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002_世界改変2 拠点

 コンクリートで真っ平に舗装された広大な土地の先に、それに負けないくらい広大な建物がそびえている。

 建物はグランドレベルより5メートルほど高いところに造られていて、入口に辿り着くためには石段を登らなければならない。

 そんなプチ城壁の上に、5階建てのお寺のような建物がある。

 真っ赤な柱の上部に様々な模様。

 お寺で見ることのできる龍や虎、猿などといった動物が鉄で描かれている。

 建物の上にはオレンジ色の綺麗な曲線を描いている瓦屋根。


 真正面から見ると巨大な体育館。

 ラシルは昔、素直にそんな感想を言ったら、この建物の製作者である友達に怒られた。

 それもそのはず。

 建物の中は様々な部屋があり、結構複雑な作りになっているのだ。

 かなりの力作。

 詳しくは知らないが、大昔、アジアの大国の皇帝が住んでいたとか、そういう設定の建物、もとい城なのだそうだ。

 デザインを含めて、大学の建築士を目指していた友達に作ってもらった。


 この世界は仙人界。

 設定は昔の中国。

 だから城といったら紫禁城に決まっているだろうと言われ、何も知らないラシルは、「そうだよな」ととりあえず同意して、すべてを任せたのだ。

 城の名前は禁城。


 周囲の建物も大きい。

 城の向かって左手には、用途不明の11階建ての塔。

 友達曰く、「やっぱり高層建築もないといけない」という理由で造られたもの。

 向かって右手にはNPC達の住まいである、これもまた大くて左右に果てしなく長い、三階建ての建物がある。

 禁城の前には大きな空き地があり、遊ぶもよし、公園にするもよし、軍隊を並ばせるもよし、といった具合になっている。

 


 この三つの建物の周りは、現在、空き地になっている。

 本当はそこから街づくりをするのだが、町づくりには興味が無かったラシルは放置している。

 町の広大な建設予定地。

 更にその外周を城壁が走っていて、四方に入口の門がある。


 それが、この世界にいくつかある、ラシルが有する拠点のうちの一つ。

 今、ラシルが転移してきた場所だった。

 


 セーブポイントは禁城一階のエントランスホールに設置されている。

 高級そうな大理石の床、チリ一つ落ちていないそこに、砂埃にまみれたラシルが転移してきた。


 ラシルはすぐに行動を起こす。

 周りを見渡すと、豪華絢爛な調度品が置かれ、中央には受付がある。

 受付といっても、この城に用事がある者などいない。

 プレイヤーの来訪は拠点のオーナーであるラシルしかないし、ラシル以外、全てNPCなのだから。

 ただのお飾りの窓口である。

 ラシルは窓口を見向きもせずに、セーブポイントへと走る。

 その距離、約数十メートル。

 面倒な事になる前に、あとはそこに辿り着くだけだった。



 ゴンという鈍い音とともに、ラシルは本日何回目かの尻もちをついた。


「マジか」


 ラシルはつぶやき、すぐに外に転移しようと術を発動させるも不発。

 既に、転移阻害の結界が張られていた。


「マジか」

 ダブルマジかである。


 溜息をつく間もないうちに、雄たけびが聞こえてきた。


「主様~!!!」


 ラシル目がけて、猛スピードで駆けてくるのは、愛くるしい12歳前後の女の子。

 間違いなく美少女である。

 赤と白を基調とした巫女装束に身を包み、頭の上には金色の耳がびょこんと付いていた。

 それだけでも愛くるしいというのに、お尻からは同じく金色の尻尾が伸びている。

 きつねうどんを連想させるようなその子の正体は、狐、というより妖狐である。

 もう何回も進化を繰り返しているので、人と大差はない。

 彼女が望むのなら、耳や尻尾を消すことだってできる。

 しかしなぜかそのままにされている。

 それに、別に見た目を12歳前後で固定しなくてもいいはずなのだ。

 成人女性の容姿だってできるはず。

 実際、彼女はとても長く生きているのだから。

 

「主様!」


 ピョンと大きく跳ね、跳びかかってくる少女。

 ラシルが避けることなど一切考慮していないような跳躍。

 受け止めてもらえないことを想像すらしていない、そんな動きだった。


「おっとっと」


 ラシルは不可抗力で、仕方なく受け止めた。


 改めて間近で見ると、やっぱり可愛い。

 燃えるような赤い目。

 パチクリしているそれは、とても可愛い。


「久しぶりなのじゃ。妾のことを忘れてしまったのではないかと思ったぞ」


 気持ちよさそうに抱き着いて、鼻をこすりつけてくる彼女は、キツネのクゥちゃん。

 妖狐にちなんだ名前をつけようとしたら。「クゥー」っと鳴いたのが始まり。

 それがあまりにも可愛く鳴いたので、それまで考えていた「洋子(ようこ)」という名前はお蔵入りになった。


 クゥは昔、とあるレアイベントで知り合い、ギルドメンバーになった。

 ギルドメンバーはNPCしかなれない。

 構成員はNPCだけで、プレイヤーはいない。


「あら、抱きつく必要はないでしょう?」


 どこからともなく姿を現したのは、こちらもまたとんでもない美少女だった。

 しっとりとした長い黒髪。

 年齢は20歳前後。大人びているが、まだ幼さが残る。

 表情だけを見ればおっとりとしているが、彼女を全体で見ると、違う。

 決しておっとりしてなどいない。

 何も映っていない時の、テレビの画面のような黒い目。

 対照的に、真っ白な肌。

 唇だけが、違う構造物のように真っ赤だった。

 そういったコントラストが、彼女の全体の印象を引き締めていた。


「クーックック。こうしないと完全に術が掛からないのじゃ。妾は未熟者じゃからな」

 クゥはラシルに対して、ちゃっかり仙術無効化を発動させている。


「そんなわけないでしょう」


「それに妾は純然たる主様のペット。主様の匂いを定期的に嗅がないといけない病気に罹っているのじゃ」


 そんなわけがないだろう。


 クーっクックと満足そうに笑うクゥは、この城の管理者だ。

 各拠点にいる拠点管理者の一人。


「主様、一週間ぶりなのじゃ」


「そのくらいかもな」


「いえ、7日と17時間34分です」


 投げやりに言ったラシルに、すかさず突っ込みが入った。


 優しく、とても丁寧な口調。

 彼女も同じく拠点管理者の一人。

 ここではない、別の拠点の。

 ではなぜ、ここにいるのだろう。

 ラシルの気持ちを知ってか知らずか、チラッと犬歯を見せて、にっこり笑う彼女。

 彼女の名前はミイ、

 ミイはヴァンパイアだ。

 正確に言うと、ヴァンパイアハンターだ。

 ハンターから狙われるほうではなく。

 ハンターをしているヴァンパイアだ。

 ミイは誰を狙っているのか。

 それはもちろん、ラシルを狙っている。

 ラシルはギルドメンバーでもあるミイと、ゲーム内でリアル鬼ごっこをしている仲だ。

 ミイに捕まったら吸血されるという、そういう猟奇的なゲームだ。


 ミイは二週間に一度程度の頻度で血を吸わなければいけない。

 そうしないと、種族的に血の暴走があって大変なことになってしまうのだそうだ。

 しかしあくまでもそれは本人談で、ラシルはそれが嘘だと知っている。

 この前、ラシルはついうっかり一か月ほどミイを放置した。

 これほど長い間血を与えていなかったのに、その後で会ったミイは平然としていた。


「じゃあ、そういうことで」


「戦闘じゃな!」


 クゥは嬉しそうに跳び上がり、臨戦態勢をとった。


 なぜだ。

 なぜなんだ。


 ここは本拠地の一つで、ラシルがギルドマスターのはずなのだ。


 なぜ戦闘を開始せねばならないのか。


「こらこら、ラシル様を困らせたらいけませんよ」


 大人ぶって落ち着いている風を装っているが、ラシルは知っている。


 ……困らせてるのはお前だろうが。

 心の中で呟くラシル。


「これは戦闘ではなく、迎撃訓練なのじゃ。のう、主様?」


 クゥはラシルの仙術を無効にしている。

 仙術を無効にされたとしても、他の術式、黒魔法や白魔法にも転移系の魔法はある。

 そしてラシルは魔術とかも使えるので、転移ができないわけではないのだ。

 しかし実際に転移できない。

 そう。

 転移阻害は、ミイの仕業である。

 非常に高度な術で、転移系の一切の術の作動をキャンセルさせている。


 ミイは、ゲーム開始当初に仲間にした最初のNPC。


「ミイ、この結界を外してくれないか」


「お戯れを」


 ミイは犬歯を覗かせて、とても嬉しそうに笑った。


「いや、だから結界を…」


「結界など張っておりません」


「どう考えてもお前だろう。こんなに強力な結界を張っているのは」


「そうですね。しかしこれは私の意思ではありません。強いて言うなら、溢れ出た愛の力でしょうか。パッシブスキルやスペシャルエフェクトのようなものです」


「その力はお前の中に留めておけないのか」


「もちろん不可能です」


 なぜミイは結界を張るのか。

 ミイの主人はラシルのはずなのに。

 解せぬ、とラシルは思った。


 ゲーム開始当初、ミイが仲間になる前。

 元々、とある村の住人で、平凡なNPCだったミイ。

 とある事情でミイを拾い、それから一緒に旅をするようになった。

 好奇心は強かったが、比較的おとなしく、激しく人見知りをする子どもだった。

 一緒に旅をして、戦闘を仕込んでいくうちにミイは強くなった。

 とてもとても強くなった。

 経験を積み、進化を重ねた。

 ラシルが沢山お金を稼ぎ、こうしてこの世界で自分の城ができるようになると、いくつかある拠点の一つの管理をミイに任せたのだ。

 最初に拾った時は七歳くらいだったのに。

 成長したものだ。


 そして今、なぜ反旗を翻しているかというと、、、

 ミイ曰く。


 最も初めの段階からずっと一緒にパーティを組んでいた大切な仲間であるはずなのに、最近は冒険に連れて行ってくれない。

 ラシルが一人で外出したり、出歩くのは危ない。

 だから、護衛としても、仲間としても、どこをどう考えても一緒にいるべき。

 つまり、一緒に拠点で生活するべきなのだ。


 このミイの理論は大きな矛盾を孕んでいる。

 RPGによって造られたNPCが、大前提のRPGを無視しているという矛盾。

 恐ろしい時代だ。


 なので毎回、どの拠点でも同じなのだが、トラブルが起こる。

 ギルドマスターであり、NPC達の主人であるラシルが拠点に立ち寄ると、完全にプライベートなイベントという名のトラブルが発生する。

 拠点にいる全NPC相手に、戦闘訓練と称して強力な転移阻害と、出口までの拠点防衛が発動されるのだ。

 拠点から脱出させないというのは、拠点防衛なのだろうか? 


 なぜこうなった。。。

 頭を抱えてうずくまるラシル。


 「防衛じゃ~!!」


 地面に丸まっているラシルに、クゥちゃんが頬をすりすりしてくる。


「それはそうと、もうすぐアップデートのはずなんだが」


 ラシルは諦めて対話で解決しようと試みた。

 武力よりも話力。

 平和の第一歩だ。


「はい。アップデート【世界改変】の噂は聞いています」


「その前に俺はこの世界から出なくてはならないのだが」


「お戯れを」


「戯れているのはお前たちの方だろう?」


 ラシルの異論は、切って捨てられる。


「仰ってる意味がよくわかりません。今度のアップデートでは、ご主人様とずっといられるようになるものらしいと伺いました」


「そうだな。そういうアップデートがあればいいな」


 このゲームのNPCは非常によくできている。

 いや、できすぎている。

 知能が高く、個性的だ。

 人間と遜色ないと言っても過言ではないだろう。



「だからこそ、お前たちのために今回のイベントをクリアしたのだ」


「と、申しますと?」


「ドッペルゲンガーというアイテムを入手するイベントで、アイテムを手に入れたんだ」


「まぁ! それは、ご主人様が二人になるということですね?」


「そうだと思う」


「それは困りました」

 ミイは本当に困ったといわんばかりに、困った人ポーズをとる。

 腕を組み、左手をグーにして顎に乗せ、小首を傾げた。

 そんな可愛い仕草をしなくてもいいはずなのに。

 こっちが困ってしまう。


「何が困るんだ?」


「私は一人しかおりません」


「で?」


 ミイは急に、思い詰めた表情になった。


「私は、ご主人様、唯お一人に尽くしたいのです」


「だからその、お前たちに俺のコピーを、玩具をやるといっているんだけど」


「もちろん玩具もほしいです。でも」


「でも?」


「できれば両方欲しいです」


 ……。

 …………。


「私は欲深いのです」とか言っているが、それはスルー。


「とにかく、俺はそのアイテムを使ったんだよ」


「左様でございますか」


「でも何も変わらなかった」


「それはおかしいですね」


「そういえば、ショウはどこだ?」


「ショウは配下の部隊を集め、防衛陣地を作っております」

 ミイはさも当然といった顔で微笑んだ。


「で、迎撃訓練の相手は?」


「もちろんラシル様です」


 頭がおかしいのではないか。

 NPCに明らかなバグを発見してしまった。

 

 さてこれからどうしようかとラシルが迷っていると、ミイは真面目な表情に戻って、宣言した。


「そろそろ、アップデート【世界改変】の時間です」


 そう、おかしかったのだ。

 アップデートなど、このゲームが始まってから、ほとんど行われていない。

 それは、他の世界と統合した時くらいなのである。

 大幅な設定変更もない。

 なぜなら、設定はプレイヤーが創っていくものだというのが、このゲームのスタンスなのだから。


「では、ラシル様。アップデートに備えましょう」


 ミイはそう言って、ラシルの手を握った。

 意味があるのだろうか。

 いや、ないだろう。

 女の子と手を繋いでいるというのに、宇宙人と交信する時のようだとラシルは思った。


 どうせアップデートが始まれば、強制ログアウトになるだけ。

 しかしラシルは、妙に嫌な予感がしていた。

 はっきりと言語化はできないが、はっきりと否定できないような何かの前触れだという感覚。

 ログアウトしようと、セーブポイントに行った時の壁。

 その直後に見た誰かの後姿。

 そう、誰かに似ていた。

 誰だったか。

 アップデートの時間を待ちながら、ラシルは記憶に思いを巡らす。

 しかし結局、誰なのかは思い出せなかった。

 誰でもいいや。

 ラシルは思考を投げ出し、目を閉じた。



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