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001_世界改変1 セーブポイント

 京都と昔の中国を融合させたような街並みが広がっている。


 京都の日本文化も元を辿れば中国にルーツがあるのだから、この言い方は少しおかしいかもしれない。

 昔の中国の街並みを元に、日本人がアレンジを加えて創ったような印象を受ける。

 具体的にどういうところが日本で、どういうところが中国か。

 そう問われると難しい。

 なんとなく日本ぽくて、なんとなく中国っぽい。


 町を守る外周の壁は中華圏の文化だ。

 門も塀も何もかも、横浜の中華街を連想させる。

 町を囲む壁なんていう考え方は、確か、日本文化にはなかったはずだ。

 記憶が正しければ。

 それでも完全に中国じゃない感じがする。

 これは中国ですと言われれば、違和感がある程度に。

 でも、ゲームの世界なのだからしょうがない。

 単一の世界観ではなく、複数の文化が混ざっているのが当たり前。

 そこは深く考えたら負けである。


 文化の混ざった町の中央には、古風な五重の塔がある。

 町のシンボルとなっている五重の塔を中心として、円形状に大きくも無ければ小さくも無い中規模の町が形成されている。

 最初にゲームにログインした時にお世話になる町。

 ゲームを買って初めてプレイする者の意識は、まず最初にこの町に飛ばされてくる。

 だから本当であれば、いつもは初心者で溢れかえっている。

 始まりの町。

 その名も女台町。

 多分あれだ。

 ちょっと中国風に文字ったのだろう。


 塔の中に入ると、ゲーム内の各種手続きを行うことができる。

 チュートリアル的な説明や、操作方法、イベントへの参加なと。

 機械的なNPCのお姉さんが懇切丁寧に教えてくれる。

 操作方法が分かりにくいから変えろとか、俺を最初から最強にしろとか、そんなふざけた苦情を言っても、NPCのお姉さんは動じない。

 笑顔を崩すことなく、プレイヤーの時間が許す限り、それこそ永遠に優しく教えてくれる。

 対クレーマー最終兵器のお姉さん。


 とは言っても、ゲームを進めるにつれて、ほとんどの手続きはメニュー画面から行えるようになる。

 だからそこへ行くのは初心者だけなのだ。

 その初心者は、この町にはもういない。

 ゲームをやり慣れた上級者でさえ、いないだろう。

 なぜならもうすぐ世界改変が始まるからだ。 

 このゲーム世界の世界改変、一般的な言い方をすると、アップデート。

 アップデートに備えて、プレイヤーのほとんどがこのゲーム世界にいない。

 セーブをして、とっくにログアウトしてしまっているのだ。


 NPCしかいないのを人口密度が高いと表現すればいいのか、それとも低いと言えばいいのか。

 プレイヤーのいない、がらんとした町をラシルは歩く。

 町の北側には、アイテムや武器などを販売している商業街。

 最初の装備はみんなそこで買う。

 安くて弱い、ほとんど価値のないものばかりを売っている。


 町の東側には宿泊所がある宿屋街。

 宿泊所というのは、ゲームをするものにとって、馴染みがないかもしれない。

 なぜなら、わざわざゲームの世界で宿泊しなくても、疲れたらログアウトすればいいだけだから。

 しかし、ここは重要な回復ポイントとなっている。


 回復薬はある。

 それはただ単に減ったHPゲージを埋めるもの。

 プレイヤーは冒険者となり、フィールドへ出て、モンスターと戦って傷を負う。

 そこで回復薬の出番だ。

 だがその作業を何度か繰り返すと、回復上限値が減っていく。

 HPが全快するであろう分量の回復薬を使っても、全快しない。

 それがこの世界での『疲れ』という考え方だった。


 野宿やキャンプを何日か連続ですると、いくらぐっすり寝ても疲れが取れないことがあるだろう。

 それを数値化したのが、体力回復上限値の減少だ。

 減少した分は宿屋を利用して、ぐっすり寝なければ回復しない。

 ゲームを中断して現実世界に戻る前に、宿屋に寄る。

 それがこの世界でログアウト前に行う、常識になっている。


 町の南側には中華街を彷彿とさせる飯屋やレストラン。

 そして今、ラシルがいる町の西側がスラム街になっている。

 多少治安が悪く、ここでたまに発生するイベントは嬉しくないものばかり。

 ここから一番近いセーブポイントは、西門になる。



「いてて」 


 スラム街側にある西門脇。

 セーブポイントに向かって歩いていたラシルは、不意に何かにぶつかった。

 あまりに突然のことだったので、その場で尻もちをついた。

 パッと前を見ると、誰かがセーブポイントに到達して、ログアウトするところだった。


 自動ドアのガラスにぶつかったことはあるだろうか。

 経験したことがある人は、分かると思う。

 とても痛い、というよりも、ビックリする。

 最初にビックリが来て、次に恥ずかしさが来て、その後にジワジワと痛さが来る。

 この例に漏れず、ラシルは痛み以外の工程を踏襲していた。


「おかしいな」


 ラシルは首を傾げた。


 目の前には何もない。

 今のラシルのステータスならば、それを容易く見分けることができる。

 何らかのトラップが仕掛けられているとすれば、ほぼほぼ看破できる。

 前の人がセーブポイントを使っている時に、他の人が使えないという設定はなかったはずだ。

 セーブポイントに行列ができたという話は聞かない。


 アップデートが近いので、何らかのシステムエラーが偶然、突発的に起こったのかもしれない。

 ラシルはもう一度両手をピンと前に出しながら、小幅で歩いた。

 ちょっと怪しい感じで、恐る恐る進んでみる。

 少しずつゆっくりと。

 するとある地点で、ピタッと手が何かに触れた。

 透明なガラスのような、見えない壁。

 反射はない。

 自分の姿は見えないし、光の加減で明暗が分かれたりしていない。

 反射率ゼロのガラスというのは現実的ではないのだが、ここはゲームの世界だ。

 物理的側面において、現実での経験則など通用しない。


 コンコンしても音はしない。


「おかしいな」


 ラシルは横にずれて、もう一度歩き出そうとする。

 あと数メートル歩けば、セーブポイントのゲートがある。

 町の東西南北それぞれに、町から外へ出られる門があり、そのすぐ横にセーブポイント兼、ゲームからの脱出ポイントがある。


 また、壁にぶつかった。


 行けない。


 セーブができない。


 これは死活問題だ。



 ログアウトという行為は、フィールド上でも、どんな時、どんな場合においても可能でなければならない。

 その代わり、セーブという行為には制限が設けられている。

 ゲーム中によくやりたくなる、「ちょっとタイム!!」という機能を無くすためだった。

 ゲームオーバーになりそうだったり、自分より強い敵と出会った時に、「ちょっとタイム!!」してゲームから離脱し、ほとぼりが冷めたころに戻ってくる。

 それができてしまうと、プレイヤーにとって都合の悪いイベントの回避が可能になってしまう。

 嫌だと思った瞬間にセーブしてログアウト。

 その機能は、信じられないことに、ゲームリリース当初は実装されていた。

 自分がピンチになった時に、その機能を使ってやり過ごそうとしたプレイヤーが沢山発生。 

 その結果、そんなズルいことが許されるのかという苦情が運営に殺到。

 それを受けた運営は、セーブ機能を限定した。


 機能の限定化によってできなくなったのが、メニュー画面を使ってのセーブ。

 プレイヤーは、前回のセーブ時から現在に至るまでの冒険情報を保存するためには、しかるべき場所でセーブをしなければならない。

 そのしかるべき場所というのが、町や都市などの拠点である。

 セーブポイントと呼ばれるゲートクリスタルの周辺でのみ、セーブができる。


 フィールドでセーブができないので、プレイヤーはわざわざ町の拠点に転移し、そこでセーブをするという面倒くさい工程を、一つ余分に踏まなければならない。

 転移はいいのかという疑問だが、転移は一定のレベルに到達しないと取得できないし、転移阻害という対抗術も存在する。

 よって転移はチートに該当しないというのが、運営の見解だった。


 結論から言う。

 セーブしないでログアウトなど論外である。

 つまり結論は論外。

 言葉だけ見ると、ちょっと意味が分からない。

 セーブをしなければ、今日ログインした時から今までのアイテムや金貨、データが消えてしまう。

 だからセーブ無しでののログアウトは選択肢としてあり得ない。


 ラシルは冷静に考えた。

 こんな所に見えない壁など、あるはずなんてない。

 もちろんトラップを仕掛けるとか、そういうこともできないようになっている場所なのだ。

 この世界に無数にある拠点の、無数にあるセーブポイント一つで、特別なことはなにもない。 


「何なのだろう」


 セーブポイントではないが、こういう現象が起こることはある。

 ある一定の条件を満たさないと先に進めないイベントなんかがそう。

 いわゆる、事件準備中というやつだ。

 入れなくなっている場所で、事件が解決するのは分かっている。

 だけど事件はまだ発生していないから、入れないのだ!

 的な。


 だけど今の状況はどちらかというと、事件が発生しているから通れない気がする。

 逆転の発想の逆転だ。


「本当にダルいな」


 一つ気になるのが、最初に何かにぶつかった直後、目の前に人が現れたことだった。

 誰かの背中が見えた。

 その人どこらともなく現れ、振り向かずにそのまま歩いて行って、セーブをして、この世界から離脱した。

 どこから現れたのだろう。

 そもそも、それがおかしい話だった。

 ゲーム運営側が作った非戦闘地域である公式拠点内。

 戦闘行為の一切が禁止されているとはいえ、索敵探知能力までは禁止されていない。

 ある一定以上のレベルや能力に基づく、周囲の状況の探知。

 周囲にいる人間、プレイヤーやNPCを問わずに察知することができる。

 あの時、ラシルの近くには誰もいなかった。

 この場所への直接の転移も不可能である。

 公式拠点内では転移できる場所が決まっているから。

 それ以外の場所での転移術式はどんな術でも魔法でも発動しない。


 では何か。


 分からない。


 まるで自分の身体からするりと抜け出したみたいだった。

 目の前に背中があって、それがすうっと歩き出した。

 その光景を第三者の視点から見るとどうなるか。

 分裂?

 もう一人の自分?


 うーん。

 思い当たらないこともないけど、まさかね。


 考えるのを辞めようと、ラシルは切り替えた。

 状況を打破することに、思考のリソースを回す。

 ここから出ることを最優先に設定する。



 急遽二時間前に告知されたアップテート。

 そこから、なんやかんやしているうちに時間が経過。

 残された時間は少なく、あと一時間もしないうちにアップデートが始まる。

 先に閉鎖された他の二つの世界に引き続き、もうすぐここも閉まるはずだった。

 本当は今すぐにでも、セーブして現実世界に帰還しなければならない。


「何かのバグか」

 溜息と悪態をついて、北門方面へと歩き出す。


 そしてまたすぐに、今よりも大きなため息をつくことになった。


 北門も不発。



 さて、どうするか。



 ラシルは東西南北全ての門の横にあるセーブポイントを試した。

 無駄に転移が使えない不便さにイライラしながら歩き回った結果、全て無駄足に終わった。

 どこもセーブができなかった。

 見えない壁に阻まれ、その先に進めない。

 五重の塔にあるセーブポイントにも行ったけど、ダメだった。

 五重の塔の受付のNPCのお姉さんに事情を説明しても、納得がいく回答は得られなかった。


「申し訳ございません。早急に調査いたします」

 お姉さんの笑顔。


「申し訳ございません。早急にお願いします」

 ラシルの笑顔。


 それだけだった。


 他の町はどうだろう。


 いくつかの町に転移して同じように試したが、全て同じ結果で終わった。

 どの町でも、セーブポイントの前で壁にぶつかってしまう。

 町からは抜け出せないということだろうか。


 町が駄目ならフィールド。

 長いダンジョンの入口に親切に敷設されているやつだ。

 そう思って転移を繰り返し、フィールド上にごくまれにあるセーブポイントを回ったが、やっぱりどこもダメだった。


「くっ、物理障壁か!!!」


 ゲームを楽しむのは心から。

 この時間を少しでも楽しもうと、無駄にテンションを上げたラシル。

 イライラが増すばかりだった。


 本当に頭に来て、セーブポイントに大規模魔法攻撃を絨毯爆撃のように何度も仕掛けたが、多少土埃が舞い上がっただけで無傷だった。



 ちくしょう。


 残りあと20分。

 20分経てば、どうせ強制退去になるはず。

 それなら最後まで足掻いてみようか。

 リアル脱出ゲームと洒落込もうじゃないか。

 もしダメだった時、その時はゲームオーバー後にGM宛てに苦情の連絡をすればいい。


 セーブできませんでした、どうしてくれるんですか。

 時間もロスしました、どうしてくれるんですか。と。


 まだ試していない手段は無いことはない。

 一つだけある。

 ないことはないのだけれど。

 あまり使いたくない手段なのだけれど。


 ちょっと面倒くさいことになるのが、明らかに目に見えている。

 そんなスキルはないが、これに関しては未来予知できると言ってもいい。


 その手段というのは本拠地である。

 プレイヤーは、ある一定のレベルに達したり、ゲーム内で稼いだお金を支払ったりすれば、自分だけの町を持つことができる。

 本拠地機能というもので、プレイヤーはそこを好きに改造できる。

 ゲームで縁のあったNPCを勧誘し、町に住まわせて住民を増やすことも可能。

 町を作り、NPC達を集めてギルドと呼ばれる組織を作る。

 町は都市にしたり、城にすることもできる。

 一国一城の主になれるのだ。


 ラシルにも、本拠地がある。

 無駄に長いゲーム生活のおかけで、その本拠地も一つではなく、いくつかある。

 そこにはもちろん、セーブポイントが存在する。

 町と見なされているからだ。

 そこへ行けば、出られるかもしれない。

 本拠地からしか離脱できないというのは、考えられなくもない話。


 けれどあまり気乗りがしない。

 ラシルが密かに名付けている、秘匿呼称「本拠地イベント」が発生するのだ。

 発生率は超高確率の100%。



 残り時間は少ない。

 背に腹は変えられない。


「よし」


 ちょっとした気合いを入れる。


 イベント発生に備え、警戒レベルをMAXに上げつつ、本拠地への転移魔法を展開した。





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