017_村の異変1 眠り狼
黒い忍び装束に身を包んだニボシは、この世界で初めて発見した村らしきものの警戒に当たっていた。
2キロほど先にある小さな集落。
遠目でポツポツと家のような建造物があり、そこから煙が立ったりしている。
時たま、人の出入りらしき蠢きがある。
最近レベリングの成果が出てきたことで、レベルが一定に達して仙人種に進化することができた。
上級者訓練用ムーバルスーツたる装備から、元の忍び装束に戻ったのもつい最近である。
ニボシはミイのように嫌でもなく、ショウのようにとても気に入っていたわけでもなかった。
ニボシは着るものに頓着しないため、部下たちのように服装が変わったことに一喜一憂しなかった。
強さの向上や仙術の行使という選択肢が加わったことから、より村に近づくことが許された。
小さな集落といっても、家の数はかなりある。
石で作られた比較的大きな家。石といっても恐らくレンガの類だろう。
それと同じような家が数十軒。
レンガ造りの家を囲むようにして、木でできた家が散在している。
木製の家屋が数十軒。
ポツポツとひとが出たり入ったりしており、集団で村から出て行っているようなことがないため、ここに定住しているものがいることは確実である。
ニボシは更に情報を入手していく。
ラシルの配下には情報収集を専門とした機関、ないしは集団がいくつかある。
例えば、最も有名なのは、ミイの配下の情報局の者たち。
ミイの拠点には、情報収集を目的とした人員しか存在しない。
情報官と呼ばれるもの達と、情報局員と呼ばれる者たちだ。
拠点の敷地全てが情報局となっており、原則として他拠点所属のNPCはミイの拠点に入ることが認められない。
各拠点より選ばれた、戦闘や何かしらの技術に特化したエリートたちが存在し、ミイの元で情報収集のエキスパートとなっていた。
もちろんその他にも情報収集を専門とする機関がある。
それぞれの組織の大前提である究極目標は、唯一絶対の主であるラシルのために存在することであるが、その手法は様々だった。
ニボシが率いる集団も、ミイのそれとは別の、一種の情報収集が得意な組織だった。
ニボシの得意分野は何か。
拠点防衛と侵入である。
禁城とその周辺の地理を知り尽くして、敵の動きを察知する。
戦闘時には前衛で暴れるクゥ、住民を率いて防衛に回るショウ、そしてそれを影からサポートする役割だ。
また、気づかれないように、誰にも悟られないように敵地へと侵入し、証拠などの情報体を持ち帰ったり、敵陣で交わされる会話の内容を把握したりする。
持ち帰った情報により、戦いを有利な方向に傾けるといったものがニボシの管轄する組織の領域である。
したがって、この任務はニボシにとって少々ハードルが高かった。
戦う相手や潜在的敵勢力の偵察し、何か有益なものを持ち帰るというよりは、平時での状況把握、収集に近い。
ニボシの作戦行動には、前提の概念として、敵対勢力がある。
現在の偵察相手は明確な敵ではない。
潜在的敵対勢力とも言い難い。
どちらかというと、友好関係を築こうとする相手である。
相手の文化、習慣、風習といったものから、それがラシルの敵となりうるかどうかそれを判定する任務と言い換えてもいい。
はちなみにこういったものは、ミイの配下の者が得意としている潜入のインテリジェンスの領域である。
それはいいとして。
実際のところ、この任務は侵入するためのものではない。
遠くから異変を察知したりする、「偵察」に分類されるものだ。
偵察行動もできないわけではないが、いかんせん情報が少なかった。
偵察とは、動きを報告するものである。
その基本に従い、ニボシはどんな小さな動きでも逐一報告した。
そのほとんどは取るに足らない動きである。
村の家の数と材料、配置、人の出入りなど、可能な限り詳細に報告した。
しかし、異変を察知するためには、前提として異変が起きていない状況を理解している必要があるのだ。
ではこの村のどんな場合が正常か。
そこが難しい。
前提条件となる、「この世界における平常時の村」という知識が無ければ、異変が起きた時にそれを特定することができない。
村に異常はなかった。
異変も無かった。
これといって動きが無い。
辛抱強くずっと見張っている。
見張りばっかりだと暇な時間が増える。
暇な時間が増えると、頭が勝手に何かを考えだす。
それはニボシも例外ではない。
現在のニボシたちの置かれている状況は極めて特異なものだ。
この世界が何なのか、分からない。
自分たちの立ち位置、それも分からない。
もちろんルールや常識といったものも不明。
それでも。
ニボシは考える。
集められた情報から何かを見つけ出して考えるのは上司であるミイの仕事で、自分はただ単にその状況さえ報告すればいい。
ミイからは、考えた結果や感じたことに関しても、事実である状況と一緒に報告してもよいと言われている。
目の前に村がある。
そこには人間が住んでいる。
人間が住んでいるならば、家の数で大体の人口が判明する。
村の家の数はレンガ造りが25。
木で作られたものが53。
人口は恐らく200は下らない。
1軒の家に対して、最低でも3人は住んでいると計算すればの話だ。
次に、木とレンガの違いは何であろうかと考える。
木の家はレンガ造りのものより、規模が小さい。
比較的、簡単に作れるものだ。
まず考えられる理由としては、レンガ造りの家が先に建設され、その後に木の家が建てられた。
逆であれば、レンガ造りの家が村の中央に位置している理由が成り立たない。
木製の家を建てる時に集落の真ん中を開けておくのはのはおかしいからだ。
広場ということも考えられなくはないが、それは可能性が低い。
しかし、どちらにせよ、この距離からでは明確に分からない。
どちらが古くてどちらが新しいのか、判断できない。
従って、もう一つの理由も可能性としてある。
木の家とレンガの家が同じ時期に建てられていた。
同時期に建てられているのに違う材料が用いられた理由は何か。
それは住んでいる人間が違うということだ。
違うというのは、つまりは社会的な身分の違い。
偉い人間がレンガ造りの家に住んでいて、それよりも社会的地位の低い人間が木の家に住んでいる。
社会的地位の高低は、何を基準にしているのかわからない。
レベルなどの高低、強い弱いかもしれないし、年功序列かもしれない。
知識や賢さといったものかもしれないし、代々伝わる血筋や、もしかしたら財力の差かもしれない。
とにかく、そういった理由が考えられる。
情報の精査というのは、ありえる情報の列挙だけではなく、ありえない情報を消していく作業なのだ。
この未知の状況下でも通用するルールとは何か。
それを鑑みて、有り得ることと有り得ないことは何かを考えていく。
今日も結論が出なかった。
ニボシのレベリングの時間である。
「そろそろ交代の時間だな」
「はい、ニボシ様」
「引き続きこの距離を保って観察。現地住民との接触は絶対に回避すること」
「承知しております」
ニボシの部下が答える。
ニボシがその場から去ろうとすると、部下がまだ何か言いたそうにしている。
「何だ、言ってみろ」
ニボシの部下は視線を彷徨わせる。
口に出して言っていいものかどうかを躊躇っているようだ。
「なんだ、気付いたことでもあるのだろう。重大なことかもしれない。言ってみろ」
ニボシの許可が出たことで、部下の一人は神妙な面持ちに変わった。
「その、語尾に『ござる』は付けないのですか? そのほうがカッコいいのに」
ニボシは眩暈を覚えた。
ラシルの前でニボシは「~でござる」という口調になる。
というか、そうしている。
実はそれはニボシの本意ではないのだった。
ある出来事をきっかけにして、引っ込みがつかなくなってしまったということが真実なのだが、それを今でもずるずると引きずっている。
クゥとニボシがラシルのギルドメンバーになって間もない頃。
クゥがラシルの世界の本を読んでいた。
そこで得た知識に基づき、ある日、クゥがニボシに命令してきた。
「のぅ、ニボシよ、そなたは忍びであろう? そうであるならば、『ござる』というのが正しいスタンスらしいぞ」
ラシルの世界において忍びという存在は、語尾に『ござる』をつけるのが正解らしいとそう言っているのだ。
「はぁ」
ニボシは少し困惑しながらも返事をした。
「とにかく、つけてみるのじゃ」
「…」
「ほら、付けてみるのじゃ」
「……」
「付けるのじゃ!!!」
「…わかったでござる」
「それじゃ!!!」
クゥが喜んだ。
その後、ニボシはクゥに言われるがまま、ラシルの前でござる口調で話した。
それを聞いたラシルも喜んだ。
「おぉ、忍者らしくなったじゃん。やっぱりそういうクラスがあるのかな」
これが全ての始まりだったのだ。
今更否定することもできず、クゥの思いつきで始まったそれは、ずっと続いていた。
常識人であるショウは「やめなよ、あんまりニボシをイジメたらだめだよ」と言ってくれたが、クゥは引かなかった。
「主様のためじゃ」
その後、ショウとクゥは少しだけ言い合いをしたが、結局ラシルのためと言われて、面倒くさくなったショウが引いた。
ラシルの前で、ニボシの部下はみんな普通に話す。
そしてそれがスタンダードだと認識されている。
忍者道を究めた、ニンジャマスターになったニボシだけが、進化してござる口調になったのだとラシルは誤解していた。
そんなはずは無いだろう。
ニボシは主人の誤解を解きたかったが、憚られた。
ニボシ自身も、ラシルの為であるというのならば納得するしかなかった。
それが正解ならば、しょうがないのだ。
そんな理由から、ニボシはござる口調のキャラになった。
本当は人よりも口数が少ない、真面目で渋い忍びであるというのは、ニボシの部下のみが知るところだった。
ニボシはござる口調を指摘した部下の意見をスルーし、真面目に作戦行動を伝えた。
「では山脈方面への偵察とレベリングに行ってくる。何かあればすぐにミイ様に報告するように」
「はっ」
「行くぞ、お前たち」
「行ってらっしゃいでござる」
ニボシは強烈なチョップをそいつの頭に叩き込んだ。
山脈で異変があった。
厳密な意味で正常の状態を知らないニボシでさえ、それは異常と呼べる光景だった。
ウルフたちが山脈の岩肌に横たわっていた。
ただ単に群れているという理由では説明がつかないほど、沢山のウルフがいた。
そしてそのウルフ達はすべて意識を失っていたのだ。
ニボシは近くにいるウルフに近づき、詳しく調べた。
どうやら死んではいないようだった。
外傷もなく、呼吸をしている。
つまり、眠っている。
穏やかな風と温かい日の光。
気持ちの良い、昼寝には最高の日和と時間帯。
たぶん何かいいことがあって、集団で騒いだ後に疲れて寝てしまったのだろう。
そんなはずはない。
ニボシは気が付いた。
術がかけられている。
魔法の類ではなく、仙術。
それも水の術式だった。
仙術の5大基礎系統の中で、唯一相手の精神や意識に干渉できるのは水である。
「脅威になる前に始末しますか?」
部下の一人が隠してある武器を取り出しつつ、ニボシに尋ねた。
「いや、このままにする」
ニボシは一通り調べ終えると、一人の部下の名前を呼んだ。
「カラシ」
「はっ」
カラシと呼ばれたくノ一がすぐに反応する。
「至急、ミイ様に報告だ。村の近くの山脈で何者かがマウンテンウルフを集めていると伝えろ。コードは202だ」
コード202とは、異変が村の周辺で発生し、現在調査中である。緊急ではなく援軍等の必要はない。脅威度は「少」であるという意味だ。
一桁目が異変発生の場所を。二桁目が緊急度と援軍の有無、そして現在の行動を。三桁目が脅威度を意味している。
偵察任務の前にミイから叩き込まれた暗号コードである。
ニボシはもう少し詳細な調査を実施することを決め、この情報の伝達を部下の1人であるカラシに命じた。
「承知でござる」
カラシは真面目な顔で言った。
ニボシは一瞬手が出そうになったが、女性への暴力はご法度である。
ニボシは溜息をつき、早く行くようにと命じ、背を向けてウルフの見分を開始した。
ニボシの部下はみな優秀な忍びであるが、ひょうきんな者が多い。
それがニボシを悩ませる彼らの唯一の欠点であった。
より詳細な調査の結果、いくつかのことが分かった。
マウンテンウルフは何者かの力によって眠らされている。
つまりその何者かには目的がある。
その者は水の術式を使用できる。
水の術式を使用できるということは、この世界にも仙術という特異的な力があり、技術があるということだ。
ではその何者かの意図と狙いは何か。
マウンテンウルフはおよそ30匹いる。
どこからこれだけの数を集めてきたのだろう。
強力な術者であれば、1人でこの数のマウンテンウルフを眠らせることができるが、この場合、術者は複数人と見るべきだろう。
その証拠に、周りには人の足跡が数人分あったのだ。
調査結果から分かるのは、その術者たちはマウンテンウルフよりも強者であるということ。
そしてこの術の発動を1人では成しえていないということは、そこまで強くはないということ。
ショウなどが本気を出せば、彼単体で数千人単位を相手に行使できるからだ。
30匹に術を行使するために複数人を導入しなければならないとなると、道士レベルか、真人レベルだろうと推測される。
1時間後、ニボシは見張りを残し、調査を終えて禁城に戻った。
見張りは、この術をかけた者に気付かれないよう、十分に距離を取るようにと厳命した。
「…こういった状況から、術をかけた者は道士か真人レベルの者と思われます」
その夜、ニボシは直接ミイに報告していた。
もちろんラシルにも報告をしたが、事態の推移を見守ってくれという指示を受けた。
ニボシは自分の見た全てと、その考察も加えて報告した。
報告を聞いたミイは眉を顰め、渋い顔をしてこう言った。
「不可解ね」
「やはりミイ様もそう思いますか。術者の目的が分からない以上、さらに情報を収集する所存です」
「違うわ。それもそうなのだけど」
「はっ。違うと申されますと…」
「あなたの口調よ。ござるはどこへ行ったの?」
ミイは極めて不可解だとばかりにニボシに問いただした。
「…」
「それは、キャラだったの?」
「…そうでござる」
「そう、ならいいわ。私の前では別にどちらでも構わないわ」
「ありがとうございます」
「マウンテンウルフ30匹に複数人での術の行使だと、恐らく道士ね」
「そのように思われのます」
「その者たちの狙いは何だと思う?」
ニボシはそのことをずっと考えていた。
マウンテンウルフを操っている者たち、彼らはいったい何を目的としているのか。
何かの祭りというのもあるが、違う気がする。
そんなに大量のウルフがいなくてもいいはずだ。精々1匹かそこらで足りる。
食料という線もあったが、村には家畜の姿が目撃されていたてので、それも違うだろう。
「村を襲うことではないかと」
「多分、その通りね」
30匹のマウンテンウルフを見分したニボシはあることに気付いていた。
ウルフ達には何かの戦闘をした後があったのだ。
怪我をしている個体や爪に血がついている個体までいた。
ウルフの怪我は人間が作る武器によって攻撃を受けた際に与えられたもので、決してウルフ同士の争いでつくような傷ではなかったのだ。
「我々の偵察と見張りは日中しか行っていません」
「となると、夜に行動していると考えるのが自然ね」
「仰る通りかと」
「夜も監視したほうがよろしいでしょうか」
「あなたの部下の現在のレベルは?」
ミイは把握しているはずだが、それでも現状を確認しておきたいのだろう。
「私以下、10名が道士に到達しており、その者たちが交代で偵察の任務に就いています。仙人種レベルで25前後。あと数日もすれば、もう5人ほどが仙人種に到達するかと」
「わかったわ。そろそろその活動も許可していもいい頃だと思うけど、ラシル様に相談ね」
「かしこまりました」




