色くてフィット感抜群のフェイスガード。
視界は狭いが、それは敵に集中できるということなのだろう。
どんな打撃を受けても安心、ボディプロテクター。
これ以上合理的な装備など、どの世界にもない。
ラシル様のセンスの固まりなのである。
それをエアノワリスはダサいという。
ラシル様が一番良いと考えられてお与えくださったというのに。
フワフワと宙に浮かんでいるのを見ているだけで頭にくる。
文句の二つや三つ言いたいのだが、ここは我慢しなくてはならない。
エアノワリスは絶対にこう言うのだ。
「私が強くなることはラシル様のためになる。それを阻害するというのであれば、あなたはラシル様の敵だ」などとほざくに決まっているのだ。
自分の不敬を棚に上げて。
「あなたも早く私のようにラシル様のために強くなりなさい」と言うに決まっている。
全く持って忌々しい。
誰のせいでこんな状況になっていると思うのか。
エアノワリスはたった1歳、年を多く重ねている。
そのためか、お姉さんのように振る舞う。
独善的で高圧的。
これだから天使は嫌いなのだ。
「はぁ」
メルバコルは本日何度目になるか分からないため息をついた。




