018_村の異変2 レイリンの憂鬱
ニボシが監視活動を行っている村の中で、一番立派な建物。
とはいってもそんなに頑丈ではない。
一応レンガ造りとなっているのだが、大昔に作られたもののため、耐久性が落ちてきているのだ。
何者かからの何らかの攻撃や、火事などがあればすぐにでも焼け落ちるだろう。
その建物の前に10人前後の、馬に乗った人影があった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
空気中に光の粒子がどんどん増えていっている。
夜明けが近づいてくる。
そんな気配を漂わせた時間帯。
「今日も凌ぎましたね」
その中の一人が敬語で話しかける。
「ええ。すぐに休むわよ」
そう答えたのはリーダーらしき女性。まだ若い。
「わかりました。見張りは村の者に任せることにします」
もう一人いた女性が、リターダーに答えた。
「レイリン様、後は我々にお任せを」
「頼むわ」
レイリンはもう限界に近かった。
やっとの思いで馬から降りる。
他の者も転げ落ちるようにして下馬する。
レイリンはくたくたになった体を動かし、建物の中に入った。
若くて綺麗な女性ながら、その年齢や見た目に合わない恰好をしていた。
腰には剣を吊り下げ、左手には小盾と呼ばれるスモールシールドを持ち、胸当ての軽武装。
どう見ても、農作業などに従事している恰好ではなかった。
泥まみれで、髪もボサボサ。
風呂にも何日も入ることができておらず、体からは異臭がしている。
野性の獣のような鋭い目。
それでも見た目の美しさは、曇ることを知らない。
美しさは見た目のみで構成されているものではないのだ。
体は水で毎日清めているが、連日の戦いでの汗や返り血などで臭かった。
しかし、今となってはどうでもいい。
体臭も気にならないくらい、疲労困憊していた。
寝る前になにか食べ物をを口にしなければならない。
太るとかそういうことを考えてはいられない。
不規則な時間の食べ物の摂取は本当はあまりよくないのだが、そうしないと体力が続かなかった。
食べれられる時に食べておかなければならない。
レイリンは家事や育児に疲れていたわけではなかった。
連日連夜の狼たちとの闘いのためである。
夜に集団で仕掛けてくる狼たち。
狼たちに容赦はなく、ほぼ毎日のように村々を襲っている。
どこから、いつ来るかは分からない。
主導権は彼らにあって、自分たちにはない。
狼は優れた身体能力を生かし、防衛のための柵を軽々と飛び越えてくる。
鋭い牙と野性の嗅覚でもって襲い掛かってくる。
襲撃に気づいた時には一人やられている。
空が赤くなるほどに火を焚いても、どれだけ防衛を固めても、彼らはほんのちょっとできる暗闇の先からやってくる。
襲撃は主に夜間だった。
たまに昼間もやってくる。
集団で、統率を取り、野生の嗅覚で狙い定めるようにして襲い掛かってきた。
今夜もついさっき帰ってきたばかりだった。
夜遅くに襲撃を受けた村に急行し、戦端が開かれ、駆逐するまで終わらない戦い。
やっとの思いで、狼を追い払ってきたのだ。
狼たちはなぜ襲ってくるのか、直接の原因は不明だった。
村長やモンスターの修正に詳しい者は、おそらく食糧不足だろうという見解で一致した。
山脈は森と違い、狼たちの食料となるものがない。
飢餓状態にある狼たちは、近くにある人間の村を襲っているのだ。
そのせいで夕方から警戒をはじめ、夜に戦い、朝方に返ってくるという生活がずっと続いていた。
そしてここ2週間、ほとんど睡眠を取れていなかった。
具の入っていない冷たくなったスープと固いパンをかじる。
これでもまだマシなほう。
ちゃんとした食料はこの村にはほとんど残っていない。
食料は今、それを最も必要としている別の場所へと運ばれている。
家畜もまだストックはあるが、それに手を出すわけにはいかない。
現在家畜の取引ができないため、それを食べてしまうと繁殖用の家畜がいなくなる。
ただでさえ、もう何匹も狼に殺されているのだ。
それに手を出してしまえば、不幸な未来しか待っていない。
いつからこうなったのだろう。
どうして私はここで戦っているのだろう。
それよりも、姉のレイランは大丈夫だろうか。
ここ最近毎日のように考えてしまう、考えてもどうしようもないことにまた思考が支配される。
レイリンは火国の道士だった。
仙術士として火国に仕えている立派な兵士の一人。
火国の領地は広大で、この辺り一帯の村も領土の一部。
仙界においても大国の1つとして数えられる国。レイリンの姉であるレイランが現在その王の座にあった。
レイリンは17歳。レイランは2歳年の離れた姉である。
若くて経験のない者が王となるのは、正常なことではなかった。
しかしこれには事情があった。
火国は現在戦時中にある。
近隣諸国からの侵略を受けており、劣勢に立たされている。
前王のレイリンの父が原因といえば原因なのだが、火民はそうとは考えていなかった。
事の顛末はこうだ。
レイリンの父は、風国から妻を娶った。
それが朱雀帝の逆鱗に触れ、いままで後ろ盾となっていた強大な力を喪失した。
その隙を狙い、近隣諸国が攻めてきたのだ。
火国は決して弱い国ではない。
前王の時代に何度か争いをし、その全てを退けていた。
しかし、水国は狡猾だった。
木国や土国を巻き込んで攻めてきたのが数年前。
圧倒的武力により、レイリンの父である前王と風国から来た妃であるレイリンの母親は防衛していた北の都市で討ち死。
都市は占領され、都市から大量の避難民が首都に溢れた。
前王が負けるとは思っていなかった火国は大きな混乱に陥った。
それから町や村が少しずつ落とされ、他国の領土に編入されていった。
国王を失った混乱と、広すぎる領土に三方から攻められた火国は為すすべなく敗戦を重ねた。
防衛が間に合わず、逃げ遅れた民は殺されるか奴隷にされた。
その現状にレイリンは悔いても悔いても悔やみきれなかった。
もっと私が強かったらとレイリンは何度も思った。
現在、前王の長女である姉が王の座に就き、なんとか首都を防衛している。
首都が陥落した時のためにと、王の血を引いている妹のレイリンは南の都市の防衛へと移されたのだった。
しかし、南の都市よりもさらに南にある村々が狼たちの被害に遭っていた。
戦時中ということもあり、大量の兵士を動かすわけにもいかず、少数精鋭で村の守備を任せたが、被害は大きくなるばかり。
そこで仙術士であるレイリン自身が守備に向かうことになった。
レイリンは小さい頃からのスパルタ教育で並の兵士よりも強い。
15歳になる頃には戦闘レベルがカンストして100になった。
そこから進化の儀式を経て、道士へと進化したのだ。
仙人種となり、仙術を使えるようになって戸惑ったのは、今となっては遥か昔の出来事。
今では火国の誇る道士の1人として活躍していた。
火国の道士の数は減少傾向にあった。
どれもこれも戦争のせいである。
戦争で大きな戦力になる道士は最前線で防衛するため、負け戦になれば必ずと言っていいほど道士を失う。
また、道士は長い年月をかけて育成するものであるため、補充ができない。
南の都市にはもう道士が3人しか残っていないのだ。
その内の2人を都市の守備に残し、レイリン自身が村の問題を解決するために来たのだった。
村に来る際にもひと悶着あった。
危険だから都市に残るべきだという意見と、戦火拡大に備えて、少しでも首都や都市から離れていたほうが逃げやすいという意見だ。
レイリンは自分も役に立ちたいという意思が強かったので行くことを決断し、周囲に納得させた。
村に応援で来ている道士はレイリン一人のみ。
他の者は戦闘レベル100に達している者が数人いたが、彼らは進化することができない。
理由は仙桃がないからだ。
仙桃というのは、中央の桃源郷を支配している皇帝から賜るものである。
国王になったばかりで、まだ皇帝への挨拶も済ませていない火国。
仙桃を賜ることはできなかった。
国王は代替わりしたばかりで強くはない。
国王は真人レベルでなければいけないのだが、昨今の事情から現国王であるレイランは道士である。
レイリンの父親が死んでから、取られた村の数は多い。
沢山の町も敵の手に落ちた。
古くから火国に仕える道士たちもまた、都市や村と同じ運命を辿った。
彼らは雄々しく国のために戦ってくれた。
彼らの死を無駄にしないためにも、国王のレイランはじめ、奮起していた。
しかし戦力差というのは後からジワジワと効いてくるものである。
今は何とかまだなんとか持っている。
今はまだ。
しかし実際はギリギリの状況であった。
一気に攻められれば、この国はものの数日で壊滅し、滅亡することになるだろう。
だが攻めてくる3つの国は、領土争いが発生するのをけん制し合い、話し合いで編入する領地を決めてから攻めてくる。
厳密に言えば、3国は国として攻めてきているわけではなく、一部の都市が宣戦布告している形だ。
それでも、これはまるでゲームだ。
一方的に嬲られるゲーム。
相手の都合でまだなんとか保っている。
けれども、滅亡するのは時間の問題だった。
勝ち目はなく、できることといえば、負けるまでの時間を少しでも多く稼ぐだけ。
それもこれも仙桃のせいだ。
覇権争い。
強い勢力になりば、皇帝の寵愛を得られる。
そうすれば仙桃がもらえる。
軍備増強、軍拡、軍拡。
この世界では強い者が正しい。
皇帝は私たちが切磋琢磨するのを望んでいる。
大いに戦え。これが皇帝陛下の言葉だ。
だから誰もが皆、覇を狙っている。
どうしようもない現実に抗うには力が足りない。
なれば、守れるものを守れる範囲で守るだけ。
そうレイリンは考えていた。
レイリンは戦争と距離を置き、国王である姉に何かが起こった時のために南の都市にいる。
山脈側の防衛という任務を任されることで。
主な任務は草原地帯に侵入してきたモンスター討伐であり、周辺の村の防衛である。
そのはずだった。
山脈のモンスターは草原に進出してくることなど今までほとんどなかったし、あったとしても群れからはぐれた個体だった。
それゆえにその個体は弱く、退治や討伐は容易であった。
あとは草原に出現する狼退治。これも戦闘レベル10程度の腕があれば難しいことはない。
しかし最近は異常なのだ。
山脈を寝床にしている狼たちが群れを成して襲ってくる。
山脈の狼は強い。
それこそ、戦闘レベル30程度では太刀打ちできない。
村人は戦闘レベル30に達していても、進化の種がないので、進化することができない。
進化の種というのは仙桃ほどではないにせよ貴重で、この国の兵士にしか配給されないものなのだ。
だから村人たちだけでの対処は厳しい。
進化の種の配給がある正規の兵士といえども、貧弱な装備で、敵の数が圧倒的に多ければ危ない。
そんな山脈の狼が数十匹単位で、無差別に襲い掛かってくる。もちろんこちらの事情を全く考慮せずに。
狼たちはまるで何かに急き立てられているように村を襲ってくる。
原因は不明。
唯一の考えせられる理由は食料問題だ。
この近隣にある村は3つ。
レイリンが常駐しているのは、その内最も山脈側に近い村である。
戦力は道士であるレイリンと戦闘レベルが100でカンストしている配下が2人。あとは戦闘レベル60の者が5名程度。
戦闘レベル60未満で30以上の者が7名で、残りは戦闘レベル30の者だ。
進化の葉が入手困難なのでその先に進めないのもあるが、他国との戦争で強い者は殺され、もうほとんど残っていない。
進化の種も進化の葉も中央の桃源郷で製造され、一括管理されている。
他の村も同じような戦力だが、道士がいない。
50名ほどいた部下が現在では40名ほどにまで減っている。
戦闘レベル低い者から一人ずつ削られている。
山脈の狼による襲撃は、決まって夜に来る。
最初は昼間にも来たが、夜のほうが効果があると知られてしまった。
たまに忘れものを取りに来るように昼間に現れることもある。
だから昼間も油断できない。
交代で十分な数の見張りを付けなければいけないし、初動で遅れてしまったら被害が大きくなる。
それはレイリンをはじめ、兵士たちの睡眠時間を奪っていた。
この兵力なら、本当は過剰戦力のはずなのだ。
道士であれば、山脈に住む狼などに後れを取ることなどない。
しかしそれは時間と場所の主導権さえ握られなければ。
そして一番頭を悩ませているのが数。
狼たちは30~60匹の集団でやってくる。
戦闘レベル60の者に対して狼が5~6匹で襲い掛かっている間に、他の一般兵が狼たちの餌食になる。
集団でいれば問題ないのだが、村を守護しなければならないのでどうしても守備が疎かになる場所が出てくる。
こういった事情から、こちらの兵士は少しずつ削られていく。
狼たちは無限に湧いて出てくる。
今はなんとか村を守り、一つ一つの襲撃に打ち勝っているものの、長期的に見ればどちらが有利なのか明らかだった。
レイリンはもう一つ重大な使命を与えられていた。
村の防衛など比べ物にならないほど重要。
そう言い聞かせられている。
レイリンにとっては不本意ながら。
それはレイリンの亡命だ。
首都がとられた時、姉は南の都市に逃げ落ちて徹底抗戦する。
その際に王家の血筋を残すために亡命する。
亡命先の選択肢は3つ。
水国の同盟都市、土国の同盟都市、そして風国だ。
水国と土国は交戦中の敵国だが、水国の南都市と土国の2つの北都市は火国と強固な同盟関係にある。
しかし、水国の後ろ盾である白虎帝は戦いを推奨し、この戦争も許可している。
土国に関しても、朱雀帝が火国との関係悪化から、土国が火国に攻め入るのを許可している。
その手前、同盟都市は反戦を訴えることはできるが、立場的に火国への積極的な支援ができずにいた。
今日もどの村が襲われるのか分からない。
レイリンのいる村は一番山脈に近い。
山脈の狼の出現ポイントから最も近く、最も狙われやすい危険な村なのである。
だからレイリンは側近たちの反対を押し切ってここにいる。
そしていざどこかの村が襲われたら、早馬で連絡する手はずになっている。
今日も連絡が来るのを待つ。
住民は各村に数百人。
最初は一つの村に集めようと思ったが、老人や子供がいて、移動に無理があった。
移動中に襲われる危険性が高いのだ。
でも一番の理由は、村を放棄することを躊躇われたからだ。
他国との戦争中、この状況で村を放棄してしまっては食糧不足が一層深刻化してしまう。
小規模ながらも、村の食料自給率は100%を越えているし、耕作している土地を放棄することは前線に出ている兵士たちへの食料に影響があるばかりか、首都の物流にも影響するのだ。
首都の餓死者を減らすため、その選択肢は取れない。
最初は崇高な理想があった。
自分たちの手で村人を守るんだという。
村に来た当初はすぐに解決できるものだとレイリンは信じて疑わなかった。
しかし、蓋を開けてみればこの泥沼の状況。
気力も体力も限界にきている。
部下は死に物狂いで戦ってくれている。
増援は期待できない。
いっそ未来のない村を捨てて亡命したほうがいいのではないかという感情も何度か沸き上がるほど、心が折れかけていた。
道士を含む兵士が来ても、村の護衛を満足にできない。
この不甲斐なさにレイリン自身、怒りを覚える。
それでも幸いなことに、村人たちは理解してくれていた。
村人たちは言う。
私たちを見捨ててくれてもかまわないと。
それよりも亡命のほうが大事だと。
自分たちは自分たちでなんとかするからと。
村人にもレベル30になっている者は数人ずつだがいる。
しかし、進化の種がない。
希少な仙桃はごく一握りの者にしか与えられない。
一年に1人ずつ。それは皇帝から賜る量だ。
ごくごく少数のエリートにしか行き渡らない。
なんて不合理な現実か。
今日も夜が来る。
あと何日戦えるだろう。
あと何人犠牲者が出るだろう。
いや、全滅するまであと何日だろうか。
「来たぞー!!!」
レイリンが連れてきた兵士か、村の住人かはわからない。
誰かが叫ぶ。
「今日はこの村だー!!!」
「幸いにもレイリン様がいらっしゃる!!」
「すぐに他の村に応援の使者を出せー!!」
みんな満身創痍のはずなのに。
カンカンカンと激しく鐘が鳴らされる。
防衛戦。
今日も不毛な戦いが始まる。
レイリンは気を引き締める。
動き出す兵士たち。
走り回る村の男たち。
気持ちは折れそうになるが、こうして襲われ、危機に直面するとレイリンの気持ちは高揚する。
そしていつものように必死の覚悟を決めた。
いつ死んでもいい。
私は死にに行くのだ。
その前に1匹でも多くの敵を倒して。
各所に火が大きく灯される。
ここは火国だ。
火国の村だ。
さあ、かかってこい狼たちよ。
覚悟を決め、建物から出た瞬間だった。
いくつもの大きな火柱が町の外を覆った。
全員が動きを止め、惚けてその火柱を見る。
美しい、とレイリンは思った。
天までとどきそうな火柱。
敵なのか味方なのか考える余裕などなかった。
火柱は、ただただ圧倒的で、これまで見たどんなものよりも美しかった。
「こんばんは」
その時、誰かが挨拶をしてくる声がどこかで聞こえた。




